根岸Sを振り返る~意識の高さが生み出した一つの幸運~
16年連続だ。
何がって、根岸Sの逃げ馬連続敗退記録だよ。
一般的に芝よりダートのほうが前残りになりやすいと言われる。そりゃそうだよな、切れ味よりパワー、持久力が問われるわけだから、当然芝よりダートのほうが差しにくい。
なのに根岸Sはとにかく逃げ馬が止まる。最後に勝ったのは05年メイショウボーラー。ただでさえ逃げ切れないレースで、2着に7馬身差つけて逃げ切った当時のボーラーの怪物ぶりが光る。
さて、なんでそんなことが起きるかというと、東京ダート1400mのコース形態が影響している。予想にも書いたように、東京ダート1400mはテンの主導権争いを行った後、直線の坂まで800m近く、平坦部分か下り坂だ。テンで一瞬速くなったと思ったら、今度はある程度速いラップが繰り返される。
そして長い直線と直線の坂が待ち受けているものだから、今度は末脚を生かす馬たちがやってくる。これほどまでに先行馬受難の重賞はないのではないか?と思うくらい差し有利の重賞だ。
今年は例年に比べて先行馬が少なく、果たして例年通り綺麗な差し決着になるかどうか、マスクの注目ポイントの一つだった。
●21年根岸S ラップ
12.4-10.6-11.4-11.9-12.1-12.0-11.9
前半3F34.4
先行馬が少ないからどうかとか心配していたマスクが、まるでバカに見えるくらい普通にペースは流れた。34.4は根岸Sとしては速いほう。
●根岸S過去5年前半3Fと走破時計
16年34.6 1:22.0 モーニン 稍重
17年35.0 1:23.0 カフジテイク 良
18年33.9 1:21.5 ノンコノユメ 重
19年35.0 1:23.5 コパノキッキング 良
20年35.0 1:22.7 モズアスコット 良
21年34.4 1:22.3 レッドルゼル 稍重
今日の東京ダートも昨日ほどではないが時計は出ていたから、34.4で流れれば1:22.3は標準ちょっと下というところじゃないかな。モーニンの年より若干レベルが落ちるくらいという見方をしている。
モーニンはその次走、フェブラリーSも勝つ。さすがにそこまでの数字にはないから、上位はフェブラリーSで3着に食い込むかどうかというレベルだと思うな。今年はメンバーレベルも低そうだからもしかしたら2着もあるかもしれないが、今年の根岸S組がフェブラリーSで勝つには恵まれてほしい。
さて、その根岸Sを今度はパトロールビデオを見ながら振り返っていこうと思う。
・なぜレッドルゼルは勝てたのか
・なぜワンダーリーデルは止まったのか
・なぜアルクトスは詰まったのか
これらの疑問を、パトロールビデオから解決していく。
●根岸Sの動き
白 ワンダーリーデル
黒 レッドルゼル
赤 タイムフライヤー
黄 ヘリオス
緑 サブノジュニア
茶 メイショウテンスイ
桃 テイエムサウスダン
橙 アルクトス
紫 ブルベアイリーデ
黄緑 サクセスエナジー
根岸Sを見る上で、最初にポイントとなったのは『3コーナーへの入り方』だったと思う。
改めて通常のVTRを見ると、外のサクセスエナジーが思ったより頑張って先行しようとしていた。内からはメイショウテンスイとスマートセラヴィー。外枠のほうがスタートが良かったことで、外枠の先行馬が内を絞ってきたんだよな。
パトロールで見るとこんな感じ。ここで黒レッドルゼルの前はまだ開いている。ところが外の先行馬たちが内に寄ってきた。
特に問題だったのは黄ヘリオスの動きだ。問題と言っても悪いことをしているわけではないんだが、外のサクセスエナジーやメイショウテンスイが逃げ争いをしている後ろで、ヘリオスは進路を内に向けてインの好位を取りに行ったんだ。ロスなく運ばないと足りない馬という判断だったのだろう。
これによって、赤タイムフライヤーのルメールの前が開いた。これはルメールにとってはありがたいよね。進路が勝手に開いたんだから。
それをめざとく見ていたのが黒レッドルゼルの川田だ。すぐに進路を切り換えて、進路が開いたタイムフライヤーの後ろに入って、マークしている。確かにダイメイフジやヘリオスの後ろではなく、タイムフライヤーの後ろのほうが競馬はしやすい。
そしてここですぐタイムフライヤーの後ろに入ったのは、後々を考えると大正解だったんだよね。
3コーナー過ぎだ。ここでポイントになったのは橙アルクトスの進路だよ。前にいるのは9番人気メイショウテンスイと13番人気サクセスエナジーだ。
この2頭が残る可能性はもちろんあるが、このメンバーを考えると残る可能性は低い。客観的に見てね。
橙アルクトスの田辺は迷ったと思う。内に行けば前には黄緑サクセスエナジーとメイショウテンスイ。早めに下がってくる可能性がある。対して桃テイエムサウスダンの外を回れば、今度は距離もロスする。
