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小説「女三四郎と呼ばれた巡査」3


3 花菜 初めての職質検挙

 警察官は拠点を持っている。諸外国と違って制服警察官はパトカーも含めて「交番」が拠点になっている。交番において日常様々な活動を行なっている。
 例えば街頭での行き交う人々への「こんにちは」とかの挨拶からはじまって、道を訪ねている人に行き先を教えたり(地理教示)、受け持ちの居住者の家を訪ねて必要な防犯指導を行なったり(巡回連絡)、キックボードで危ない走行をしたり、手で携帯電話を使用して自転車を運転している人を見つければ、指導したり必要なら交通切符を切ったり(交通取締り)、職務質問をして悪い人を捕まえたりもするが、それらが街頭で行うので街頭活動と呼ばれている。

 そのうち特に職質(職務質問)によって指名手配の犯人を見つけて捕まえたり、自転車に乗っている人に声かけたらたまたま重要窃盗犯だったということもある。今回の事例がまさにそうだった。

 職質には所持品検査が付随している。これは最高裁の判例で認められていることで、昭和三十三年の古い時代ではあるが、鳥取県米子市で発生した銀行強盗事件で犯人と疑われる者を捕まえた時に、犯人(被疑者)が持っていたバッグの中身に詰まっている現金をあらためる必要が生じ、その時「所持品検査」が職務質問に付随した行為であるか、その行為は正当であるかが争われ、所持品検査が適法な行為であるとされた判例で有名であり、この判例が現在の職務質問(所持品検査)の基礎となっている。

 交番に就勤すると、まず勤務日誌を見て昨日から今朝までに発生した事案の取扱いに目を通す。必要な申し送り事項は当務員(今日の勤務員)と非番員(昨日の勤務員)が交代する時に伝達を行う。就勤すれば今日の自分達の当務(夜勤)の勤務日誌を作る。既に相勤の係長がいる場合もあるが、係長が本署での任務があるので遅くなる時もあるので、そんな時には隣の交番と組合せを行うかパトカーに同乗したりもする。昔は交番に女性はいなかったから気を遣うことはなかったが、万一怪我をするような危ない事案に一人では行かされないし(例え隣の交番に願届=拾得や遺失届があっても同じ)、指令を出す本署の基地局員もそれなりに気を遣って配置を替えたりしながら対応するのである。交番の掃除は既に帰った非番の勤務員が行なっている。
 吹田警察署の千里山交番で、2019年(令和元年)6月に発生した拳銃奪取を目的とした強盗殺人未遂事件があった。(この事件の裁判では、一審で懲役12年の判決を受けた36歳の男性被告の控訴審判決で、大阪高裁は男に無罪を言い渡している。当時裁判長は、「男性は重い統合失調症であり心神喪失状態にあったと述べ、刑事責任を問えないと判断している。現場で警察官は拳銃を奪われた上、身体中を滅多刺しにされている。一命を取り留めているが、一つ間違えば殺人事件になっている。この男が事件を計画するまでに旅行したり足取りが明らかになっているが考慮されなかったようだ。この後交番の前だけでなく、「公かい」と言って人が自由に出入り出来る執務室でもカメラが付けられるようになった。

 シャッターが閉じられた東大阪の商店ではバールなどの工具を使って侵入し金庫やレジの売上金を狙う窃盗が俄かに流行っていた。この区域は近鉄布施駅を中心にして高架沿いの線路を隔てて南北に分かれていた。「ブランドーリ」という商店街やちょうど高架下にも商店が軒を連ねていたが、深夜は無人になるので警戒の必要性が店主や商店街組合から要請されていた。昼間帯は駐車苦情や通常の様々な届出等に対応し立番(交番前で立つ)して夕食を取る。夕食は注文するから一緒に膝を突き合わせて食べるが、丼物ならいいが、うどんやそば等の汁物を頼んだ日には急な出動で麺が伸びてしまった経験を一人や二人しているものだ。それに例えば交通取締りを同時間にすれば、それだけ一人一人の細かい定められた勤務例とずれることになる。それすらうるさく言う上司がいたりする。上を向いて仕事をする人間は横や下は踏み台にするものだ。どこの会社も同じかも知れない。特に監察などの警察を取締まる部署にいた人間はことに厄介である。須賀田花菜と直属の上司である大城係長の二人はこれまで発生していたエリアを中心に自転車で警戒していた。その日は午前三時に遅出の者と交代するので、午後十一時過ぎから午前〇時にかけて特に足代という地区を中心にしてパトロールに努めていた。

