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#1 「誰かが映画にしてくれたらいいよな」と最後にあなたは笑った

 先月、ニューヨークでライブをしたとき、5年前のレコーディングで大変お世話になった方が来てくださり、数年ぶりの再会を果たした。ライブのあと、日本にいる錯覚をおこしそうな居酒屋で焼き鳥をほおばりながら、ほんの1ヶ月前にも会っていたみたいに話していた。この街の人と会うといつも、前置きを飛び超えて会話している気がする。濃い体験を共有した人とは、実際に会って雑談する機会はわずかだったりするので、そのひとの個人的なストーリー(背景)については実は知らないことのほうが多い。けどこの時はたまたま、知り合う以前の話になり、「いやあ、映画にできるくらい、色々なドラマがあったんだよ」と話してくれた。細かくは語らなかったものの、ままならないことを体験して、笑って話せる”過去”になった今も、きっとそのシーンは何度も何度も、その人の中に時折フラッシュバックするのだろうと思った。少しずつ鮮やかではなくなっても。

 このnote(マガジン)の表題  <「誰かが映画にしてくれたらいいよな」と最後にあなたは笑った」> は、その人の話ではなく、私自身の中に残っているシーンのひとつである。面白いことに、この台詞を言った人への感情よりも、シーンとしての記憶が強く残っている。最初からそうだったのか、次第にそうなったのか、今ではわからない。忘れたくないのに、次第に薄まってしまうものもあるし、早く忘れてしまいたいこともある。でも、誰もが心の奥で、自分のことを誰かに思い出してもらえたらいい、と願っていると思う。だから私は、「こうして思い出しているよ」と空に紙飛行機を飛ばすように、曲を書くのかもしれない。私のなかには、もらってきたたくさんの言葉や、シーンが、DNAとなって息づいている。

 私はシンガーソングライターで、今年の6月に8曲入りのアルバム「シネマティック」を出させてもらった。NHKみんなのうたのために書いた曲や(とても光栄な、特別な体験だった)、楽曲を元にショートフィルムを作ったり、映像にリンクした曲が多く、様々なシーンによって構成した群像劇のような作品になった。何気ない日常も、すれ違う誰かの人生も、ひとりひとり映画を作れるくらいドラマがある。時折、そんな瞬間に触れると、生きていることそのものが、いとしかったり可笑しかったり、とにかく讃えたいような気持ちになる。そんなアルバムになった。

 前作(「touching souls」)のときはテーマが先にあって、そこに向かうような作り方をしたのに対し、今回は作りながら出会い、彷徨い、歩き続けていたらある日すべてがつながった、そんな制作体験だった。この感覚はとても面白かったので、なにか言葉にしてみたいと思った。それに、日々のすべてがあっという間に流れて行き、とても感動したことさえ、抱えておく力が弱ってきている気がする。立ち止まってる暇はない。でも、もう少しだけ、抱きしめていたい。そんな感情もあると思う。

 私の音楽をもしかして好きでいてくださる方には、アルバムのセルフライナーノーツとして。そうでない方にも、記憶や感覚を変換していく作業について、マインドトラベルする読み物(に値するように、頑張ってみたい)として、何回か、お付き合いいただけたら嬉しく思います。そして、もしも読んでいる中で、ふと、なにかを思い出すようなことがあったなら、また嬉しいなぁと思います。思い出してもらった誰かも、喜ぶかもしれないから。

「誰かが映画にしてくれたらいいよな」と最後にあなたは笑った。

 書いてみよう、と思ったときになぜか思い出したのが表題のシーンだった。あの日、あんまり好きじゃない街の、適当に入った喫茶店で話を終えて、とりあえず駅に向かうのは同じだからなんとなく一緒に歩いていた。ガードレールと狭い歩道。少し前を歩きながら彼が最後にそう言って、私は本当にそうだな、と思った。駅に着いて彼は改札をくぐり、私はSuicaのチャージ不足で足止めに。そのまま、手を振った。



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