言語学的ラップの楽しみ方

日本語ラップには色々な楽しみ方があると思います。もちろん、純粋に曲として聞いても素晴らしい曲が多いです。それに加えて、曲のメッセージ性を楽しんでも良いですし、トラックメーカーとの相性を楽しんでも良いですし、韻を楽しんでも良いわけです。

私も色々な楽しみ方をするわけですが、その中でも韻を楽しむのが好きです。ちょっと変態チックと思われるかも知れませんが、私の韻の「言語学的な」堪能の仕方をご紹介いたします。ちなみにフリースタイルダンジョンで審査員をつとめさせて頂いたときに、韻にこだわりすぎて、叩かれたのもいい思い出ですが、評価をしてくださった方もいます。あくまで個人の嗜好で楽しくお楽しみ下さい。

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1.アクセント崩しを楽しむ

ラッパーって韻を踏むときに、普段使わないようなアクセントで発音することがあります。私の好きな例では、Hip Hop Gentlemanで

山田マンが

芸術は爆発(bakuhatsu)

生きるのに役立つ(yakudatsu)

と韻を踏んだときに、アクセントが語頭にきています(高低低低)。辞書の通りに発音すると、「爆発」は無アクセント(低高高高)で、「役立つ」は低高高低になるはずなんですがね。アクセントの位置がどうたらこうたらというよりも、「普段と違う感じで発音されているなー」と感じてくだされば構いません。おそらくラッパーたちは「ここから韻が始まるから良く聞けよ」的にアクセント崩しを用いているのでは、と思います。

このアクセント崩しに慣れてくると、韻が踏まれる前に、アクセントが普段と違う形で発音された単語を聞くと:

「あれ?今アクセント崩しが起こったな」

と感知できるわけですね。するとアクセント崩しは多くの場合、韻のサインですから、「この単語にどんな韻を組み合わせてくるんだろう?」とドキドキできるわけです。韻を聞く前に、韻が起こることが予想できるのですから、「この人はこの単語に何を合わせて来るのだろう」とドキドキが止まりません。楽曲でもフリースタイルバトルでもこの楽しみはありますね。フリースタイルバトルのときに韻が何回踏まれているか数える参考にもなります。

ちなみに、このアクセント崩しをするかどうかはラッパーのスタイルに寄ります。Zeebraさんなんかは結構やるタイプ。晋平太さんも顕著ですね。逆に、K-dubさんなんかは頑なにこれをやりません(と本人もおっしゃってました)。K-dubさんは、どちらかというと、元々の単語のアクセントを大事にするNHKアナウンサータイプ。FORKさんは昔は崩してたけど、最近はあまり韻を強調するのも下品だと言ってらっしゃるだけあって、最近は崩し方が少ないようです。このように、アクセント崩しの観点から自分の好きなラッパーのスタイルを考察(?)するのもお勧め。

あとは慣れてきたら、どんなアクセント崩しを使うかを堪能するのも楽しいです。一般的には、HL(高低)ですが、LH(低高)とかLHL(低高低)みたいなメロディーが起こることもあります。LIBROの胎動とかね、降神とかね。

2.単語同士の奇跡的な出会いを楽しむ

「ラップの研究をしています」と言うと、良く聞かれるのが「韻の効用って何ですか?(=なんで韻を踏むんですか)」という質問です。これはZeebraさんの言葉をお借りしているのですが、韻って「単語と単語の運命的な出会い」だと思うんですよ。例えば、有名な『インファイト』で、Ken the 390さんは、「b-boy」「 イソジン」「自尊心」「新境地」で韻を踏んでいます。

「イソジン」以外は分かるんですよ。意味的な繋がりがあるじゃないですか。「B-boy」は「自尊心」があって、それで「新境地」を切り開く人間なんだと。でも、イソジンでなんぞ?

この単語の組み合わせの中に「イソジン」が入ってくることで、良い意味での肩すかしが来るわけです。でも、韻という手法がなかったら「イソジン」と「自尊心」が出会うことはなかったと思うんです。上のHip Hop Gentlemanの「軍足」と「ムーンウォーク」もそういう意味で大好きです。現実ではあり得ない単語の巡りあわせが韻のおかげで生まれる。

有名な言語学者・文学研究者であるローマン・ヤーコブソンは、「文学の役割とは現実の異化である」と言っています。つまり、「惰性的になってしまった現実をわざとぶっ壊す」ということですね。「イソジン」と「自尊心」を組み合わせて、惰性化した我々の言語活動を壊してくれているのでは、と感じます。

