私は、なぜ書籍3冊(ほぼ)同時出版することになったのか。

現状の整理


私、川原繁人は2022年の前半に本を3冊出版します。

奥付だけで言いますと:

教養検定の『言語学者、外の世界へ羽ばたく〜ラッパー・声優・歌手とのコラボからプリキュア・ポケモン名の分析まで〜』が4月28日

朝日出版社の『音声学者、娘とことばの不思議に飛び込む~プリチュアからカピチュウ、おっけーぐるぐるまで~』が5月30日

大和書房の『フリースタイル言語学』が6月1日

なので、「ちょっとおかしなことになっているな」と思った人もいるかもしれません。私自身も思っています。言い訳(?)ではないですが、一応舞台裏をお話しさせてください。自分への備忘録も兼ねて。

もとはと言えばあの時録ったYouTube動画の数々

まず振り返ってみますと、全ての始まりは、2020年コロナ禍が始まってわりとすぐの頃のこと、YouTube用に音声学・言語学の解説動画を撮り始めたことにあると思います。理由はたくさんあったのですが、(1)自分のコロナへの無力感を少しで和らげたかったこと、(2)学びの機会が奪われている大学生が心配になったこと、(3)「役に立たない」と思われがちな言語学の未来が不安になったこと、が挙げられます。あとは、2020年の春学期、慶應義塾大学では「授業は基本的にオンデマンド(=学生は録画されたものを観て学ぶ)」という方針が取られていました。私は授業の本質は「学生とのやりとり」だと思っていました(います)ので、あくまでリアルタイム配信に拘りました。しかし、オンデマンドの動画も用意しないと学生部に怒られそうだったので、それならば講義を録画して、一般向けにも公開してしまおうと。ついでに学会発表も録画して公開してみようと。これが4つ目の理由ですね。そこで、まぁたくさんの動画を撮ったわけです。

教養検定のほとんどの章は、その時に撮った動画が基になっていますし、朝日出版社の「手叩き実験」「言い間違いの分析」「ねんねとちょべりば」などは当時、動画に撮った覚えがあります。大和書房の「漢語で遊ぼ」「にせものを探せ」なども当時撮った動画が基礎となっています。プリキュア、ポケモン、メイド名の分析などは複数の本で触れていますが、それらの動画も撮りました。

川原、人気作家になる!?

時は流れ、2021年の7月に朝日新聞の記事で、私の研究を取り上げていただいたことがきっかけで、いろいろな所からお声がかかりました。まずは朝日出版社様から、そして数日後、教養検定様から連載のお話を頂きました。どちらも書籍を見据えて、という話でしたが、書籍化に関しては具体的な話にはなっておりませんでした。私としては、最後の書籍を出版したのが2018年ですから、渡りに船の気分で引き受けました。2021年の夏には、妻は子どもたちを連れて実家に帰ったのですが、私は一人で家に残り、ここぞとばかりに原稿を書き溜めました。ですから、教養検定と朝日出版社の原稿の多くは、2021年の夏には雛形が出来上がっていました。

どうしてこうなった。

教養検定の連載が終わったのは2021年の12月です。新書化の原稿もほぼ出来上がっていました。社長は連載当時から新書化にノリノリでしたが、私は2022年の4月に昇進することが決まっていたので、「本を出版するなら4月が良い」ということで、少し伸ばしてもらいました。これが出版が重なってしまった原因のひとつです。

そして、朝日出版社は連載を単行本にまとめるかどうかという決断に少し時間がかかりました。社内的に色々と議論することがあったのでしょう。原稿は基本的に連載の分も加筆用のコラムも1月には、ほぼ出来上がっていた覚えがあるのですが、「いざ書籍化」とはならなかったんですね。私の印象ですが、朝日出版社は「みんなで本を作り上げる」という雰囲気の会社で、編集者と著者が動けば、話が進むというところではないようです。何となくですが、社内が仲が良さそうです。コロナがなかったら多分遊びに行っていたでしょう。

