22年日本ダービーを振り返る~極限の仕上がりの追求と名手の思考~
加湿器付きの空気清浄機ってあるだろ。
本当に部屋の空気が清浄化されているのか、マスクは空気清浄機の性能を常に疑っているんだ。見えないだろ、空気中の微細なチリなんてさ。
マスクの嫁さん、いわゆる総裁は『除菌』『気圧』『夫』にうるさい。加湿器のついた空気清浄機が我が家には5台も存在する。総裁曰くマスクよりちゃんと働いているらしい。
加湿器だから、水がなくなればタンクに再度注入してやらないといけない。交換係は当然マスクなのだが、ちょっと入れる量が足りないと総裁に「もっと水入れなさい」と注意されてしまう。
でもあのタンクって難しいもので、入れ過ぎると逆にした時に少しこぼれちゃったりするんだよな。さじ加減が難しいんだ。
これって、馬の仕上げと一緒なんだよ。一緒にするなと思うスタッフさんもいるだろうが、以前、仲良しのスタッフさんと仕上げについて話した時に似たような話になったことがある。
「馬を究極に仕上げようとする時に、100で競馬場に送り出さないことにしている」という。ファン目線からすると100で送り出してほしいところだろうが、これが難しい。
馬は刻一刻と調子が変わる。人間だって体が毎日絶好調なんてことはないだろ?寝て朝を迎えたら体が重かった、なんてこともある。
日曜のレースを使う時に、日曜朝100を迎えていたとして、その後馬のテンションがちょっと上がったりすると、100を超えてしまうのだそうだ。ここで難しいのは、100を超えると101になるのではなく、90、80とどんどん下がっていってしまう。
だから最高の状態に持っていくために、あえて95くらいにして、少し遊びを持たせるのだという。加湿器のタンクでいう、入れ過ぎ注意と似たようなもので、入れないとすぐにガス欠を起こすが、入れ過ぎると水はこぼれる。サジ加減が難しい。
当たり前の話だが、この業界でダービーを勝ちたくないという人間はいない。最高の名誉さ、ダービー馬っていう称号は。獲りにいくために、各陣営はガチで仕上げてくる。
念のために書いておくと、普段ちゃんと仕上げていないわけではない。馬は毎回きっちり作ると壊れちゃうからね。次を考えて馬を作っていくわけだが、ダービーはお釣り残しで仕上げないと勝てない。
しかし前述したように、遊びを作らず競馬場に持っていくと水がこぼれるように調子も落ちる。攻め切らないといけないが、その限界点を見定めるのが非常に難しい。大体の出走馬がそんな難しい作業をやって、晴れの舞台にやってくる、それが日本ダービーというレースなんだよ。
今年もパドックに出てきた馬のほとんどが極限まで仕上げられていた。もう水がこぼれる寸前まで仕上げられていた。これだけのパドックを見せてくれた18頭、そして仕上げきった陣営の皆さんにまず感謝したい。
ただ今年のダービーは、その『水がこぼれる寸前だった』ことがポイントの一つになったんだ。
加えてもう一つ。前振りが長いね、ごめんね。
今年のダービーは『4強』だった点もポイントになる。一生に一度しか出走できない、誰もが勝ちたいビッグレース、それがダービー。3強、4強の場合、狙いを定める相手が1頭ではないから、よりジョッキーの思考力が試されてくる。
今年、戦前の下馬評は『4強』。しかもその4頭に騎乗するのが福永祐一、川田将雅、C.ルメール、そして生ける伝説とも呼べる存在、武豊。
まず面白いレースになると確信していた。トップジョッキーたちがいかなる思考で、自らの相棒を頂点に導くか。どのようなレースプランを頭に思い描いているのか、想像するだけで楽しいレースだったのだ。
5月26日木曜、14時。『4強』は外枠に固まった。今年の日本ダービーのもう一つのポイントはこれだったのかもしれないね。
●日本ダービー出走馬
黒 ③アスクビクターモア 田辺
赤 ⑥プラダリア 池添
黄 ⑨ジャスティンパレス デムーロ
茶 ⑪ジャスティンロック 松山
緑 ⑫ダノンベルーガ 川田
紫 ⑬ドウデュース 武豊
灰 ⑭デシエルト 岩田康
橙 ⑮ジオグリフ 福永
桃 ⑱イクイノックス ルメール
マスクが枠を見て最初に感じたことは、『4強』が全て外枠に入って、なおかつ『ダノンベルーガがその中でも一番内』で『隣にドウデュース武豊』だったこと。
