見出し画像

「封印」井上理博著を読んで

死刑囚を取り巻く人々の物語である。

刑務官である主人公の生い立ちを読むところから、鼻がつんとするような同情の心が広がった。

そして、単に刑務所の中の管理と指導だけだと思っていた主人公に新たな任務が与えられた。それは、死刑執行人であった。

自分の手で人を直接殺すという任務に主人公は激しく動揺した。「殺したくない」悩みながら、呆けたように任務をこなす主人公だったが、心の何かが壊れてしまった。

最初の死刑執行は顔馴染みのTだった。先日まで、親しく話していた人間の死刑を執行することは、耐え難く辛かった。

そして、二度目は粗暴な男で最後まで抗い、咆哮し、死んでなお、脱糞し、目を見開き睨みつけた。その男の身体の重さを受け止め、人間一人の命の重さを受け止めたとき、そこで、主人公の心の何かが切れた。

主人公は、退職願いを提出し、廃人のようになり家庭に戻ったが、新しい生命を宿した妻に本当の事は言えず、また、命を育てるということに畏れを抱き、産むのは止めようというが、妻は産みたいと譲らない。次第に夫婦の間に亀裂が生じ、二人は別れる。

そして尚、死刑囚の顔が幻影となり浮かび彼を苦しめた。

私は、この本を読んでずっと泣き通しだったが、一つ物足りないところがあった。それは、夫婦の関係で、主人公は自分の任務について妻に隠し通したが、私は、妻に話して「だったら仕事、辞めてもいいよ」という言葉が聞けたり、仕事の辛さを共有しともに苦しんだりすることで、別れずに済んで夫婦の絆も強いものになって人生を乗り越えていけたのではなかったのだろうか、と思うのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?