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札幌記念を振り返る~ソダシの勝利を決めた強風と、ある1頭の動き~

ちょうど1年前だ。

1年前の札幌記念の、ノームコアに騎乗したノリさんのステッキの判断が巧みである点を振り返り記事として作成したのが、今に繋がる回顧記事の源流。

正直1本書くのも大変だから1回限りかと思いきや、ありがたいことに好評を頂いたことでGIではレギュラー、その他の週でも不定期連載という形に至るまでになった。

細かいジョッキーの心理考察、進路取りの妙、ポジションの重要性、馬の不思議な癖など、競馬の新たな魅力を、この回顧記事を通して知っていただければ、それだけでマスクは嬉しい。

あれから1年。1周年記念という意味も込めて、札幌記念を振り返っていこう。


今年の札幌記念で最大のポイントとなると考えていたのが、天気予報通り吹いていた強風だった。南東から10m近い風が吹き込んでいた。

強風が競馬に与える影響については過去に何度も書いてきた通りだ。自分の立場になって考えてみてくれ。自転車に乗っている時に向かい風が吹いていると進んでいかないだろう。

1、2m程度なら特に影響はないが、10m近く吹くとさすがに影響はある。しかも札幌競馬場の南東というと、向正面でやや向かい風、直線はやや追い風になる風向

実際日曜の札幌競馬は向正面で強烈な向かい風を受けたことで、スローペースのレースが多かった。札幌記念も中盤が緩むのではないかという予想は容易に立てられる。

●札幌記念 出走馬
白 ①ステイフーリッシュ 坂井
黒 ②サトノセシル ルメール
赤 ③マイネルウィルトス 団野
青 ④ラヴズオンリーユー 川田
茶 ⑤トーラスジェミニ 横山和
黄緑 ⑥バイオスパーク 池添
黄 ⑦ペルシアンナイト 横山武
橙 ⑪ウインキートス 丹内
水 ⑫ブラストワンピース 岩田康
桃 ⑬ソダシ 吉田隼

12.5-10.9-11.5-12.5-12.5-12.4-11.8-11.8-11.7-11.9

道中12秒半ばのラップが3F連続で続いている。札幌芝2000mの600m→1200m区間は、2コーナー入口から向正面にあたる。ちょうど強烈な向かい風を浴びる区間だ。

スローペースだったら道中動いていきたいところだが、向かい風区間で簡単に動けるわけもなく、各ジョッキーたちは頭を悩ませたと思う。

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黄緑バイオスパークがスタートで立ち上がっている。JRAの発表では『スタート時に手綱の一部が口に絡まり、制御不能となった』となっている。

珍しい事象だ。俺も長年競馬に関わっているが、稀に、馬具のズレなどはある。手綱が口に絡まって制御不能という事象は初めて聞いた

手綱はハンドル、アクセル、ブレーキなど様々な役割を兼ねている馬具。馬と人を繋げる唯一の馬具だけに、これが絡まって動かないとなったら怖過ぎる。

ハンドル、アクセル、ブレーキの壊れた車に乗れるか?無理だよな。なんとか池添が制御して1コーナーで止め、人馬共に異状なし。これは池添の大ファインプレー。回顧の最初に書いておきたい。


さて、レースに戻ろう。

今日の札幌で一番風を読んでいたジョッキーは、間違いなく川田だったと思う。4Rのゲンパチムサシで大外に出さず、向正面であえて馬群の中に入って風避けを作るなど、強風を意識した騎乗がいくつか見られた。

そんな川田が騎乗したのが1番人気に推されたラヴズオンリーユーだ。引いた馬番は4番。内目の枠。

川田としては、相手はソダシだと考えていただろう。これは誰がラヴズオンリーユーに乗っても同じだったと思う。GI2勝馬で実力十分、しかも先行力があり、52kgという軽斤量となれば、『いかにソダシを捉えるか』という騎乗テーマが成り立つ。

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川田の選択肢は2つ。内の逃げ馬である茶トーラスジェミニの後ろを取りに行くか、目標である桃ソダシの後ろを取りに行くか、この2択だ。

札幌は7月の開催がなかったことで、まだ内の状態がいい。トーラスジェミニの後ろでも走れる。問題は向正面が強烈な向かい風である点で、道中緩むことが間違いない状況であったこと。