 彼女の上司でもあり相勤者である四十五歳の大城係長と花菜は一度交番に戻り、徒歩で街頭に出ていた。警ら活動の基本は徒歩である。最近布施駅前交番の受持区ではたまに空き巣狙いが起きているが、近鉄の高架を北に越えれば足代北交番の受け持ちになるが、深夜帯になれば同じ運用区での発生が見られた夜間商店を狙った「出店荒らし」という侵入窃盗に対する防犯活動をすることになっていた。

 基本的に初めて職質をする練習としては、まず自転車に乗った違反者(携帯電話の片手運転とか歩道での歩行者の妨害など)を交通指導するが、その際に防犯指導も併せて行うようにする。運転者は嫌がるが、他人の自転車を平気で拝借してそのまま乗っている者も世の中にはいるから少しの時間辛抱してもらう。運転者はぼやくが、ちゃんと運転していたら止められなかったはずだから。そしてその夜は午後十一時に始まる「警ら」(パトロールのこと)活動で、二人は、その後駅前のロータリーで自転車の指導をしてから、今度は北側の商店街に入る。昔は自転車の前照灯は発電装置がタイヤが回すことで発電して点火するようになっていたから結構足が疲れる技だった。それで夜間でも点けない人が多く、指導をされると鬱陶しがる人もいた。今は電池だったりソーラーだったり装置が軽量に出来ているし、バイクと同じで自動で点灯するようになっている。やはり二人乗りや、ケータイを持って見ながらの運転が多く、高架沿いでも二人は指導を行なっていた。ちょうど5人ほど注意や指導を繰り返して、その後商店街に移動した。しばらくして歳の頃が六十は過ぎている男性が自転車を押しながら南下して来るのを花菜は見逃さなかった。ちょうど擦れ違うタイミングで花菜は男性に声をかけた。「遅いんですね。お仕事ですか?」男性は花菜の声掛けに応じず、聞こえない振りをして遠ざかる態度であった。「どうしたんですか?パンクですか?」そう言っても何も反応しないで、黙って通り過ぎようとしている。「ちょっとすみません、待って頂けますか?」最初は自分の声が聞こえないのかと思ったが、待ってという声には反応して男は歩みを止めた。「急いでるから早くして」とそっけなく答える男に花菜は「すぐ済みますから」と防犯登録を確認して無線で照会してみる。その間に大城係長が代わって男に話しかける。照会結果は中々返ってこなかった。というのも「Z(盗難)該当あり」だったので、基地局員が詳細を確かめていたからだった。その自転車は先月盗難に遭ったばかりだった。男と対峙していた係長はボリュームを絞っていた。花菜の目配せで直ぐに盗品と分かった。「この自転車どうしました?いつから乗ってるんですか?」とすかさず聞く。男は少し惚けた顔をして「いやあの、これ一週間ばかり前に親戚の人がいらなくなったからってくれたんですよ。え?まさか盗まれたもんじゃ?」と丁寧に話し言いくるめようと必死だった。そこへ花菜が職質に加わる。「一週間前に間違いないですか?」と詰め寄る。男は「何回も聞くなよ、言ったやろ今」と、若い女性に嗜められるような事に憤慨したのか、或いは惚けを決め込むつもりでいるが、花菜も容赦がない。「そうなんですね。でも先月には被害届が出されるんですけど、おかしいじゃないですか?」少し間が空いた。男には決め手になるようないい考えが浮かばないようだった。少し両者に沈黙が続いた。男の潔い態度が俄かに崩れ、「警察署に行って事情聴きますね。係長パトカー呼んでくれますか」という声に肩を落とした様子だったが、「おかしいなあ、そんなん知らんで貰ったんやから」と独り言のように尚も言う。そのうちパトカーが警光灯を点灯させて商店街に入ってきた。そして通り過ぎてUターンして男の横に停まった。パトカーの側乗していた先輩が後部座席に先に乗る。続いて男が入り、奥に入るように促され「狭いなあ」とぶつぶつ言いながら少し動き、続いて花菜が乗る。男の座るドアはチャイルドロックされており自分で押しても開かない。助手席の先輩や運転の主任がまず驚いて目を見張ったのは、誰も何も教えていないのに、花菜がパトカーに男を乗せる前にきちっと男の身体捜検を徹底してやったことだった。中々それは初めてでは出来ないし、柔道で鍛えたこととは全く異にしている。運転していた高井主任(巡査部長)はそれをごく自然な動きでやってのける花菜を見て感心してしまった。

