日本ダービーを振り返る~経験値により生まれたハナ差~
ダービーは最も運がある馬が勝つ
大昔から使い古された格言さ。競馬なんて実力に加えて、どのレースでも運が必要になる。
だってそうだろ?斜行の被害を受ける、受けないも運。正直皐月賞だろうが菊花賞だろうが最も運がある馬が勝つのさ。
ただこの格言がダービーで使われているのは、頭数の問題が大きい。大昔のダービーは32頭立てなんていう年もあった。それこそ32番枠なんて引いたら勝負にならないし、30頭以上外にいたら、内の馬は締められてしまう。
スタート決められず後方からになったら24番手とかになって、そもそも勝てない。こういう経緯があったから、ダービーは最も運がある馬が勝つ、そう言われてきたわけだ。
現代のダービーはMAX18頭立てと決まっている。もちろん18番枠に入ったら大きな不利だが、32番枠よりはマシ。大昔のダービーより、確実に『運が左右する要素』は減ってきている。
92年にダービーは18頭フルゲートになったから、もう30年近く経つか。今年は18頭フルゲートになってから30回目で初めて、除外、取消がなく、初めて最初から17頭立てという、ある意味記念の回だった。
そんな中、『絶好』と言われる最内枠を引いたのがエフフォーリアだった。巷では『最内枠を引いたからダービー馬ほぼ確!』みたいな論調の記事すらあったほど。
今回の日本ダービー最大のポイントは『エフフォーリア最内』にあったと思う。
ダービーの最内枠が有利なのは否定しない。Cコース変わりの週だから、道悪にでもならない限り内ラチ沿いが有利、それがダービーだ。
実際先週のオークスでは内から4頭目付近、つまりCコース変わりになってラチ沿いになる部分を通った馬がよく来ていたから、順当にいけば、内有利の馬場が誕生するはずだった。
ところが週中の強い雨の影響で、馬場が柔らかくなってしまった影響を受けたか、土曜、Cコース変わり初日の東京芝は外差しが恐ろしくよく決まっていたのだ。
この時点で『エフフォーリアは絶好枠』という例年の傾向は崩れかけていた。土曜の競馬が終了した時点で、マスクの興味はCコース変わりなのに現れた外伸び馬場で、最内を引いたエフフォーリアと横山武史がどう乗るか、そこに移った。
●今日の横山武史
4R芝1600m ⑮トーセンメラニー
7R芝1800m ⑧ホウオウビクトリー
11R芝2400m ①エフフォーリア
12R芝2500m ①ムイトオブリガード
騎乗予定だったのは全部芝。4Rと7Rで芝を確認するチャンスを得た。
●東京4R
1着桃 レッドロワ ルメール
2着橙 トーセンメラニー 横山武
3着黄 ロジモーリス 田辺
4着青 ノーブルパレス 菅原明
4Rで武史が騎乗したトーセンメラニーは外枠からの外差し。直線で内から10頭分外を走っている。ここは土曜からよく伸びていたところで、レッドロワに負けたとはいえ、トーセンメラニーの上がり3Fは33.3とかなり速い。
この時点で『10頭分外は確実に伸びる』という事実を武史は知ったはずだ。なにせ自分で通っているからね。
ここでマスクが気になったのは、青ノーブルパレスが道中内から3頭目、直線内から3頭目を走って、4着に粘っている点だ。土曜の東京芝はもっと外。木曜の雨が乾いたことで、内が少し復活した印象を受けたんだ。
●東京7R
1着緑 スパングルドスター デムーロ
2着赤 ゴールデンレシオ ルメール
3着黄 グレルグリーン 横山琉
5着橙 ホウオウビクトリー 横山武
これは東京7R。4Rで外がいいと確信した武史は、ダービー前最後の騎乗となる7Rで、外枠のホウオウビクトリーを一旦内に入れている。
当日朝に武史が馬場を確認したかは定かではないが、実際走ってみないと分からないこともあるだろうからね。たぶんこの一旦内に入れた作業は、馬場確認の意味合いもあったと思うよ。
勝った緑スパングルドスターは内から5頭目を通っている。2着はその後ろの赤ゴールデンレシオ、3着はその後ろの黄グレルグリーン。ホウオウビクトリーとそう差のない進路取りだ。
