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理不尽な社会で君たちはどう生きるか 秋葉優吾(法4・慶應)

こんにちはこんばんは!
本日より始まる、引退した4年生によるブログのトップバッターを担当させて頂きます、法学部法律学科4年の秋葉優吾です。

11月に入り、暑かった日々が一変して寒い日が続いておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。(この記事を読んでくれてる後輩たち、風邪はひかないようにしてくれ。ずっと応援してるよ。)
一応自分のことを書くと、授業やバイトでまだ引退した実感はないってところです、、、

さて、今回は「4年生卒業ブログ」とのことですが、4年間の思い出はみんなの記憶の中にあると思ったため、ここでは折角なので22歳の時点での自分の想いをここに残しておこうと思います。

異質なタイトルにしてしまいましたが、自身が次男であり長男との扱いが異なっていたことや、私立の小学校で幼少期から凄い経済格差を見せつけられていたこと(自分もかなり恵まれている環境なのは重々承知してます)、部活動では先輩からありがたいご指導を受けていた(変な意味じゃなく軟式野球部はどの先輩方も本当に優しいよ)などの経験から、理不尽なことが大嫌いだった自分がこの部活動を通じて価値観を変化させたとのお話なので、ご容赦ください。
(ブログの先頭がこれだと次の人書きづらいと思う、先に謝っとく。一ノ瀬ごめん。)

大学生活も残りわずかとなり、学生と社会人の狭間に立つ今、これまでの自分の人生や周りの人生を振り返ってみると、自分はかなり恵まれた環境下にいたんだと感じます。自分達が毎日野球をしたり、大学の講義を受けている間にも、現在起こっているウクライナ侵攻やハマスの交戦など、この世界のどこかで戦争が勃発し、その戦地で不自由な生活を強いられている方々や、戦争関係なく貧困飢餓により苦しむ方々、更には病気や障害で苦悶する方々等、進退窮まる状況に立たされている方が多くいます。これらの現実は非常に残酷で、一体彼ら彼女らは何をしたっていうのだと感じるばかりです。そして、上記の理不尽な事柄は、「大きな理不尽」であると考えます。一方で、客観的には何不自由ない人々の暮らしの中にも「小さな理不尽」というものも存在します。例えば、他者と比べて賢くない、美しくない、運動神経が良くないといった先天的要素を含むものから、不合理に上司・先輩に怒られる、なぜか試合に出場させてもらえないといった運や環境が絡んだ後天的なものまで広く挙げられます。このような周りに生じる「小さな理不尽」に対して、大学生活の中盤くらいまで不公平だの差別だのと感じていましたが、ある日を境に、その「理不尽」を受け入れてこその人生なんじゃないかと思うようになりました。その契機としては、就職活動やアルバイト、その他課外活動でその考えに至った面もありますが、この軟式野球部での経験が一番大きいと思います。野球はチームスポーツであるため、試合に勝つためには一人に頼るのではなく、皆でチームに欠けた物を補い合う必要があります。そして、軟式野球部は、学生主体で行っているため、学年が上がるにつれて、自分のことだけでなく周りのことも見えるようにならなくてはなりませんし、最上級生にもなれば部員それぞれの特徴・個性を把握し、適切なアドバイスをしなければなりません。それゆえ、同期や後輩のことを練習面からプライベートなことまで観察し(お陰で編集者と言われてましたが笑)、その結果、意外な能力や性格なども発見し、部員それぞれの魅力や個性・アイデンティティを捉えることができました。これらは表面化していない情報であり、知れば知るほど自分の中の世界が広がった感覚で、「この後輩はこういった苦悩があるのか」だったり、「この選手はこんな能力があるのに誰も気が付いてないな」等部員の受ける「小さな理不尽」を知ることができる機会となりました。そして、次第に自分の持つ「小さな理不尽」はどうでもよくなり、むしろ「理不尽」は試練だと感じるようになりました。加えて、その試練を乗り越えた先には、試練を乗り越えられたという自信と達成感が待っており今後の人生を何十倍にも好転させると思うので、「小さな理不尽」はむしろ必要で、ポジティブに考えるべきと思いました。(これは、戦国時代の武将である山中鹿之助の「我に七難八苦を与え給え」という言葉からも考えさせられます。)


具体例でいくと、練習中に歩いていただけでJones骨折を起こし、全身麻酔の手術をすることになって1年生の春休みから2年生の春季リーグまで練習もできずにシーズンを棒に振ったことや、どうあがいてもスタメンの選手達のような高い身体能力に近づくことができなかったことなどが挙げられます。これらは、当初は悔しかった気持ちがあったと思いますが、最後の方は割り切ってこれらの出来事を試練だったと思うように考え、与えられた条件下でいかに楽しめるか、チームに貢献できるかを考えるようにしてました。
最後の秋季リーグは、コーチ登録して練習中ずっとノックを打ったこと(その選手が守備で活躍したこと)、毎試合円陣の声出しをやらせていただいたこと、しまいには「勝つには秋葉は必要不可欠な存在」と様々なメンバーから言ってもらったこと等本当に良い思い出です。
これらの経験は人生の財産であり、選手として活躍する以上の満足感・充実感を得ていました。

また、上記のようなチームに貢献するために自分に何ができるかを考える場合や、就職活動や大学院入試で自身の強みを考える際に、自分自身の魅力を嫌でも考えなければならなかったので、「小さな理不尽」に対して許容できるようになった部分もあるかもしれません。

一方で、「大きな理不尽」についてはどうでしょうか。
現在、軟式野球部では石川(総合政策・2年)が発案した、J-ABSという組織を通じて、自分達が使わなくなった野球道具をアフリカの方々に寄付するという活動を行なっています。
この活動は、より一層軟式野球部のことを好きにさせるものでしたが、その理由として、乗り越えることが困難な「大きな理不尽」については、それを背負う方々が受け入れていくだけでなく、社会全体で助け合っていくべきだという自分の想いに合致したからです。
このように「大きな理不尽」は社会全体で助け合う必要があり、そのためにも互いに助け合う心を持つことが大切なのかなと思いました。

上記のことは現時点での自分の考えであり、読者の皆さんが「理不尽」な出来事に対して思うことはそれぞれ異なると思います。

「理不尽」で溢れた社会で君たちはどう生きるか。
「理不尽」を徹底的に排除するのか、「理不尽」を歓迎して生きるのか、避けつつも遭遇したら愚痴を言いつつも付き合っていくのか。どのようにしてその思考に至らしめるか。又は、その至った思考を実行に移すために何をするべきか。

読者のみなさんに問いかけたいです。

最後に、日頃よりご支援、ご声援をして下さいましたOB・OGの皆様、一緒に戦ってきた先輩、後輩、同期のみんな、10年以上色んなことをやらせてくれた家族、支えてくださった全ての方々に心より御礼申し上げます。
ここまで、拙い文章ではありましたが、最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。

次回は一ノ瀬大悟君が担当します!彼は、ユーモアに溢れるナイスガイであり、野球就活バイトに恋愛ととっても濃密な大学を過ごしているなと感じていたので、とっても面白いブログを書いてくれると思います!乞うご期待ください!

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