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書評:田口聡志『教養の会計学』(経セミ2020年12月・21年1月号より)

田口聡志 [著]
教養の会計学:ゲーム理論と実験でデザインする

(ミネルヴァ書房、2020年4月発売、A5判、240ページ、税別2800円)

評者:船木由喜彦(ふなき・ゆきひこ)
早稲田大学政治経済学術院教授

ゲーム理論と実験経済学の視点から、
会計学の初歩を解説

本書は、会計学の初歩をゲーム理論と実験経済学の考え方から説明する大変ユニークな書籍である。実験会計学を紹介する専門書と言うより、会計学、実験経済学、ゲーム理論の面白さを伝える初心者向けの良書といえる。

会計学について私は全くの初心者であるが、大変興味深く読み進められた。会計の歴史や重要性について、順序立てて紹介している。なぜ貸方と借方があるかなど、会計に関する素朴な疑問も丁寧にわかりやすく説明されている。私は会計学に詳しくはないので、必須の項目について、十分に説明されているか判断できるわけではないが、会計学に興味をわかせる内容であることは間違いない。

12の各章では、会計に関する興味深いトピックが取り上げられ、コンパクトにまとまっていて、大変読みやすい。各章のさまざまなテーマの説明の中で、ナッシュ均衡や囚人のジレンマなどのゲーム理論の基礎概念や、公共財供給ゲームや贈り物ゲームなどの実験経済学の主要なテーマとその成果を簡潔に、そして適切に紹介している。その際、難解とも言える数学的な定義や経済学の専門用語を自分の言葉でわかりやすく説明している。例えば、「ナッシュ均衡」の説明では、利得や効用という語を「ハッピーの度合い」や「ハッピー得点」という言葉で説明しており、ユニークである。

本書には読者が読みやすくなるための工夫が随所になされている。まず、章の数が多いが、それぞれの関係が構造的マップのように示されていてわかりやすい。専門用語が多数出てくるが、言い換えの( )を多用して用語の復習を何度もするので、この用語が何を意味したか前に遡って確認する必要がない。各章の扉のアブストラクトもその章の概観を掴むのに便利だ。所々に現れるコラムも、読者の興味をわかせる。各章も短く出来ているので、ちょっとした隙間時間にも読み進めることができる。ときどき、著者の感想のようなものが見え隠れするが、それも個性が見られて楽しい。

実験経済学の成果を用いた実験会計学と呼ぶべき分野の研究も紹介されており、これも興味深い。例えば、信頼ゲームを基にしたデビッドソンとスティーブンスの実験が紹介されている。これは信頼ゲームの文脈の中で、参加者に倫理規定を強制させる条件と自由選択させる条件を加えた実験で、会計の文脈のみならず、倫理規定の遵守という点でも大変興味深い。経済学実験の重要な要素は、根底となる問題とそれを解明する実験計画のアイデアであると私は考えているが、この実験は会計学上の問題点を基にした大変面白いアイデアの実験である。しかも、条件の比較という重要な実験経済学の根本要素も含んでいる。会計学のトップジャーナルに載る研究であることも頷け、このような研究が紹介されていることにも興味がわく。

ほんの少し、より高みへの望みを述べさせてもらうと、本文中の実験の紹介において、その前提となる条件の説明が省略されている部分があり、実験データから結論を導く道筋がわかりにくいところがある。もちろん、それは、自分で文献を当たって補完すればよいので、興味を引き出すものとして本書を理解すればよいのであるが。

私は早稲田大学政治経済学部のゼミをもち、これまで何人かの卒業生を公認会計士として世に送り出してきた。この書の内容を知っていれば、もっと違った形で卒論指導ができたのではないかと残念でならない。本書を読んで、会計学、実験経済学、ゲーム理論をもっと勉強したくなる者は多いであろう。私も会計学を勉強してみたくなった。


『経済セミナー』2020年12月・2021年1月号より転載。



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