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空き家問題を考える――昨日までの都市問題の結果、明日からの都市問題の原因

1.空き家問題とは

経済浮揚策としての過剰な住宅投資は、急速な人口減少と相まって都市のスポンジ化(※1)の加速要因となっている。総務省の住宅・土地統計調査によると、日本の空き家率は13.6%(2018年現在)とされ、この数値を踏まえるならば住宅のうち約6軒に1軒は空き家という計算になる(※2)。同統計によると、東京都においても、空き家率は11.1%であり、都市部においても空き家問題は進行しつつあることが見て取れる。むしろ、都市部の密集市街地に存在する空き家のほうが、近隣への影響という面からは、より深刻な問題を孕んでいると考えられる。

こうした状況に鑑みて、2014年には空家等対策の推進に関する特別措置法(以下「空家法」という。)が施行され、自治体による指導・命令・代執行が行えることとなった。また、一定の条件を満たす「特定空き家」については、固定資産税の住宅用地特例(※3)から除外するという新たな制度も整備された。

空き家はどのような場合に問題となるのだろうか。空き家であっても、維持・管理が適切にされている場合であれば特段問題にはならない。問題となるのは、主に相続等により所有せざるを得なくなった住宅が想定される「その他の住宅」(※4)である。こうした住宅は管理不全に陥りやすく、外部不経済の発生源(もしくはその予備軍)として一般的に認識されている(Mikelbank, 2008粟津, 2014Sadayuki et al., 2020)。特に、狭小地に建つ場合や、建築基準法における接道義務を満たしていない等の理由により、利活用が難しい場合には問題となる可能性が高い。

空き家問題が蔓延る要因のひとつには、冷淡な言い方かもしれないが、所有者の認識と社会的認識との乖離が挙げられるだろう。つまり、所有者が空き家の外部不経済や工作物責任を問われるリスクを過小評価し、解体費用をはじめ、住宅用地特例の適用から除外されることによる固定資産税の増額、解体や利活用に伴う心理的負担等を受け入れたがらないのである。

管理不全に陥った空き家の外部不経済としては、地震等による倒壊、資材の落下や落雪、害獣や害虫の発生等のリスクを通した地域全体の価値低下が挙げられる。運が悪ければ、通行人や隣接する住宅への直接的な被害を及ぼす可能性もあり、仮にそのような事態が生じた場合には、所有者は工作物責任(※5)を問われ損害賠償を行わなければならないケースも想定される。

2.昨日までの都市問題の結果

ただし、空き家問題の責任を所有者のみに押し付けることが酷であるのもまた事実である。空き家になったからといって(そもそも、所有者としては空き家という認識がない場合も多いが)、愛着のある家を手放すという意思決定は断腸の思い抜きにはできないであろうし、住宅市場全体が過剰供給となっている中、売ろうにも値が付かないという場合も往々にしてある。

出生率と人口動態の推移から、半世紀前には現在の人口減少が予測できていたにもかかわらずに進め続けた無計画な新築優遇やミニ開発等、都市が孕んできた問題の結果である。このような住宅政策を推し進めてきたのは政府であり、制度である。この現状を根本から解決するためには、短期的な効果は見込めないかもしれないが、大枠の制度そのものに変化を起こさなくてはならない。

3.制度的アプローチ

大枠の制度そのものに変化を起こすため、以下では、いくつかの施策を提案したい。

3-1.住宅リサイクル法の必要性

空き家が放置される理由のひとつに、解体費用の負担が挙げられると述べた。一般的に、戸建ての空き家を解体するためには、約200万円の費用がかかるといわれている。所有者からすれば、わざわざ追加的な費用を支払ってまで愛着のある家を解体する積極的な理由は少ない。

追加的な費用負担が躊躇われるのであれば、新たに住宅リサイクル法を定めて、解体費用の事前徴収の仕組みを導入すればよい。同様の制度は、自動車リサイクル法において既に導入されており、家電リサイクル法においてもかねてより導入の議論がされている。

住宅リサイクル法においては、新築時に施主から解体費用を徴収し、それをそのまま建築確認を行う自治体の公庫に納入することを想定している。所有者が住宅の解体を行う場合には、自治体に解体申請を行えば、事前に納入した解体費用を引き出すことができる。万が一、所有者が住宅を空き家として放置し、空家法に基づく代執行が必要となった場合には、自治体は事前徴収していた解体費用を充当して解体工事を発注することができる。

管理不全となった空き家の放置が今後も増加すると予測される中、家を持つ権利の裏返しには、家の処分や管理に係る責任もあると考えることができる。住宅リサイクル法の仕組みにより空き家の解体が進むとは言い切れないが、代執行の場合においても所有者が確実に解体費用を負担するという最低限の責任は担保されることとなろう。

