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神楽坂景観塾 04


第4回ゲストレクチャラー
名古屋大学 准教授
中村晋一郎 Shinichiro Nakamura
1982年宮崎県都城市生まれ.名古屋大学大学院工学研究科土木工学専攻 准教授.専門は水文学,国土デザイン学.河川技術者の父のもとに生まれ土木技術者を志す.芝浦工業大学,東京大学大学院,建設コンサルタントを経て,2010年に東京大学「水の知」(サントリー)総括寄付講座特任助教に着任,2014年に名古屋大学へ移る.学生時代から一貫して川と人,水と社会の関係について研究を行っている.2012年からは市民団体「善福寺川を里川にカエル会 (通称:善福蛙)」の一員として都市の里川再生に向けて奮闘中.著書に『水の日本地図 -水が映す人と自然-』(朝日新聞出版,2012,共著)など

前半は中村先生に『川をみる』についてレクチャーを頂き、後半は参加者からの質問を募集し議論を重ねました。以下、レクチャー及び議論の内容についてレポートします。

レクチャー『川をみる』

中村先生からのレクチャーは大きく、
・川の見方
・日本の河川史を世界に位置づける
・人と川、社会と水とのつながりを再生する
についての3セクションに分かれていました。

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−はじめに

 中村先生は大学3年生の時に第1回GSデザインワークショップに参加したことをきっかけに東大へ進学されました。水文学・河川工学を専攻され、建設コンサルタントで主に魚道の設計や堤防の照査などを仕事としてされていたそうです。
 転機が訪れたのは2011年に発生したタイの洪水だそうです。タイでの洪水調査をきっかけに思考に変化が生まれ、バンコクに駐在した後、博士号を取得され2014年から現在まで名古屋大学で准教授をされています。

−川の見方

 自分なりの社会の見方を見つけ、○○観(河川観、土木観、建築観、音楽観etc.)を持つことが大事だとお話頂きました。それは専門性とも呼べるもので、同じ風景を見ていても見えるものが変わり、多様な見方から将来の可能性が生まれると言います。今回は中村先生の「川の見方=河川観」についてお話頂きました。

 中村先生の川の見方を1.災害をみる 2.流域をみる 3.歴史をみる 4.土地(社会)との関係をみる 5.できれば数字にしてみる に分けて紹介して頂きました。
 川をみるときはまず、災害をみるそうです。人は怒った時に本性が出ると言いますが、川も同様で怒ったとき(=洪水/災害)に日常の姿ではわからない、その川の本質がみえると仰っていました。
 次に、目の前にある川の風景をみることはもちろん重要であるが、その背後にあるより広大な空間である流域を意識する必要があると指摘されていました。上流に降った雨が下流に流れてくるので、上流の地質や生業を知ることが必要だとお話し頂きました。
 続いて、過去の水害をみていくそうですが、それは大々的に報じられているものに限らず、規模の小さいものまでを丁寧にみることが必要だと言います。さらに、浸水域内の土地利用の変遷から土地との関係もあわせてみていくことで、地域と河川と水害についての関係性を把握していくそうです。そのため現地調査で川に行くときは、川に背を向けて川の外側をみると言います。これらは、数字にしてみることも必要だと仰っていました。
 続いて、自分たちの世代がすべきことを2つお話頂きましたので、続いてレポートします。


−日本の河川史を世界に位置づける

 1つめにアイデンティティ(個別性)を武器にしてアジア、日本、地域、個人を内外から客観的に解釈し、個性を見極めて世界に発信していくことが大事だと仰っていました。

 日本近世の治水は川の水が溢れることを許容しており、分散させながら川と土地を一体化させる「分散」「一体」(輪中、霞堤など)の形だったそうです。その為、水害防備林や水防として地域の人が一体となって土嚢を積むなどの治水がされており「地域」「知恵」がキーワードとしてあったと言います。近代に入り、川を真っ直ぐにして土地と分離させる「集中」「分離」の治水へと変化し、河川は地域レベルから国家レベルで管理されるようになったそうです。またそれに伴い、数式で流量を計算し管理するといった「科学」の力が知恵に変わって出てきたとご説明頂きました。

 またこれまでの水文学では、主に水を物理現象として捉え一方的な視点で考えられてきたそうですが、近年は社会と共にみていこうという流れがあるそうです。社会と水の関係というのは、常に相互方向であるため、相互関係をみることが大事だと仰っていました。


−人と川、社会と水とのつながりを再生する

 2つめに人と川、社会と水のつながりを再生することが重要だと仰っていました。
 先にもお話頂いたように日本の治水は「分散」「一体」から「集中」「分離」へと転換されていきましたが、その近代化の過程で生じた不均衡が水害、渇水、水質汚濁、地盤沈下だと指摘されていました。また、それらの課題に対処をした結果として都市にはコンクリート三面張りの河川が生まれ「川の個性=河相」が失われたと言います。それは風景にも現れているように、水と社会が分断されることになったとご指摘されていました。