ホウオウビクトリーはこのクラスでうまく乗っても5着のような馬。それでもある程度粘れたことから、武史としては『内から3、4頭分もセーフ』という感覚を持ったはず。
それでもダービー直前の東京10Rむらさき賞は、黒丸で囲んだ部分にいたジュンライトボルト、サトノフウジン、モンブランテソーロの3頭がワンツースリー。
間違いなく武史はむらさき賞を見ていただろう。『道中は内も通れるが、直線は内から10頭分がベスト』という考えに至ったはず。自身がダービーで引いたのは最内枠。最大のテーマは『道中は内で溜め、直線でどうやって外に行くか』だったのだと思う。
●最内のエフフォーリアが外に行くには
A.逃げて、直線外進路を取る
B.インの3番手を確保して、直線外に進路を取る
C.インの中団で脚を溜め、直線外に進路を取る
これまで逃げたこともない馬で逃げるのはリスクが伴うし、いくら逃げたいバスラットレオンが外枠を引いても、自分からハナを取りに行く作戦は現実的ではないから、作戦Aはない。
中団インから運ぶと、直線前が詰まる可能性がある。狭いところを抜け出せる馬とはいえ、単勝1倍台の馬で前が開くか分からない騎乗はできない。作戦Cはなるべくやりたくない。
そうなると、残されたのは作戦Bだ。自力でインの3番手を取り、直線で外目に向かって追い出す、まー、横綱競馬だよね。
インの3番手を取るには、スタートを決めて、押してポジションを取りにいかないといけない。後ろからマークされるポジションだが、皐月賞馬として、自分の馬が一番強いと信じるしかない。
元々強気に攻めるタイプのジョッキーではあるが、むらさき賞まで見たことで、武史の腹は決まったのだと思う。
●日本ダービー 出走馬
白 ①エフフォーリア 横山武
黒 ④レッドジェネシス 横山典
赤 ⑤ディープモンスター 武豊
灰 ⑥バジオウ 大野
肌 ⑦グラティアス 松山
青 ⑧ヨーホーレイク 川田
黄 ⑩シャフリヤール 福永
緑 ⑪ステラヴェローチェ 吉田隼
水 ⑫ワンダフルタウン 和田竜
紫 ⑬グレートマジシャン 戸崎
橙 ⑭タイトルホルダー 田辺
桃 ⑯サトノレイナス ルメール
茶 ⑰バスラットレオン 藤岡佑
今回のダービーの枠順を見た時、最初に目に入ってきたのは最内エフフォーリア。続いて気になったのが先行馬が外枠に入ったことだった。
ハナ宣言していた茶バスラットレオンは大外。弥生賞を逃げ切った橙タイトルホルダーが14番。新馬で逃げ切った肌グラティアスと先行できる灰バジオウは真ん中から内だったものの、この2頭は別にハナにこだわらない。
武史としては好都合だったと思う。内に先行馬が密集すると、テンの速さを生かされて欲しいインの3番手を取れない可能性がある。そういう意味では内の先行馬が強引に行きたいタイプでもなく、ハナに行きたいバスラットレオンが大外だったのは、非常に都合が良かったと考えられる。
押してインの3番手を取りに行った白エフフォーリア。外に橙タイトルホルダーと茶バスラットレオンが迫る。バスラットレオンの目的はハナ。
問題は橙タイトルホルダーがバスラットレオンを制してハナに行くか、バスラットレオンを行かせて外の2番手に行くか、どちらの戦法を取るかだ。
レース前は「57秒台で行こうかな(笑)」とかジョークを飛ばしていたが、田辺は最初から控えるプランも十分頭にあったはず。
「弥生賞で逃げ切って、皐月賞もハナに行きたかったけど、他馬を行かせた競馬もさせてみたかった」と話していた皐月賞で2着。
控えても競馬ができるのは分かっているし、逃げ宣言をしていたバスラットレオンはマイルで逃げ切っている馬だ。今回2400mを使ったバスラットレオンが、大幅な距離延長で引っかかる可能性がある。
あえてハナに立って掛かったバスラットに外からプレッシャーを掛けられるより、バスラットを行かせて2番手から行ったほうが展開的に楽だという発想が頭にあったんじゃないかな。でなければもっとハナに行く素振りを見せるからね。
これは一昨年のダービーだ。リオンリオンがハイペースで逃げ、離れた2番手を追走したロジャーバローズが早めに踏んで、直線、ダノンキングリーの猛追を抑えたレース。
