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イギリス版火垂るの墓『風が吹くとき』~読書感想文#26



映画にもなった有名な本なので、ご存じの方も多いかもしれません。

イギリスの片田舎で暮らす老夫婦を主人公に核の脅威を描く絵本です。

著者はレイモンド・ブリッグズ。

この本は知らないという方も、「スノーマン」ならご存じでしょうか。

この優しい絵で老夫婦の日常が描かれます。

しかし、核の爆発を表す真っ白なページを境に、二人は被曝しどんどん衰弱していきます。

この夫婦が暮らす家は人里離れていて、電話やラジオを除いて他の人との交流も出てきません。

ひたすらこの夫婦だけを見つめて話が進んでいきます。

だからこそ、読んでいても逃げ場がなく、この優しい絵と描かれている内容とのギャップに追い詰められます。

全世界の政治家に読んでほしい本です。

ちなみに、最初出版されたのは篠崎書林から、小林忠夫の訳でした。
 現在はあすなろ書房から、さくま ゆみこの翻訳で出ています。

こちらは、あすなろ書房、さくま ゆみこ訳です。

小林忠夫の翻訳が原文に比較的忠実に起こしてあるのに対し、さくま ゆみこの翻訳はかなりこなれていて、読みやすく仕上がっています。

例えば、原文では一番最後の、そしておそらくは最期のセリフが、こちらです。

…rode the Six Hundred…

これは、イギリスの詩人テニスンの詩The Charge of the Light Brigadeの中の

Into the valley of Death
Rode the six hundred.

がもとになっています。

これを、小林氏はそのまま訳しています。

…600の兵士死地に…

私はこの詩を知らなかったので「600の…」と言われてもなぜここで「600」なのか分かりませんでした。

実は、死ぬためだけに下されたような命令に従って進んでいく兵士の詩なのです。おそらくイギリス人なら誰もが知っている詩であり、この詩を知っている人なら、この老夫婦が死を覚悟して口をついたセリフなのだと分かり、政府も人も疑わずに生きてきた平凡な老夫婦の最期にせつなさややるせなさを感じ取るのでしょう。

私は篠崎書林のあとがきを読んでその意味と味わいを知ることができました。

一方さくまゆみこさんはInto the valley of Deathを入れて、下記のように訳しています。

…死の谷を兵士は進む…

これであれば、背景知識がなくても読みやすく、話に没入しやすいと思います。

どうぞ、お好みでお選びください。小林氏の篠崎書林が欲しい方は、中古しかないので、お早めに。

こちらは篠崎書林です
こちらは英語版です

それでは、また。

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世界や自分自身をどのような言葉で認識するかで生き方が変わるなら、敬意を込めた敬語をお互いに使えば働きやすい職場ぐらい簡単にできるんじゃないか。そんな夢を追いかけています。