未開のままの

海辺の町に走り出す列車に乗り込んだ三月の午後
窓の向こうに工場が連なり煙を吐き出す
隣に座った女は投資に使うスマホに今も夢中で
真向かいの紳士服を着た男は醜聞をあさっている
人を傷つけるためだけの言い回しや言葉が西へ東へ流行り廃り
途中下車した中年でさえもその物言いの危うさに気づかない
憎しみは確かに力の一つだと賢者は人の前で頷いたが
君は同時に彼が疎ましく眉間にしわを寄せたのも見逃さなかった
春が近づくこの陽気に相応しくない曇天の心模様と
見向きもされない無常観にだってきっと言い分はあるはず
ビルは日を追うごとに高くそびえ影を作り陽射しを遮り
命を守るはずの知恵が商人にピストルと弾丸を作らす
君が覗き込んだ地図は境界線だらけで旗がはためき
昨夜ノートに記した夢はバカバカしくて消え入る寸前だが
僕らが過ごした小学校の校舎が壊されると知ったからには
朝一の列車に乗り込み陽だまりを進もうと君は決めていた
君があの娘に告げた「大好きだ」っていうその言葉だけが
地雷が埋まり、歩けば足を奪われる大地の種子となる
人はそしり、非難し、嘲笑い、時にナイフもかざすけれど
奮い立つ君の姿の前におののき、憎しみは灰となる
大人になっても拭いきれない青臭い心を仕舞ったバッグは
社会を知れと世間を渡れと友にさえ言われたその最後にも
砂を浴びて土を食べて泥の中で働かされようと譲り渡すなよ
ただ磨け擦れよ研ぎ澄ませ鋭く鈍い光で空を射貫く日まで
君が大切にしたモノたちが決して間違いじゃないと気付く時まで
食べきれずに残しておいたチーズの欠片さえ君の証だ
渇いた喉にも通らない流れない水と同じでそれは君が生きた証だ
記憶の隅にある校舎が廃屋となり姿が塗り替えられても
あの娘が君の手を掴んだその瞬間だけが種子になる
種子になる
未開のままの心で
未開のままのその心と

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