思い出してほしい、今年の皐月賞を。今回4強にカウントされたダノンベルーガ、ジオグリフ、ドウデュース、イクイノックスの中で、一番内だったのはダノンベルーガだったよな。
これは皐月賞の3コーナー。白ダノンベルーガが、外枠に入った橙ジオグリフ、桃イクイノックスに外からフタをされたことで、外に進路を取れなかった箇所。
●22年皐月賞を振り返る~強力なトラックバイアスと身体的課題~
https://note.com/keiba_maskman/n/nba2977d69d1f
皐月賞の振り返りに関してはこちらを読んでもらうとして、今回もダノンベルーガが4強の中で最も内の枠だった。12番とはいえ。
ダノンベルーガの右トモがウィークポイントであることは、皐月賞直前あたりからマスコミ各社に報道されたことで広く外に知れ渡ることになった。その分右回りより左回りのほうがいい。それはほぼ全員知っていること。
加えて、白ダノンベルーガが通った内ラチ沿いは、ルメールが「皐月賞の日の内ラチ沿いは馬が進んでいかないくらい悪かった」と言っているほど悪かった。
不得手な右回りで、馬場が悪いところを通って4着まで上がってきたダノンベルーガが一番強い競馬をしており、ダービーで最有力候補となる、という考えを持っていた人間は多かったと思う。
●日本ダービー 単勝上位人気の皐月賞着順
1番人気 3.5倍 ダノンベルーガ 4着
2番人気 3.8倍 イクイノックス 2着
3番人気 4.2倍 ドウデュース 3着
4番人気 5.9倍 ジオグリフ 1着
実際それは単勝人気にも表れていて、皐月賞の着順とダービーの単勝オッズが比例していなかったんだよね。
ジョッキー側も内を通りながら4着だったダノンベルーガに対してかなり警戒心を持っていたと思う。1番人気でもあるし。
今回ダノンベルーガが再度、4強の中で一番内だったことで、皐月賞同様ダノンベルーガを外から締めやすい並びになったのだ。
スタート後。茶ジャスティンロックが出遅れた。これはもう定期的なものだから、今更驚くことではない。
紫ドウデュースの武さんも、『ジャスティンロックが出遅れる馬』であることをよく知っていたはず。ここ最近ずっと同じレースに乗っているし、新聞にも書いてあるしね。
枠を見た時、武さんが良かったと感じた点は、隣がダノンベルーガだったはず。何度も回顧に書いてきた『強い馬の後ろ』というやつだ。強い馬の後ろは勝手にいいポジションになるという、いつもの話ね。
加えて好都合だったのは、『ダノンベルーガの内隣がジャスティンロック』だったことだと思う。ダノンの真後ろに入れる可能性が一番高いのは、両サイドのジャスティンロックかドウデュースさ。
ジャスティンロックはほぼほぼ出遅れるのだから、ダノンがスタートさえ決めれば、ドウデュースは高確率でダノンの後ろを取れる。Cコース変わり週でも極端に内ラチ沿いがいいということもなく、むしろダノンベルーガの隣はかなりいい枠を引けたと本人は感じていたのではないかな。
緑ダノンベルーガの右隣だったことで、スタートして200mほどでもう、紫ドウデュースがダノンの真後ろにいる。
レース後武さんは「ある程度想定していたポジションと並びで、凄く良いポジションを取れたと思いました」と話しているように、本当に想定通りにコトが進んでいたと見ていい。
つまり、最初からダノンの後ろで競馬しようと考えていたということ。武さんが今回一番強い相手として見ていたのはダノンベルーガだった。
一方、更に外を見ると橙ジオグリフが内との距離を詰め始めている。今回ジオグリフが引いたのは7枠15番。ゲートの駐立が難しい馬で出遅れやすい馬。皐月賞は後入れ外枠偶数に対し、今回は先入れ奇数。
さすがゲートの天才・福永祐一と言っていいだろう。先入れ奇数でもジオグリフを出してきた。本当に、世界一ゲートが上手い。
橙ジオグリフはゲートを決めたことで、緑ダノンベルーガを外から締め始めている。1コーナー前、まだスタートして少しなのに、すでにダノンは外からプレッシャーをかけられている状況だ。
