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有馬記念を振り返る~レースを左右した枠順の魔法~

有馬記念の振り返りだ。

思えば今年、札幌記念で振り返り記事を書いて以来、秋のGIはそのほとんどで回顧記事を作成してきた。

おかげさまで勉強になった、読みごたえがあったなどの声を多数いただく。それこそ5000字以上のボリュームで毎回作っているから、作成時間も、労力も非常に掛かる。それだけに、そういう声は嬉しいものだ。

よくレースの振り返りが大事というが、重要なのはどこまで深く掘り下げて考えるか。勝ち馬が強いで終わらせず、細かい動きに目をこらし、なぜこの結果だったのか、負けた馬の理由などを1つ1つ分析していくことが、次のレースに繋がる。

このレース回顧が、読者の次の当たり馬券に繋がるのであれば、それ以上に嬉しいことはない。

早速有馬記念の回顧記事に行ってみようと思う。過去最長クラスの内容なので、じっくり、読んでほしい。

●今年の有馬記念の前提

緑 バビット
水 ブラストワンピース
黒 クレッシェンドラヴ
赤 ワールドプレミア
白 キセキ
青 ラッキーライラック
黄 クロノジェネシス
紫 カレンブーケドール
橙 フィエールマン
桃 サラキア

・17年有馬 良馬場 2:33.6
6.8-11.6-11.9-12.2-12.3-13.3-13.2-12.8-12.2-12.1-11.7-11.2-12.3

・18年有馬 稍重馬場 2:32.2
6.8-11.6-11.8-11.9-12.2-12.8-12.6-12.2-11.6-11.8-11.8-12.2-12.9

・19年有馬 良馬場 2:30.5
6.9-11.1-11.4-11.4-11.5-12.2-12.3-12.1-11.7-12.3-13.4-12.2-12.0


・20年有馬 良馬場 2:35.0
6.8-11.8-12.2-12.5-12.5-12.8-12.9-12.8-11.8-12.3-12.1-11.9-12.6

有馬記念予想に『バビットは一旦緩めるタイプであることを考えると、向正面から早めにペースを上げていきたい。17年のような有馬記念になる可能性が高い』と書いたように、やはり序盤スローで入って、後半から上げる形になった。『バビット逃げ』だ。

17年より緩くなった理由はただ一つ。競りかけるであろうキセキの出遅れにある。

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白キセキがゲートが開いたのに自分から出て行こうとしていない。春の阪神大賞典でそういう面を出して、その後ゲート練習を行い再試験をパスした経緯がある馬だ。

その後は阪神大賞典より酷い出遅れはなかったものの、「まだゲートは危ない」と武さんが言っていた。実際京都大賞典で出遅れている。浜中もその危うさを実体験しているだろうから、今回も相当気を付けていたはず。

まー、気を付けてもわざと出ない馬は出ない。生き物だから感情もある。

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白キセキにとって不運だったのは、青ラッキーライラックがスタート後内にヨレたことだ。裁決に引っかかるレベルなんていうものではなく、よくあるゲート後のヨレだから問題にもならない。

問題にはならないのだが、白キセキが遅れてゲート出た後に、進路をなくしてしまっている。この時点でキセキ先行の目は完全に消えた

結果、バビットの単騎がこの時点でほぼ確定した。つまり『バビット逃げ』となるから、序盤は緩くなる。緩い有馬は馬群が一団になりやすいから、ジョッキーの腕が試される有馬記念となることが決まった瞬間でもあったと思う。

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最初のカーブである1周目3コーナーで上手かったのが紫カレンブーケドール池添だよ。3コーナーですでに内を締めている。青ラッキーライラックの進路が3コーナーですでにない。

枠順抽選の時に池添が「もっと内が欲しい」というニュアンスのことを言っていた。カレンブーケドールのこれまでの好走歴を見ても、内目を器用に立ち回りたかったのだと思う。