序盤ペースが流れているから、ここで更に外を回すとよりスタミナをロスする可能性がある。加えて59kgだったからね。
アルクトスは次のフェブラリーSを見据えている仕上げ。田辺はレース後「調教では重めだったが、本番前と考えれば思ったよりいい競馬ができた」と話しているように、『59kgで外を回して足りるデキではない』という気持ちがあったのではないか。
結局橙アルクトスの田辺は内を選んだ。まー、上記のように状況を考えるとこのイン選択は妥当とも思えるんだよね。
確かにここで桃テイエムサウスダンが外を回せば、直線で進路が開く可能性は十分ある。アルクトスはスペースを突けない馬ではない。一種の賭けだったと思うよ、この進路取りは。
しかし田辺はその賭けに負けた。テイエムサウスダンが4コーナーをタイトに回ったことで、黄緑サクセスエナジー、茶メイショウテンスイの間にスペースがない。そしてサクセスとテンスイの手応えが良くない。結果的に橙アルクトスの前が思い切り壁になってしまった。
仮にアルクトスがテイエムサウスダンの外を回していたら、赤タイムフライヤーの位置にアルクトスがいたはずだ。もしここにアルクトスがいた場合、当然タイムフライヤーはその後ろか外。黒レッドルゼルは更に外か後ろにいたと考えていい。
田辺の4コーナーの選択が、結果的にタイムフライヤー、レッドルゼルといった上位馬のサポートをする形になったのだから競馬は面白い。
詰まったのは結果論だからね。もしここで前が開いていれば、アルクトスの最後の伸びを考えると馬の間から勝ち負けしていた可能性はある。もちろん人気薄の力の足りない馬の後ろに入るリスクはあるがね。虎穴に入らずんば何とかと言うではないか。
アルクトス田辺が内に行って詰まったおかげで恵まれたのは赤タイムフライヤーだ。前が開いたことで万全の形が生まれた。一瞬タイムフライヤーが勝ったかとマスクも思った。
問題はその後ろだ。緑サブノジュニアの手応えが結構残っていたんだよ。乗っていた森さんもこれならと思ったのだろう。右からムチを叩いて、同じく手応えの残っていた内の赤タイムフライヤーに併せに行ったんだ。
困ったのはその内、黒レッドルゼルだ。サブノジュニアが締めるように上がってくるものだから、それまであった進路がなくなってしまったのだ。一旦は完全に進路がなくなっている。
まー、これは横から見ても分かったから、俺も直線の半ばで川田終わったと思ったくらいだ。改めてパトロールを見ると完全に進路が締まっている。よくこの状況から盛り返して勝ったと思うよ。展開が向いたなんていうネットの意見があったが、このパトロールを見てから言ったほうがいい。
先ほど内で黄ヘリオス、橙アルクトスが詰まっている画像があったが、こちらは黒レッドルゼルが詰まっている。詰まる馬が続出したこのレースで、大外に目を向けると、白ワンダーリーデルがまったく不利なく外から伸びていることが分かる。ワンダーの最大の好走要因は『スムーズだった』、これに尽きる。
黒レッドルゼルの川田も当然詰まったままでは終われない。一瞬今度は赤タイムフライヤーの内が開くんだ。川田は当然そこを突こうとする。
ただその内、桃テイエムサウスダンの石橋の左腕を見ると分かるように、左からムチを叩かれている。つまりテイエムは外へ動く。
赤タイムフライヤーのルメールはテイエムとは逆で、右からムチを叩いている。これによってタイムフライヤーは内へ行く。おかげで黒レッドルゼルの進路がまたなくなってしまう状況が発生したわけだ。
この画像で分かるように、1つ上の画像に比べて桃テイエムサウスダン、赤タイムフライヤーの間のスペースがより狭くなっているのが分かる。まだ1頭分あるかどうかのスペースはあるのだが、ジョッキーの間では『1頭分あるかどうかのスペースには入らない』という不文律があるから、黒レッドルゼルの川田はこれ以上無理できない。
タイムフライヤーが右ムチで内に行ったことで恵まれたのは、紫ブルベアイリーデだった。この画像を見てもらえれば分かるように、一旦は完全に前が開いている。
ここで鋭く伸びられればブルベアイリーデは勝ったんだがね…ブルベアイリーデという馬は一瞬で反応してキレる馬ではない。トップスピードに乗るまで一瞬時間を要するタイプだ。
実際これまで上がり3Fメンバー中1位が7度あるが、その内勝ったのは3回で、残る4回は全て4着。一瞬で反応できればもっと勝ち負けできるのだろうが、ラグがある分詰め切れないレースは過去に何度もあった。
そうしているうちに、黒レッドルゼルの川田は素早くムチを左手に持ち換えて、進路を赤タイムフライヤーの外に持ってきている。2枚前の写真を見てくれ。川田はまだ右ムチだろう?