ただ福永としては、この隊列は少々事前のプランとは異なるものだったよう。レース後、「課題のスタートは上手く切ることができましたが、取りたいポジションを内の馬に取られてしまいました。本当は前に他の馬を置く形にしたかったです」と話している。
●福永の想定隊列
内ラチ 進行方向→
ーーーーーーーーーー
なんかいろいろ
⑬⑫⑮⑱
⑯⑰
●悲しい現実
内ラチ 進行方向→
ーーーーーーーーーー
なんかいろいろ
⑬⑫⑨⑤
⑱ ⑯⑮
⑤ピースオブエイト 藤岡佑
⑨ジャスティンパレス デムーロ
⑫ダノンベルーガ 川田
⑬ドウデュース 武豊
⑮ジオグリフ 福永
⑯キラーアビリティ 横山武史
⑰ロードレゼル レーン
⑱イクイノックス ルメール
福永としては、たぶん皐月賞のように自分の前にイクイノックスがいて、強い馬の真後ろを追走しながら内のダノンベルーガを締めるプランだったのだと思う。
つまりこういう形。皐月賞だよね。内からダノン、ジオグリフ、イクイノックスという枠の並びはダービーでも変わらなかったから、目指す形はこれだったのだろう。
ところが、イクイノックスが自分の前にいない。あれ?と福永も思ったはず。というか、これはダノンベルーガの川田も、ドウデュースの武さんも思っていたはず。自分たちの視界にイクイノックスがいないのだ。
結果、『前に馬を置きたかった』のにジオグリフの前に誰もいない形が生まれてしまった。福永の誤算だったと思う。
本来、橙ジオグリフ福永のレースプランだと、黄ジャスティンパレスあたりのポジションが欲しかったんだろう。その前にイクイノックスを置いてね。違うシルクが走っていたけど。
それか、ダノン関係なく赤プラダリアのポジションあたりまで内に入れる手も考えていたかもね。「前に壁を置きたかった」と言っているように、当初から福永はジオグリフの距離適性に疑問を感じていたんだろう。
それは俺も含め多くの予想する側も感じていたことだ。少し外過ぎる枠を引いてしまったから、やはり折り合い面が気になる。
取りたかったポジションにジャスティンパレスが入ったことで、ジオグリフとしてはかなり難しいポジションになってしまった。前に壁はいないし、内のダノンベルーガを締めておかないといけないから、やることが多い。
これは日曜東京4R、福永がダービー前に唯一騎乗した芝レース。赤バーストオブカラーの道中の進路取り、直線の進路取りを見ていても、福永は内にこだわる様子を見せていない。
仮に先ほどの1コーナーの画像で赤プラダリアのポジションをゲットしたとしても、内にはこだわらず、外目好位を追走するイクイノックスの後ろについていくプランだったんだろうな。『なんで(自分の)前にいないんや』と思いながら乗っていたと思う。
その桃イクイノックスは何をしていたかって、そんなに悪いゲートではなかったのだが、その後の行き脚がついていない。
ルメールがレース後「最初は忙しかったので心配しました」と言っているように、馬が自分から進んでいない感じになっている。皐月賞のテンのスピードは一体どこへ消えたんですか?という状況だ。
ルメールとしては大外枠からいかにロスなく運ぶかが騎乗テーマだったのだろうが、皐月賞のような早め先頭プランがこれで消えて、後ろでロスなく運ぶというプランに切り変わったのだろう。4強の中で一番後ろというポジションに収まってしまった。ホント、競馬は何があるか分からないね。
いいかげんレースを進めていこう。もうここまで5000字も使ってしまった。空気清浄機の話が本当に必要だったのか思い始めている。
ハナを切ったのは灰デシエルトのヤスナリだった。裏情報にも書いているが、デシエルトという馬は能力は非常に高いものの、幼い。前に馬がいると追いかけてハミを噛んでしまう悪癖がある。なるべくハナで、前に馬を置かない形で進めたい。
皐月賞もそういうプランニングだったのだが、運のないことに躓いてしまい、アスクビクターモアがハナ、2番手がデシエルトになってしまった。
2コーナーでこんな隊列。今回はデシエルトのゲートが若干危なかったものの、なんとか出てハナに。
デシエルトがハナ、アスクビクターモアがインの2番手。皐月賞でデシエルトが躓かなかったらこういう隊列になっていたんだろうな、という並びで落ち着いた。
さて、この上の2コーナーの画像、どこかで見た記憶がないだろうか?