 上流域の都市化と地下水位の低下により湧水が消滅したことで、東京の川の多くは水源がポンプなどの人工的なものになっていることをご説明頂きました。中村先生はプロジェクトで善福寺川を子供達が安心して遊べる水辺へと再生されていましたが、雷が落ちた際にポンプが止まり水も流れてこなくなったそうです。電気がなければ水の流れない川が川と呼べるのかという問題に気付かされたと言います。

 このご自分の体験から「気づき」の形成プロセスについてお話いただきました。この時に大事だと仰っていたのは「やってみる」ということです。「やってみる(=河川の再生)」から「問題の発見(=水源がない)」をすることで一歩ずつ前進し、長期的なビジョンを実現することが、100年をかけて失われた人と川との関係を修復することに繋がると話されていました。正解はないので正しいと思うことをやってみること、ただし、なぜそれが正しいと思うのかについては常に意識・表現することが大事だとお話頂きました。


ディスカッション

 ここからは、レクチャーを受け寄せられた質問や疑問を元に議論された内容について記しました。(ディスカッション内容は会場も含めた文章となっています)

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−水辺が育むアングラな文化

“以前、堤防のない境界が曖昧で危険な川の近くに文化が生まれるといった話を伺っていましたが、今日のお話を伺って堤防で切り離されてしまうと文化が生まれてこないということなのかなと感じました。それについて、お話を伺いたいです。”

例えば、江戸では吉原は花街として歌舞伎といった下町のカルチャーが生まれました。吉原の場合、江戸の中心から隅田川沿いに移転させられたのですが、社会が受け入れられないような文化を浸水のリスクのある水辺に持っていくというのは、他のアジアの国々でも見られます。今の日本は、水辺に限らずどの地域も一律の安全度を目指していますから、アングラな文化を受け入れる場所がどんどんなくなってしまっている。そういう意味でも、文化のゆりかごとして水辺の持つ意味や価値はあると思います。


−社会との在り方

“川に自由に入れるようになって荒らされたりするかとも思いますがどう考えますか。”

荒らされる、という事態にすら至っていないのが現状です。まだ水辺に全然人がいないんです。水辺の使い方を忘れてしまっていて、それはこれからかなと思います。


“課題を明らかにすることと解決策を提示することにどのような難しさがあるか。”

そこにギャップはあるがブレイクスルーは起こらないので、1つ1つ解決していくしかないと思っています。あとは、川は在り続けるので、空間が出来上がって終わりではない。ゴールとは何なのかという話もあります。


“自分の目の前の川が全てだからこそ、他の川と比較してみてもらうというのは、河川に限らず通ずる点があると思いますが、関心がない層の人に対して理解を得るにはどうすれば良いのか。”

まずは違う川、良い川を見てもらう、比較してもらうということでしょうか。それによって、自分たちの川の個性や課題に気づきます。ただ、全員に対しては出来ないので、例えば子供たちを連れていくと親に話してくれるので、家庭や地域へ広がっていくということは意識しています。

“年齢層の高い人なんかにはどうすれば良いと思いますか。”

最終的にはじっくり話して納得してもらうことしかないと思います。ただ、話だけだと難しいので、こうなったらもっと良くなるというビジョンを提示する。その時にデザインの力は大きいと思います。


“川離れのお話がありましたが、私たちが日常的に意識するにはどういったことがあるのでしょうか。その上で社会として考えていくべきことはありますか。”

結局は空間だと思っています。やはり体験しないと意識は変わらないと思います。なので、教育の中でも座学ではなく、実際の場に連れていくということが大切です。

“目黒川では空間からではなく、ソフトのアプローチで良くなってきているのですが、それは邪道なのでしょうか。”

必ずしも空間が変わらなければいけないということはないです。アクティビティや賑わいが先に生まれて、空間が変化することもありますので。どちらが先かという話は難しいのですが、無関心というのが一番良くないです。ただ、出来れば空間からの方が良いとは思います。


−間違い探しの東京の川

“市街地にあるような特徴の失われた川はどう改善していけば良いのでしょうか。”

色んな課題があると思いますが、まずは川へ入れるようにアクセスを良くすることです。ただ、東京の川は雨が降るとトイレの水が流れるし大雨が降るとすぐに増水します。そういった川をどう再生して改善するかって話になると、空間の改善だけではどうにもならなくてシステムから変えないと意味がないです。川に入れるようにすることで、上から眺めるだけでは分からなかったことに気づくこともあります。その為にも空間を変える努力は必要です。


−「親水性」って?