大和書房さんには2021年の年末に声をかけて頂きました。ですが、「はじめは教養検定と朝日出版社の単行本化をしっかり終えてからということにしたい」ということで、企画だけ先に通して頂きました。ただ、年末に例の妹喫茶のツイートがバズって、その後の後日談を「わらしべ長者的」にお話ししたのも好評を頂きまして、なんとなくの方向性はそこで出来上がっていたかな、という気はします。大和書房の編集者さんは誉め殺しを得意としていました。そして、大和書房は編集者さんの個人裁量の部分が大きい印象を受けます。編集者さんが「進めよう」といえば進むらしいです。

(朝日出版社と大和書房、どちらのスタイルが良いかなどという話はしていません。念の為)

すべては第6波のせい

そして、我々は2022年1月から第6波に襲われることになります。詳しいことは書けませんが、娘の学校は学級閉鎖がいつ続くかわからない状態。自主隔離をした時期も何度かありました(っていうか、この状況は今でもあんまり良くなってはいないんですが……)。そんな中で、私のストレス解消法は仕事だったのです。娘の学校があるうちに書けることは書こうと、アドレナリンが一気に放出されました。朝日出版社の企画が先に進められない状況でしたので、「1分たりとも無駄にしたくない」という気持ちで大和の企画に乗ったわけです。そこで、気が付いた時には、大和書房の編集者さんに「せっかく原稿あるんだから、本にしちゃいません?」と言われ、本にしちゃいました。朝日出版社のあとがきで「家族との旅はこれからも続くから、また会うときもあるかもしれない」的なことを書きましたが、その文を書いたときには、その「また」が(奥付的には)「1日後」になるとは思ってもみませんでした(笑)

業績の水増しではありませぬ

それぞれの書籍に書いてありますが、研究者のプライドにかけて同じような内容を繰り返して業績を水増ししたわけではありません。どの本も気持ちを込めて一生懸命書きました。3冊は「想定する読者」と「視点」が大きく異なります。

教養検定は、少し言語学に触れたことがある人、特に大学生や大学院生向けでしょうか。都立大の集中講義はこの原稿をもとに講義させて頂きました。真面目な川原繁人が先生として書きました。(タイトルのあちらこちらに多少のパロディはあります)

朝日出版社は体系的な音声学入門です。切り口は子育てですが。お子さんの言い間違いに興味があるご両親にも読んで頂けたら嬉しいです。私自身、今後は当分これを教科書に使おうと思っています。ゴスペラーズ北山陽一さんとの対談も目玉の一つです。

大和書房は読みものです。全く体系的ではありません。どちらかというと、私の溢れ出る言語学愛が自然と形になったものです。あとは個人的なラブレターが何通か入っています。

そりゃ、ポケモンやプリキュアなどネタ的には被るものもあります。ですが、ネタが被る際は、特に視点を変えることを心がけました。あ、3冊全部買えって言っているわけではないですよ。

ただ、3冊の本を通底している精神は「全て私から溢れ出てきたもの」であるということです。コロナ禍という辛い時代において、「客観性を目指した科学の実験結果よりも、個人的なエピソードにこそ自分は感動し、そこに救いがあるものだ」という経験を何度もしました。ですから、どの本も私が体験した出来事をもとにして言語学・音声学を語ってみました。他人行儀でない入門書。共感してもらいたい入門書。そんな感じでしょうか。

3冊の本が私の手を離れたいま、この限りなく私的な視線で書かれている入門書たちがどのように皆様の心に届くのか、ドキドキを禁じえません。

ものを書くのは好きですが、細かいチェックをすることは得意ではありません。ゲラのチェックが3冊重なって、寿命が縮んだことは間違いないでしょう(笑)私はストレガがたまると舌が痛くなるのですが、バッチリその症状も出ました。ま、悪いのはコロナですけどね。

追伸

過去に3冊の本は執筆していますが、今回改めて学んだこともあります。まず、本って著者だけでは書けないんですよね。絵を書いてくれるデザイナーさん。ミスをチェックしてくれる校閲係さん。本がどうしたら売れるか考えてくれる営業部。そして著者とこれらの人々の板挟みになっても本の出版のために頑張る編集者さん。図の再掲許可を取るためにも動いてくれるのも編集者さんです。私は過去に「私と二人三脚で本を出してくれる編集者さんはいませんか?」とTwitterで募集したことがありますが、朝日出版社と大和書房の編集者さんは、間違いなく私と二人三脚してくれました。

まとめ

頑張りまーした。皆さんに楽しんでいただければ何よりです。






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