そんな中で引いた枠は10番。極力ロスを少なくする立ち回りをしようという思いが池添にはあったはずだ。まして、序盤はスロー。スローで外を立ち回り続けるとロスになるのは池添が一番良く知っている。立ち回りが上手いから、小回りのグランプリをこれだけ勝ってきているジョッキーだしね。

4コーナーで青ラッキーライラックの前に、紫カレンブーケドールが入り切っている。進路の優先権はラッキーライラック福永にあったと思うが、福永がそこでポジションをカレンに譲ったのは、無理してポジションを取りに行くと最後末脚が甘くなると思ったからだろう。ラッキーライラックにとって2500mが長いという話は、裏情報にも書いたようにスタッフさんたちも話している。

仕方のないことなんだが、ラッキーライラックはこの時点で後手に回ってしまった。自分のタイミングで動けない位置に入ってしまったんだ。ラッキーライラックにとっては勝負の分かれ目だったと思う。

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1周目の直線だ。

6.8-11.8-12.2-12.5-12.5-12.8-12.9-12.8-11.8-12.3-12.1-11.9-12.6

ちょうどこの太い部分が、直線の急坂から1コーナーにあたる。中山は直線の急坂ばかりに目が行くが、上り坂自体は2コーナー入口まで続いている。だからここはペースが緩みやすい地点なんだよな。

緩いことを見越して動いていったのが橙フィエールマンのルメールだ。ルメールは今日の5R新馬でルナベイルに騎乗し、1コーナーで強引に外に出し、まくって先頭を奪っている。

この新馬を見て分かるように、今日のルメールは外外を回りたくないという意識がよく伝わってきた。内は見た目が荒れているが、ジョッキーたちは「根が掘れてないからまだ走れる」と言っていたように、スローになるとラチ沿いの有利が増してしまう。ルメールは内が意外といいことを意識していたはずだ。元々外外を回りたがらないタイプだしね。

しかもフィエールマンはここで若干折り合いを欠いている。長距離GIを3つ勝ったとはいえ、普段から馬が周りにいると掛かりやすい馬だ。そんな馬を早めに動かせるジョッキーは今、日本に何人いるか。一度動かしてからハミを抜いて折り合える。それがルメールの特徴的な技術だ。

フィエールマンが早めに動いたこと、そしてカレンブーケドールは前述通りなるべくロスなく回ろうと、内を締めている。

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改めて、内を見てほしい。赤ワールドプレミアの武さんがラチ沿いにいるのだが、その前にいるのはここ最近大敗続き、しかも有馬初騎乗の武史が乗る水色ブラストワンピース。斜め前にいるのは同じく若手の坂井瑠星が乗る黒クレッシェンドラヴ。

武さんは相当困ったはずだ。どちらも力が足りる可能性より、足りない可能性のほうが高い。勝負どころで外が動いてきた時、前の馬が伸びず、詰まる可能性が高いと、この一周目直線の時点で考えていたと思う。

なんとしても外に出したいのだが、外前からオーソリティ川田、オセアグレイトのノリさん、カレンブーケドールの池添、ラッキーライラックの福永と、コーナリングが上手く、簡単に内を自由にさせないジョッキーが外目に綺麗に1列に並んでいるのだ。この時点で、一切内の馬が外に出せない状況が成立してしまった。

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すると、2周目1コーナーでこのような状況が生まれる。1F12.8と遅いラップが刻まれた地点だが、ペースが遅い中、外の茶色の線の先、つまり川田、ノリさん、池添、福永がタイトに回っていることで、内はかなり詰まっている。

