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それは昨日やりました

私は頑固だ。
自他ともに認める頑固者だ。

お酒を飲むと、私のその意思はさらに鉄のように強固となり
ハワイに根を下ろす「この木なんの木」のように横にも広がり始める。

いや、自分を綺麗に言うつもりはない。
もはや私は一対のモアイ像だ。梃子でも動かない。
しかし顔は別にして欲しい。あれよりはまだ綺麗だと言ってほしい。

とにかく、私は頑固者なのだ。


ある日、いつものように「やつ」と晩酌をしていた。
2人とも夜型なので、とっくに日付を跨いで現在時刻AM3:00。
TVで何を見ていたのか今振り返っても全然思い出せないが、
2人でソファにもたれながらチューハイとビールを片手に
何かを話していたに違いない。

暫くして、半分以上残っているビールを放置して
やつは隣で鼾をかきはじめた。
なんてことはない、いつもの光景だ。
ベッドから持ってきた布団をやつに掛けて、後片付けをして、
自分は温かいベッドで眠ると言うのが通常だった。
ただこの時ばかりはお酒を浴びるように飲んでいたため気が大きくなり、
いつもならしないことをしてみたくなった。

「そうだ!ベッドに運ぼう!」

だってもうすぐ春とはいえ窓を全開にしてるから風邪ひいちゃうし、
カーテンもしてないから隣のマンションから家の中丸見えだし、
こんなところで寝るよりかは私がベッドに運んだほうがいいよね。
ベッドの方が気持ちよく寝れるし。
そうだ。
そのためには、絶対にこのミッションは達成しなければならない。
絶対にだ。

脳内でそんな言葉が駆け巡り、早速私は実行してみることにした。
まず一応やつを起こしてみる。
絶対に起きないのはわかっているが、念のため。
「おーい」
頬をペチペチと叩いたり腹囲をくすぐったりする。
「う・・・」
自分の腹を守るように私の手は腕で叩かれるが、一向に起きない。
「今から、あなたを、ベッドまで運びますー!」
耳元で割と大声で言うが、反応なし。
なるほど、屍になったつもりだな。ふふん、運びやすくて好都合。

布団を持ってきてソファの側に敷き、
とりあえずやつの両脇に手を突っ込み力のまま引き摺り下ろす。
「うう・・・」
少し痛そうだ。
特に布団からはみ出てフローリングに打ち付けた左足。
しかし私には君をベッドまで運ぶというミッションを授かっている。
少しの痛みは許せ。もう少しの辛抱だ。
絶対に私がベッドまで帰してやるからな。

両脇に自分の腕を突っ込んだまま
仰向けになっているやつをずるずると引き摺りながら
別部屋にあるベッドまで急ぐ。
力の抜けた成人男性の重みに耐えながら運んでいたが、
ふと左側にある鏡をみた。

ピクリとも動かない男性。それを、はぁはぁと鬼の形相で運ぶ自分。
カーテンもせず丸見えの我が家。

私、捕まるかもしれない・・・。
そう思うと全身の力が抜け落ち、やつは再びフローリングに転がった。
「ううう・・・」
かなり痛そうだ。
特に急に腕を離したせいでフローリングに打ち付けられた両腕。
頭は私の足の甲に落ちたのでかろうじて守られた。

動揺しつつ、とりあえず窓を閉めカーテンをしようとするが
ここで再び考えた。いや、待てよ。
もし今の出来事を目撃した人間がいたらどう思うだろう。

人の気配に気付いて急に窓やカーテンを閉めたと思われたら、
それこそ証拠を隠滅している最中だと思われるのではないだろうか。
窓から遠くを眺めただけで、目があったと認識されたら?
そうだとしたら、窓やカーテンを迂闊に閉めるのは非常にまずい。
どうしよう。
鼻歌歌いながら害はないですよアピールをしてから笑顔で窓を閉めるか?
いや、もっと危ない。サイコパスだと思われる。

私は必死で考えた。
ここ数年の間でこんなに頭を使った仕事はないんじゃないかと思うほど、
真剣にこの状況の切り抜け方を考えた。
そして結論に至った。

「もー!早く起きてくださいよー!行きますよー!」
ある程度大きな声を出しながら、窓やカーテンを閉めずに
やつの体を再びベッドに帰すべく引き摺っていった。
なるべく笑顔で明るい声を出して、
こんなに飲んでどうしようのない奴だな、早く起きろよこいつぅ!
と言う風に。
今思い返せば最高にヤバイ奴だった。

やっとの思いで別部屋に到着したので、
一旦やつの身体を丁寧にフローリングに下ろした。
今度は無反応だった。
いつも使用しているマットレスをベッドから降ろして床に敷く。
その上にやつを寝転がせようと考えたが、
ドアに大きく開いた足が引っかかって上手く転がせない。
マットレスは横向きに置いているので、
やつの身体を垂直から水平にしなければドアは閉められないのだ。

しかし先ほど一生懸命考えた反動と大声で疲れ切ってしまったため、
ここはゴリ押しでいけるだろうと体だけマットレスに転がした。
腕を万歳の形にさせ、頭を枕元に近づけるように少しだけえび反りにする。
「うううう・・・」
苦しそうだ。無理もない。
しかしもう一息で安息の地が手に入るため、私も諦められない。
ドアから出た両足を持ち、一気に自分ごと部屋に入る。
「ううううう・・・」
今度は身体がくの字型になり苦しそうだ。何故だかちょっぴり笑けた。

私はやつの足を静かにマットレスに降ろし、
ようやく長きに渡る重要なミッションを完遂させた。
やつは両手両足がピンとしていて腰だけは何故か反っており、
何故だかとても苦しそうな顔をしていたが、もう呻くことは無かった。

対して私はこのミッションを完遂させた事による爽快感でいっぱいのまま
家事や歯磨きを済ませ、私は隣のベッドですやすやと眠りについた。

翌朝。
やつが疲れ切った顔をして起きてきた。
「俺いつの間にベッドで寝てた?」
「知らない」と答える私。
話を聞くと、どこかに打ち付けたかのように身体中が痛いらしい。
私は若干気まずくなり、「大丈夫?風邪かなー?」とはぐらかしていた。

朝ごはんを用意して、テレビを見ながら2人でご飯を食べていると
話題は誕生日プレゼントの話になった。
私は昨晩のことを思い出し、思い切って欲しいものを打ち明けてみた。
「私、プレゼントは台車が欲しい」
「は?なんで?」
「え、重たいもの運べるから」
「人でもやる気か」と冗談で笑うやつ。

それはもう昨日やりました、なんてとても言えなかった。

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