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マクロ経済学の最前線を覗く!(経セミ2021年2・3月号の紹介)

『経済セミナー』2021年2・3月号の特集は「マクロ経済をミクロの視点で考える」です。なんだか、わかるようでよくわからないタイトルですが、要するに「マクロ経済学研究の世界では、最近どんなことが考えられているのか? その一端の雰囲気を感じてみよう!」という趣旨の特集です。

■どんな話が出てくるの?

今回の特集で取り上げられたテーマは、以下のような感じです。

高齢化と医療や年金などの社会保障(将来どうなる?)
資産・所得の格差(トップ層に所得がますます集中?)
労働市場の二極化(機械化、AI化で労働者はどうなる?)
セーフティネット(ベーシックインカムは有効?)
税制(特に資本に対する課税はどれくらいがよい?)
企業の新陳代謝(創業~成長~廃業は効率的?)
少子化と女性の働き方(コロナ禍のしわ寄せが女性に?)
金融政策の効果(どんな波及をして影響が及ぶ?)
経済ショックと失業(大きなショックの影響を特に受けるのは誰?)

巻頭の対談では、現在のマクロ経済学の中で盛んに研究されている、特に経済を構成する多様な人間や企業の行動に着目して、ミクロのデータから繋いでマクロの経済を考えよう、というアプローチの全体像や成り立ちから説明します。そして、従来のマクロ経済学との違いなどをガイダンスし、各記事でそれぞれのホットなトピックを紹介する内容になっています

特集の目次は、こんな感じ。

●【対談】多様性に目を向けたマクロ経済学の可能性……北尾早霧×向山敏彦
●家計間の異質性を考慮した金融政策分析……須藤直
●資産・所得の格差はどこから来るのか……楡井誠
●少子高齢化と社会保障の課題にどう取り組むか……西山慎一
●経済ショックは労働市場にどのような影響を与えるか……宮本弘曉
●企業のダイナミクスとマクロ経済……及川浩希

■マクロ経済学の新しい一面?

マクロ経済学と言うと、GDPや物価、家計の総消費などといった代表的な経済指標を扱って国全体のお話をする分野、というイメージが強いかもしれません。大学の経済学部などで勉強すると「代表的個人モデル」という考え方も学びます。これは、経済を分析する際に、平均的な所得や資産を持ち、性別も特にない架空の人間を仮定し、その人が政策に対してどんな反応をするかを見て、マクロ経済を理解しようというアプローチです。

ところが、対談「多様性に目を向けたマクロ経済学の可能性」で、北尾早霧先生(東京大学)と向山敏彦(ジョージタウン大学)が紹介するお話は、これとはちょっと違います。

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実際の経済には、高い所得を得ている人もいれば、あまり高い所得を得られていない人もいます。たくさんの不動産や金融資産を持っている人もいれば、毎日の暮らしに精一杯であまり資産を蓄積できない人もいます。フルタイムの正社員として働いている人もいれば、非正社員やパートタイムで働いて家計を支える人もいます。もちろん、男性・女性や、年齢だって違います。もしかしたら、経済を構成する「平均的な人間」にぴったり当てはまる人は一人もいないのかもしれません。

それに対して、現実の多様な人々や企業などで構成される複雑な経済を、より高い解像度で捉えて分析するためのアプローチとして、個々の消費者・労働者や企業ごとのミクロデータに注目して、それをふまえてマクロ経済の動向を考えようという方法が盛んに研究されるようになっています。

対談では、北尾先生の主な専門分野である税制や医療、社会保障、向山先生の主な専門分野である労働者の失業や転職、企業の参入・成長・退出などに引き付けて、たくさんのいま重視される現実の社会・経済の問題に対して、最近のマクロ経済学ではどんなことが考えられてきたかを、わかりやすく解説しています! 

たとえば、ピケティ『21世紀の資本』がベストセラーとなって以降ますます注目された資産や所得の格差問題や、先進国、特に日本で世界に先駆けて進む少子高齢化による世代間の格差の問題、新型コロナウイルス感染症による大きなショックの影響を、誰が、どのように受けているのか? といった問題や、急速に進む技術進歩が労働市場に引き起こす問題、女性の働き方、少子化など、さまざまな課題の本質をマクロ経済学の研究成果に根ざして考えていきます。マクロ経済学が、たくさんの難しい現実の問題にチャレンジできるエキサイティングな学問であることを感じられる対談となっています!

■金融政策、格差、高齢化、労働市場、企業の新陳代謝についてさらに詳しく!

対談に続く各記事では、経済活動のプレイヤーである人々や企業の多様性(異質性)を組み入れることで、どんな新しい発見があるのかを、テーマごとに詳しく掘り下げていきます。

まず扱うのは「金融政策」。日本銀行の須藤直先生による「家計間の異質性を考慮した金融政策分析」です。たびたび話題になる金融政策がどのように波及し、どんな効果を経済にもたらすのか。ここで活躍してきたのはニューケインジアン・モデルですが、従来は「代表的個人を想定したニューケインジアン・モデルRepresentative Agent New Keynsian model:RANK)」が広く用いられてきましたが、「家計の異質性を明示的に考慮したモデルHeterogeneous Agent New Keynsian model:HANK)」ではどのように考えることができるのか、その強みについても解説します。

なお、以下の日本銀行金融研究所が発行するディスカッションペーパーシリーズの中に、須藤先生たちによるより詳しい日本語の解説がありますので、より関心をお持ちの方はぜひご覧になってみてください!

