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小島武仁「経済学の社会実装を目指して」(経セミインタビュー)


このnoteでは、『経済セミナー』2020年10・11月号に掲載予定の、小島武仁先生へのインタビュー記事の内容を、抜粋・一部再構成して公開します(インタビュー日:2020年7月15日)。

小島先生も参加・公演される「日本経済学会サテライトイベント 2020年秋【経済学について知ろう!】」の開催の動機、ねらい、抱負などもお話いただいていますので、ぜひご覧ください!(イベントの概要や登壇者、参加申し込みは以下から)

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なお、本イベントの模様は『経済セミナー』2021年4・5月号に、以下の記事として掲載しています。ぜひご覧いただけたら嬉しいです!

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拡充版の記事を下記のnoteでも公開中です:

さて、この小島先生への「特別インタビュー」では、

① 小島先生の研究テーマであるマッチング理論とその社会実装について、
② 経済学の社会実装について小島先生が感じたアメリカと日本の違い、
③ 経済学を積極的に伝えていくことへの抱負、
④ 日本に帰ってからの活動予定(東大マーケットデザインセンター始動)

について、じっくりお話を伺いました。以下、早速ご覧ください!

■小島先生の紹介

小島 武仁(こじま・ふひと)さん

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インタビュー当日の写真(2020年7月15日)

1979年生まれ。2003年、東京大学経済学部卒業。2008年、ハーバード大学経済学部Ph.D.取得。スタンフォード大学経済学部助教授、准教授等を経て、2019年よりスタンフォード大学経済学部教授。2018年、円城寺次郎記念賞受賞。2021年度、日本経済学会中原賞受賞。マッチング、マーケットデザインについて理論と実装の両面から研究に取り組む。2020年9月、東京大学大学院経済学研究科教授として着任。

■マッチングの理論と実装

──本日はマッチング理論で世界の経済学研究をリードする小島武仁先生に、現在の問題関心やご帰国後の抱負などを、経セミ読者の皆さまにお話いただきたいと思います。

小島 小島武仁です。現在はスタンフォード大学経済学部教授で、2020年9月に東京大学大学院経済学研究科教授として移籍します。専門はゲーム理論とマーケットデザイン、特に「マッチング理論」です(参考:小島武仁・安田洋祐「マッチング・マーケットデザイン」)。

マッチング理論とは、人と人、人とモノやサービスをどのように引き合わせるかを考える学問です。そのための仕組みである「アルゴリズム」に着目し、それに基づいて大規模な配分問題を考えていきます。有名な例は、研修医と配属先病院のマッチングです。その他にも、就職、進学、保育所割当など幅広い問題の解決に重要な役割を果たしてきました。特に、参加者をより幸せにできるアルゴリズムを目指して設計を考えます

僕が特に気に入っている研究は、日本で問題になっている医師の地域偏在を解決するための研修医マッチングのアルゴリズム設計についての理論分析です。日本では、毎年約9000人の医学部の学生が研修医として配属されます。配属は「医師臨床研修マッチング協議会」が運営するマッチングの仕組みで決まります。各学生が、同協議会のウェブサイトに自分が希望する配属先を入力すると、アルゴリズムで処理されて全体の配属割当が決まります。これ自体は、理論的に見てもなかなかよいシステムなのですが、さらに医師の地域偏在問題を解決するための仕組みを提案しました。加えて、現在は保育所の割当問題についてもよりよい仕組みを提案するために分析しています。どちらの問題でも、理論研究だけでなく、社会に実装するという視点での研究が非常に重要です

──保育所割当については、実際に山形市と東京都文京区のデータを使って実装に向けた研究を進めていると伺いました。

小島 はい。待機児童の問題は、日本だけでなく世界的に見ても非常に大きな問題です。それを解決したいというモチベーションで研究を始め、制度を改善するためのアルゴリズムを理論的に導くことができました。しかし、いざ社会に実装しようとすると、理論研究では気づかなかった副作用や、思わぬ結果が生じることがよくあります。そこで、実際に保育所割当のデータを自治体から提供していただき、本当に理論が想定通りに機能するかどうかを検証してきました。幸い、理論的に望ましい方法が現実のデータでもよい結果をもたらすことがわかってきたので、今後は実装に向けてさらに研究を進めていきます。

■経済学を現場で活かすための土壌:アメリカと日本の違い

──マッチング理論の実装というと、アメリカではさまざまな場面で取り入れられている一方、日本では導入が限定的だというお話を耳にします。

小島 そうですね。日本の研修医マッチングは重要な実装例ですが、それ以外の例は日本ではあまり見られないというのが僕の印象です。一方アメリカでは、学校選択制度、周波数帯オークション、臓器移植などをはじめとして、多くの場面で実装され、問題を解決してきました。

