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ラジオを聴きながら読む本 ――『占領期ラジオ放送と「マイクの開放」』のデジタル・アーカイブ公開

近年、技術革新にともなってメディアの多様化が進んでいますが、かつての主要メディアの一つにはラジオがありました。日本でラジオの本放送が開始したのは1925年のことです。それから戦中戦後にかけてラジオは人々にとって娯楽だけでなく大本営発表を放送するプロパガンダの役割も担いました。

2月に刊行した太田奈名子著『占領期ラジオ放送と「マイクの開放」では、主に敗戦直後の日本ラジオ番組に光を当て、アメリカの占領政策の内実や民衆の声を明らかにしています。

このnoteでは、著者の太田奈名子さんに、同書に登場するラジオ番組の音声および動画をデジタルアーカイブとしてご紹介いただきました。

ぜひご視聴ください。

***

このたび、占領期ラジオ放送と「マイクの開放」――支配を生む声、人間を生む肉声を出版しました。日本のラジオ放送の歴史は、およそ100年にも及びます。なかでも本書は、占領期(1945〜1947年)の番組にとくに注目し、ラジオ放送が敗戦直後の人々になにをもたらしたのかを明らかにしました。

占領期ラジオ放送 書影

私がこの本を書くきっかけになったのは、「NHK番組アーカイブス学術利用トライアル」という研究支援プロジェクトに参加したことです。貴重な音源を実際に聴いたとき、私は、ことばでは言い表せない感覚に包まれました。占領期の人々が必死に耳を傾けた放送とまったくおなじ放送を、時空を超えて、いま確かに私は聴いている。この感覚を自分の肌で感じていなければ、本書が生まれることはありませんでした。

ラジオ放送という音声の研究を、ことばでしか発表できないのは、皮肉です。

本書15ページで、私はこう書いています。「NHKがインターネットで歴史的音源を公開している場合は、注でウェブサイトを明記し、読者にすぐさま聴取者になってもらえるよう工夫した」。そう、トライアルに参加せずとも、「NHKアーカイブス」にアクセスすれば、だれでもあの不思議な感覚を味わうことができるのです。

ラジオの本なのに、音声がないのは、おかしい。

ドラえもんの生まれ年である2112年になれば、文字をなぞると音声が流れだすという細工ができるようになるかもしれません。しかし、その未来まであと100年ほど足りない現在、「NHKアーカイブス」のURLを逐一タイプする手間を省き、本書をまるでラジオを聴くように読んでもらいたい。読者(リーダー)でありながら、聴取者(リスナー)にもなってもらい、ぜひ当時の空気感に浸ってほしい。

このような思いで、本文の注でURLを明記した放送、および紹介したかったけれどもしきれなかった放送を登場順に並べ、このnoteを本書のデジタル・アーカイブとしてまとめました。

日本におけるラジオ放送の歴史を、どうぞ体感してください。

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はじめに

◆p. 3【注1】
1947年4月22日放送『街頭録音』「青少年の不良化をどうして防ぐかその二 ガード下の娘たち」
「姐さん」の叫びは、2分29秒から。

◆p. 15【注なし】
占領期ラジオ放送・投書データベース

第二章

◆p. 55【注5】
1925年8月13日放送『炭坑の中』
写真は当時のものだが、音声は再現によるもの。

◆p. 60【注なし】
1928年11月1日東京中央放送局より開始、翌年2月19日全国放送開始『ラジオ体操』

◆p. 60【注なし】
1942年放送「前線放送」

◆p. 61【注なし】
1941年12月8日放送「太平洋戦争開戦の臨時ニュース」
同日の「臨時ニュース」以降の放送は、2つ目のリンクを参照。

◆p. 61【注12】
1941年12月8日放送「太平洋戦争 開戦の詔勅(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)」

