ジビエのレシピは信じない
まさかこんなカジュアルに撃ってくるとは思わなかった。さては素人だな。
「ばか! 発砲するなって言ったろ!」
怒られてやんの。そりゃそうだ。
あたしは屋上に乱立する室外機を踏み台にして跳躍する。視野がひらけるこの瞬間は好きだ。となりのビルに着地し、身体を一回転させて衝撃を逃す。
人間よりも優れた聴覚が、狩人たちの困惑を捉えてくれる。また火薬の爆ぜる音がした。
「撃つなって! 傷ついたら味が落ちるんだよ!」
「逃げられるよりマシだろうが!」
「脳か心臓を一発で仕留めないと値が下がる」
そのとおり。狩りは慎重に。
もう何世代も前のことだけれど、神になりたがったどっかの異常者が、動物とヒトを掛けあわせて生命を創ったらしい。現存する種は食肉用ばかりだけど、天然物をテーブルに乗せるほうがグルメは喜ぶからやっかいだ。蒼汰はうまく逃げているだろうか。
看板や外階段を駆使して走り続ける。やがて建設中のビルに出くわした。白いファサードに包まれたそこに、身を潜めることに決めた。
けど、先客がいた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
中学生かな。紺色のブレザーを着て、なぜか土下座している。
「あ、そうだ。ボクいま熱あるんです。だから味が落ちてるんで今日じゃないほうが良いです。絶対に」
「はは。キミも同類かな?」
あたしたちに人権はない。社会に紛れて暮らしてるけど、バレたら厨房行き。少年は目を丸くしてあたしのことを見つめてる。翡翠のような不思議な色だ。
「ここにいたぞ!」
背後から狩人の声。まずい、追いつかれた。
そう考えた瞬間、少年があたしの真横を通過した。風圧で髪が揺れる。振り返ったときにはすでに終わっていた。首をへんな角度にまげて、狩人が床に沈んでいく。
「つ……つい殺しちゃったじゃないですか!」
深緑色の瞳がうるんでいる。さっきはあんなに俊敏だったのに。
「責任……とってくれますよね」
「とりあえず走るよ。おいで」
つづく
電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)