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日本に帰省していました

6月。日本に3年ぶりに里帰りしました。

久しぶりの日本は、歯医者のために行ったのですが、(そういう名目で)
もちろん、思い切り楽しんで、出来る限りの人達に会って来ようと決めて行きました。

3年前の6月に日本に行った2か月後に親友のご主人が突然死されました。「今度」という言葉の儚さを知っていたつもりでした。
帰国の度に会える人になるべく会うスタイルをとってきました。が、また、ここで「今度」の残酷さを思い知りました。
その友人の家に泊めさせてもらって、彼女の話に耳を傾け、お祈りをしてお線香をあげて。

突然、近しい愛する人をなくす、その経験は私にはありません。友人の死はありますが。。同じ経験はしていないし、気持ちがわかると言ってしまうと嘘になるような気がします。大変さや、悲しみを想像することしかできません。彼女も私にわかってもらおうという気もないように淡々と起こったことを話します。私はただそれを聞くだけ。うなづくだけ。今もある、痛みを感じるだけ。心で、聴く。わかったようなことを言ってアドバイスしようとしない私が心地良いと、彼女は言っていました。

カウンセリングやコーチングに大事な傾聴はわかったふりをすることではありません。

彼の思い出話で始まった日本滞在でしたが、翌日から超充実の毎日が始まりました。ランチとディナーとその間にお茶、すべての日にぎっしり人に会う予定でいっぱい。メルボルンのママ友。ゴルフの友達、テニスの友達。短大の時の友達、中学の時の友達。メルボルンでの元仕事仲間。
ほとんどの食事をごちそうになり、スーツケースいっぱい持っていったお土産は倍以上になって返ってくるし。欲しいなと思っていた靴や服ももらうし、買おうと思っていたスーツケースや本はどんどん購入するし。
いつもなら、こんなにもらってはいけないとか、買ってはいけないとか自分で知らずに制限を設けているのですが今回は身を任せ、受け取り続けました。受け取ってばかりいると不安になっていた前とは違って、受け取れば受け取るほど幸せが倍増していく、そんな気持ちになりました。
楽しい時間を共有してくれた友人たちに感謝しかありません。

田舎では年老いて小さくなった母が待っていてくれました。私の帰省にあわせ、父の23回忌の法要をすませ、大きくなった甥っ子や姪っ子たちと蛍狩りに行ったり、いろいろ話したり、楽しい時を過ごしました。
里帰りで会える友達とも昔話しに花が咲き、楽しい時間を過ごしました。

名古屋や京都、大阪にもでかけ、それぞれのお友達と美味しい物を食べ楽しい時間を過ごし、まるでCovidなどなかったかのように3年も帰っていなかったなんて忘れたかのように濃厚な時間を過ごせました。

行く先々の神社仏閣で手を合わせ、夏の暑さに汗ばみながら、日本の便利さや安さ、人々の親切さ、丁寧さに触れて、やっぱり日本は良いなあと感心しきり。湿気が’じわじわ来るのも懐かしくさえ思えました。日本にいると肌の調子がとてもよくなります、しっとりすべすべ💛

この3年で結婚した人、子供ができた人、死別や離別があった人、体調を悪くした人、転職した人、大きな変化があった人が多かったと思います。

自分自身もこの3年でものごとの受け入れ方が変わり、前にも増して、良い方を見る癖がついてきたのか、日本の窮屈さを感じすぎていた時とは違い、日本のすばらしさを前にも増して体感した、久々の里帰り。

きっと日本はそんなに変わっていなくて、日本はオワコンなんていう人も多くて、残念な日本も変わりはないのかもしれないけれど、視点が変わると受け取り方が変わり、そのいい気持ちを持続することができる。そうすると、良いことばかりが続く、そんな日本の里帰りでした。

ありがたい友人たち、家族に感謝しながら帰国の途につき、しばらく余韻でぼーっとしていましたが、そろそろ休みボケ返上で現実の世界に舞い戻ってきました!






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