◆p. 61【注13】
1941年12月8日放送「大詔を拝し奉りて」

◆p. 61【注なし】
1945年放送「空襲警報」

◆p. 69【注22】
1945年8月15日「終戦の詔書(玉音放送)」

◆p. 74【注なし】
1945年10月放送開始『希望音楽会』

◆p. 74【注なし】
1946年7月放送開始『尋ね人』

◆p. 75【注なし】
1946年1月放送開始『のど自慢素人音楽会』

◆p. 75【注なし】
1945年11月21日放送『座談会』(『放送討論会』)「天皇制について」
同放送の映像を含む1945年11月30日放送『日本ニュース 第262号』の全編は2つ目のリンクを参照。

◆p. 75【注なし】
1946年2月放送開始『英語会話』

◆p. 86【注なし】
1946年5月放送開始『戦争裁判法廷録音』(『極東国際軍事裁判(東京裁判)』)

第三章

◆p. 124【注10】
2005年12月9日放送『あの日 昭和20年の記憶』「『真相はこうだ』を貪り聞いた 佐藤忠男さん(映画評論家)」

◆p. 129【注12】
1946年2月10日放送『真相はこうだ』第10回

1946年1月18日放送『真相はこうだ 質問箱』第1回

第四章

◆p. 137【注6】
1946年11月12日放送『真相箱』第41回

◆p. 158【注なし】
1948年1月6日市ヶ谷法廷、東條とキーナンのやりとり
このやりとりを含む1948年1月13日放送『日本ニュース 戦後編第105号』の全編は2つ目のリンクを参照。

第五章

◆p. 179【注3】
1945年12月放送開始『話の泉』

◆p. 222【注16】
1942年2月23日放送『日本ニュース 第90号』「戦捷第一次祝賀国民大会」

◆p. 228【注なし】
1943年放送「ガダルカナル島の戦況」

◆p. 243【注なし】
1948年1月放送開始『産業の夕』

第六章

◆p. 272【注18】
1948年2月17日放送『日本ニュース 戦後編第110号』「街頭録音-東京銀座-」
ニュース全編は2つ目のリンクを参照。

◆p. 267【注なし】
1947年11月放送開始『二十の扉』

◆p. 268【注なし】
1932年放送開始『子供の新聞』

◆p. 290【注30】
1947年7月放送開始『鐘の鳴る丘』

第七章

◆p. 303【注6】
占領期ラジオ放送・投書データベース

◆p. 331【注20】
1947年6月24日放送『街頭録音』「緊急経済対策に就いて」
同放送の映像を含む1947年7月1日放送『日本ニュース 戦後編第77号』の全編は2つ目のリンクを参照。

終章

◆p. 422【注4】
1946年5月24日放送「食料問題に関するお言葉」

◆p. 424【注7】
1946年5月30日放送『日本ニュース 戦後編第20号』「飢えた人民に天皇御放送」
ニュース全編は2つ目のリンクを参照。

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最後になりましたが、本書刊行がロシアによるウクライナへの軍事侵攻の開始と重なるとは、夢にも思いませんでした。占領期という過去の問題ではなく、まさにいま巻き起こるメディア・SNSを駆使した情報戦を自分ごととして考えるために、占領期ラジオ放送と「マイクの開放」を手に取り、一つひとつの歴史的放送が今日の日本と私たちをどのように形作ってきたのかを、著者と一緒に考えていただけましたら幸いです。

↓本書の詳細はこちらから

占領期ラジオ放送 noteバナー

【著者プロフィール】

太田奈名子(おおた ななこ)
1989年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学專攻博士課程修了。博士(学術)。専門は、メディア史、批判的談話研究。現在、日本学術振興会特別研究員(PD)、東洋大学・東京大学非常勤講師。
主な業績に「占領期ラジオ番組「『真相箱』が築いた〈天皇〉と〈国民〉の関係性」『マスコミュニケーション研究』第94号、2019年、"The voiceful voiceless: Rethinking the inclusion of the public voice in radio interview programs in Occupied Japan." (2019). Historical Journal of Film, Radio and Television 39 (3)など。

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