時計が速い馬場なのは2年前と同様。リオンリオンを行かせた浜中のように、タイトルホルダーはバスラットを行かせて、離れた2番手、実質ハナのような競馬も想定していたと思うよ。
②
←⑰ ⑭ ①
ーーーーーーーーー
内ラチ
イメージとしてはこんな感じ。
橙タイトルホルダーが、茶バスラットレオンの『真後ろ』に入ってきたことで、その後ろの白エフフォーリアが掛かってしまった。
出していった時点で掛かるのは武史も覚悟の上だったんだろうけど、本来エフフォーリアが狙っていたポジションはタイトルホルダーのところ。外の2番手にタイトルを置いて、インの3番手で折り合いをつけたかった。
ところがそこをタイトルホルダーが取りにきたことで、想定より1列後ろで折り合いをつけないといけなくなってしまった。これが後々になって響いてくる。
●日本ダービー ラップ
12.2-10.6-12.2-13.0-12.3-12.4-12.8-11.7-11.4-11.5-10.8-11.6
前半3F35.0
前半4F48.0
前半5F60.3
後半3F33.9
予想に書いたように、ダービーはみんな勝ちたいから前半牽制し合って、ペースがそう流れないことが多いんだけど、今年は4F目、600m→800m地点が13.0だった。この地点は写真の2コーナーにあたる。
橙タイトルホルダー田辺の誤算はここ。
4F目の13.0って、ここ10年の良馬場のダービーの4F目で一番遅いんだよね。マイルからの延長で飛ばしていくのではないかと予測を立てたのに、バスラットレオンがむしろ2コーナーで思い切り緩めてしまった。
茶バスラットレオンが、2コーナーで13.0のスローペースを刻んだことにより、外目にいた肌グラティアスが上がってくる。橙タイトルホルダーはわざわざインの2番手を取りに行ったのに、遅いペースに嵌まって進出できない。
影響を受けたのがタイトルホルダーの後ろにいた、白エフフォーリアだ。せっかくインの3番手を取りに行ったのに、2コーナーで5番手まで落ちてしまった。
これがタイトルホルダーが外の2番手を取りに行って、エフフォーリアがインの3番手を取っていたら、レース展開はまた変わっていただろう。少なくともエフフォーリアはポジションを下げていない。
念のため断っておくが、俺は田辺が悪いと言っているのではない。田辺はプランがあってインの2番手という変則ポジションを選択したのであり、『結果的に』失敗した。このポジションがロジャーバローズのように正解だったかもしれないし、どうなるかなどレース中、しかも序盤には分からない。
ただこの田辺の『選択ミス』によって、エフフォーリアの位置が下がることになったのも事実。当初絶好枠とまで言われた1枠1番の罠に、エフフォーリアがハマっていくことになる。
ちょっと話は前後するんだけど、これは1コーナー前。後ろに目を移すと、灰バジオウの後ろにいた青ヨーホーレイク川田が、バジオウの後ろを嫌って、その外、黒丸をつけたポジションを取りに行っている。
川田はポジション意識が高い。客観的に見てバジオウは力が足りない可能性が高いわけだから、その後ろにいるのはポジショニング的に×。あえてバジオウの隣を奪いにいったわけだ。
本来このポジションに一番近い位置にいたのはラーゴム。ところがラーゴムは掛かる馬だから、序盤に押してポジションを取りに行きづらい。それを見てヨーホーレイクが黒丸の部分のポジションを奪いにいった。
そうしたら、ラーゴムがひるんで、外にいた水ワンダフルタウンを外に弾くような形になっちゃったんだよね。
ワンダフルタウン和田としては、本来もう1列前、黄シャフリヤールのポジションにはいたかったと思う。ただ当たった枠が外枠で、並びの関係もあって行けず、シャフリヤールにポジションを取られてしまっていたんだ。
これ、シャフリヤールのポジションにいたら、ラーゴムがひるんで接触してくることはなかったからね。1頭分後ろにいたことで被害に遭ってしまった。ここでワンダフルタウンは後手に回ることになる。厳しい形になってしまった。