仮にトーラスの後ろに入ったとしても、緩い流れで外から次々に馬がやってくれば、内にいるラヴズの進路がなくなる可能性がある

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青ラヴズオンリーユーの頭の向きが若干外に寄っていることが分かるだろうか。これは外に出す素振り。

4コーナーの勢いをつけるところで追い風であることも踏まえたか、川田は桃ソダシの後ろを取りに行ったんだ。まー、仮に内に行っていたらどうなったかは分からないが、現実的な判断だったと思う。

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実際川田は桃ソダシの真後ろに入れはしたんだ。ここまでは川田のプランに近い形だったと思う。

ただ似たようなことを考えている人間が他にもいた。ルメールだ。黒サトノセシルに騎乗したフランス人は、サトノセシルが揉まれ弱いことを考慮して、内の2番枠からスタートしながら外に誘導、ソダシの後ろに入りにいったのだ。

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黒サトノセシルが外に出てきてしまったことで、桃ソダシと、青ラヴズオンリーユーの間にサトノセシルが挟まる形になってしまったんだ。

平時の時ならまだしも、今日の札幌は向正面が強烈な向かい風。そんな状況で簡単には上がっていけないし、川田としては、ここでサトノセシルに前に入られた時点でまずいと思っていたのではないかな。

実際サトノセシルが前に入ってしまったことで、道中のラヴズオンリーユーの動きが変わっていくことになる。

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外でポジション争いが起きているさなか、内でも同じようにポジション争いが起きていた。

白ステイフーリッシュがトーラスジェミニの後ろに入って、ステイの真後ろのスペースがスッポリ空いているのがお分かりだろうか。

取れる可能性があるのはその後ろにいる赤マイネルウィルトス団野、そして黄ペルシアンナイト横山武史だった。

内の状態がいいことは先ほど書いた。それまでのレースでも内はよく使えていたし、ステイフーリッシュの後ろのポジションはアクシデントがなければ『好ポジション』と言っていい。

ここでマイネルウィルトスが積極的にステイフーリッシュの後ろに入っていれば、たぶんレース結果も変わったと思う。ペルシアンがウィルトスの後ろになったわけだからね。

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でもさすが武史だよね。積極性が服着て歩いているようなものだから、白ステイフーリッシュの後ろに空いたスペースを見逃さない。自分から取りに行ったんだ。

ただ馬は、ジョッキーが「行け」と命じて動くわけではない。手綱を通したり動作を通したりして馬に合図を送らなければいけないし、一度出していくと再度抑える際に馬が掛かり始める。空いたスペースに入るのはメリットもあり、デメリットもあるわけだ。

実際ペルシアンナイトは出していったところで掛かっている。頭を上げてハミを噛み気味になっていた。しかし武史が懸命に我慢してくれたおかげで、次第に落ち着きを取り戻すようになる。

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武史が出していってくれたことで、内ラチ沿いの並びが白ステイフーリッシュ→黄ペルシアンナイト→赤マイネルウィルトスとなった。

助かるよね、買っている側としては。

今回結構ペルシアンからも買っていたから折り合い欠きそうになっていた時に焦ったのだが、仮にこのポジションを取りに行かず、後手に回る騎乗をされても悔いが残る。こういう積極性が武史のいいところ

逆に団野はここでステイフーリッシュの後ろに入っていかないといけない局面だったと思う。11番人気4着と結果的には健闘だが、ポジション1つでペルシアンナイトにも先着できていた可能性があるわけだから、もったいなさは残る。

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改めて2コーナーの外を見てみよう。

青ラヴズオンリーユーの前に、黒線で囲ったサトノセシル、ウインキートスの2頭がいる。ラヴズが桃ソダシを捉えるにはこの2頭を乗り越えていく必要性がある

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向正面を前から見るとこんな感じ。青ラヴズオンリーユーが外から動いていこえとしても、右下で矢印表記したように、南東から強い風が吹いてくる

強烈な向かい風の中で動けば馬にかなりの負荷が掛かる。これまでのレースで風を意識した動きを見せていた川田が、あえて外から強烈な向かい風の中を動くとは思えない。外からまくる選択肢はない

これがまだ1頭なら違ったんだけどね。2頭分交わしていくのには体力が必要になる

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内に目を移すと、桃ソダシの後ろのラインに黄ペルシアンナイト武史がいる。

仮に1コーナー前で、ステイフーリッシュの後ろの空いていたスペースをマイネルウィルトスに取られていたら、向正面でソダシの後ろに入れる可能性はかなり低かったと言っていい。

