日本の報道に戸惑う在留日本人
イタリア全土がレッドゾーンになって1週間が過ぎました。
日々の買い物や、犬の散歩、出勤など、生活にどうしても必要とされる外出は許可されていますが、目的と行き先を書いた自己申告書類を携帯することが義務づけられています。ところどころで警察がチェックをしており、この書類を持っていないと3ヶ月以下の禁固刑、もしくは206ユーロの罰金刑になります。ソフト戒厳令、とでも言えるかもしれませんが、私の住んでいるあたりでは、特に問題は起こっていません。私たちにできるのは、期限とされている4月3日まで、静かに過ごしていくことだけです。
ところで、イタリアに関する日本の報道について、ときに「エッ?!」と思わされることがあります。
「イタリアでは60代以上の感染者には呼吸器をつけないんだって?」という質問を、日本に住む知人友人から受けとったボローニャ在住の日本人がいます。雑誌かなにかの記事が原因のようなのですが、これは真偽不明の情報です。いっぽうで、「このまま感染者が増え続けると、助かる可能性の高い患者、つまり高齢者よりも若い人に優先して治療をほどこすような事態に陥る」という主旨のショッキングな声明を、麻酔蘇生・集中治療イタリア協会(la Società italiana anestesia analgesia rianimazione e terapia intensiva) が3月6日に出したのは事実です。現在の”ソフト戒厳令”が発令されたのは、この声明の後、3月9日でした。上記のような事態、つまり医療崩壊を起こさせないための努力が、現在、イタリアで行われていることです。
この「医療崩壊」という言葉が、日本のイタリア関連記事には盛んに出てきます。「医療崩壊地獄」と書かれてあるのを見たこともあります。確かに、北部のロンバルディア州のいくつかの病院が、他県の病院に患者を移送した、というニュースは聞きました。でもそれは、「救急搬送中のたらい回し」として日本でも起こっていることではないでしょうか。現時点で状況が逼迫しているロンバルディア州を、イタリア全土でなんとか支えようとしているところである、と私は理解しています。
NHKの人気番組のキャスターの方が、イタリアの医療は人種差別も加わった地獄、という主旨のブログを書かれた、という記事を読みました。そこで、当該のブログを拝見しました。それによれば、この方がイタリア旅行中に体験されたイタリアの医療とは、以下のようなものだったそうです。
・救急で運ばれたのに、4時間も廊下で待たされた
・誤診をされた
・医師となかなか話す機会がない
・看護師の態度が粗野で、こちらの話しに耳を傾けてくれない
・病院食がまずい
・看護師を呼んでもこない
お母様が具合を悪くされたということですから、そのご心労たるやいかばかりであったでしょう。
残念なことなのですが、実は同様のことは人種差別に関係なく、イタリア人の患者にも起こります。
イタリアでは病院によって、科によって、医師によって、看護師によって、対応が全く違います。素晴らしい医師や看護師に出合うこともあれば、ここにいたら殺される、と思うこともあります。このキャスターの方は、本当に不運でいらしたと同情いたします。日本の医療に慣れていると、このイタリアの有様に「地獄」という言葉を使いたくなる気持ちも、よくわかります。
イタリアの医療現場は、長年問題を抱えてきました。資金不足、人手不足、設備不足。そこに今回のパンデミックです。まさに泣きっ面に蜂でした。今、この無い無い尽くしの医療現場で、医師や看護師はぎりぎりの作業を続けています。重篤患者に何の治療も施せずに死なせるようなことだけは避けたい、と戦っているはずです。
イタリアの医療現場は、まだ崩壊はしていません。しかし、北部では戦場になっています。引退した医師や看護師も現場に戻り、共に戦っています。外出好きで人と会うことが何より大好きなイタリア人たちが家にひきこもり、SNSやフラッシュモブでもって励まし合って過ごしているのは、この医師や看護師たちの負担を少しでも減らすためです。本当の意味での医療崩壊を避けるためです。
そして、私たち在留日本人も、イタリア人と共にあります。
私たちが必死に崩壊させまいとしているものを「崩壊した」と書き立てられるのは、とてもとても哀しいことです。