3-2.将来の空き家所有者が満足できる取引のために

空き家の売却や利活用に係る心理的負担を和らげる施策も必要である。ひとつのアプローチとして、狭小地や接道義務を満たさないような土地(以下「狭小地等」という。)を時間をかけて徐々に改善し、土地市場や住宅市場において値が付かないような物件を減少させていくことが考えられる。物件が市場で評価され、市場価格が所有者の留保価格(※6)に近付けば、所有者が満足のいく取引を行える可能性が高まる(Kanayama and Sadayuki, 2021)。

実際に、狭小地等の改善のための手法も各地で試みられている。例えば、山形県鶴岡市における「つるおかランドバンク」のランドバンク事業では、空き家を解体した後の土地を、隣接する土地の所有者に低廉売却して、(解体費用を賄うと同時に)狭小地等の改善を行う事業等を行っている。

ただし、このような施策が空き家発生の抑制効果を発揮するには、住宅所有者の世代交代を待たねばならない。これは、現所有者が転居したり亡くなったりした場合に、住宅を相応な価格で売却するという選択肢を持たせるための施策と捉えられるからである。

3-3.中古住宅を活かす

狭小地等の改善と併せて行いたい施策が、中古住宅市場の活性化であろう。新築を抑制し、住宅市場における供給過剰の改善を通して住宅価格を適正化すると同時に、建設投資を中古住宅の断熱性能向上等のリフォームに回し、中古住宅に値が付く仕組みを構築する(村上, 2014; 持続可能な「まち」の作り方 on YouTube, 2020)。この仕組みは住宅市場の適正化に繋がり、空き家の発生を抑制し、ひいては地域の持続性を高める手段となりうる。

中古住宅市場の活性化を考えるにあたっては、上述した社会的なメリットと同時に、消費者にとってのメリットを考えなくてはいけない。消費者にとっては、比較的安価で性能の良い住宅が入手できるという点が挙げられるだろう。バブル以降、特に首都圏では不動産価格が高騰し、中古住宅という選択肢も見直されてはいる。質の悪い新築住宅を買うよりは、同じ費用を支払って質の高い中古住宅を買う、という消費者の選好があっても何ら不思議ではない。

中古住宅市場の活性化は、ライフステージに応じた住み替え可能な社会の形成にも繋がると考えられている(中川, 2013)。新築を購入する自由という考えは確かにある一方で、住宅市場の再編を通した住み替えの自由を実現することもまた、憲法第22条第1項の保障する「居住、移転及び職業選択の自由」を支えることに寄与するのではないだろうか。

4.個別的アプローチ

ここまで制度的観点からの施策を述べてきたが、以下では、個別の地域ごとの対応策として、いくつか検討したい。

4-1.地域コミュニティの役割とその二面性

例えば、身近な地域のコミュニティから解決の糸口を探すこともできる。社会関係資本(※7)が強靭な社会の形成要因となることは、パットナム(※8)以来語られてきたが、空き家問題をはじめ、地域の諸課題を地域のコミュニティを通して解決しようという動きは、近年になって再注目されている(中田, 2017)。例えば、上述した「つるおかランドバンク」による事業も、地域コミュニティにおける意思疎通があって成り立つものと考えられる。

ただし、地域コミュニティという存在も難解である。空き家問題の解決にあたっては、長所と短所の二面を併せ持つことが想定される。

長所としては、2点挙げられる。ひとつは、地域の目であり、もうひとつは、共助の浸透である。まず、コミュニティ活動が活発な地域において、個々人は隣人に気を配って生活している。当然、近所に迷惑はかけたくないし、トラブルの可能性があれば早いうちに芽を摘んでおきたいものである。また、万が一トラブルが発生した場合においても、隣人との付き合いが常日頃からあれば、(費用負担や権利関係を介在させる場合もあれど)共に助け合うための話し合いを行うことも可能なはずだ。

これらが空き家発生時にはプラスに働く。第一に、空き家所有者は隣人に迷惑をかけたくないと考えるため適切な管理を行うし、第二に、地域で共に助け合い問題を解決しようという議論を行う土壌があり、場合によっては上述したランドバンク事業に類するような解決行動が自発的に起こる可能性もあるためである。

反対に、短所も1点挙げておきたい。地域コミュニティというのは、得てして閉鎖的な場合が多い。例えば、空き家を売却なり賃貸なりした際に、地域コミュニティの外から住民が流入することを嫌う声もあがる。確かに、仮に実家の隣が空き家になって、その後見ず知らずの人が入居した場合を考えると、少なからず抵抗感があることは否めない。