ほんの1列の違いが勝負を分けるのがGIの、ダービーの怖さだよ。逆に言えば黄シャフリヤール福永は1列前にいたから助かった。ある意味『運が良かった』。
まー、このご時世、ソーシャルディスタンスを保つこと、そして密を避けることが叫ばれているのに、向正面でこんなに密になっちゃいけないよな。
●日本ダービー ラップ
12.2-10.6-12.2-13.0-12.3-12.4-12.8-11.7-11.4-11.5-10.8-11.6
太字の部分が2コーナーから3コーナー入口、つまり向正面。
●過去5年のダービー 800m→1400m
16年 38.3
17年 37.9←レイデオロ
18年 36.9
19年 35.9
20年 36.3
21年 37.5
リオンリオンが逃げた19年は向正面は35.9。今回は37.5。どちらかといえば37.9だった17年のレイデオロが勝った年に似ている。
この時、レイデオロに乗って向正面をまくっていったのがルメールだった。
今年ルメールが騎乗したのは紅一点の桃サトノレイナス。7→4→2→2という位置取りから分かるように、道中ポジションを上げている。
17年ダービー
13.0-11.2-12.9-12.8-13.3-12.5-12.1-12.6-12.7-11.5-10.9-11.4
21年ダービー
12.2-10.6-12.2-13.0-12.3-12.4-12.8-11.7-11.4-11.5-10.8-11.6
さすがに17年ほど遅くなかったが、2コーナーや中盤が緩んだのは17年と一緒。外枠を引いた時点で、ルメールは何より外外を回りたくなかっただろう。
これは2コーナーなんだが、バスラットレオンが緩めたことで、肌グラティアスが動いた。その後ろにいたサトノレイナスは後ろからついていくことができたんだよ。
ただサトノレイナスは、いくら2400mへの距離延長がいいとはいえ、レイデオロより終いの脚を生かしたい。グラティアスが行ってくれたおかげで先行集団に取りつけたとはいえ、レイデオロほど早め早めの競馬には持ち込みたくない。そうなると動かない。それもあって、なかなかペースが上がらない。
業を煮やして動いたのが、赤ディープモンスターの武さんだった。武さんがGIでまくっていくのは珍しい。
これはディープモンスター自体の反応が鈍い点にあるだろう。まだ未完成な馬で、追ってすぐ反応できない。少しでも上の着順を狙うなら、反応の鈍さを補うために早めに動かしていくのも手だ。
●日本ダービー ラップ
12.2-10.6-12.2-13.0-12.3-12.4-12.8-11.7-11.4-11.5-10.8-11.6
ただ3コーナー、太字の部分にあたる部分で11.7、それまでのラップより1秒も一気に速くなってしまったのが、赤ディープモンスターにとって辛かった。ペースアップしているところで外から動いていくのは相当負荷が掛かるからね。
まー、こればかりはまくる時のリスクだから仕方ない。まくり切るまでペースが緩いと有効な作戦となるが、まくり切る前にペースが上がってしまうと厳しい展開になってしまう。ディープモンスターはここで終わった。
ペースアップした3コーナーを後ろから見るとこんな感じ。
白エフフォーリアは橙タイトルホルダーが前にいるから、タイトルホルダーが動かないと進路がない。茶バスラットレオンが99%下がってくることを考えてラチ沿いは開けているが、3コーナーの時点で進路はタイトルホルダー頼みになっている。
一方、馬群の真ん中に目を向けると、黄シャフリヤールの前に水ワンダフルタウンがいる。ワンダフルタウンが動かなければシャフリヤールは動けない。
●日本ダービー ラップ
12.2-10.6-12.2-13.0-12.3-12.4-12.8-11.7-11.4-11.5-10.8-11.6
ただ今回のダービーはペースが速くなるポイントが早過ぎた。3コーナーから速くなってしまっている。序盤が遅かったのだから当然といえば当然なのだが、馬だって全速力で走れる区間は決まっている。
