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映画祭の魔法にかかったロマンチックな街で

2023年9月28日(木)晴れ

ひかるの映画のプロデューサーとして、サンセバスチャン国際映画祭に参加している。4日前に到着してから時差ぼけがひどく、いまだに夜はホテルに着いたらすぐに寝てしまっている。朝は朝食時間が決まっているのでそれに合わせて起き、身支度をしてすぐにホテルを出る。上映されている映画を観に行くか、制作会社の人や映画祭の人たちと打ち合わせをしている。毎日何かしらIndustry (映画業界の人たちの集まり)のイベントがあり、主に立食パーティーでの社交イベントがある。疲れるのでほどほどにしながらも、タダ飯タダ酒だと言い合って参加している。他の時間はひかるの学校の友達に会うなど、ひとりの時間はほとんど映画を観ているときとホテルだけ。あとはずっと誰かしらと一緒にいる数日間だった。

サンセバスチャンでは海へと続く大きな川が街の中心に流れていて、緩やかな弧を描くようなビーチが3つある。私のホテルも映画の上映開場も大体海の近くにあり、午後には日差しが水面や建物に反射して、金色の不思議な幕がかかる。ビーチはサーファーや日光浴をする人たちで賑わっている。ピクニックをしているグループやカップルも本当にたくさんいる。私自身を含む多くの人たちが映画祭のためにこの街を訪れ、また離れていくことを知りながらも共にワインを飲み語り合う。そして映画祭が終わる頃にはまた、それぞれの場所に帰っていくのだろう。

この街を説明するとき、ロマンチックという言葉が本当にしっくりくる。

何故だろうか、私はこの街でカメラで何かを撮りたいという気持ちがなかなか湧いてこない。撮りたくても撮れないというのが正しいかもしれない。目の前の景色が綺麗すぎて、それだけで満ち満ちているとき、何故かそれを記録に残せない。カメラは持ってきたけれど、この滞在期間中ほとんど構えていない。

夜7時半を過ぎる頃、サーファーたちがいなくなった海を沈んでいく夕陽がオレンジに染める。海岸沿いでは多くの人たちが座ってその様子を眺めている。夕陽を見つめる人々の表情からは、充足と終わりを同時に感じているような、少しのさみしさが窺える。

心から綺麗だと思う景色を前にして、私はもっとここに居たいという気持ちと、動けなくなってしまう危機感とを感じた。映画祭の魔法にかかったこのロマンチックな街で、私はカメラを構えることもできず、立ち尽くす。

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