武史が掛かることを恐れずポジションを取りに行ったことで、強い馬の真後ろ、そして強い向かい風を避けられる位置を獲得できたわけだ。虎穴に入らずんばなんとやらだ。

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●21年札幌記念
12.5-10.9-11.5-12.5-12.5-12.4-11.8-11.8-11.7-11.9

改めてラップを見ても、道中12秒台半ばが3連発と緩んでいる。さすがにこれだけ緩ければ外の差し馬もまくってくるものだが、前述した通り、南東から強い向かい風が吹いているものだから、簡単に上がっていけない

そんな中動いていったチャレンジャーが水ブラストワンピースのヤスナリだ。

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緩んだ区間で向かい風関係なく動いていった

大型でパワーがあるとはいえ、凄いな、10m近い向かい風を自分から動いていく勇気、というか、風を何も考えていないのか、俺にはよく分からない。

ただヤスナリらしいとは言える。一気に切れる脚を最近使えていないブラストワンピースを、いつまでも後方待機させておいても意味はない。持続力を生かすなら動かしていく必要はある

運が悪かったよね。これだけ強い風が吹く中で動くとさすがに体力を浪費する。これが普通の馬場だったらどうなっていたか…

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外から桃ブラストワンピース(申し訳ない、ここだけ矢印の色を間違えて、直すのが面倒でそのままになった)が動いていったことで影響を受けたのが、黒サトノセシルと青ラヴズオンリーユーだ。

どちらも締められたくはない。特に黒サトノセシルのルメールが締められたくないから、なんとかして外に張ろうとしていた。画像で見ると凄いよね。なんとかしてラヴズの前に出そうと体をねじ込もうとしている。

川田としては、サトノセシルに前に入られることは絶対に避けたい。入られると、更に外を回されることになる。内だけでなく、外からも圧力がかかっているが、必死に抵抗するのは当然だ。

レース後川田は「馬の具合はとても良く、レースを迎えられました。レース中に起きたことに僕がいなすことができず、これが最後に響いたのは間違いありません。馬にも応援してくれた方々にも申し訳ないと思います。ただ、馬は最後まで精一杯頑張ってくれました」と話しているが、この『レース中に起きたこと』の1つが、この部分だったのは間違いない。

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またヤスナリが結構締めるんだよ(笑)これで青ラヴズオンリーユーは更に外を回されることになってしまった。

一方内を見ると、桃ソダシの後ろに黄ペルシアンナイト。この時点でラヴズより断然、ペルシアンナイトのほうがいい隊列になっている。走っている距離が違う。

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ただ黄ペルシアンナイトがその後ずっとスムーズだったかというとそうでもない。茶トーラスジェミニが早々に下がってしまったのだ。

確かに向かい風を正面から受ける立場だったが、道中だいぶペースが緩んでいたし、いくらなんでも下がるのが早過ぎる

騎乗した和生は「この馬の競馬をして勝負にいきましたが、ソダシが来た時のプレッシャーが凄かった」と話しているものの、これだけ緩いペースを考慮すると、調子面に問題があったとしか思えない

攻め駆けする馬が、札幌の最終追い切りでやけに時計が掛かった点は心配していたんだけどね。ダート追い切りの影響の可能性もあったし、それだけで下げにくかったのも事実。北海道担当でもないから直接スタッフさんに話を聞く機会もなく、実際どんな感じだったのかは現時点で不明。

トーラスジェミニが下がったことで、ソダシが先頭に立つ。外の3番手にいた水ブラストワンピースが外の2番手に変わった。これが結構重要。

前述した通り、ブラストワンピースは向正面、向かい風の中上がっていったから、道中相当体力を消費している。早めに手応えが悪くなる可能性が高い。

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そうなると、ブラストワンピースの後ろにいる黄ペルシアンナイトは、ブラストを避けて上がっていかないといけない

ペルシアンに簡単に上がっていかれないように、外にいた橙ウインキートスは内を締めようとする。

まー、さすがにウインキートスにペルシアンナイトを外から締める力はまだない。目黒記念もだいぶペースに恵まれたところがあり、現状の実力では劣る。なんとか抵抗していたが、ペルシアンに外に弾かれる形になってしまった

