アイビスサマーダッシュを振り返る~奇跡的に条件が揃い嵌まった奇襲~
馬を、何もないところでまっすぐ走らせるのは難しい。内なり、外なりに支えるガイドラインが存在したほうがいい。
直線競馬で外ラチ沿いに馬が寄っていくのは2つ理由があるのだが、1つの理由はこれ。ラチというガイドの隣を走らせればその分スピードに乗ることができる。
これは万国共通で、ヨーロッパの直線競馬も競馬場によってはラチ沿いに寄ることが多い。
これはアイビスサマーダッシュのスタート前。ロジクライが取り消したこと、そもそも17頭立てだったことから2頭分、外が空いている。本来フルゲートだったら全部埋まり、外ラチ沿いに18番ゲートがあるわけ。
18番は有利だよな。ガイドラインとなる外ラチが本当に隣にあるんだから。
たぶん不思議に思っている人間も多かったはずだ。外枠はみんな外ラチ沿いに行くのに、なんで内枠の馬はみんな内ラチ沿いに行かないんだろうなって。
勘違いされがちなんだけど、直線競馬の内枠は内ラチ沿いではないんだよ。今年のアイビスのパトロールを見ても分かる。外枠は17番、18番がなくてもこれ。
対して内は、1番でも内ラチから約ゲート4頭分開いている。1番枠=内ラチ沿いではない。だから案外、7番くらいの馬でも、内ラチより外ラチのほうが近かったりする。
そしてもう一つ、みんな外ラチ沿いに殺到するのは、『4コーナーからゴールまで他のレースで内ラチ沿いを使っている』からでもある。
これは新潟外回りの断面図だが、直線部分が外回りだと658mある。つまり内ラチ沿いを走った場合、いくら開幕週でも、スタートから300m付近を過ぎると、すでに誰か走っているところを走らなければならない。
馬が走ると、その部分は芝が掘れてしまう。想像してみてくれ。蹄跡のないフラットな芝と、蹄跡のあるボコボコした芝、どっちが走りやすいかを。
700m近く他馬の蹄跡のある部分を走る内より、1000mしか使わない外ラチ沿いだったらどっちが走りやすいかは明白。上記の外ラチのほうが近いことも相まって、より外有利になるわけだ。内に行く気にもなれないよね。
スタート直後。白バカラクイーンが、スタート直後に関わらずすでに内ラチ沿いに向けてダッシュしている。
騎乗した菅原明良が「最内で無理に外に出さず、内ラチ沿いを通る指示でした」と話しているように、武井師の立案だったんだな、このプランは。
外ラチ沿いに目を移すと、緑ライオンボスが外外に寄っていって、橙オールアットワンスが締められ苦しい体勢になっている。
直線競馬の外枠のリスクだよな。みんな外ラチ沿いめがけてやってくるから、元々外枠にいる馬たちが押し込まれる場合が多々ある。最初から外ラチ沿いにいられるメリットも大きいが、締められるデメリットも大きい。
対して白バカラクイーンは最初から1頭だけ内ラチめがけてダッシュしている。1頭しか向かっていないんだから、締められることはない。
橙オールアットワンスはライオンボスに締められて苦しい体勢になってたものの、石川裕紀人の好判断で、青ロードエースの内側に入ったのが大正解。これで進路を確保できた。
まー、今回の回顧で主に取り上げたいのは内のバカラクイーンの話だから、話を戻そう。
バカラクイーンの通っていたところがポイントなのだ。
黒い線を引かせてもらったが、バカラクイーンはただ内に行っただけでなく、この黒線の内側、3頭分くらいのスペースを走り続けた。
よーく見てほしい。この黒線の内側と外側、若干色が違うことが分かるだろうか。
パトロールで見ると分かるが、バカラクイーンは決して内ラチ沿いをピッタリ走っているわけではなく、この黒線の内側を外さないように走っている。
色が違うのは春開催の影響に他ならない。新潟は例年、春の開催を『Bコース』、夏、秋の開催を『Aコース』で行う。Aコースの使用は10月末以来、約9カ月ぶり。
春はBコース開催だから、内ラチから4m分離れたところに内柵が置かれる。つまり内ラチから4mは9カ月間、誰にも踏まれていない。その外は春の新潟でめちゃくちゃ使った。
しかも今年は2月の地震の影響で、4月も新潟開催だった。2ヶ月近くBコースを使った影響で、内ラチから4m以外は思い切り荒れた。
荒れた芝は開催が終わった後に張り替える。内ラチ沿いと、4mから外の色が違うのはそれが原因。バカラクイーンはこの内ラチ沿いの『4mの天国』を狙ったわけだ。
たぶん、今回バカラクイーンが嵌まったことで、似たようなことを考えるジョッキーは出てくるかもしれない。ただ今回ほど嵌まらない可能性のほうが高い。嵌まるためのハードルが高いのだ。