これだ。昨年の日本ダービー。橙タイトルホルダーに乗っていたのが田辺。昨年のダービーも、田辺は逃げ馬を行かせて2番手のインでレースを進めていた。その真後ろにいたのが白エフフォーリア。
マスクは2コーナーの隊列を見て、田辺が昨年のダービーと同じ騎乗をしていたことを思い出していた。またやりおったなという感想しかない。
これは昨年のダービーの3、4コーナーだが、橙タイトルホルダー田辺は内の2番手で控え、茶バスラットレオンのペースダウンに付き合ってしまった。
おかげで4コーナー前では完全に囲まれてしまっている。白エフフォーリアが巻き込まれ事故でポジションを下げてしまった話を覚えている読者の方もいるかもしれないね。
今回は田辺なりに反省したのかもしれない。最初から引かず、インの2番手をキープし続けていた。それは昨年やってほしかったことなんだよなあ、田辺よ。
2コーナーでも、相変わらず緑ダノンベルーガは橙ジオグリフに締められていた。川田としてはジオグリフが真ん前だったらもう少しレースを進めやすかったと思う。
ところが現実は厳しいもので、外からジオグリフに締められるわ、前はジャスティンパレスで動けないわ、この時点で川田のレースプランもだいぶ崩れつつある。
これは日曜、川田がダービー以外で唯一騎乗していた東京8R青嵐賞。川田が騎乗した緑サトノシャロームは道中内ラチ沿いにいたものの、2枚目の4コーナーで分かるように、左ムチを使って内ラチから離れている。
Cコース変わり週で通常ならラチ沿い有利になるところだが、今開催の東京競馬は雨にあたることも多かったため、コース変わりしても内ラチ沿いが大して凄くいいわけではない。
実際、先週のオークスではBコース最終週とはいえ、内枠のアートハウスを大きく外に持ち出していた。
仮柵を動かす今週も、12番を引いたダノンベルーガであえて内に入るとは思っていなかったが、川田自身内にはそこまでこだわりがないポジショニングだったと思う。
川田としては『イクイノックスの後ろにつけるジオグリフの後ろがベスト』というイメージだったのではないかな。皐月賞では上位2頭に外から締められてしまったが、今回は自身も外枠。馬のリズムに合わせて、皐月賞馬の後ろに入るのが理想的プランだったかもしれない。
実際向正面に入っても、緑ダノンベルーガ川田は内から4頭分外付近を追走している。
この時点でも外から橙ジオグリフのプレッシャーを受けているんだよな。たぶん川田としては、ジオグリフより外枠が良かったと思うね。それくらいずっと外から締められていた。
一方そのジオグリフは左前に水ロードレゼルがいるものの、厳密に前に壁を作れていない。レース後の「本当は前に他の馬を置く形にしたかった。前に馬を置けずに、多少のロスがラストの200mで影響したと思います」というコメントがこれ。
「取りたいポジションを内の馬に取られてしまいました」と言うように、黄ジャスティンパレスのポジションなら、前に水ロードレゼルがいた。15番、ちょっと外過ぎたね。
●22年日本ダービー ラップ
勝ち時計 2:21.9
前半1000m 58.9
12.5-10.8-11.8-12.0-11.8-11.7-12.3-12.0-11.8-11.5-11.7-12.0
少し数字面を見てみよう。今年のダービーの前半1000m通過は58.9。ここ10年の日本ダービーと比べると、19年ロジャーバローズ57.8、15年ドゥラメンテ58.8に次いで、3番目に速い通過タイムだ。
タイムが出た瞬間、速いなと思ったもの。ダービーってみんな勝ちたいから割と牽制し合う流れになりやすい。レイデオロの年のようなスローは特殊としても、ちょっとゆったりした流れになりやすいレースだ。
●日本ダービーの1000m通過が速かった年(過去10年)
・15年 1着ドゥラメンテ 前半1000m 58.8
12.7-10.9-11.8-11.7-11.7-12.5-12.5-12.4-12.4-11.9-11.0-11.7
・19年 1着ロジャーバローズ 前半1000m 57.8
12.7-10.7-11.4-11.4-11.6-12.0-12.3-12.4-12.2-12.0-11.9-12.0
・22年 1着ドウデュース 前半1000m 58.9
12.5-10.8-11.8-12.0-11.8-11.7-12.3-12.0-11.8-11.5-11.7-12.0
