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立つ鳥は灰汁を詰める 【番外編】#AKBDC

「これでもう……大丈夫だと思います」
 三島が、伸縮包帯の残りを器用に巻いて、プラスチックの救急箱に戻しながら言った。
 心なしか、左前腕の痛みが和らいだ気がする。
「ありがとう」
 恐怖に支配されていた三島の目に、少しだけ人間らしさが戻る。なかなか人懐っこくって良い後輩だったな、と改めて思う。
 俺はジャケットのポケットから愛用のワイヤレスマウスを取り出し、腰の高さで握った。それを知った三島は、絶叫しつつ床にへたり込む。
「いいいいいい泉先輩! ちょちょちょ待って待って待って!」
 必死の形相で後退りをしている。やたらと手足を動かしているわりに、ほとんど位置は変わっていない。
 空間に白い矢印が現れる。なんの変哲もないただのカーソルだ。
「お願いします! お願いしますぅ!」
 手の中でマウスをクリックすると、三島の頭部が破裂し、四散した。
 下顎だけが残った三島の顔は、なにか物足りないほどすっきりしてしまっている。しばらく酔っ払いのように揺れていたが、やがて仰向けに倒れ込み、他の十一体の死体と同じように床に転がった。

 死臭を嗅いだせいか、俺は濃いコーヒーが飲みたくなった。このオフィスにはエスプレッソマシンがある。俺はそこに向かおうとして、わずか一歩で足を止めることになった。人影に気づいたからだ。
「へぇ。泉くんの能力、見ちゃったよ」
 オフィスは薄暗い。たくましい筋肉に包まれた上半身、ニッカポッカのようにダボっとしたボトム、ガイルのように逆立てた頭髪がシルエットになって浮かび上がっている。この暗さにもかかわらずサングラスをつけているようだ。
「その声は……阿久さん?」
「そうだよ。戦術二課のな。見た者は殺す、なんてありきたりなこと言うんじゃないだろうな」
「言いませんよ。見てない者だって始末しなきゃいけないですし」
「怖いね。まぁ、やりあうにしても、俺だけが一方的に能力を知っているんじゃアンフェアってもんだ」
 阿久さんは腰から二本の得物を取り出した。一本は30センチほどの出刃、先端は尖っている。もう一本は中指ほどの長さの釘のようなものだ。
「見せてやるよ。俺の能力」
 デスクの上にまな板を置くと、足元のクーラーボックスからウナギを取り出す。阿久さんは手早く、胸ビレを胴に残して出刃をウナギの首筋に当てた。素早く押し刺すように中骨に届くまで切る。
 俺はあまりの手際の良さに目を奪われた。モニターのバックライトが、まるでスポットライトのほうに彼の手元を浮かび上がらせている。
 阿久さんは釘のような得物を手のなかで一回転させると、おもむろにウナギの顎の部分に突き刺し、出刃で叩いてそれを押し込んだ。目打ちだ。
「しっかり見とけよ」
 頭の切り口から出刃の先端を差し込むと、一気に背を開いていく。阿久さんの全神経が切っ先に集中しているのがわかる。見事にウナギは一枚の背開きになった。思わず漏れたため息が聞こえたのだろう。阿久さんがにやりと笑った。
「クオリティが問われるのは、実はここからだ」
 ていねいに内臓を取り除くと、中骨に出刃をあてた。彼が右手を動かすと、まるでバナナの皮でも剥くかのように、中骨が削げていった。頭と胴体を切断したあと、そこからさらに細かい骨を取りのぞいていく。出刃の切っ先を、製図ペンの精度で扱っているのがすごい。
「あと一息だ」
 骨の処理を終えた彼は、ヒレを切り離した。
「これでOKだ」
「演舞のようにウナギを処理する能力……」
「そう。関東背開きだ」
「すごい。ウナギが光り輝いている」
 阿久さんはサングラスを外した。その目は慈愛に満ちている。
「だがまだ完成じゃない」
 彼の視線が動いた。俺はその先を追う。阿久さんが見つめているのは、俺の右手だった。いや、俺が握っているワイヤレスマウスだ。
「泉くん。君の能力が、これを完成させるんだ」

 夜景を眺めながら、阿久さんとふたりで食べた蒲焼きの味を、俺は一生忘れないだろう。さて、食後のエスプレッソでも淹れてくるとしよう。ふたりぶん。

おわり

これはなんですか?

パルプスリンガーakuzumeさんのバースデー企画に参加しました。akuzumeさん、お誕生日おめでとうございます!

電子書籍の表紙制作費などに充てさせていただきます(・∀・)