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中田翔出場停止の後始末

中田翔は同僚選手に暴行を加えた咎で、日本ハム球団によって2021年8月11日に出場停止の処分を受けた。その後の動向が注目されたが、8月20日に讀賣巨人に無償トレードによって移籍することが発表された。

この顛末にまつわる野球協約・統一契約書に基づく扱いについて見てみたい。

出場停止期間は不当に短いか

8月11日に出場停止選手と公示され、移籍に伴い8月20日に出場停止の処分が解除されることを公示された。当初出場停止期間は「当面の間」として公示され無期限の厳罰であることが示唆されていたが、結果的に9日間で解除された。

9日間という期間に対しては「短すぎるのではないか?」という声が多数見られた。また日ハム・栗山監督に対しても記者がその旨問うていた。はたして本当に短いのであろうか。

下表はこれまでに野球協約60条(1)によって出場停止処分を受けた選手のうち、同種の事案である暴行によるものを切り出したものである。

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過去の事例に照らすと、今回の中田翔の事案は、不当に処分が軽いと断言することは困難であると考える。さらに暴行を受けた選手が大事にすることを望んでいないことを考慮しなければならない。

山本八郎・ガルベス・山口俊の件は、同種の事件への処分としては相当に重い。山本八郎の1958年の事案では「角田審判員を殴打、退場を命じられたが再度同審判員を殴打」(リーグ略史)という悪質性、また1959年の事案は2年連続の累犯であることを考慮する必要がある。また山口俊の事案では、本人が書類送検された(のちに相手方と示談が成立し、不起訴処分)ことを考慮する必要がある。このような一部の例外的に出場停止期間が長い事案を除いては、中田翔に対する処分が著しく軽いと断言することは難しい。

仮に著しく長い期間の出場停止処分を科せば、過去の事案に比べて不当に重い処分となり、公平性という点では疑問が残ることになる。

出場停止処分解除の運用実務

野球協約においては、出場停止選手の規定を第60条(1)に設けている。

第60条 (処分選手と記載名簿)
選手がこの協約、あるいは統一契約書の条項に違反し、コミッショナーあるいは球団により、処分を受けた場合は、以下の4種類の名簿のいずれかに記載され、いかなる球団においてもプレーできない。
(1)出場停止選手と出場停止選手名簿(サスペンデッド・リスト)
球団、あるいはコミッショナー、又はその両者は、その球団の支配下選手に対し、不品行、野球規則及びセントラル野球連盟、パシフィック野球連盟それぞれのアグリーメント違反を理由として、適当な金額の罰金、又は適当な期間の出場停止、若しくはその双方を科すことができる。球団、あるいはコミッショナー、又はその両者によって出場停止処分を科された選手は、コミッショナーにより出場停止選手として公示され、出場停止選手名簿に記載される。出場停止選手は、出場停止期間の終了とともに復帰するものとする。

出場停止の処分の主体は、球団・コミッショナー・その双方のいずれかとなる。今回の中田翔に対する出場停止の処分は、球団によって下された。出場停止期間が明示されない形式で出場停止期間に入ったが、8月11日に球団による届け出によって出場停止が解かれた。

2021年8月11日付で野球協約第60条(1)項により、出場停止選手公示した下記選手について、球団による処分解除の届け出がありましたのでお知らせします。

このように協約60条(1)に基づく、球団による出場停止処分は、球団が機構に届け出ることによって解除されるという実務が明らかになった。

また、直近まで出場停止の処分を受けた選手が移籍することは、NPBの歴史では恐らく初めてである。出場停止の状態のまま移籍するとこがあり得るのか注目していたが、移籍に先立って、出場停止を解くことが発表された。

今回の出場停止処分は球団によって下されたものである。移籍をすれば処分を与える球団と当該選手の間には何らの契約関係がなくなるため、日ハム球団側には処分を継続する権限がなくなるためであると考えられる。

なお移籍する選手が、移籍の時点においてコミッショナーによる出場停止処分を受けている状態であった場合の実務は規定上では不明である。

年俸の棒引きと移転費

出場停止処分を受けた選手に対して、球団は出場停止期間中の参稼報酬(=年俸)を減額することが可能である。

野球協約60条(1) 【抄】
出場停止選手の参稼報酬については、1日につき参稼報酬の300分の1に相当する金額を減額することができる。なお、減額する場合は、上記の方法で算出した金額に消費税及び地方消費税を加算した金額をもって行う。

中田翔の推定年俸は3億4千万円とされる。300分の1の減額・9日間分に消費税を加算した金額であるため、11,220,000円が減額される可能性がある。同規定は「減額することができる」としており、実際に減額されたかは明らかではない。仮に減額されておた場合、中田翔の今季の年俸額は、328,780,000円と推定される。