太字にした部分は、1000m通過地点から残り600m地点までのラップだ。前半が速いってことは、本来中盤が緩む。ずーっとハイペースで飛ばすわけにもいかないしね、逃げ馬も。
東京2400の前半1000m通過地点は向正面入ってちょっとしたあたり、残り600mは4コーナーだ。向正面には上り坂もあるし、多少緩んでくる部分。
ドゥラメンテの年の1000m→1800mは49.8。ロジャーバローズの年の同区間は48.9。そして今年の同区間は47.8。前半速い、中盤もそれなりに締まるという、いかにも全体時計が速くなるラップ構成だったんだよ。
さすがにこの仕事長いと、レース見てるだけでペースが緩んだかある程度分かるが、まるで緩む気配がなく、租界の雑談板にも「これはいい時計が出る」と書いたほど。
ドウデュース武さんも「ペースは少し速いかなというのはありました。それよりも自分のペースで行こうと思っていました」と話しているように、たぶんまともな体内時計を持っているジョッキーなら、速い流れと感じていたはず。
これだけ中盤も締まると、ジオグリフは外回り続ける展開が厳しくなる。真綿で首を絞められるという表現があるが、それに近い感覚を受けるね。
その厳しい流れを、ずっと橙ジオグリフに外から締められ続ける緑ダノンベルーガ、外を回され続けるジオグリフに対し、真後ろで、両サイドに誰もいない状況でプレッシャーを受けず、前が動くのをただただ待つドウデュース。
もうこの時点で、ドウデュースのポジションが圧倒的にいい。こちらも租界の雑談板で武さんいい位置と触れている。そりゃノープレッシャーなんだからいい位置って書くわ。
3コーナーでも、緑ダノンベルーガは外の橙ジオグリフに締められていた。たぶんもし日本ダービーがあと1周あったとしても、隊列はこんな感じだったと思う。たぶん永遠にジオグリフはダノンを締めていた。
ダノンベルーガとしては右前に動いてジオグリフを外に弾き出したい。ところがまだ3コーナー。ペースが道中も締まり気味で速かったことを考えると安易に動けない。
とっくに川田は前にドウデュースとイクイノックスがいないことを把握しているだろう。自分から動いたら後ろの馬に使われる可能性がある。かといって動かないと締められ続けたまま。困ったよな川田。
映像のほうが圧倒的に分かりやすいんだけど、3コーナーの出口に近いあたりで、一旦緑ダノンベルーガ川田が少しだけ促して、橙ジオグリフの前に入っていこうとする素振りがあるんだよ。
ところがジオグリフにとっては、川田を外に出してしまう=ダービーの終わりだから、なんとしてでもブロックしたい。こちらも少し促しながらダノンに被せていった。
●22年日本ダービー ラップ
12.5-10.8-11.8-12.0-11.8-11.7-12.3-12.0-11.8-11.5-11.7-12.0
思い出してくれ、今年のダービーのラップを。道中、12.1以上掛かったのは1200m→1400mの200mだけ。
断続的に流れているレースで、まだ仕掛けどころとしてはやや早い3コーナー出口で、人気馬同士が被せるか被されないかみたいなことをやっているんだぞ。ジワジワと体力は削られていく。
橙ジオグリフと緑ダノンベルーガが果てしなくケンカしているその後ろで、紫ドウデュースの武さんがじーっと見ている。
怖過ぎる
私武豊。今あなたの後ろにいるの…
そんな状況だ。福永、川田の両ジョッキーは、真後ろに武さんがいたことに気づいてはいたと思う。でもお互いになんとかポジションを取らないといけないから、どうしてもやり合ってしまう。やり合うほど、真後ろの武さんが恵まれるという状況。ある意味この時点で勝負は決まっていた。
よく見ると桃イクイノックスのルメールが内ラチ沿いに潜り込んでいる。大外から切り返してインに入れて、ロスを最大限少なくしているのだ。ソツがないよね、あのフランス人は。
イクイノックスの行きっぷりはこれまででも一番悪かったが、それを取り戻そうとやれることをやっている。
正面から見るとこんな感じ。橙ジオグリフの真後ろに、紫ドウデュースがスナイパーのようにとりついている。
武さんとしてはもう道中から最高のポジションだ。ただでさえ強い馬の後ろはいいポジションになりやすいのに、道中ずーっと、自分の前にはダービー1番人気馬と皐月賞馬の2頭がいるんだぞ。枠の並びを考えると理想的、完璧なポジションだった。