あまりに早くラップが上がってしまうと、そこでポジションを上げれば当然最後苦しくなってくる。むしろこのペースが上がった地点である3コーナーで動かなかった(動けなかった)エフフォーリア、シャフリヤールはある意味展開が恵まれた点はある。
シャフリヤールにとってもう一点、『運が良かった』のは4コーナー入口だった。
桃サトノレイナスが外から早めに上がっていったことから、水ワンダフルタウンはその後ろについていきたい。そうなると肌グラティアスが邪魔だ。
このサトノレイナスの後ろをアドマイヤハダルとワンダフルタウンが争ってたんだよね。結構ガリガリやっていて、結果ハダルのデムーロが内を思い切り締めて、ワンダフルタウンを弾く場面があった。ワンダフルの内隣にいたヴィクティファルスがその影響を受けている。
これ、水ワンダフルタウンの真後ろに黄シャフリヤールがいるんだよ。つまりワンダフルタウンがアドマイヤハダルに締められて下がってしまったら、真後ろのシャフリヤールが被害を受けて、ポジションが更に後ろになっていた。
仮にそうなると、だ。最後エフフォーリアとシャフリヤールの差はハナ差。差が差だけに、ほぼ間違いなくエフフォーリアが勝っていたと思う。シャフリヤールはここで巻き込まれなかったからこそ、ダービー馬となったとも言えなくはない。
スタート後のヨーホーレイクとラーゴムの接触の被害を受けなかったり、今回アドマイヤハダルとワンダフルタウンの接触の被害を受けなかったり、シャフリヤールは絶妙に不利を受けていない。『最も運がいい馬が勝つ』というダービーの格言がここで体現されている。
一方の白エフフォーリアは、当初インの3番手を狙いに押して先行していったのに、4コーナーの段階で10番手まで下がってしまっている。
これも全て、前にいる橙タイトルホルダーの田辺が動けない位置に入ってしまったことに尽きるだろう。
序盤に書いたように、仮に田辺が外の2番手を選択し、インの3番手、つまりタイトルホルダーの位置にエフフォーリアがいたら、エフフォーリアは前に茶バスラットレオンと肌グラティアスしかいないわけだから、もっと早めに捌ける。自分から動ける。
しかしこのポジションだとタイトルホルダーが前の2頭をパスしなければいけず、それまで黄シャフリヤールとほぼ同じポジション。そこからヨーイドン勝負をしたら、ディープ産駒のシャフリヤールが圧倒的に有利だ。
これは共同通信杯の3コーナーなんだが、勝った緑エフフォーリア、3着だった桃シャフリヤール共に、上がり3Fは33.4だった。ただし道中3、4頭分くらい前にエフフォーリアがいた。
エフフォーリアとしてはもっと前で脚を使いたい。シャフリヤールと同じ位置から脚を伸ばすのは正直しんどい。できるなら早く、タイトルホルダーを交わしたいという思いしかなかったと思う。
単勝1.7倍。この時点でエフフォーリアの武史は焦りがあったと思う。
この4コーナーでもう1つの見どころがある。後方、青ヨーホーレイク川田と、緑ステラヴェローチェ吉田隼人だ。
川田としては外に出したい。ヨーホーレイクは上がり最速ばかり出してくる馬だけど、一瞬で反応するというより、次第にギアが掛かるタイプだ。
一方ステラヴェローチェの隼人も手応えはいい。グレートマジシャンの後ろというポジションは譲りたくない。
川田と吉田隼人は競馬学校20期の同期生なんだよ。同期がダービーという舞台で、勝負所でゴリッゴリに削り合っているのだ。外に出したい川田、出したくない隼人でものすごい競り合いを演じている。
いいよね、これがダービーだよ。みんな勝ちたいんだもん。多少強引な動きにもなるさ。
直線入口。ここまで恵まれてこなかった白エフフォーリアが、このレースで唯一?運が向いた瞬間だった。
たぶんヴィクティファルスの池添が内を嫌った分なんだろうけど、矢印の部分の進路が綺麗に開いたんだよね。ここでもしヴィクティファルスが外に流れてなかったら、進路がなく更に切り換える必要があった。
もう武史は神様に感謝とばかりにそこに入っていった。当初から道中イン→直線外は計画していただろうし、このタイミングしかなかったからね。道中ポジションに恵まれなかった分、空いた瞬間に一気に出していった。