とはいえ、マッチング・アルゴリズム自体は知らず知らずのうちに活用されています。たとえば保育所入所を自治体に申し込む際に、希望する保育所の順位表を提出しますよね。自治体はその順位表と家庭の背景情報等に基づいて基準に従って割り振っていきます。実際には手作業で行われることが多いですが、これは実質的にはマッチング・アルゴリズムだと言えます。最近では、富士通がAIで保育所マッチングを数秒で終わらせるサービスを提供したりして話題になりました。ただ公開情報を見る限り、これはそれまで行っていた手作業を忠実にコンピュータで再現することに主眼を置いたアルゴリズムのように思えます。ですので、マーケットデザインの研究成果がダイレクトに実装された例というのは、日本では少ないと見ています。

──経済学の知見は、実装の際にどのように貢献できるのでしょうか。

小島 ここで経済学者が貢献できるのは、目的にあわせてアルゴリズムの性能を評価し、改善していくことです。たとえば経済学者は、そのアルゴリズムが効率的な配分や公平な配分の実現を目的とする場合、目的達成のためにはどんな仕組みを設計すべきなのか、目的に対してアルゴリズムの性能をどう評価すべきなのか、といった発想で分析します。そのような分析に基づいて制度を評価することで、目的達成に向けた改善にも貢献できるでしょう。

──経済学者が提案するアルゴリズムが実際に現場で活用されるには、行政などの受け手側の環境も重要な気がします。

小島 その点は非常に難しいけれど、おもしろい問題です。人によっていろいろと意見が異なるとは思いますが、僕自身は、日本ではアカデミア外の方々に「アカデミックな知見が使える」と思っていただける土壌が、まだ整っていないのではないかと考えています。アメリカだって、最初から学者の言うことをみんなが信じるわけではありません。長い時間をかけて、アカデミックな知見が現場で活用され成功に結び付いてきた歴史が積み重なって、いまの環境をつくっています。アメリカの場合は学者の層が圧倒的に厚いことも強みですが、バリバリ研究している人たちが実践面でもどんどん貢献して、成功例を積み上げていく。こうしたポジティブフィードバックを経て、アカデミックな知見が社会に受け入れられる土壌が育っていくのだと思います。

──アメリカの成功例としては、どんなものが有名でしょうか。

小島 マーケットデザインの業界では1990年代頃から実装が進んでいて、周波数帯オークションなどは重要な成功例です。他にも研修医マッチングや学校選択制度の改善、臓器移植の交換メカニズムの提案などで大きな成功例があります。ここでは、「学校選択」について詳しくお話ししましょう。この問題は、アメリカで長く指摘されてきた社会事情と深く関係しています。アメリカでは従来から、公立学校における教育の質の低さが問題視され、人々の不満が高まっていました。それで、学費の高い私立学校に通える裕福な家庭と、そうでない家庭との間に大きな教育格差が生じ、社会問題となっていました。そんなときに、2012年にノーベル経済学賞を受賞するアルビン・ロスをはじめ、非常に優秀な経済学者が問題に興味をもち、より多くの人々にとって望ましい学校選択制度を提案して改善に貢献しました。これは大きな成功例だと思います。

とはいえ、優秀な経済学者がいるだけで社会実装が成功するわけではありません。実装にも取り組む研究者の話では、どんなによいアルゴリズムを考えても、それを採用する側に積極的に動いてくれる人がいないとうまくいかないそうです。行政など受け手側の組織にいる問題意識を持って改善を目指す人と学者が協力してはじめて、実装が成功するということです。日本の場合、現場と学者の間の信頼感や、それぞれの需要と供給のマッチングが、まだ不足しているのかなと思います。個人的には、そういうところから変えていきたいですね。

──アメリカの研修医マッチングでは、夫婦を一緒に配属するような仕組みも使われるようになったと聞いたことがあります。

小島 それも重要な事例です。アメリカでは特に女性の医師が時代とともに非常に増えてくる中で問題になりました。実際、アメリカの研修医マッチング制度が一時期うまく機能しなくなったという経験もあり、現場からの需要に応えて、アルビン・ロスたちが中心になり新しいアルゴリズムを設計しました。

──これもロスが中心なんですね。

小島 はい、いまアメリカの研修医マッチングで使われているアルゴリズムは、1990年代にロスが中心となって考えたものです。ただしその雛形のアルゴリズムは、それこそマッチング理論を創始したゲイルとシャプレーの論文までさかのぼれますし、学校選択の場合にはアブドゥルカディログルとソンメツの論文が大きな契機になりました。このように多くの研究者たちの積み重ねがあることも重要です。研修医でも学校でも、これらのアルゴリズムはもう長い期間使われています。こうした成功例の積み重ねが重要だと思います。

