木星 (櫻井敦司さんへ寄せて)

月から降りてくる螺旋階段に、
彼は思い立ったかのように足を踏み入れた。
去り際はあまりにも突然で、
僕らは戸惑うしかなかったけれど、
仕方ない。
今朝の新聞は涙色で滲んでいる。
僕らは手に手を取って、
ハッピーとは言えないかもしれない、
唐突な舞台の幕引きを見つめている。
パレードに後ろ指をさしていた者も、
今や彼の虜だというのに。

出来すぎた夢のような情景。
拍手が遠くまで響き、
歓声がすぐそばで沸きあがり、
投げキッスの余韻が頬で溶けていく。
ステージの名残が、
お別れの印にも似て、
誰一人眠れなかった夜を照らしている。

言葉にならない、苦しくて。
さよならを、二度と言えない。
みな、おやすみなさい、と枕元で呟くだけだ。

夜を通し泣き明かした金魚たちは、
それぞれの時間軸に戻り、また泳ぎ始める。
フォルダに収めた写真が、
物凄いスピードで飛び去っていく。
路上にただ一枚残ったのは、
友が献杯に捧げた、
缶ビール。

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