おかげで赤ワールドプレミアがプレッシャーを強く受け、引っかかって、武さんがなだめる光景が映像として残っている。

思い返してほしい。つい先ほど書いたように、ジョッキーたちは「根が掘れてないからまだ走れる」と言っていたのだ。つまり馬場は内有利だ。

しかし外枠に上手いジョッキー、有力馬が入ったことで、内をかなり締めた状態で道中馬群が推移することになってしまったわけだ。これによって馬場の内有利が消えていく

せめてブラストワンピースがインの3番手なんてポジションにいなければ話は違ったろうが、武史は一瞬の反応で鈍るブラストワンピースを勝たせるために先行した。ベテランだったらここまで無理させなかっただろう。武史だから先行したとも考えられる。

武史が悪いと言っているわけではない。配置の妙が生み出した隊列だ。おかげで有馬特有の内有利が消えたわけだから、『内が内を潰す』光景が生まれてしまったんだ。

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2周目向正面。

6.8-11.8-12.2-12.5-12.5-12.8-12.9-12.8-11.8-12.3-12.1-11.9-12.6

この太字の部分にあたる。2コーナー手前から向正面半ばまでの1Fが12.8。かなり遅いラップだ。ところが直線半ばから急にラップが速くなる。12.8→11.8。一気に1秒速くなった。

これは映像を見てほしいのだが、残り1000m地点、つまり11.8というラップが始まる段階で、それまでおとなしくしていた黄クロノジェネシスの北村友一が急に動き始めた。残り1000mのハロン棒を通過した瞬間だったから、たぶん北村は動き出しポイントを決めていたのだと思う。

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内にいた赤ワールドプレミアの行き場がない中、外の黄クロノジェネシスの前には障壁がない。

しかもこの時、北村はやや斜めに進路を取って、青ラッキーライラックを締めながら動いている。ここで、ラッキーライラックは前述の『カレンブーケドールに締められて下がった』ことが、悪いほうへ働いてきてしまう。

競馬は面白くも怖い。それこそ1000m以上前、つまり1分以上前の出来事が、いいほうにも、悪いほうにも影響を及ぼしてくる。ラッキーライラックがカレンブーケドールに締められず、ポジションを取っていれば、カレンのいる位置を走っていただろう。つまりクロノジェネシスには締められていないはずだ。

結果論だが、最初の3コーナーはラッキーライラックにとっても、カレンブーケドールにとっても大きい動きだったと言っていい。

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2周目3コーナー。

6.8-11.8-12.2-12.5-12.5-12.8-12.9-12.8-11.8-12.3-12.1-11.9-12.6

この太字の部分だ。1000m地点から上がってきたクロノジェネシスが、もう先団に取りついている。ここで厳しいのは紫カレンブーケドールだ。

仕掛けを待っていれば、外からクロノジェネシスが被せにやってくる。追い出しを待たされてしまう。カレンブーケドールがここまで2着が多いのは、一瞬の反応という面で他のGI馬たちに若干劣ってしまうから。池添はクロノジェネシスが外から来ても、引くわけにはいかない

引くわけにはいかないからこそ、内が走れる馬場の、内から3頭目を早めに動かされてしまった。パドックから相当デキが良さそうで、それこそ過去最高とも言える状態だったものの、クロノにプレッシャーを掛けられてしまい、かなり厳しい競馬になっている

クロノの外から白キセキも上がってきているが、跳びが大きいキセキにとって、小回りで大外を回らされると遠心力が掛かってしまう。出遅れていなければこういうことにはなっていないのだが、出遅れてしまってるのだから仕方ない。

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さて、改めて今の3コーナーの写真を見てほしい。

今まで書いてきたことを思い出してみてくれ。

橙フィエールマンはすでに一度掛かって早めに進出している
赤ワールドプレミアは内の馬が邪魔で進出できない
青ラッキーライラックは後手に回ってカレンとクロノに締められた
紫カレンブーケドールはクロノに早めに動かされた
白キセキは出遅れて大外を回っている