“親水性というキーワードが流行している気がするのですが、今日のお話では一度も出てきませんでした。親水性についてどう考えていますか。”

実は「親水性」という言葉が最初に出てきたのは善福寺川が最初です。

“今日の話の中で出てこなかったということは、「親水性」という言葉が嫌いなのではないですか。”

ご指摘の通りです。

“なぜ嫌いなのですか。”

…つくっている感があるからですかね。
河川機能の分散の一つみたいに「治水・利水・親水性」という風に扱われているからだと思います。あるがままの川はもっとトータルなものだと思うのです。川の良い面だけを見て、川って良いですよねというのは川ではないと思います。本当の生きた川は“面倒くさい彼女”みたいなものなので。


−災害のリスクは無くならない

“災害でみられた不均衡をどう社会の変化につなげようと考えますか。”

川幅を広げるとか川とまちとの関係性を変えるとか、結局は空間だと思います。日常的には無意識であっても、不均衡が訪れた時に機能するような仕組みが理想的です。その点で、東日本大震災後の東北では、全く逆のことをやってしまったと思います。やはり、リスクは0には出来ない、というよりリスクが0の社会ってどうなんだという話です。


“堤防が守ってくれるという考えは既に破綻しているように思いますが、緑の社会に戻っていくことは可能だと思いますか。”

緑の社会に戻すというのはあると思います。オランダでは既にやられていて、世界はもう動いていっています。ただ、私は形式的なグリーンインフラは苦手なんですよね。もっと、日本的なものが歴史の中にあると思っているので、日常のクオリティを上げて災害時に機能させるという方向なのかなと思っています。


−アジアの風土を世界に

“問題の数値化だけでなく世界にアプローチしていく方法はありますか。”

東京の川の状況は、もともとあった風土に対して西洋のシステムを押し込めて齟齬が出た結果になっています。例えばロンドンの雨はしっとりとふりますが、日本はそうではないですよね。ロンドンで出来た下水システムが日本で適用できる訳がないのですが、どのアジアの国もそうなってしまっているのが現状です。なので、風土にもとづいたアジアの考え方をスタンダードにしていくことが大事だと思っています。

“世界に接続していく中で大切にすべきことは何だと思いますか。”

自分たちの持っているアイデンティティについて、どれだけ真摯に向き合うかだと思います。

“ローカルなものをグローバルにつなげる時に気をつけることはありますか。”

敵を知ること、向こうのルールを知ることは重要です。例えば、西洋の歴史を知っておくとか。


−愛情を持つ

川が見るものから見えるものになった転機はありましたか。”

GSデザインワークショップです。議論してみたらすごく驚きました。土木と建築の両者でも見ているものが全然違うということに気づいてから、その延長線上でやってきています。

見えた時ってどんな気持ちになりましたか。”

超楽しい!だって、自分だけにしか見えていないって、楽しくないですか。みんなが見えていないものが自分には見えている、違う世界が見えているってわくわくします。

“それを養うのに、実際に見て回る以外にはありますか。”

本を読むこと。できればAmazonで注文するのではなく、本屋を歩くことです。おすすめされて出てきたものではない、ノイズの情報にも気をかけるということです。あとは、人と話すこと。人の話を聞くだけではなくて、勇気をもって自分の考えを話さないと違うことに気づけないので。

“色んな人と仕事をするっていうのも大事ですよね。”

異分野の人と仕事をするっていうのは、それぞれの世界や専門性を合わせていって、新たな世界をつくる作業なので重要です。自分の世界を拡張することにもつながります。

“○○観を様々な関係者と共有することは難しいと思いませんか。”

そこに愛があれば大丈夫でしょう。

“恐れずやってみる際に大切にしている信念はありますか。”

みんながハッピーになることをする、愛を持つことです。

“誰に対する愛ですか?”

まずは、その地域の見えている人が幸せになることだと思います。
人一人が出来ることは、目の前にいる人たちをまず幸せにすることだと思うので、その人たちのために出来ることをするのが、社会にとっても一番の近道だと思っています。


−最後に

“学生の時にしておけばよかったことはありますか。”

もっと海外に行っておけばよかったと思います。違う価値観に触れておきたかったとか、アジアに早く出会っていたかったということはあります。やはり、他を見るからこそ自分たちのアイデンティティに気づけると思うので。


“DJより研究の方が楽しいですか。似ているところとかあったりしますか。”

DJってレコードを探すんですが、土木史やっている人なら感覚がわかると思うのですが、見つけた時の喜びは一緒です。あとは、ストーリーを作りあげるという点でも一緒です。DJだとフロアのお客さんの客層や雰囲気によって1セットの中のかける曲の組み合わせを変えますが、研究の場合でも、手法や出てきた結果を組み合わせたり、ストーリーをデザインする点で一緒だと思います。

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  第4回神楽坂景観塾には学生から社会人まで幅広い世代と分野の方にご参加頂き、活発な議論が行えたのではないでしょうか。中村先生からは川への愛を感じるレクチャーを頂きました。大変貴重なお話を頂き、ありがとうございました。


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