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留守番電話のヨーコちゃん、アゲイン


その電話は再度唐突にきた。
しかもまたお昼前だった。

私は妙なデジャビュを覚えながら、
作業台の下にある自分の携帯電話を手に取り
チラッと画面を見た。



兵庫県寝屋川市からの着信。



ヨーコちゃん頼むよぉお!
頼むからヨーコちゃんから折り返してくれよぉおお!!


どうやら寝屋川市のヨーコちゃんのおばあちゃんは
お昼前にヨーコちゃんに連絡をする癖があるらしい。
いや、本当に誰だよヨーコちゃん。

本来ならすぐに折り返すべきなのだが
如何せん現在就業中の身。
お昼に改めて、おばあちゃんが残したであろう
留守電を聞く事にした。


「ヨーコちゃん〜?おばあちゃん。
また電話するからね〜」


あ、これあかんやつや。
絶対こっちにくるやつや。

ヨーコちゃんのおばあちゃんは一向に返ってこない
ヨーコちゃんからの連絡を待ち続けているのだろうか。
私は妙に物悲しい気持ちになった。
これは一刻も早くおばあちゃんに教えてあげたようがいい。
連絡を全然寄越さないヨーコちゃんが怒られる前に!




私は早速、携帯電話に残っている着信履歴を辿って
ヨーコちゃんのおばあちゃんに連絡してみた。

「あ、もしもしー?」
「もしもし。はい?どちら様?」

おばあちゃんだ!!
良かった。これは話が早い!と思いつつ、
間違い電話のことを必死に伝えようとする。

「あのですね、いつもお電話口のおばあ様から
ヨーコちゃん宛に連絡を頂いているんですけど、
実はその電話は私にかかってきてるんです。」
「は?どちら様?」

あ、何やら不審を買ってしまったらしい。
電話越しながらめちゃくちゃ怪訝そうな顔をされているのが分かる。
そりゃそうだろう。
でも私も自分の名前をあまり言いたくない。
間違い電話と言うことが相手に伝わればいいのだ。

「何?誰?どちら様?」
「あの、おばあ様から私の携帯電話に電話がかかってくるんです。
2週間前に1回電話がかかってきていて、今日の午前に1回。
合計で2回かかってきているんですね。なので・・・」
「私電話かけてないわよー。あなた誰?」
「あ、私はケイと申しまして」
「え?何?どちら様?」

「私の、名前は!ケ・イ!
ケ・イ・と・も・う・し・ま・し・て」


うぬぁああああああーー!
全然話が進まねえーーーー!!

そろそろ折れ掛けている自身の繊細な心を何とか保ちつつ
電話越しで聞き取りづらいであろうおばあちゃんに向けて
必死で大声を出す。
これなら耳が遠くても何とか聞き取れるだろう。


ちなみに、ここは前回と違わぬ廊下の端。
私の名前は広々とした廊下に大きく響き渡っている。
昼食を終えトイレから出てきた何人かは
こちらを気にしてチラチラ振り返っている。
恥ずかしくて死にそうだ。
何のプレイだこれは。


「えー?私知らないわよ」
そりゃあな。

「ですので、電話番号間違えてませんか?
ヨーコちゃん宛に留守番電話残してると思うんですけど、
こちらに全部留守番電話も着信もきているんです!」

なるべく大きな声で伝わるように話した。

「えぇ?あなたに掛けてないわよ」
そりゃそうだろうな!

「あの、電話番号ちゃんとあってますか?
今かかっている番号読み上げてもらっていいですか?
ディスプレイに映っていると思うんですけど。
この番号が私にかかってきているんです」
「えぇ?そうなの?ゼロハチゼロ・・・・
あ、あなたから言って頂戴」

ここまできてまだ不審なんかーい!!
ちゃんと警戒心が強くて逆に良かったわ!!
なんか安心した!!

しかし、そう言われてもここは会社の廊下。
いくら廊下の端とはいえ人通りもゼロでは無いため、
ここで名前は疎か電話番号まで晒け出すなんてできない!

いや待て自分。
ここできちんと電話番号を教えなければ
ヨーコのおばあちゃんは電話を切ってしまう可能性がある。
そしたら、またこちらに電話が掛かってきしまう。
これでは本末転倒もいいところだ。


私は公共の面前で個人情報を晒す決心をした。
小声で。




「いいですか、ゼロハチゼロ・・・」
「え?聞こえない。何?電話番号は?」

「いいですか!!!
ゼロ!ハチ!ゼロ!○!○!○!○!の、○!○!○!○!
です!」



さよなら私の個人情報。
大きな廊下に、盛大に私の電話番号が響き渡る。

「ええ?ゼロハチゼロ、のあとは何?」
アンコールかですかちくしょうめ!!

「○!○!○!○!の、○!○!○!○!です!」


頼む!!早く伝われ私の電話番号!!
このままじゃ社内の誰かが暗記してしまう!!

しかし、もはやここまできたら
おばあちゃんに私の電話番号を正確に知ってもらうことが
一番の最優先事項。
私は惜しげもなく自分の電話番号を声高々に発した。


そして、暫くの沈黙。


「あぁ。そうなのね」
おばあちゃんがその一言を発し、私は安堵した。
そして声をかけようとした次の瞬間。


ツーツー。
電話が切れた。




え?




いや、強要するわけじゃ無いけど、こう、
ごめんね?とか
間違えてたわ、とか
いや、強制するわけじゃ無いけど。


え?



私の心は言い得ぬ虚無感に晒された。
どうやらヨーコちゃんのおばあちゃんは
ヨーコちゃんには優しいらしいが
間違い電話を伝えた見ず知らずの私には厳しいらしい。
所詮他人てこんなものなのか。

私は涙が出そうになりながらも
残り少ないお昼の時間を漫画を読んで過ごす事にした。




後日、
非通知で携帯電話が掛かってきた事に震えた。
それ以降は、まだ掛かってきていない。

ヨーコちゃんのおばあちゃんからも、電話は無い。

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