『夏の砂の上』と『終わりなき旅』との対比(ネタバレ)
今朝ふと、先日の初日を観て頭に浮かんだミスチルの『終わりなき旅』の歌詞。
比べてみたらどうなんだろう?という突飛な考えから書いてみようと思った。
以下、桜井さんが書く詞と治さんの人生を対比させていく。
その前に『夏の砂の上』のあらすじを少し。
さて、これから始まる対比。
どうなるのかは、自分でもわからない。
人生をテーマにした歌詞に治さんは当てはまるのか否か。
ふと浮かんだこの発想を試してみたくなった。
治さんは決して息を切らすほど走り抜けては来ていない。
だが、振り返ることもしない。たゆたう人生を送っているから。私にはそう思えた。
未来を見つめる目は「諦観」という言葉にふさわしく、放つ願いは特に感じられず、ただただその時その時をゆっくりと生きている。
それはあのゆっくりとした足取りの登場シーン、ゆっくりとした喋り方で感じたものだ。
造船所で働く治さんには情熱はあったのだろうか。初回では掴みきれなかった。
職を失ってからの治さんは、坂の上からかつての工場を覗く位置に立つ家にいた。
妻に捨てられ、お弁当を提げてゆっくりとちゃぶ台に置く姿に影は見えても光はない。
ただただ、自分に向かってきた出来事の海の底、光の届かない深い海の底にいるように感じた。
職を失ってからしかはっきりとは分からないが、定職がなくなってから、いや、息子を失ってから光はなかったんだろう。
治さんは本当は愛ある人だと思う。
不器用が故に、それを表現するのが難しく、妻の恵子の不貞にも目をつぶり、それでもきっと愛されたいという気持ちはあっただろう。
だから、位牌を取りに来た恵子に対し、不貞相手の電話番号を知っているかどうか探りを入れる。
きっと何が正解か分からないが、治さんは恵子をまだ愛しているものの、素直になれない。
ここの歌詞はそんな治さんと一致するように思える。
職を失った治さんは今閉ざされた世界にいる。
かといって、新しい何かが待っているといったようにそこに希望を持っているようには思えなかった。
そんな時に姪の優子を預かることになる。
『新しい何か』だ。
受け身でありながら、治さんは優子との新しい共同生活を始める。
次の扉をノックした瞬間ともとれる。
そこから次の自分にとって何かが生まれるという期待はない。
ただ、惰性で動かされる運命に従っているのが治さんという人だと思うから。
誰にとっても人生は終わりなき旅ではあるが、治さんは自分を探してはいないだろう。じっと行く末を見据えてもいないだろう。
ただ、この優子との生活に新しい風は吹いたのではないか。
共同生活を始めた優子にとって、仮の住まいとはいえ時間を追うごとに訪問したての頃とは違い、のびのびとしてきた中盤。なんならヤンチャな子だった。
それは、治さんとの生活に慣れたからではないか。気を許したからではないか。
治さんにとっても、恵子という存在をなくし、寂しい穴を埋め始めたのが優子という姪の存在だったのではないか。
優子にとっても、今現在頼れる人は治さんだけだ。
なにしろ母は兄の治さんに優子を預けて新しい男性の元へ行ってしまったのだから。
ここは治さんと優子を表すのにぴったりな歌詞になっているように感じる。
言葉に出さなくても、お互いがお互いを認め、必要と感じ始めたと思うから。
確かに「時が解決する」という言葉があるように、心が癒えるために必要なのは時間だ。
恵子に捨てられてしまった治さん。
優子との共同生活にだんだん慣れてきた治さん。
時間が治さんの傷口を、新しい環境が変化を治さんに与えてくれている。
それがあの雨水を溜めるシーンに顕著にあらわれていたと思う。
ずっとゆっくりだった治さんが雨水を溜めに走る。
走り出す。
そして、優子にそそのかされながら、水を飲む。
乾いた暑い暑い夏の砂のようなザラりとした乾いた心を持つ治さんにとってこの雨水は、雨水といえど、優子と一緒に得た貴重な何かであって、治さんの心を溶かしていく。
乾いた砂に水がしみこむように、治さんの乾いた心の奥に潤いが届く。
それがあの笑顔につながる。
心からの笑顔。本当の笑顔。
もしかしたら、本来の治さんはこうだったかもしれない。
それが息子の死によって一変したのかもしれない。
そこから夫婦の絆が崩れ始め、溝ができた。
そうして恵子は他の人の元へといってしまった。
色んなものを押し殺して生きてきたから、全てを封印して感情をうまくコントロールできなくなり、無機質な生活になってしまったのだろう。
それが優子との生活によって、また変化が訪れた。
そしてこの舞台唯一の無邪気な笑顔が出た。
優子と雨水を飲んで無邪気な、もしかしたら本来の笑顔を見せた治さん。
きっとこの時がまさに高い壁を登った瞬間だったのではないか。
それなのに優子はまた母に連れられ出て行ってしまう。
それも死地への旅に。
治さんはまた一人になってしまった。
これまでの治さんに戻ってしまった。
レシピもなければ明るい未来もない。
治さんには何も残っていない。
何しろ新しい職場で指を3本も失ってしまった。
本当に人生にレシピなんてない。
あったらきっと治さんの人生も変わっていたはずだ。
治さんにとって、夢とはなんだろう。
恵子との再出発はないだろう。
優子はもういない。
職も指もない。
振り返らない人生は前向きだ。
どんな境遇でさえ振り返ったところで変わらないから。
だったら未来を向くしかない。
でも治さんには夢はないのではないか。
淡々と生きていく、それが治さんなのだろう。
だからこそ、職を再度失い、指まで失った治さんにはこのサビの歌詞を送りたい。
受け身なだけの人生な治さんに、優子と永遠の別れをした治さんに。
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