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映画「ポトフ」にみる料理の真髄

 少し前、調理のために液体窒素や注射器まで登場したという話に、料理には化学的要素が含まれるとはいえ、そこまでいきついたかとげんなりした。この作品はそんな状況に対し「料理の神髄」を問い直している。

 キツツキのドラミングと小鳥たちのさえずり、風のざわめきを背景に、素材を切り分ける音、鍋をかき混ぜる音、肉の焼ける音が心地よく響き、ダンスを踊るように無駄のないリズミカルな動作で料理が創られていく。
 料理の熱源は薪の熾を使ったオーブン。薪は木の種類によって温度や火持ちが違うから、ガスや電気の器具のようにタイマーをセットして終わりというわけにはいかない。嗅覚・聴覚・視覚を駆使して焼け具合や煮え加減を確認しなければならないが、熾火でじっくり調理され、かぐわしい木の香りをまとった煮込みやローストは、電子レンジの料理とはおよそ勝負にならないだろう。
 また、洋梨のコンポートを掌で慈しむように撫でる描写は官能的な場面の暗示となっている。こうした数々の情景は、現代人が失いつつある感覚のすべてを呼び覚まそうとしているように思える。

 これは、料理を軸に、喪失と再生、そして人と自然への深い愛を描いた物語であるが、現代の社会問題に触れることも忘れない。ジュリエット・ビノシュ演じるウージェニーが「妻」となった直後に起きる出来事の意味が、ラストの会話でさりげなく語られる心憎い演出は、まさにフランス映画の真骨頂である。
 ところで、皇太子を接待するために果たしてどのようなポトフが用意されたのか・・・・・・

 ポトフはしばしば「西洋のおでん」といわれるように、庶民の料理であり滋味深い幸せの味でもある。
 鑑賞後それぞれのポトフを楽しみ、「愛」という料理の神髄を味わうことで、この映画は完結するのだろう。

長野県塩尻 東座で上映中

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