地域コミュニティは、空き家問題の解決にあたり二面性を持つ可能性がある。その二面性が明らかであるからこそ、長所は最大限に活かし、短所は新規住民をコミュニティ構成員として歓迎すること等を通じて和らげていく、という二面のアプローチが重要であるのではないか。

二面性があるにせよ、地域コミュニティが秘める潜在能力は計り知れない。法改正を伴う制度的な改善と併せて、足元から動き出せるボトムアップの施策として、地域コミュニティの活性化を図ることは重要である。

4-2.福祉的観点からみた空き家問題

日本ではあまり馴染みがないかもしれないが、不動産価格の異常な高騰を受け、affordable housing(手頃な価格の住宅)政策を導入している国は多い。OECDは、同政策の文脈において、空き家を活用可能なストックとして捉えている(OECD, 2020)。

日本においても、バブル経済を契機とした不動産に対する投機的需要の高まりから、特に都心部において不動産価格は高騰し、学生や低所得者層が住む三畳一間の風呂なしアパート等は時代の流れとともに淘汰されてきた。持てる者は莫大な利益(そうでなくとも、空き家として放置できるような家を持つ余裕)を得て、持たざる者は住む家すらないという、不動産に係る格差が助長されてきたように思う。

住宅困窮者と空き家とのマッチングを行う窓口の創設や、空き家所有者に協力を申し出てもらうための経済的誘因を設ける等、住宅困窮者の問題と空き家問題を同時に解決可能な施策を検討する余地は存分にあると考えられる。空き家をアーティストや起業家の拠点等としてリノベーションするのも良いが、福祉的観点から、空き家を活用可能なストックとして捉えても良いのではないかと思う。

5.明日からの都市問題の原因

今日まで、空き家は都市問題の原因ではなく、結果であった。しかし今後は、外部不経済の発生源となり住環境に悪影響を及ぼしたり、地域全体の価値低下を通じて自治体の税収を減じたりといった、都市問題の原因としてより一層の深刻化が進むと考えられる。

空き家問題解決のためのいくつかの施策を提言してきたが、そもそも住宅市場における供給過剰を深刻化させないために、住宅供給量の総量規制も含めて検討を進めるべきではないか。家を持つ権利の裏には、家の処分や管理に係る責任があるということを忘れてはいけない。

6.おわりに

研究者として空き家問題の解決に貢献できる点は何か。空き家を研究対象としていると、知れば知るほど空き家問題は家族の問題であるように思う。すなわち、空き家を所有していない研究者よりも、空き家の所有者のほうが、当然ながら個別具体的かつ核心的な問題認識をしている事実を知る(今さら空き家を使う親族はいない、売却しなくとも老後の資金はあるから空き家のまま残しておく、等)。

そうした方々に生の声を教えていただきながら、「政策提言として貢献できる部分とは何か?」を考えることが重要であるのかもしれない。空き家に関して困っている人が使えるような制度を提供すること、住宅リサイクル法など制度から変えていくこと。現場だけではうまく回らない部分に、経済学の観点から何かヒントを提供できたらいい。

空き家所有者の気持ちは、当事者になってみないと分からない。その到来はまだまだ先であるが、それまでの間は擬似体験(親世代をみる、所有者に聞く、実際に空き家を借りてみる)を通して空き家問題を肌で感じ、研究に活かしていきたいと思う。

空き家問題が表面化していない古の桜新町に思いを馳せつつ、締め括ることとしたい(画像はフジテレビHPより引用)。

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(※1)まちの中でランダムに空き家や空き地、空き店舗等が発生し、まちの密度が低下する現象。

(※2)同統計はサンプル調査であり、その数値の信憑性については議論があるものの、ここでは深入りしないこととする。

(※3)高度経済成長期において、誰もが住宅を所有できる環境整備の一環として整備された制度で、住宅の建っている土地にかかる固定資産税は本来納めるべき額の1/6(ただし、200平米を超える部分に関しては、1/3)に減免されることとなっている。

(※4)国土交通省の分類によると、空き家は、①二次的住宅、②売却用の住宅、③賃貸用の住宅、④その他の住宅に分けられる。このうち、①~③の分類に属する空き家は、所有者や不動産業者により適切な維持・管理がされていると考えることができる。

(※5)土地の工作物の瑕疵によって他人に損害が生じたとき、その所有者が負う損害賠償責任。

(※6)売ってもよいと所有者が考える最低水準の価格。

(※7)社会活動の活発化に必要な社会の信頼関係、規範、ネットワーク。

(※8)ロバート・パットナム(1940-)。アメリカの政治学者。著書「孤独なボウリング」において社会関係資本の概念を提唱したことで著名。

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