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02.二宮金次郎像 【沖家室】思い出備忘録


二宮金次郎像

沖家室島にはかつて小学校が開かれていた。私の父も通った小学校だ。その小学校には二宮金次郎の像があった。人口減少によって閉校になってからも、その像はそのまま長らく小学校に置かれていた。

ある時、その像がなくなった、と聞いた。
どうやら夜の間に盗まれてしまったらしい。

多くの日本の田舎と呼ばれる地域がかつてそうだったように、私の祖父の家では施錠していた記憶がない。私たち家族が帰省して、祖父や祖母も含めた家族みんなで、山の中腹にあるお墓へ墓まいりに行く際も、家には誰もいなくなるのに施錠していなかった。出入りする引き戸を閉めておしまい。夏にはその引き戸も網戸になり、さらに無防備になっていた。いちおうの都会育ちの私にとっては馴染みのない習慣だったが、それでも泥棒が入ったなんて、聞いたことがなかった。島は橋でつながったとはいえ、地理的にも他の人が入ってきたらすぐわかる土地柄で、施錠など、全く必要なかったのだろう。島の人々の信頼関係がうかがえて、私はその習慣を密かに気に入っていた。

そんな島で起きた、二宮金次郎盗難事件。

二宮金次郎の像を盗んで、盗んだ人は一体どうするんだろう・・・。売ったとして高く売れるのだろうか。それとも自分の家に置きたかった?もしかしてどこかに像を置きたい資金難の学校があった?事件を聞いて、そんなことをもやもやと考えた。

それから何年もの月日が流れ、ある時、二宮金次郎が帰って来た、と聞いた。
誰かが、また夜の間に返して来たらしい。

そんなことあるんだ・・・。私はまるで狐につままれた気分になった。罪悪感に耐えきれず、返してきたのだろうか?いや、盗んだものの、行き先がなかったに違いない。私はそう思いながら、心に刺さった小さなトゲのようなものが取れたような、ちょっとした安堵感を感じていた。かつて、島の中で信頼によって成り立っていた習慣。その習慣の隙をついたように起こった盗難事件は、私の心を多少なりとも傷つけていたらしい。像が戻って来たことで、その事件は解決し、島の安全も保たれた気がした。

帰って来た二宮金次郎は、今日も島の小学校跡で、穏やかな時間の中勉学に励んでいる。

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