ま、簡単に言って「この単語とこの単語って母音が一緒なんだー」という驚きを体験できるってことなんですけどね…

3.確率を楽しむ

A. ある小節末に[CaCiCe]という単語が与えられた時(C=子音)、次の小節末の単語も[CaCiCe]で終わる確率を求めよ(=偶然に[CaCiCe]という韻が出来上がってしまう確率を求めよ)。

【ただし、日本語のそれぞれの母音は等確率で現れるものとする。また、日本語にどのような単語が実在するかは考慮に入れなくてよい。】

B. n個のCVの組み合わせとして、[CVCV...CV]の一般形を考える。この場合、上のAの問題のように、すべての母音同士が一致する確率を一般式で書け。

C.上のBの問題で得られた一般式に対して、韻がm 小節に渡って偶然踏まれる確率をmとnを用いて書け。

なんていう問題がセンター試験にでる将来を夢見たり、見なかったり。すごく単純化した問題ですが、確率的にラップを楽しむためには良いのではないでしょうか?

Aの答えは(1/5)^3ですね。V1=aは1/5, V2=iは1/5, V3=eは1/5ですから。1/5*1/5*1/5で(1/5)^3です。(^はべき乗を表します。)

Bはそれを一般化して、(1/5)^nですね。

Cは、(1/m-1)*(1/5)^nとなります。2小節のペアの時は、1/(m-1)=1だからBの答えのまま。3小節に渡って行われる場合、Bの確率がもう一度繰り返されるので、1/2*(1/5)^nとなる。などなど。


(カットされちゃいますが、『K-dub Shineのヒップホップカレッジ』の収録時にこの式を紹介したら、ハライチの岩井さんに「M1に5回でたら一回勝てるの略?」と言われて、「なるほど〜、うまい!」と思いました)。

実際計算してみると分かりますが、長い韻ほどすごい確率で起こっていることが分かります。確率を計算して、ぐしぐしするのも私の韻の楽しみに方の一つです。

4.頭韻を楽しむ

韻というと母音に頭が行きがちですが、子音を重ねるのが得意なラッパーもいます。母音だけにとらわれずに、子音の重ねかたなんかも聞いていると楽しいですよ。はにゃ?なんのことか分からないという方は

を良く聞いてみてください。誰とは言いませんが、はい、子音をこれでもかって重ねて来てくれる人がいますね。頭韻とはalliterationという技法で、英語の古典的な詩でもよく見られる手法なんですよ。ベオルフ時代は、こちらのほうが主な手法だったとか。あとピコ太郎も頭韻か。脚韻に聞き慣れている人も、頭韻も楽しんでね。

5. 「字余り」を楽しむ

もうここまでくると言語学おたく以外楽しめないかもしれませんが、私は「字余り」も大好きです。本当に大好きで名曲中の名曲の「俺たちの大和」で般若さんが「あの大海原でよ」と「死に方用意」で韻を踏むんですよ。始めて聞いたときの衝撃をまだ覚えているパンチラインですが、「用意」の「い」が余っていますね。

https://www.youtube.com/watch?v=qYx_XEI7qns

よく聞くと高母音が多いんですよ、字余り。そして高母音って日本語の母音ではもっとも短い母音なんですよね。ラッパーたちは、「字余りすんなら、短い高母音くらいで済ませておけよ」というルールが分かっているとばかりに高母音が多いです。それから、高母音って無声化しますが、高母音しているともう字余りですらなくなりますね。ここら辺のラッパーの言語感覚の鋭さに、ぐしぐしするのも楽しみ方の一つかと。

あと高母音でないとしたら、助詞とかね。意味的にあまり強くない母音ね。助詞は字余りOKだけど、内容語は字余りだめとかね。ここまで来ちゃうともうね、言語学的に素敵過ぎますよね。変態もここに極めりになってしまうので、このへんで。


6.日本語の伝統的な言葉遊びの発展として楽しむ

『Change!(曽田正人 著)』でも強調されていますし、その感想(?)noteでも述べましたが、日本語ラップって突き詰めると、日本語の伝統的な言葉遊び(言語芸術)と深く繋がっているんですよね。短い小節の中にメッセージを詰め込むのは短歌の伝統そのものですし。フリースタイルバトルに関しても、平安時代からバトってたようですし。未だに、ラップっていうと「怖い人がやってそう」と思われてしまうかもしれませんが、言語学的にも文学的にも素晴らしい分野だと私は信じています。


追記:

ちなみに、「言語学」ってフレーズをそのままラッパーが使った例があるんですよ。「言語学的調理職人 (DJ OASIS, キッチンスタジアム)」「言語学をフルに駆使した帝王学 (Boss the MC, BOSSIZM)」などが良い例ですが。ラッパーさんに「言語学」って言ってもらえると嬉しいですよね。

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