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映画「すばらしい世界」西川美和監督2021年制作を観て

西川美和監督は是枝裕和監督のスタッフを務めていた経験がある。

原作は佐木隆三の「身分帳」である。

私的物語解釈。

物語の始まりは刑務所のシーンで、題名とあまりに違うので面食らったが、この刑務所という世界から、どのようにラストに「すばらしい世界」と思える世界に変容していくだろうことを考えると期待は増していく。

主人公三上(役所広司)は、刑務所での13年の刑期を終え、社会復帰することになった。刑務所では裁縫、木工等の職業訓練を受けた。後見人の弁護士の力添えで生活保護を受けられるようになり、アパートの1人暮らしを始めた。

そもそも、この刑務所暮らしは不当で、家族が就寝中に暴漢に襲われ正当防衛だったがやり過ぎて相手を殺してしまったというものだった。しかし、三上は母一人子一人で母が育てきれず施設に預けたがいつのまにか施設を訪れることもなくなり、16歳から粗暴な行動により鑑別所に入れられ、その後は暴力団で「けんかのマーちゃん」と異名をとるという経歴が仇となった。

三上は生活保護から脱出しようと懸命に職探しをするが、刑務所帰りということで、また13年の間に社会が大きく変わり、なかなか職に就くことができない。法律の壁、政権という壁に阻まれ居場所は狭いアパートの一室になったようである。

三上は持病を持っていて異常な高血圧と狭心症に苦しめられていて服薬が欠かせない。

そんなある夜、夜中まで騒いでいる下の階の住人に苦情を申し入れたら逆に絡まれ、かっとなった三上はけんかを申し出る。その迫力に怖じ気づいた住人が大声で「暴力を振るわれています!」と叫んだもので、近隣の電気がつき皆が何事かと顔を出した。また、警察沙汰になると大変なので、物陰に隠れてやり過ごすという事件が起きた。

三上の経歴に興味を持ったテレビディレクターがコンタクトを取ってきた。刑務所暮らしから社会復帰までのドキュメンタリーを撮りながら母親探しをしてくれるという。三上はそれを信じてカメラを回させる。

ところで、三上に友人ができた。近所のスーパーの店長さんだ。三上が万引きしたという報告を受けて事務室で尋問したところ、三上は怒って買い物袋をぶちまけて、服も脱ぎ始めた。この店長さんは町内会長もしているということで三上の経歴を知っていた。ところが、何も盗んでいないということが判明し、店長は平謝りして怒って先を行く三上を追いかけて世間話をしていくうちに店長の父の郷里が三上の生まれ故郷と隣町だということがわかり二人は仲良くなっていく。

刑務所で生活規範と国家権力の強さに従順になることを叩き込まれた三上で
あったが、カフカの「城」のように、社会では至る所に壁が立ちふさがって、行きたい場所に辿り着けない苛立ちに、次第に野獣の誇りが頭をもたげてきた。

まずディレクター角田と夜道を歩いていた脇道で、会社帰りのサラリーマンに絡んでいる二人組が目に留まった。見過ごしていくディレクターと恋人のテレビ関係者(長澤まさみ)は三上が二人に挑んでいくのを見て、恋人がカメラを回せとけしかけ追いかけていく。三上と二人組は人気のないところへ移動し、乱闘を始める。三上は強く、また弱きものを助けている自分に酔って暴力の最中に恍惚状態になる。

それを見ていたディレクター角田は恐れをなして逃げていく。恋人は怒り、カメラで撮らないなら割って入ってけんかを止めなさいよ、そうじゃなかったらカメラ回しなさいよ!あんたみたいのが上品ぶって何も救わないのよ!と去っていく。

そして三上は恭順を教えられた刑務所の色が次第に取れ、飼い馴らすことが不可能な情動に突き動かされるようになってきた。

運転免許を取れば仕事にありつけると思い、教習所の費用が捻出できない三上は一発合格を目指して試験を受けるが荒っぽく下手な運転に途中でストップがかかる。

八方ふさがりで社会復帰を諦めた瞬間、画面は暗転し現れたのは東京の夜景にトランペットの音色が悩まし気に響く中で、三上は昔の暴力団仲間に電話をしていた。

快く迎えられた仲間の屋敷でご馳走を目の前に仲間は中座する。残った妻と話すうちに、暴力団は預金通帳も作れないし、娘を幼稚園にも通わせることができないと、実情を吐露する。また、事務所のお金を組員が持ち逃げして、それを追いかけて懲らしめようとしたら逆に警察に通報されて今は大変なところだという。

1人で時間つぶしに近所の海で釣りをしていた時、角田から連絡があり、もう撮影はしない、お母さん探しも手伝えないと言ってきた。くさくさしながら組に帰ろうとしたとき、組仲間の家にパトカーが群がっている。すわと駆け付けようとした三上を仲間の妻は体を張って食い止める。「行ったらあかん!」と。帰りの飛行機代を渡し、帰りなさいという。「娑婆の世界は我慢の連続って言います」どうか我慢してあちらの世界で生きてくださいと泣きながら懇願する。

事情が呑み込めた三上はまた「社会復帰」することにしたのだ。刑務所できちんとした生活態度を身に付けた三上に就職の口が舞い込んだ。自給990円の介護ヘルパーの補助だ。就職祝いをケースワーカー、後見人、スーパーの店長、そして角田がしてくれた。そこで、見て見ぬふりをすること、逃げることを教わる。教習所通いを許可され後見人が費用を立て替えてくれることになった。

そんなとき角田が連絡をくれて、お母さんにつながる情報が得られるかもしれないと三上が育てられた施設に行こうとの誘いがあった。そこでは、もう記録が残っていないと言われ、給食のおばさんだった人と面会した。その人は色々な会が催された時、オルガンを弾いていたということを聞いて三上は園歌を口ずさんで見せた。そのおばさんだった人も口ずさみ二人は唱和した。

またその施設の子供らとサッカーを楽しみ、ゴールを決めた男の子を抱えて高い高いをしていた時に、突然屈みこんでしまった。また発作かと思ったが彼は泣いていたのだ。どんな涙かは想像でしかないが、私だったら「お母さんとはもう会えない。自分の家庭はこの施設で、家族はこの子達なんだ」と思ったと思う。

新しい働き先である介護施設では三上はきちんとした仕事ぶりで歓迎された。中でも、障碍者の同僚がいて、とろいが花の世話をよくやり三上にも教えてくれた。土にいる虫を一緒にかわいいね、と言ったこともあった。その同僚はとろいのでご多聞に漏れず、いじめにあっていた。モップを持って助けに入ろうとしたのを自制した三上は、発作を起こしニトロを舐めなければならなかった。

台風の夜、帰り道にその障碍者の同僚が追いかけてきて、コスモスの花をくれた。「この風じゃ散ってしまうから」と言って。

その夜、三上は死んだ。コスモスの花を握りしめて。無償の優しさを与えてくれた友達の花にすがって。

いじめを見て見ぬふりをしたことが、三上にとっては死ぬほどのストレスだったのか、助けてやれなかった友の花に詫びるように死んだ。娑婆は娑婆でかくも生きにくい。

「すばらしい世界」とは、いったいどこのことなんだろう。

ほろ苦い人生であった。極道は畳の上で死ねないという。三上は社会復帰して畳の上で死んだ。手向けの花もあった。それが、幸せか?という問いは私の心の中で転がり続ける。

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