 今回の本署への搬送はかなり容疑の濃い任意行為であるが、被疑者なり容疑者を護送する際には一定の取り決めが存在する。「サチコの手」と呼ばれる方式は、その手順を行うための合言葉で護送に携わる者は厳守が求められる。「サ」は、被疑者はサンドウィッチにして逃走防止に努めること。「チ」は、特に後部座席ではチャイルドロックを施すこと(パトカーは常にそうなっている)。「コ」は、腰縄を施している際はしっかりと結び離さないこと。「手」は、手錠はどんな事があっても緩めないことで「戒護」(被疑者などを捜査と切り離して身柄の適性な取扱いを行う部門である留置業務ではそう呼ばれている)では、まず捜査に携わらない者しか拘束された者は護送出来ないことになっている。車両で被疑者を運ぶ場合、運転者以外は後部に側乗する。被疑者1名につき2名の戒護者が必要であるが、窃盗容疑が濃い容疑者であればそれが鉄則で、よってドアの開け閉めは運転者が行う等の取り決めがあらかじめなされているのである。

 ところで逮捕している被疑者でない限り、司法警察員である刑事に身柄を直ちに「引致」する必要がないので、あやふやな言動でじっくり話を聞く場合には、刑事課以外の場所(交番や本署の他の部署)で事情をまず聴くこともある。盗難届が出ていたとしても、この者が盗んだかどうか知れないし(またそう主張する)前科を調べたり、矛盾点を追求することになるのだ。

 花菜は身体のどこかで「やったあ」という気持ちがあったに違いない。初めての検挙だったし、これまで柔道や理系の分野の違う空間の中で慣れ親しんだ事が、やっとこれで警察人生が開けていくんだという彼女自身の得意分野が新たに出現したと言えるかも知れないからだった。

 商店街のとこからか知れないが、モーツアルトのシンフォニーNo25ト短調の調べが軽快に、ややアップテンポに聴こえてきた。それは花菜を誰かが祝していくれているような気がした。

 パトカーが本署に到着し、中庭に入れるべくフロントを近づけると、当直勤務の誰かが駆け寄って来て、重い鉄扉を開けて通してくれた。建物の裏口に近いところに停車する。後部座席から花菜、自転車を盗った容疑の男、パトカーの側乗者の先輩が続いて降車した。後部座席に男を挟むようにして同行して来たのだ。運転の高井主任が来たところで三人で男をエレベーターの前に連れて行き、そこから刑事課へ案内した。

 刑事課の取調べ室に入っても、再度男の持ち物を検査する。パトカー乗務員の室井巡査長がパトカーにいつも入れている赤い箱で文具などを入れるためのものを男の前に置いて、そこに持ち物全部を入れるように命じる。そして「それが全部か?」と聞いた後にボディチェックをしてポケットから靴下から全て身体捜検するのだ。それが済むと地域課の制服の者達は一旦出ていき、刑事の取調べもしくは聴取に委ねることになる。

 逮捕された被疑者であれば、まず司法警察員である刑事なら弁解録取書なるものを作成する。それは被疑者に捕まったことの弁解の機会を与え言い分を聞くと共に、被疑事実を被疑者に申し向けて内容に間違いないかどうかを確認するのである。