●バカラクイーン作戦が嵌まる条件
1.Aコースであること
2.週中から晴れの良馬場であること
3.直線向かい風ではないこと
4.フルゲートに近い条件であること
5.1枠であること
6.バカラクイーンに似ている馬であること
まず1。Aコースの開幕週でないといけない。Bの開幕週ということは、春の開幕週だ。春の新潟は芝が生えそろっていないこともあって、夏より時計が掛かってスタミナが要求される。
今日は超高速馬場だったから、ゲートから押していっても馬への負担が少なかった。
2の週中から晴れの良馬場というのも、それに近い。雨が降った後の馬場は掘れやすいから、内ラチ沿いはたとえ開幕週だろうが、多少掘れた状態になってしまう。その分走りにくくなる。
3の直線向かい風という条件だが、新潟競馬場は直線向かい風の場合、完全に向かい風というより、少し左前方向から吹いてくることのほうが圧倒的に多い。内ラチ沿いだと遮るものが何もないから、風をモロに受けてしまう。
4も大事。フルゲートに近い条件。通常のコースはゲートを内から詰めていく。対して直線競馬は『外から詰めていく』。10頭立てだとしたら、10番が外ラチ沿いに来るわけ。1番は内ラチ沿いから離れてしまう。
これは5にも関わる。内ラチに一番近いのは1枠であるわけだから、今回のように1枠であるにこしたことはない。
そして重要なのは6。『バカラクイーンっぽい馬』である点。
バカラクイーンという馬は揉まれ弱い。単独走でも走れるという強みがある。馬は本来群れで走る生き物だから、周りに馬がいないと気を抜いてしまう馬も多い。内に3、4頭行くなら話は変わるが、基本的に単独走、つまり逃げても競馬できるような馬でないといけない。
どうだろう、ここまで条件が揃うこと、そうあるだろうか。Aコース開幕週という時点で、7月末か、10月頭の合計2週間に限られる。10月開幕週は夏の新潟のダメージが抜けきっていないから、実質夏の開催開幕週しかチャンスはないだろう。
ヨーロッパ競馬を見ていると直線で内外離れたレースも多いんだが、向こうは開催日数が少ない影響もある。日本は開催日数が多く、レース数も多いこともあってどうしても直線競馬の内は使いにくい。
加えて週中から晴れで、当日も良馬場。フルゲートで、都合よく1枠を引いて、テンのダッシュも速くなければいけない。だったら外枠に入ったほうが絶対好走確率は高い(笑)
これだけ条件が揃った中で、作戦を立案した武井師、実行できた明良の勇気は称えられるべきことだと思う。ある意味歴史に残る3着。今開催一番の好騎乗と言っていいと思う。
勝ったオールアットワンスは過去、コーナーがないほうが良さそうな競馬をしていたが、実際直線のほうがいいね。51kgも大きかったが、コーナーがないのも大きい。ユキトの進路取りも良かった。
ライオンボスは枠も良かったが、良馬場高速時計も良かった。韋駄天Sは馬場が悪過ぎた影響もある。直線向かい風でも走れる馬だから、良馬場ならもうしばらく上位を取れそう。
トキメキは直線競馬向きだと思ったのだが、捌きにくいところもあって4着まで。まー、このクラスの直線だったらもっと外枠がいいね。外枠でもう少し時計が掛かれば、オープンの直線競馬でもやれると思う。
予想に書いたように、危惧していた春の韋駄天S上位組は総崩れとなってしまった。
●21年韋駄天S上位馬のアイビス
1着タマモメイトウ 7着
2着ケイアイサクソニー 不出走
3着ロードエース 15着
4着アルミューテン 10着
5着サンノゼテソーロ 不出走
韋駄天Sが稍重で56.5に対し、アイビスは良馬場で54.2。2秒以上も時計が違えばまったく違うレース。韋駄天の上位組が揃って大敗したことについては特に不思議はない。
ただアイビスの勝ち時計が54.2だった点は少々気になる。前日の1勝クラスで54.6。超高速馬場だけに、普通に考えればオープンでは53秒台、ワンチャン、カルストンライトオの作った日本レコードを塗り替える可能性すらある状況だった。
結果はカルストンの53.7から0.5秒遅いタイム。少々物足りない数字と言っていい。
2年前の良馬場55.1は強烈な向かい風があったから仕方ないのだが、昨年は水分が残った馬場で54.5。今年、この高速馬場で54.2はいかにも遅い。
レースレベル自体そんなに高くなかった可能性が強く、アイビスの上位は今後過剰信頼しない方向でいきたい。
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