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その影響を受けてしまったのが、更に外を走っていた青ラヴズオンリーユーさ。ペルシアンが1頭分外に出る→ウインキートスも更に1頭分外に出る→ラヴズオンリーユーが更に1頭分外を回されることになる

3コーナー前でサトノセシルとの激闘を制し、その後更に外を回されたラヴズオンリーユーに掛かった負荷は相当だったろう。並びが悪かったとはいえ不運だった。

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直線の出口がこんな感じ。タラレバになってしまうが、仮にソダシの真後ろがラヴズオンリーユーのままだったら、4コーナーでペルシアンナイトを締める役目はウインキートスではなく、ラヴズだっただろう。

それこそこの苦しい形でもラヴズがペルシアンに先着しているように、手応えもラヴズのほうが上。ペルシアンはスムーズに進路が開かずにもっと離された3着、もしくは4着だった可能性がある。

そしてラヴズは1頭分は内を回っているわけだから、ソダシとの4分の3馬身差がひっくり返っていた可能性がある

ここまでの回顧にソダシの名前が全然出てこなかっただろう。それはソダシがスムーズな競馬ができているからに他ならない。対してラヴズはパトロールではっきり分かるほど負荷のかかる競馬をしている。負荷がなければ逆転していておかしくない

ただソダシが弱いというわけではない。向正面向かい風の区間でポジションを上げなくて良かったのは、つまりソダシの先行力があってこそ。道中緩んだペースの外2という、絶好のポジションで流れに乗れるセンスがある

距離短縮したこと、外から削られなかったことで折り合い面もスムーズ。この形なら2000mも持つことはよく分かった。

今後ネックは、2000mを使う際にハイペースになって距離が持つのかという点。内で揉まれない先行力はある。京都2000はペース自体厳しくなりやすいから、立ち回りを生かすソダシにとって秋華賞が阪神開催なのはプラスだろう。

今日改めて見ても体型はマイラー。来年以降はマイル中心のローテになると思う。肩の出などを見ても一度ダートを試してほしい。何度も書いた気がするが、来年のフェブラリーS、出てくれないかな。


ラヴズオンリーユーは相当頑張った。休み明けでこれだけ負荷のある競馬を乗り切りソダシに詰め寄ったあたり、デキも良かった。パドックも良かった。

次は予定通りアメリカ。今年のブリーダーズカップはデルマー。小回り札幌で外から盛り返した内容を見る限り、コーナーの狭いデルマーでも楽しみが持てそうな内容だった。

以前より前脚の硬さがなくなったのが復調の最大の理由だろう。長らく硬かっただけに、今は別馬。今日の内容も濃い。順調にいってほしい。

3着ペルシアンナイトは武史の攻めの騎乗が奏功した。そしてまだ攻めの騎乗に耐えられるだけの力が残ってることがよく分かったのも収穫。ここ最近の敗因もハッキリしていたしね。

1600mはやや短く、広い2000mはやや長く、道悪は駄目、でも超高速馬場も駄目と恐ろしく適性幅が狭い馬だから、この先秋シーズンに合う条件がない。実はオールカマーは守備範囲だと思っていて、チャンスがあるならそこか。

4着マイネルウィルトスは結果だけなら健闘だが、もう少し攻めていれば結果は変わった可能性があるだけに、もったいなさもある。福島民報杯で圧勝した時も強風。強風に強いことは覚えておきたい

5着ブラストワンピースは向正面向かい風地点でまくったのに5着まで粘ったあたり、だいぶ復調気味。全盛期の8割くらいまで戻ってきたと思う。パドックでも以前よりシャープさが出てきた。

ただこれからまた、寒くなっていくと絞り切れずに重くなってしまう可能性はある。今の体をもう一絞りして秋以降のレースに臨めるかどうかという問題がある。詰められない馬だけにレース選択も課題。

6着以下だとまずトーラスジェミニ。いくらなんでも今日は垂れるのが早過ぎた。これが実力ではないだろう。ゆったり運べるようになりつつあり、立て直して内めのいい芝なら買い目に加えたいね。

サトノセシルもかなり苦しい競馬。最下位も仕方ない。ただ条件をかなり問う馬だから、この先どこで狙えるか、明確な見通しは立たない

最後になるが、ステイフーリッシュ、バイオスパークが大事に至らなくて良かった。共に対処も早かった面が大きい。せっかくの真夏の大一番、やはり全馬無事に終わってくれることが理想だよ。

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