文楽・傾城反魂香
先日、4年ぶりに岡崎文楽が復活した。コロナ禍と、ホール改装のためであった。
やはり目玉は勘十郎の又平の人形と、語りの錣太夫の「傾城反魂香」土佐将監閑居の場である。このところ歌舞伎座での同じ狂言の中車、又平が話題になっていたが、文楽では久しぶりの上演だという。しかも本興業ではなく、地方での巡業でもない単独興業である。錣太夫の熱演、勘十郎の躍動溢れる人形遣い、久しぶりに堪能できた。
いつもそうだが、文楽を見るとついつい歌舞伎と比較してしまう私の悪い癖が今回も頭をもたげたが、、、。例の、歌舞伎の「入れ事」の「手も2本指も10本ありながら、、」とか「さりとはつれないお師匠さま」「かか抜けた」も当然ない、その上又平は最初から裃を着用、描いた自画像が石の手水鉢を抜けた事で師匠から土佐の苗字を許される直後、将監が刀を抜いて手水鉢を真っ二つに切る、、。と、又平のどもりが治ってしまう。
友人が教えてくれた。
今の文楽ではこういった上演方法をとっているのだが、これは近松の原文を改訂した「名筆傾城鑑」の趣向で、宝暦2年、大坂竹本座での初演であるという。
昭和38年以降、これが「傾城反魂香」に取り入れられ現在のような形になったという事である。ただし、原作通り、手水鉢を切り割らない形の上演もあるらしい。
この演目の上演頻度は少ないようだが、本来原文に忠実な上演をモットーにしている文楽では珍しいやり方で興味が一入だった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?