■最新の経済学を伝えたい

──日本ではアカデミックな知見が実装される土壌が整っていないというお話が出ました。それを変えていくために、どのような働きかけが必要だとお考えでしょうか。

小島 なぜ土壌がないのか。まず考えられるのは、僕たち研究者側の努力が足りなかった可能性があるということです。それもあって、より多くの方々に経済学に興味を持ってもらえるような活動をしなければと考えています。実は移籍するにあたって、東京大学に「マーケットデザインセンター」を設立することになっています(注:2020年7月15日時点。現在は設立されています)。このセンターを通じて、経済学やコンピュータサイエンスなど経済制度設計の研究と行政や企業の問題意識をつなぎ、周知活動も積極的に行い、社会実装を目指していきます。

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また、若い人たちの経済学に対する潜在的な需要を掘り起こしたいとも考えています。僕自身はいま、経済学が非常におもしろくて、現在の研究対象に出会えたことを幸運だと思っています。僕のように経済学と出会えれば、おもしろいと感じる人が潜在的にはたくさんいるはずなのに、そこにうまくリーチできていないと感じています。経済学を届けたいと特に思う層は、理系の学生さんや女性の方々です。

僕も東大ヘは理科I類で入学した、いわゆる理系です。当時は経済学をやるつもりはまったくなかったのですが、たまたま仲のよい友人が経済学部で、経済学の本を薦めてくれたんです。まったくの偶然ですが、それが非常におもしろくて、それがきっかけで経済学の道に進みました。いま振り返れば、そこで経済学に出会えなかったらと思うとぞっとします。日本では、経済学は文系にカテゴライズされるので、理系の人に知ってもらう機会が必ずしも多くはありません。しかし、理系の素養は経済学と相性がよい面もあるので、本当だったら経済学のフィールドで活躍してくれる人材を逃してしまっているかもしれません。

また、以前から経済学の業界には、女性の研究者や学生が少ないことが大きな問題となっています。近年は昔に比べれば研究でも実社会への応用でも活躍する女性は増えており、キャリアパスやワークライフバランスの面でも改善してきていると感じています。それでも、高校や学部入学当初の段階で経済学や研究そのものに興味を持っていただくチャンスはまだまだ少ないという話を耳にします。ここでも、本来であれば経済学の研究や実装に貢献してくれる人材を逃してしまっているかもしれません。この点は、学界にとっても社会にとっても大きな損失です。そこで、特に若い皆さんが経済学と出会う機会をつくり、潜在的な興味を掘り起こしていきたいと強く思っています。

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──2020年10月10、11日開催の日本経済学会にあわせた一般向けの企画も検討中と伺いました。

小島 はい。この企画は大阪大学の室岡健志さんと一橋大学の手島健介さんがTwitterで話していたところに、僕と何人かが「それ、いいじゃん」と乗っかる形で始まりました。現在は、みんなで詳細を詰めているところです。せっかく経済学の知見が社会実装につなげられるほど蓄積されているのだから、それを伝えたい。まだ経済学をよく知らない方々に、その魅力を届けたい。個人的には、こんなモチベーションで参加しています。

──どのような方々を対象とする予定ですか。

小島 基本的にはどのような方も歓迎ですが、今回のイベントに限って言えば大学学部生や修士課程の学生くらいを主なターゲットに、「経済学を学んでみよう」「大学院に進学してみよう」と思ってもらえるような機会がつくれたらいいなと思っています。

できれば今後も継続して行うことを目指していて、個人的には高校生など、より幅広い方々にリーチできる機会にしていけたらと考えています。実は以前から、中学生や高校生くらいを対象にマッチング理論を教えてみたいなと思っていました。マッチング理論は、経済学などの前提知識がなくても、パズルのような感覚で楽しんでもらえる面があります。なるべく早い時期から、経済学への興味を掘り起こしていきたいんです。

──どんな内容になりそうでしょうか。

小島 まず経済学に携わる方々に登壇してもらい、オンラインで短い講演をいくつかしてもらう予定です。専門や、性別、年齢などの背景にもバリエーションをつけて登壇者をお願いしました。経済学はどんな問題を対象にするのか、実際の研究ではどんなことが行われているのか、といった学問の話にとどまらず、公的機関などで活躍している人の話や、実際に経済学の知見を実装する現場で働いている人の話など、経済学のいろいろな側面を見せることができたらいいなと思っています。特に今回は、どういうふうに「経済学が役に立つ」のかを紹介しようという話にまとまってきています。せっかく多くの方々が集まるので、質疑応答など講演者と参加者が交流できる時間や、登壇者によるパネルディスカッションも予定しています。