ムチを持ち換えたのはルメールが右ムチを叩いているところだから、この直線の叩き合いの最中、ルメールの挙動をしっかり見ていたのだろう。その分ムチをすぐ持ち換えて外に出すことができた。
さすがだよね。1番人気を背負って、勝負所で進路選択を誤れない状況だ。一瞬のミスが命取りになる状況で、非常に冷静なことがこの画像などから伝わってくる。
こうして黒レッドルゼルが、完全にブルベアイリーデの進路を奪ってしまった。ブルベアイリーデがもっと早く反応できていれば進路はブルベアのものだったろうし、レッドルゼルの進路はなかったと思う。
このように最後のレッドルゼルはある意味ラッキーだった。もし隣がもっと一瞬で反応できる馬だったら、進路は奪えなかっただろう。
確かにこの一点だけを見るとラッキーなんだが、そもそも最後まで止まらなかったタイムフライヤーの後ろにいたからこそ、進路を選択できている。
ではいつからタイムフライヤーの後ろにいたか。上記のように、スタートして割とすぐなんだよ。スタート後タイムフライヤーを目標にしたことが、レッドルゼルに最後ラッキーな演出をもたらしたと言ってもいい。
結局川田の普段から見せる競馬の意識の高さが、最後の最後でこのようなラッキーを生んだんだよな。幸運を引き寄せたのは間違いなく川田の意識の高さだろうし、ムチの持ち換えの速さなど技術の高さでもあったと思う。
レッドルゼルも強くなっているね。元々走る馬だったが、以前はこんな競馬ができなかった。道中折り合えるようになったからこそ中団で溜めが利くようになったし、ラストの一脚に繋がっている。今ならマイルでも持ってしまうのではないかと思わせるほどだ。
ワンダーリーデルは惜しかった。予想に書いたようにとにかく切れる馬ではあるのだが、この馬は間隔が開くと反応が鈍くなる傾向がある。昔からあるもので、マスクはそれを念頭に切れる馬でも評価を下げた。
ところがここ最近の間隔が開いた時では一番と言っていいほど反応が良かったんだ。今回はノリさんが騎乗停止になってしまったことから急遽勝春さんとのコンビだったわけだが、たぶん勝春さんも、ノリさんから「休み明けは少し鈍い」という話を聞いていた可能性がある。
勝春さんはテン乗り。この馬の加速スピードを知らない。間隔が開くと少し鈍いという話を聞いて、その分早めに動かしていった可能性はある。そうしたら勝春さんの想像以上に反応が良かった。おかげで一気に加速してしまい早仕掛けのような形になってしまって止まった、そうとも考えられる。
仮に今回乗り慣れたノリさんだったらここまで仕掛けは速くなく、最後止まらず差し切っていたかもしれない。タラレバを言っては仕方ないが、ノリさんの騎乗停止が思わぬところで影響したと感じるシーンだった。
ワンダーリーデルはこれまで間隔が開いた時に鈍いのは通例だったんだが、今回反応が非常に良かった。つまり、今回叩いた上で臨むフェブラリーSは…。本番が少し楽しみになる走りだったよ。
タイムフライヤーはここまで書いてきたように不利がなかった。ルメールの進路取りはほぼほぼ完璧だったし、ルメールの「直線ではいつものように伸びたし、スムーズな競馬ができた」というレース後のコメントは、その通りだったと思う。初めての1400mにも楽に対応していたし、これで3着は力負けではないかな。
アルクトスは上記のように、賭けとも言える進路選択で失敗してしまった。調教の動きは明らかに重かったし、それを考えれば前が壁になりながら、59kgで再度伸びてきたあたり地力の高さを感じるよ。フェブラリーSは叩き2戦目、そして斤量減となる。もっと動けるようになっているだろうし、軽いダートだったら面白いと思う。
一瞬おっ?と思ったのが9着だったサブノジュニアだ。直線手応えはあったし、だからこそタイムフライヤーに併せに行けた。直線半ばで急失速したのは明らかに距離の影響だろう。
レース後森さんが「そこまでの差は感じなかった。通用する手応えは感じた」というのはホンネだと思う。芝スタートよりダートスタートのほうが進みも良かったのだが、残念ながら中央にダートスタートの短距離重賞はない。今後、右回りの短距離1200m交流重賞なら中央馬との差はもっと縮まると思うね。
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