仮にこの勝負どころで、紫ドウデュースが橙ジオグリフの外を通って、ジオグリフと緑ダノンベルーガを締めに行ったとすると、ドウデュースは速い流れを5頭、6頭分外を回らないといけない。
しかも回っている時に緑ダノンベルーガが外に張り出したら、ジオグリフが外に張り出され、更に外のドウデュースはもっと外に弾き出されるかもしれない。
ここ、残り800m地点を過ぎたあたりなんだよね。要はそろそろ仕掛けていかないといけないところ。道中14番手。ともすれば後ろ過ぎる。動いて、前との差を詰めておきたい地点さ。
武豊は動かない。
知っているからさ、強引に橙ジオグリフの外に持ち出したら、紫ドウデュースが更に外に弾き飛ばされる可能性を。
だから前を捉えに行く担当をジオグリフに任せ。その後ろで脚を溜め続けている。怖いくらい冷静だ。普通動きたくなる局面さ。
これがダービーを5回勝っている男の余裕だよね。以前四位さんがディープスカイでダービーを勝った際、「前年のウオッカでダービーを勝っている分、プレッシャーが少なく思い切って後ろで脚を溜める競馬ができた。前年勝った経験が大きかった」と話している。
一度勝っている分、絶対ダービージョッキーになるという焦りが軽減されるのだろう。もちろん何度勝ってもいいレースではあるが。
まるで前でお互い牽制しあうテイエムオペラオーとナリタトップロードを、仕掛けを待って最後に外から交わした99年アドマイヤベガのダービーを見ているかのようだった。
1回勝つことが非常に困難なこのレースを、この天才は5回も勝っている。ダービーの乗り方を知り尽くしている。経験がフルに生きた場面だったと思うね。
結局、4コーナーでも紫ドウデュースの武さんは動かなかった。「しびれるくらいの手応えだった」と語っていたが、もうビンビン。最後の最後まで橙ジオグリフを利用し続け、鮮やかなほどスムーズに直線に入っている。
もうここまでの乗り方がすでにストーリーとして成立している。ダービーって本来はもっとプレッシャーが厳しいレースなんだよ。ダノンベルーガの道中を見れば分かると思うが。
だからこそ、今回ドウデュースは『4強』だったのが大きかったと思う。例えばドウデュースが1強で、断然人気だったらまた話は変わったと思うんだよ。みんなドウデュースの動きを気にするからね。
対して今回のような4強の場合は、マークが分散する。ドウデュースレベルの馬がダービーの道中ノープレッシャーで運べるなんて、割と奇跡に近いレベルの話なんだよ。
相手は強いハイレベル世代だが、逆に世代レベルが高かったことで、道中自由に運ぶことができたとも言える。ハイレベルなのも捨てたもんじゃないね。
エグいのは桃イクイノックスのルメールだった。4コーナーでインに入っていって距離ロスを最大限抑えたところまでは説明したと思うが、その後、直線に入った後の動きも素晴らしい。
直線に入って、ルメールはイクイノックスを外目に誘導しつつある。福永、川田といった他の有力馬も外を選んでいるように、Cコース変わりでも大して内ラチに利がないから、妥当な選択と言えるだろう。
ただ橙ジオグリフの福永が内目をそれなりに締めることで、緑ダノンベルーガの進路もそこまでない状況だ。
しかもジオグリフの福永は橙色で指しているように、ムチを右側に持っている。つまりここから右ムチを叩くと、馬は叩かれたほうとは逆の向きに行きやすいから、ジオグリフは内目、緑ダノンベルーガ側に寄っていくと考えられる。
だから桃イクイノックスのルメールは、ジオグリフの更に外に馬を誘導する。
そうして桃イクイノックスは橙ジオグリフの外、紫ドウデュースの内というところまでやってきた。
パトロールを見ると分かるように、ジオグリフとドウデュースの間にはスペースが空いている。
最短距離を通そうとした場合、外に外に持っていくより、開いたスペースを突いたほうが一見、距離ロスがないように思える。ところがルメールはこういうところでよく前を見ている。
よく見ると、紫ドウデュースの武さんが右ムチを持っているのだ。先ほどの橙ジオグリフ福永と同じパターンで、右ムチを叩く可能性が高い。
叩けば、ドウデュースがジオグリフ側に寄っていく可能性が出てくる。つまりこのジオグリフ、ドウデュースの間の1頭半のスペースは、もうすぐ埋まる可能性が高くなる。
このスペースからギュンと抜け出せればいいのだが、ジオグリフはともかくとして、ドウデュースは見た目の手応え的にも脚色的にもまだまだ余裕がある。