──とてもおもしろそうです。特に、以前は経済学の知識が直接キャリアに活きるという実感は得にくかったかもしれません。

小島 そうかもしれないですね。メンバーの間でも、経済学の魅力自体を伝えるのはもちろん、経済学を学ぶことでどんなキャリアが広がるのかを紹介することも非常に重要だと話しています。海外大学院への留学の話や、大学院を出た後の就職などは、進学を迷っている学生の皆さんには興味があるところかもしれません。こういった点もお話できればと思っています。

──アウトリーチという面では、若い方々以外にも、たとえば企業で採用を検討するような層に、経済学の知見がどのような形で活かせるのかを伝えられるとよさそうですね。

小島 はい、それは学者の間では長いこと言われてきた問題で、今回のアウトリーチ企画でも社会人の方にも興味を持ってほしいと話しています。博士号取得者は企業でも使えるはずだから、採用の人にももっと見てほしいと思っている学者は多いです。ただおそらくは、これまで具体的に働きかけるところまでは十分できないでいたのではないかというのが僕の印象です。

これに対しては、われわれが周知や宣伝をするだけではなく、やはり着実に成功例を積み上げていくのが大事だと思うんです。だから、国内外の成功例を伝えて、少しずつでも実装につなげ、それを成功させていくことが大事です。時間はかかるかもしれませんが、行政や企業側のニーズもだんだんと掘り起こしていきたいと思っています。東大で同僚になる渡辺安虎さんをはじめ、最近はビジネスの現場とも深い関わりを持ちながら実証研究に取り組んでいる研究者も増えています。そうした方々の仕事も含めて積極的に発信し、多くの方々に周知していく活動が重要になりますね。

■東大マーケットデザインセンター始動

──最後に、ご帰国後の活動についての展望をお伺いします。

小島 研究はもちろんですが、先ほども触れた「マーケットデザインセンター」の活動に取り組んでいきたいと考えています。センターでは、研究と実装をメインに、アウトリーチも柱の1つに据えて活動していきます。また、実装を進めるための体制も、しっかりつくりたいと考えています。というのも、実は僕自身が、理論を実装に移す段階で苦い経験をしたことがあるからです。最初にお話ししたように、僕自身にも研修医や保育所のマッチングなどで、日本の制度によい提案ができると自負する研究があり、以前、ある問題について政策担当者の方々に説明をする機会をいただきました。その場で、「理論はわかったのですが、データに照らすとどうなるんですか?」と聞かれ、僕の方にその質問に答える十分なリソースがなかったため、すぐ反応ができませんでした。頑張ってシミュレーションをやったのですが、時間がかかりすぎてしまったのです。仮に、迅速に反応できたからといって実装につながったかどうかはわかりませんが、今でも思い出すと悔しいですね

センターをつくることで、そうした対外的な話も進めやすくなりますし、幸いにも大学からのサポートも得られるので、行政や企業の方からの質問や要望にタイムリーに反応するための十分なリソースを確保し、実装につなげる体制をつくっていきたいと考えています。実装を重ねることで研究にも厚みが出ますし、経済学のアウトリーチにもよい効果が生まれると思っています。

──大学院生などを中心に、リサーチアシスタントなどを雇用して研究と実践のためのチームをつくるイメージですか。

小島 はい。これは教育面でも重要な機会だと考えていて、活きのいい学生さんたちにリサーチアシスタントとして助けてもらいつつ、勉強会なども定期的に行って学生さんのスキルアップの一助になりたいと思っています。他にも、マネジメントやアウトリーチ、対外的なコーディネートを担っていただける方々も採用して、体制を整えていく予定です。

──非常におもしろそうです。研究と実装の両輪で、経済学の知見がいろいろな場面で活かされていくことになりそうです。

小島 個人的にもセンターには非常に期待していますし、日本に戻ってこうした活動ができることをとても楽しみにしています。学生さんやアカデミア外の方々で、経済学の研究や応用に関心をお持ちの方がいらっしゃったら、ぜひコンタクトをいただきたいです。

以前から日本の政策にも関心があり、実装を進めることで研究にもよいフィードバックが生まれると思っていたのですが、ずっとアメリカにいてなかなか踏み出せずにいました。帰国後は、腰を落ち着けて頑張っていきたいと思っています。

皆さん、これからの僕の活躍にどうぞご期待ください(笑)。


[2020年7月15日、インタビュー収録]

『経セミ』2020年10・11月号掲載版では、マッチングの理論と社会実装に関する情報や研究論文なども具体的に紹介しています(最新号の情報は以下)。ぜひあわせてご覧ください!

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