ここで落ち着いて外に出して、態勢を作ってから追い出したほうが(個人的には)良かった気がするのだが、みんなとにかく勝ちたいダービーという舞台は、そんな一瞬で物事を考えさせない。
明らかにプラン通りではなかった武史はもうすぐに追い出すしかなかったんだよな。最後の差がハナなだけに、ここでの追い出しをもう少し待てれば…と思ってしまう。まー、キレ味ではディープに劣る分、気持ちは痛いほど分かるのだが…
上手く勝負所で外に出せたエフフォーリアに対し、シャフリヤール福永は、実は4コーナーでうまく回れていない。
黄シャフリヤールは外に出そうとしたところで、紫グレートマジシャンの戸崎が進路を思い切り締めたのだ。同馬主相手だろうが、絶対お前は外に出さんという戸崎の気持ちのこもった締めだった。
まー、グレートマジシャンだって勝てていい手応えだったからね。同じく手応えのいいシャフリヤールに進路を譲るわけにはいかない。
締められて内に弾かれたことで、シャフリヤール福永は進路を再考しなければいけなくなった。このレース、奇跡的に全部スムーズに運んでいたシャフリヤールにとって、2度スムーズではなかった点があるのだが、その内の1つ。
レース後福永が「決してスムーズな騎乗ではなかったんですけど、本当に馬の力に助けられた勝利だったと思います」と語っているのだが、このシーンのことだろう。
仮にダービーを狙える馬に乗ったとして、勝負所で進路を塞がれたら焦る。たぶん福永がダービー未勝利だったら、ここで焦っていたと思う。進路をこじ開けないと勝てないからね。
ただ福永はワグネリアン、コントレイルですでにダービーを2勝している。ダービーを勝った心の余裕が、福永に新たに進路を探す時間を与えたのだ。
勝っておくものだな、ダービーって。
シャフリヤールは改めて進路を考えた時に、前に水ワンダフルタウンがいるから、ワンダフルの内か、外か。
この画像だけ見るとワンダフルの内、つまりこちらから見て右側に進路を取りそうなもの。
まさか外、アドマイヤハダル側だとは思わなかった。
これはちょっと理由を考えてたんだけど、前にいるサトノレイナス、エフフォーリアは、福永から見て内側、左にあたる。
福永のムチの持ち手は右。最後の直線で叩き合いになった時に、併走対象が左に来るよう、あえて外に進路を取ったのではないかなという仮説は、ちょっとだけ考えた。
もし内に進路を取ったら、エフフォーリアと併せる場合右ムチ、サトノレイナスと併せる場合左ムチ。もう0.01秒も無駄にできないと判断した福永が、とっさの判断で併走相手を『考えたとしたら』、もはや神業だ。考え過ぎかもしれないけどね。
さて、いよいよ最後のポイントだ。ここまでに9500字使った自分を褒めたいよ。
桃サトノレイナスが外にヨレ始めたんだよね。ルメールが「最後は苦しくなって外にもたれてしまった」と言っているポイントだ。3コーナー入口で行きたがってしまった分、疲れが溜まっていたのだろう。
行きたがったところで抑えられれば良かったんだが、ディープモンスターが早めに来ちゃったからね。抱えるところがなかった。加えて残り1000m地点からペースアップする厳しい流れ。直線ガス欠しても不思議はない。
ルメールが右からムチを叩いているのに、桃サトノレイナスが外に外に行ってしまった。これでまず、サトノレイナスが黄シャフリヤールより外に来る。
続いて白エフフォーリアも外目にやってくる。細かい言及はなかったが、武史は直線、2番人気であり、視界に入っていたサトノレイナスの側に寄っていったのではないかな。
単独走になると馬は気を抜く。エフフォーリアも若干気を抜くところがあるから、直線で併走を相手を探す必要があり、そうなると対象が2番人気で視界に入っていたサトノレイナスになるのは間違いない。
もうこのあたりで武史は無心で追っていたと思うんだよね。自身が外に外に流れているのは気づいていたのかもしれないけど、もう必死過ぎてただサトノレイナス側に向かって追うだけだった挙動に見える。