一方中田翔は、8月20日付けで巨人に移籍となった。移籍によって転居が必要となった場合、移転費(=引っ越し代)が支給されることが野球協約によって定められている。

野球協約第114条 (移転費)
選手契約を譲渡された選手が転居した場合、譲り渡し球団と譲り受け球団は移転費として200万円を、等分に負担して、譲り渡し球団より選手に支払う。

北海道に本拠を置く日本ハムから、東京に本拠を置く巨人に移籍するため転居は必須であるため、中田翔は200万円を巨人から受け取ることになる。

これにより、年俸(減額された場合)と移転費の合計330,780,000円がを今季両球団から受け取ることになると推定される。

移籍に伴う年俸の処理

8月20日付に巨人に移籍したが、年俸額が変更されることはない。統一契約書が移籍しても年俸に変更はないことを定めているためである。

統一契約書第22条 (報酬不変)
本契約が譲渡されたとき本契約書第3条に約定された参稼報酬は契約譲渡によって、その金額を変更されることはない。

このため上記に記した、減額された場合の年俸と移転費の合計330,780,000円を受け取ることは保証されている。

一方で移籍に伴って、移籍元の球団と移籍先の球団がどのような割合で負担するのかは、野球協約・統一契約書にも定めがない。野球協約は権利義務が移籍先球団に譲渡されるとするのみである。

野球協約第105条 (選手契約の譲渡)
1 球団は、その保有する選手との現存する選手契約を参稼期間中、又は保留期間中に、他の球団に譲渡することができる。
2 選手契約が譲渡された場合、契約に関する球団の権利義務は譲り受け球団に譲渡される。

プロ野球選手会のウェブサイトに掲載されている統一契約書においても、契約譲渡が発生しうること、また移籍によっても報酬額が変わることはないことを示すのみである。

第21条 (契約の譲渡)
選手は球団が選手契約による球団の権利義務譲渡のため、日本プロフェッショナル野球協約に従い本契約を参稼期間中および契約保留期間中、日本プロフェッショナル野球組織に属するいずれかの球団へ譲渡できることを承諾する。

規則上の根拠は不明である者の、本件を報じる日刊スポーツの記事は、下記のように所属した期間を日割りして負担するとしている。

巨人大塚副代表は「トレードは基本的に変わらないです。旧年俸を引き継ぐという形です」と説明。今季の中田は日本ハムで3年契約の3年目、推定年俸3億4000万円。巨人が中田に支払うのは、参稼報酬(年俸)期間となる2月1日から11月30日までのうち、8月20日から11月30日までの期間分を日割り計算して支払います。
2021年8月20日 日刊スポーツ

これが正しければ、中田翔の減額後の年俸328,780,000円を、両球団が分割して負担することになる。

日本ハム 2月1日~8月19日(199日間)  217,366,179円
巨  人 8月20日~11月30日(102日間) 111,413,821円

なお、移転費(200万円)は両球団が等分に負担することから、上記に100万円ずつを加えた金額を支払うことになる。

出場停止処分解除・移籍後の出場選手登録可能日

中田翔の移籍発表当日にスポーツ報知のTwitterアカウントが、ルール上8/20当日には出場選手登録ができないと報じた。しかし協約の定めによれば、これは誤りと考えられる。

出場停止処分を定めた協約60条は、出場停止期間が終了とともに復帰するものとし、期間が終了した当日に出場選手登録することを妨げていない。

野球協約第60条 (処分選手と記載名簿)【抄】
(1)出場停止選手と出場停止選手名簿(サスペンデッド・リスト)
球団、あるいはコミッショナー、又はその両者によって出場停止処分を科された選手は、コミッショナーにより出場停止選手として公示され、出場停止選手名簿に記載される。出場停止選手は、出場停止期間の終了とともに復帰するものとする。

また協約111条によれば、トレードが公示された日(8/20)から登録が可能と判断される。

野球協約第111条 (譲渡選手の野球活動)
選手契約を譲渡された選手は、コミッショナーが、同選手を譲り受け球団の支配下選手として公示をした日から、譲り受け球団のための試合及びすべての野球活動に従事することができる。

従って、出場停止処分による理由・トレードによる理由いずれからも、移籍が公示された日に出場選手登録は可能である。8月20日に登録されなかったのは、協約によるものでなくチーム事情によるものであろう。

参考資料

日本プロ野球選手会ウェブサイトより
日本プロフェッショナル野球協約2019
統一契約


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