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生物多様性ネットゲインとは何か~開発事業の新たな潮流~

英国のイングランドにおいて生物多様性ネットゲイン(Biodiversity Net Gain: BNG)政策が推し進められています。生物多様性ネットゲインとは、開発事業において、生物多様性を保全するだけでなく、純増(ネットゲイン)しようとする野心的なものです。イングランドでは、事業ごとに生物多様性を10%純増させる定量目標が新たに成立した環境法(2021年11月)により明文化され、移行期間を経たのち、2024年2月12日(※23年秋から延長されました)から多くの開発事業において必須となります。「小規模開発プロジェクト」については適用は2024年4月から、「国家的に重要な社会基盤プロジェクト(NSIP)」については2025年11月からの適用が予定されています。この純増は開発事業が行われるオンサイトでの実施が原則ですが、オンサイトで実現出来ない場合はオフサイトで実施したり、オフサイトで民間企業や政府が自然再生により創出した純増分を購入する、いわゆる生物多様性クレジットの仕組みで実施することもできます(炭素の排出権取引によるカーボンクレジットの生物多様性版です)。ネットゲインを評価する上で、生物多様性を定量的に評価することも重要となりますが、これに関しては生物多様性メトリック(Biodiversity Metric)という手法が整備されています。これらは世界のネイチャーポジティブの趨勢に合わせた動きと言えますが、今後世界の建設事業・公共事業にも大きな影響を与える政策となるため、ここで紹介させて頂きます。なお、内容については勉強しながら書いているので、間違いも含まれている可能性があります。β版として読んでいただければ幸いです。

※その後、詳細の情報を下記の報告書に記載しました。説明パワポも作成しましたのでご覧ください。

イングランドにおける生物多様性ネットゲイン(BNG)政策とその影響について

※リバーフロント研究所報告第 33 号(リバーフロント研究所ウエブサイトより)


背景

気候変動にともなう生物多様性の危機が叫ばれており、それに対する国際的な動きが激しくなっています。2021年6月のG7において自然協約2030が合意され、ネイチャーポジティブな経済を促進することが約束されました¹⁾。

具体には、2030年までに生物多様性の損失を止めて反転(ネイチャーポジティブ)させるための道筋を明らかにすること、2030年までに陸域・海域でそれぞれ少なくとも30%の面積を保護区とすること(「30 by 30」と呼ばれる)などに取り組むこととなりました。自然の保全は環境保護に関心の高い人々が訴えるだけでなく、金融や経済を巻き込んだ大きな潮流となっており、自然の持続可能性が経済の持続可能性に不可欠であることが広く認識されるようになりました。

この背景のひとつとして気候変動があります。気候変動が引き起こす地球環境の変化が、自然に大きな打撃を与え、自然に依存する経済に重大な影響を及ぼすことが明らかになってきたのです。世界経済フォーラム²⁾は、「世界GDPの半分は中程度から高度に自然に依存」していることを明らかにし、ダスグプタレビュー「生物多様性の経済学」³⁾は馬奈木ら⁴⁾の論文を引用し、自然資本が1992年以降40%も減少していること、このままでは自然が持続可能でないことを述べています。

このような背景のもと英国では2021年11月に2030年までにネイチャーポジティブを実現するという野心的な環境法を成立させ、この新たな生物多様性ネットゲインを推し進めています。


生物多様性ネットゲインとは?

生物多様性ネットゲイン(Biodiversity net gain: BNG)とは、自然環境を開発前よりも定量的によい状態にすることを目的とした開発や(あるいは)土地管理を指す手法です⁵⁾。開発行為において、生物多様性の創出や改善を促すことで、生物多様性の貢献に大きく資するものとして期待されています。BNGを説明する下記のナチュラルイングランドの紹介動画(英語:5分)を見ると、生物多様性ネットゲインは、自然環境だけでなく、洪水対策、健康などのウエルビーイング、ヒートアイランド対策など、グリーンインフラ的な多様な機能を期待していることが分かります。

オンサイト or オフサイト or クレジット

生物多様性ネットゲインは、開発を実施する場所(オンサイト)で実現するのが原則ですが、難しい場合は別の場所(オフサイト)で実施することも可能です。あるいは下記に説明する生物多様性クレジットを購入することでも可能です。

生物多様性クレジットと公共事業への影響

オンサイトあるいはオフサイトでのネットゲインが難しい場合は、他の団体等が創出した生物多様性クレジットを購入することになります。二酸化炭素で、排出権取引によりその吸収量を購入し、カーボンニュートラルを実現する手法(排出権取引)と同様の考えです。このようにオンサイトで生物多様性を純増できない開発事業は、オフサイトでネットゲインを創出したり、あらかじめ自然再生が実施されたオフサイトから生物多様性クレジットを購入したりすることができますが、その開発事業は割高になると考えられます。事業者側は何とかオンサイトでネットゲインを実現しようとするでしょうから、この政策にともない、この分野の人材強化や技術力が飛躍的向上が期待できます。実際、イングランドではこの分野の人材育成予算(capacity building)としてあらたに400万ポンド(約6.5億円)の基金を作り、計画支援や生態学者の育成、などすでに仕組みを作り始めています⁶⁾。イングランドは今後、これらの分野の仕組みや技術力で世界をリードしようという野心ももっていることでしょう。

生息場の30年保証

保全あるいは創出された生息場(habitat)は適切な計画や維持管理により、その機能を少なくとも30年は維持することが環境法で決まっています。何をもって維持されているとするかなど、難しい問題もあると思いますが、野心的な決定です。

生物多様性メトリックによる定量評価

生物多様性ネットゲインが実現できているかどうかを判断するための評価手法は重要です。イングランドでは生物多様性メトリック(Biodiversity Metric)と呼ばれる指標を準備しており、現在バージョン4.0(2023年3月28日)となっています。かなり野心的な取り組みだけにこの指標も頻繁に書き換えられているようです。

おわりに

今回、イングランドの生物多様性ネットゲイン政策の状況を簡単に紹介しましたが、各項目ごとに理解すること、説明すべきことがたくさんあります。また、いろいろな紹介動画がこの4月などにできていることから考えても、現地でもまさにオンゴーイングで検討されている事象のようです。ネイチャーポジティブの動きが激しい中、この政策からは目が離せません。

参考文献

1) 外務省,2021. G7・2030年「自然協約」. 
2) World Economic Forum and PwC, 2020. Nature Risk Rising; Why the Crisis Engulfing Nature Matters for Business and the Economy.
3) Dasgupta, P., 2021. The Economics of Biodiversity: The Dasgupta Review. HM Treasury, London, UK.
4) Managi, S., Kumar, P., 2018. Inclusive Wealth Report 2018. Taylor & Francis Group, Abingdon, UK.
5) 英国地方自治体協議会の生物多様性ネットゲインに関するサイト
6)  Protecting and enhancing the environment to be at the heart of new housing and infrastructure developments
7) BNG紹介動画2 WSP (2022年4月6日up)

8) 明らかとなってきたBNGの詳細(英語)