名前が出ていない馬がいる。桃サラキアだ。

サラキアは後方で終始脚を溜めていた。ただ、それだけだ。

前方では他馬がロスのある動きをしたり、クロノジェネシスに削られている。

サラキアは一切そんなことは関係なく、ノープレッシャーで競馬を進めている。しかも馬群はスローで一団。直線に入って決め脚比べになれば、ノープレッシャーで脚を溜めているサラキアにとって最高の展開と言っていい。

しかもクロノジェネシスが内を絞りながらまくったことで、馬群が4コーナーに掛けて膨れていないのだ。その分サラキアは余計に外を回らず済む。

これがレース後、俺が書いていた『サラキアはクロノジェネシスに連れてきてもらった』ということだ。

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直線入口。スローペースだったおかげで、直線に入る時にはほぼ横一線になっている。

1着9番 クロノジェネシス 
2着14番 サラキア

3着13番 フィエールマン
4着7番 ラッキーライラック
5着5番 ワールドプレミア
5着10番 カレンブーケドール

太字は牝馬。レース後牝馬が上位6頭中4頭を占めたことで『牝馬が強い』という話がネット上、そして租界でも上がっていた。

牝馬が上位に来たのは事実ではあるのだが、牝馬のキレ味が生きやすいスローペースになったこと、そして馬番を見ると分かるように、ラッキーライラック以外は真ん中から外枠だったことも大きい。内枠だったらワールドプレミアのように揉まれて終わっていた可能性があるわけだからね。

枠順抽選会で序盤、岡部さんに外枠ばかり引かれた際、ジョッキーたちから嘆きの声が聞こえてきた。実際中山2500mは内有利だし、馬場も内有利。それでも強い馬が真ん中から外枠中心に入ったことで、内が逆にいじめられてしまう展開へと発展してしまった。これが今回の有馬記念の最大のポイントと言っていい。

ここまでの文章で分かっていただけると思うが、クロノジェネシスは強い。宝塚記念は確かに道悪だからこそ差が開いた一面はあるものの、小回りなどで上がりが掛かった時の持久力、パワーに関しては今、日本で最上位にある。だからこそ今回良馬場だからと評価はまったく下げなかった。

クロノジェネシスが強過ぎたことで、サラキアは連れてきてもらう形となったわけだが、もちろん展開が向いたとはいえ、力がないと有馬記念で2着には来れない。夏を超えて体質が強化され反動がなくなり、馬が心身両面で強くなった。以前とはまるで別馬。クロノとサラキアの成長力には驚かされる。後者はクラブ規定でまもなく引退だが、延ばしても面白いと思うね。

フィエールマンは一周目から動きながら、クロノジェネシスのプレッシャーに最後まで抵抗し3着に残った。勝ち馬並に強い競馬をしている。身体面、精神面どちらにも課題を抱えながらGIを3つ勝っているのだから、そのポテンシャルは底知れないものがある。

後手に回ったとはいえ最後に差してきたラッキーライラックも立派。そもそも2歳時に、この舞台とはまったく違う適性が求められる阪神のマイルGIを勝った馬だ。3年半も現役を続け、まるで違う舞台でGIを勝ち、距離の長い有馬記念で4着まで迫る、なかなかできることではない。立派な戦績だよ。

5着ワールドプレミアは内でかなり窮屈になりながらも5着。まだまだ良くなる要素を残しているだけに、脚元がまともならば、来年またGIで勝ち負けしてくるだろうね。カレンブーケドールにしても苦しい形から5着同着。蹄さえもう少しマシになれば、来年のエリザベス女王杯などが楽しみだ。

最後に12着キセキに触れておきたい。秋4戦目。毎年使い過ぎと言われながら、有馬でもデキを良く見せる。実際デキは悪くないのだが、担当さんの丁寧な仕上げ、そして歩かせ方により、ものすごく良く見えるのだ。

4年近く一線級で戦っていることで、馬は相当傷みがあるはず。それでも今日のパドックではよく見せた。秋4戦目、難しい仕上げを乗り切ったキセキ自身、そしてスタッフさんに拍手を送りたい。


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