おかげで白エフフォーリアも、黄シャフリヤールより外に行ってしまった。
よく見てくれれば分かるが、シャフリヤールはただずっとまっすぐ走らせている。エフフォーリアとは対照的だよね。
言っちゃなんだが、これがダービーを勝っているジョッキーと、勝っていないジョッキーの違いなのかもしれない。別に武史が悪いというわけではない。ダービーなんだから直線頭が真っ白になるレベルで追うのは当然。
ただ福永はダービーをもう2つ勝っている。直線入口でアドマイヤハダルを交わした動きも、直線で他馬に惑わされずまっすぐ走らせる動きも、武史より福永のほうが動きに余裕があるのだ。
古い話になるが、武さんがアドマイヤベガでダービー追い込み勝ちを決めた時も、「一度勝った分の余裕があった」としている。福永もレース後、「冷静と情熱のあいだ」という竹野内豊を意識したのか分からないコメントを出していたが、この『冷静』という部分が、最後のハナ差に直結したのはほぼ間違いないと思う。
結果白エフフォーリアはまた内に戻ってくるんだけど、ほぼまっすぐ走った黄シャフリヤールにハナ差で負けてしまった。
スローで見る限り、福永も武史も完歩を合わせた感じはない。お互い最後は必死で追ったんだろう。その結果、わずかに、シャフリヤールのハナ差が前に出ていた。
正直、このハナ差は運だと思う。ゴール板がもう少し手前ならエフフォーリアが勝っていただろう。
ただ、それまでの過程だ。シャフリヤールは3コーナーまで実にスムーズに運べているし、4コーナーで締められたとはいっても、その後進路を探して考える余裕がある。福永本人は「馬の力に助けられた」と語っているが、焦って突っ込んでいては詰まっていただろう。
対してエフフォーリアは1コーナーで田辺の誤算によりポジションを下げてしまい、ロスが生まれている。道中間違いなくジョッキーに焦りはあっただろうし、その焦りが具現化したのが直線の進路だったと思う。まっすぐ走れた福永、外に行ってしまった武史。
『最も運がある馬が勝つ』と言われるように、運が左右するのがダービーというのが定説だが、『より運を引き寄せる騎乗をした』のが福永だったのだ。このハナ差は、極端な話その部分の差だったのではないかと思う。
もちろん運に助けられただけでダービーは勝てないから、シャフリヤールの実力面も優秀。予想にも書いたように今年の毎日杯は異様なラップで、ハイレベルレースの典型のようなラップ。
そんなレースを追走に苦労しながら勝ってしまったのは能力の裏返しだ。全兄アルアインは器用さを生かした競馬で立ち回るタイプだったが、弟は全然タイプが違う。天皇賞か菊花賞かは現時点では分からないものの、道中の追走力を考えると、菊花賞かもしれないね。
弱点としては追走力か。今後は古馬とのレースが待っている。基本的に厳しいペースのレースが多い。今日はスローだったが、今後、なかなかこんなレースはないだろうし、全体的にあと一回り、最低限馬体を増やしたい。
まー、さすが藤原厩舎だよね。今日のパドックも素晴らしかった。一見見栄えがしないかもしれないが、体の使い方、脚の出方、全てにおいてAを与えたいほどのデキだった。藤原厩舎の勝負仕上げといえば有名だが、調教だけでこのレベルに持ってこれるのはただただ凄い。信じられない厩舎力だ。
エフフォーリアの敗因は上記のように、武史の焦りもあったのは確かだ。ただ武史がよく乗ったのも事実。スタートから出していってポジションを取りに行っていなかったら、もっとポジションを悪くしていたかもしれない。
ダービーで明らかに緊張はしていたが、それでも『攻める』武史らしい騎乗ができたこと、そして何より、22歳でダービーの単勝1倍台を経験できたのは大きい。
だってダービーの単勝1倍台なんて、現役ジョッキーでも体験した人ほとんどいないからね。こんな経験ができるのはむしろ幸せ。今後、これよりプレッシャー掛かる場面なんてそうないでしょ。
そんな舞台でしっかり攻めた武史は責められるものではない。守りに入らず攻めた結果だ。好位を取って折り合うというヨーロピアンスタイルに更に磨きが掛かった時、それは武史が全国リーディングを獲る時だと思うね。