岩崎雄斗・須藤直・中島誠・中村史一「HANK研究の潮流:金融政策の波及メカニズムにおける経済主体間の異質性の意義

次は、東京大学の楡井誠先生による「資産・所得の格差はどこから来るのか」です。実際の経済では、人々の持つ資産や所得はとんでもなくバラついています。よく例にされるビル・ゲイツのようなとんでもないお金持ちもいれば、普通の一般庶民や、困窮した生活を余儀なくされている方々もいます。こうした経済を捉えるための重要な概念として、「べき乗則(パワー・ロー)」を解説し、それをどのようにマクロ経済学に取り込んでいくか、実際の経済で「トップ1%の限られた人々の所得が集中している」という問題を、どのようにマクロモデルで説明できるのか、といった点を紹介していきます。

京都大学の西山慎一先生は、「少子高齢化と社会保障の課題にどう取り組むか」と題して、日本をはじめとする世界中の国々が直面する少子化・高齢化と年金などの社会保障改革の問題にチャレンジします。ここではアメリカ経済における税制と社会保障制度の改革案について、定量的なシミュレーションに基づいて検証します。ここで活躍するのが、異質な家計で構成される、不完備市場の世代重複モデルと呼ばれるフレームワークです。このフレームワークを用い、経済理論とコンピュータを駆使して、改革の効果や影響を定量的に議論できるというマクロ経済学の強みが感じられるパートとなっています。

東京都立大学の宮本弘曉先生は、「経済ショックは労働市場にどのような影響を与えるか」と題して、マクロ経済学の視点から労働市場にまつわる問題を解説します。特に、サブプライムローン問題を契機とした世界金融危機や、直近の新型コロナウイルス感染症がもたらす経済危機が起きたときに発生する失業の問題などを考えます。ここで活躍するのは、「サーチマッチング・モデル」と呼ばれるフレームワークです。ここで「どんな人が、どのような影響を受けるのか」を詳しく検討するために、労働者の多様性(異質性)を組み入れて考えることが重要となります。また、ロボットの導入やAI活用など、技術進歩が労働市場にどんな影響を与えるか、便利な機械やAIは労働者を代替して、人々の雇用を減らしてしまうのか、あるいは良い影響をもたらすのか、といった点を考えるツールにもなることを解説します。

最後に、早稲田大学の及川浩希先生は、「企業のダイナミクスとマクロ経済」と題して、企業の新陳代謝の問題、創業~成長~廃業にフォーカスします。労働者や消費者だけでなく、もちろん一口に「企業」と言ってもいろんな企業がいます。グーグルやアマゾンのような莫大な利益を上げる企業や、何万人もの従業員を抱えるトヨタ自動車などの巨大製造業から、『経済セミナー』などを発行する中程度の規模の出版社、町工場などの中小企業や、家族だけで営んでいるお店などなど、その規模や生産性などさまざまです。「なぜ高生産性の大企業だけでなく、生産性が低い小さな企業が淘汰されないのか、それは経済にとって非効率なのか、それともそうでないのか」。マクロ経済と企業の新陳代謝の問題を、企業の異質性を軸に考えます。その際に重要となる概念は「ミスアロケーション(誤った配分)」です。その考え方から、実際の分析例まで丁寧に解説します。

なお、土居丈朗先生の「経済論壇から」『日本経済新聞』(2020年1月30日付)にて、上記の楡井先生の記事、及川先生の記事をご紹介いただきました! そちらもあわせてご覧ください。

また、向山先生の「分業・専門化の潮流止めるな 危機克服への道筋(経済教室)」『日本経済新聞』(2020年1月6日付)も一緒に紹介されています。ここでの新型コロナのようなマクロの危機は、個々の人々や企業に対するミクロの危機も内包されていること、現代のマクロ経済学ではミクロの危機とマクロ経済の関わりが大きなテーマとなっていること、などは本誌の対談で北尾先生とディスカッションいただいたテーマでもあります。

■おわりに

以上、今回の特集では、普段はあまりお目にかかる機会は多くないかもしれない、「マクロ経済学の研究の最前線の一端の雰囲気を感じてみよう!」という趣旨で、本当に幅広いテーマを扱ってみました。ぜひご自身の関心のあるテーマから覗いてみていただけると幸いです。

格差や、新型コロナ危機の影響、あるいはもっと長期的に技術進歩が進んで働き方はどうなるか、高齢化がどんどん進んで、年金や医療、介護などの社会保障はどうなってしまうのか、今後避けては通れない重要なテーマについて議論し、政策を考える際に、マクロ経済学が強力な道しるべになりうることを、感じていただけるのではないかと思います。

なお、以下のnoteでは、北尾先生と向山先生の対談で語られたお話の背景にあるたくさんの研究論文をザーッと並べて紹介しています。本格的に学んでみたい読者の皆さまにとって、多様性を組み入れたマクロ経済学の基礎となるモデルや最新の理論・実証研究が網羅されたリーディングリストになっているので、ぜひご関心にあわせてご覧いただけましたら幸いです!


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