抜け出すにはそれ以上に速い脚がないといけないわけで、この2頭の間を突くと挟まれる可能性が高くなってしまうのだ。
ルメールはしっかり武さんのムチの持ち手を見ていた。紫ドウデュースが右ムチを叩かれているところで、桃イクイノックスを橙ジオグリフ、ドウデュースの間ではなく、更に外に持っていった。
結果、紫ドウデュースが内側に寄っていって、橙ジオグリフとの間のスペースはなくなってしまった。
しかし桃イクイノックスは、ムチの持ち手を見てルメールが大外を選択したことで、前に誰もいない状態で走ることができている。結果ドウデュースも止まらず2着までだったが、このルメールの判断がなければ詰まっていたかもしれない。
改めてトップジョッキーの視野の広さを感じさせる場面だよ。時速60kmの馬に乗りながらムチの持ち手もしっかり見て、進路変更しながら追う、割と信じられない世界だ。
その内を見ると、黒アスクビクターモアの田辺が次第に外に、外に行こうとしている。アスクが若干外にモタれ気味だった影響もある。田辺がずっと右ムチ叩いているしね。ただ田辺が強引に矯正する素振りもない。つまり外に行くなら行くで別にいいという感覚の進路取りだ。
おかげで緑ダノンベルーガが内に切り返す必要が出てきてしまった。外に行こうにも橙ジオグリフがいて出せないしね。
田辺が積極的に矯正しないということは、内目はそこまで状態が良くない。外に行くほど馬場がいい。つまり、ダノンベルーガは仕方なく切り返して、より馬場の悪いほうに進まないといけないわけ。
結果、黒アスクビクターモアの内に緑ダノンベルーガが入っていくわけだが、この2頭の着差はクビ。
アスクの外張りでダノンが切り返していなければ、少なくともこの2頭の着差はひっくり返って、ダノンベルーガが3着だった可能性はある。
ただ、それでもダノンは3着までだった。上位2頭を差し切るまでには至らない脚色。完敗と言っていい。
力負けというわけではない。ここまで回顧を見てくれた人間は分かるだろうが、1コーナー前から直線半ばまで、実に2000m以上外からジオグリフに締められ続けてしまっている。いくらなんでもこのプレッシャーでは厳しい。
締められないように川田自身で動くという手はなくはないが、これもまた前述したようにペースが締まっていて、早めに動けない。かといって内を突くほど内目は良くない。Cコース変わり週なのにこれまでの開催で雨の影響を受け続けた結果、内を突いても特に何もない馬場になってしまった。
結果論だが、ジオグリフの真後ろに入ればまた違ったかもしれないね。ドウデュースのポジションだ。ここに収まっていれば、直線も外から締められずにスムーズに運んで、もしかすると勝ち負けしていたかもしれない。
ただし、レースに100の状態で辿り着いていたかは疑問が残る。Twitterにも発走直前に書いたが、かなり発汗して頭を上下に動かし、テンションがかなり上がっていた。もう早くゲートに入れて、早くゲートを開けてくれとただただ願うしかなかった。
原因は大観衆のスタンド前発走と見ていいだろう。この世代はコロナの影響で観客の制限された競馬場しか経験していない。初の大観衆前でテンションが上がる馬はダノンだけではなかったし、実際先週のオークスでもアクシデントが発生していた。
堀厩舎は無策ではなかった。大観衆対策のために耳を覆うメンコをゲート裏まで装着して、スタート直前に外すというプランを立てて実行していた。もちろん耳栓ではないから周りの音が一切聞こえなくなるわけではないが、軽減はされる。それでもあのテンション。もう手を打ってこれでは仕方ないね。
パドックのダノンベルーガは、たぶん人によって見方が異なったと思う。方々で言われているように、右後ろ脚の踏み込みが若干浅く、少々バランスが悪く見えたのも事実だ。
マスクもそこは気になった。ただ元々右トモが弱く、その影響で東京デビュー→共同通信杯という臨戦になったことも知っていたし、たぶん新馬前からこの話は書いているから、右トモの踏み込みの浅さは今に始まったことではないと捉えていた。
実際それ以外は満点のデキと言っていい。この中間、ダービーを獲るために攻めに攻めたからね。1週間前追いで誰が見ても唸るような動きを見せ猛時計を出し、当週追いも馬なりとはいえ終いのタイムは速い。