今日のデキも良かったが、皐月賞で反動が出て一度緩めた分か、皮0.5枚くらい重かった気はしないでもない。ダービーって本当にそういうちょっとした要素が勝負を分けちゃう難しいレースなんだよ。
操作性の良さ、そして狭いところを割っていく闘争心など、エフフォーリアがこの世代トップクラスなのは間違いない。今日は本当にちょっとした要素が差を分けたが、素質的にはシャフリヤールと甲乙つけがたいし、評価は下がらない。
気性面の成長があれば、菊花賞でもいいと思う。右脚の不安がありながらここまで走れるんだから、相当なものだと思うよ。
3着ステラヴェローチェは4コーナーでヨーホーレイクにポジションを譲らなかった分の3着。ゲートが遅めだった分、スローペースで絶望的な位置になってしまったが、状況を考えれば最後はよく伸びている。上がりの速いレースで来れたのは収穫。
もし凱旋門賞に行くなら今年だと思うな。斤量の恩恵を受けられる。ヨーロッパは日本よりスタートが遅い。そういう意味では今日みたいなスタートでもポジションはもう少しマシになってくると思う。
4着グレートマジシャンはTwitterにも書いたが、まだまだこれからの馬だ。能力はこの世代トップなんじゃないかな。ただその能力の高さに体が追いついていない。だからこそここまで間隔を開けている。
厳しいレースが続くと脚が壊れてしまう危険性があるだけに、綱渡りの仕上げになってくると思う。心身共に成長すれば、フィエールマンくらいの活躍が見込める能力はあるだけに、ただただ無事にいくことを願うよ。秋、もっと良くなる。
5着サトノレイナスは最後ヨレてしまったが、牡馬の一線級相手によく走っている。敗因は『うまく行き過ぎたこと』。つまり外枠を引いてしまったことで、グラティアスが上がった時にその流れに乗って上がってしまった。これがもう少し内目なら、前に壁を作って、ラストに脚が残せたと思う。
まー、タラレバではあるんだけどね。5Fから速くなるラップを、外の2番手から乗り切った能力はさすがだよ。牡馬にはやっぱり敵わなかったという意見もあったが、正直それは違うな。ラップを考えると相当頑張っている。
強い。まだ重賞を勝っていないのが不思議なくらいだ。無事ならGI、3つくらい勝っちゃうレベルにある。器用さが問われる秋華賞は勝ち切れるか謎だが、エリザベス女王杯なんかは楽しみだねえ。
6着タイトルホルダーは、自分から苦しいポジションに入ってしまう誤算があってこの着順は悪くない。レース上がり3Fが33.9だからね。まったく合ってないレースラップでこの着順なら悲観しなくていいだろう。菊花賞はもう少し強気に攻めてみたいね。
7着ヨーホーレイクは現状の力は出している。反応がもう少し早くなってくれないと、今後も3着が増えると思う。8着グラティアスは流れに乗って競馬したら展開が厳しくなったクチ。皐月賞は不利を受けているだけに、秋はもう少しやれるだろう。ただ少しずつ底は見えてきた。
もったいなかったのは10着ワンダフルタウン。2度ぶつけられる不利があった。まー、ラーゴムにしてもアドマイヤハダルにしても馬側に責任はないんだけどね。もう少しスムーズな競馬が見たかった。
ただそれも含めて競馬。蹄をやった時は春のクラシックに間に合うのか疑わしい状況だったのに、ここまで立て直してダービーの舞台に出したスタッフさんたちに敬意を表したい。
何より、グッときたのは今日のパドックだ。GIだろうが悪い馬はいるものなのだが、さすがダービー、今日、このレースに合わせて『ダービー仕様』にしてきた馬ばかり。素晴らしいデキの馬ばかりで、目が幸せだった。
いかにダービーというレースを勝ちたいか、各馬の状態から伝わってきたもんね。しっかり仕上げてくれたからこそ、こうして13000字も回顧を書かせてくれるほど濃密なレースになってくれた。
仕上げに応えてくれた馬が、1頭でも無事に秋の大舞台に出られることを心から願うよ。
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