 刑事課の中では、空いているパソコンを使って必要な書類を手分けして作っていく情景が広がっていた。パトカーの乗務員は現場で提出した自転車の「任意提出書」と「領置調書(甲)」を作成する。後で提出書の方は被疑者から一筆書かせる。自転車を運んだ先輩は、別のパソコンで被疑者の前科を照会した結果の報告書を作成している。「なんやあ、ようけあるやんけ、盗人のベテランでっかぁ、微罪も簡易もあきまへんなぁ…」と近くにいる係長に話すわけでもなく呟く。しかしそれもいずれ偽名だと判明して作り直す必要が生じることになる。それを耳にしながら係長は横で花菜に教えながら「捜査報告書」を作成するように言う。まだ逮捕と決まっている訳ではないが、「発見時の状況」は同じで、捜査書類が変わればコピーすればいい話だから。取調室の中から大きな声が聞こえてきた。花菜が一瞬体が硬直するのを覚えた。そして立て続けに一喝する声が続く。係長は逮捕するんなら「緊急逮捕手続書」を書かんとあかんかも知れんなと心の中で思っていた。一つの勘がそう思わせた。それをのらりくらりと調べ官の刑事に言い逃れの文句を一つ二つ吐いているんだろう。鑑識課員が当直していて積極的に取調べの合間に指紋を取っていく。その指紋が本部鑑識課を通じて警察庁の端末情報に一致していた。それをしばらくしてまた取調室に入って来た鑑識課の武田主任が取調官である盗犯係の佐藤主任(巡査部長)に一枚のペラを見せる。男が「広域窃盗」で登録している「望月剛久(たけひさ)であることが判明した旨知らせた。男が言っていた生年月日は同じで、氏名「田中浩」は偽名であると分かったが、それを警察官に信じさせて書類に書いた行為は「詐欺罪」にあたり、自分自身が署名した文書については別に「有印私文書偽造・同行使」という罪を形成するが、まだ「嘘つき」の段階だった。取調べでは被疑者は自分に都合の良いことしか言わない。決め手は、指紋かDNA鑑定であるのは今も昔も変わらない。後は今回の件を占離(占有離脱物横領)ではなく窃盗事件で謳わせなあかん、ことだった。なぜなら窃盗であれば10年以下の懲役を問擬できるが、前者だと一年以下の懲役であるから緊急逮捕は出来ないからだ。盗犯係の佐藤主任は心の中で「これは慎重に、せなあかんな。えらい玉が目の前にある。絶対潰したらあかん」そう呟いていた。そして一度取調官を交代して本日当責(当直責任者)にあたっていた山下刑事課長代理と他の刑事に相談して、今夜にも直ぐにも自転車の被害者にあたって、当時の被害状況と防犯カメラの有無などを聴取してもらうようにした。自転車以外に被疑者の指紋が現場に残されていないかも鑑識課員武田主任らと調整したのだ。そして被害者がいつも自宅のガレージの車の後ろに停めていた無施錠の自転車は車が停まっていることにより通路が狭くなっており、車の右後のボディに僅かに掌紋が残っており、それが決め手となった。その時点で罪名が「窃盗」に確定し、緊急逮捕手続書の作成が急がれた。ただ昔の手書きの時代とは違って、コピペが出来るのが助かった。手続書を花菜が作成し終わると、見直した後直ぐに大阪地裁に関係書類を持って逮捕状を請求したのだった。喜んだのは、刑事課の盗犯係の刑事だけでなく、地域課でもそのお手柄は翌日直ぐに署内に伝わったのだった。
 翌日の朝礼でみんなの前で即賞を受けるなんて初めてで大城係長と花菜は並んで賞を受け、拍手喝采を浴びた。被疑者は留置されて、その後本件の取り調べだけでなく、管内でこれまで発生していた窃盗(空き巣や忍び込み)事件、管内を越えた余罪など、本部捜査三課も巻き込んだ大がかりな捜査に発展していったのだった。余談であるが、緊急逮捕時の弁録(弁解録取書)を巻いたのは、当時当直で勤務していた柔道の向田先生である。彼が元捜査一課の刑事であるのは当直員なら誰しも知っている。よって彼自身も積極的に須賀田巡査らの支援をしたいと思ってその任についたのだった。刑事課だけでなく他の当直員も応援して徹夜だったが、この取り扱いを行う地域課も同じだった。花菜は初めての徹夜にも関わらず疲れたそぶりも見せずに、軽やかに動き回っていた。そして書類の全てに目を通して吸収しようとしていた。この夜に彼女の頭に自分は刑事になるという気持ちが沸々と湧いて動き出すことにもなったのだった。

※見出しの写真(布施警察署の外観)は、www.pref.osaka.lg.jp より

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