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慟哭

 日曜日の昼下がり、今週もルーティンである“そうめんつゆ作り”が始まる。夏といえばすいか、かき氷、揖保乃糸だが、小生にはこだわりが一つあり、つゆは必ず自作することにしている。

 しょうゆ、みりん、鰹節、だしで作ることが多いのだが、しょうゆには濃口と淡口があり、だしにも白だし、鰹だし、ほんだしと無数のパターンがあるわけで、ミクロな調合の匙加減が、味を自由自在に変えていく。まだ味わわぬ旨さを求めて、毎週修行中だ。そして、決して冷やすことなく温かいままで食べるスタイルも忘れてはならない。冷やし中華、始まりません。

 キッチンで料理キングになっている時のBGVは、たいていNHKのど自慢だ。たまにはアッコに任せてもいいじゃないかとの国民の声があるかもしれないが、数分ごとにいろんな曲を聴けて、かつご当地の雰囲気に没入できるのが他の音楽番組にはない独特の魅力を醸し出していて好きだ。

 先週末も「のど自慢」を流していると、どこかで聞いたことのあるメロディと共に懐かしの歌声が本人歌唱で聞こえてきた。

 工藤静香…『慟哭』…原曲キー…

 その瞬間、時が止まった。

 泣きそうになった。

 誰かが雨の中でむせび泣く姿が眼前にすぐ浮かんでくる。

 『慟哭』は1993年2月にリリースされた工藤静香のシングル曲で、月9ドラマの主題歌として大ヒットした。作詞:中島みゆき 作曲:後藤次利が紡ぐ
ドラマティックなメロディラインが今聞いても印象的で、音符が情感を突き抜ける名曲だ。ブリンバンバンな令和にはなかなか出会えなくなってしまった大衆歌謡曲、この歳になったからこそもっと聞きたいぞ。

 しかし、当時の小生はまだ10歳にもなっていない小学生で、月9ドラマなんて見ていなかったし(スーパーテレビ情報最前線は見ていたが)、『慟哭』のような経験も全くしたことがなければ、工藤静香に“目覚めて”もいない。リアルタイムで聞いたのは「とんねるずのみなさんのおかげです」でご本人が熱唱してた回くらいなのに、それでも強く印象に残っているのは、『慟哭』に時代を超えて引き寄せ続ける魔性のpowerが宿っているからだろう。

 『慟哭』を広辞苑(第七版)で調べると「大声をあげてなげき泣くこと」とある。サビの「ひと晩じゅう」「泣いて泣いて泣いて」のフレーズだけで、主人公の女性に何が起こったのかが胸で理解でき、とてつもなく悲しい別れで激情(これも工藤静香のヒット曲)に押し潰されそうになるワンシーンが即座に映写される。

 これが音楽、ひいてはJ-POPの魅力ではないか!ChatGPTの如く音楽がスクリーンを描写し、歌声がカットバックを彩っていく。

 ちょうど真夏日へ突き進んでいたあの日の昼下がりの『慟哭』、あの数分間だけ小生は映画の世界を浮遊していた。今ならNHKプラスでも追体験できるので、気になる方はぜひチェックを。



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