一部では攻めすぎという声も上がったが、走る馬なんてこんなもので、トップホースは馬なりでゆったり走らせても勝手に時計は出る。アーモンドアイもそうだった。
冒頭で水タンクの話をしたと思うが、今回堀厩舎は水を張り過ぎていたのではないかな。ギリギリまで水を入れて勝負に臨んだのだが、最後、大観衆の前でテンションが上がり、張っていた水がこぼれてしまった。つまり100を超えてしまったのではないか。
だったら最初から95で出せよって思われるかもしれないが、95では勝てないのだ、ダービーというレースは。みんな勝ちたい。ギリギリの仕上げで出してくる。チキンレースみたいなもので、ダノンは限界突破した、そう感じるゲート前の輪乗りだったね。
当初共同通信杯からダービー直行プランがあった馬。馬が仕上がり過ぎたこともあって皐月賞を使われたが、当初からダービー一本で仕上げていたら、もしかすると100手前で止まって、もっといいパフォーマンスを見せられたかもしれない。まー、結果論。
ただ皐月賞で最内スタートから内で揉まれこんだことにより、馬にとってはいい勉強になったのも間違いない。18頭立てで内で揉まれるっていう経験は、調教では積めないのだ。
難しい。ただただ難しい。ゲート裏のメンコといい、絞り込んだ体重といい、今回ダービーを獲りにきていた。馬もギリギリまで応えていたのだが、最後の最後に決壊してしまったね。
ダノン1強ならまだ分からなかったかもしれない。しかし今年は4強。ジオグリフに締められ、強引に抜け出すと今度は後ろにドウデュースがいる。生まれた年が悪かったな。そしてダノンベルーガが2019年に生まれたからこそ、今年のダービーが面白かったことも事実。
たぶんもうトモは完全に良くならないと思う。今後も付き合っていくしかないと思うが、どこまでダノンベルーガという馬を攻め抜いて、仕上げていけるか、堀厩舎の厩舎力が試されている。
仕上げが難しかったのは2着イクイノックスもそうだろう。普段トレセンで見ていても、今回パドックで見ていても、馬体重、骨格の割に体が細い。裏話でも取り上げたが、牝馬みたいなところがある馬なんだよな。
たぶん本来の完成形はもっと幅がある、重厚感のある馬体なのだろう。ただ背腰がまだ弱いことですぐ反動が出たりと、つくべき筋肉がつき切っていない。たぶん誰が見ても完成は来年以降という馬体さ。
前述したようにダービーを勝つには95ではいけない。100に近いほど仕上げないと勝てない。しかし、まだ背腰が弱いイクイノックスを100にしてしまうと、反動で馬が壊れてしまう可能性はかなり高い。先を取るか、ダービーを取るか、仕上げる側にとっては難しい判断が迫られる。
パドックや調教の強度からして、陣営は先を取りに行ったと見ていいね。もちろん皐月より馬は仕上がっていたが、まだお釣りは残していた。確かにダービーというタイトルは逃したが、ここでお釣りを残したことで来年が一気に楽しみになったのも事実。
前半の行きっぷりの悪さが気になったね。ここまで行きっぷりが悪くなるとは思わなかった。この手の落とし穴があることも今回分かったし、収穫の多い2着だったのではないか。
3着アスクビクターモアはこれ以上ない競馬だろう。やや速いペースを2番手で追走し、一瞬勝ったかと思わせる抜け出し。田辺がダービージョッキーになるとどうなるかを、一瞬頭の中で想像してしまった。たぶんマスクは1カ月くらい仕事を休んでトレセン、競馬場に行かなかったと思う。ダービージョッキー田辺にどの顔して会えるか分からなかった。
普段から適当な言動が9割以上の男だが、本人がレース後「皐月賞を相当研究した」と言っていたように、実は研究熱心。馬に対して真剣なジョッキーであることは間違いない。我々に対してもいつも真剣であってほしいがね。
アスクビクターモアはこれまでの数字を考えると、たぶん100以上のパフォーマンスを出せている。あの乗り方で勝てなかったら仕方ない。セントライト記念が今から楽しみ。
とりあえず、マスクの嫁さんは面識のある田辺絡みでダービーが当たり、昼飯が焼肉に昇格したとのこと。今週田辺にお礼するよう命じられており、憂鬱な一週間となりそうだ。
いつか、ダービージョッキー田辺が誕生するのだろうか。誕生したらマスクはどうすればいいのだろうか。
5着プラダリアも数字的には青葉賞以上の走りを見せている。たぶん現状ベストの走りと言っていい。青葉賞からまだ3週間。再度東京2400を走って数字を更新してくるから偉い馬だよ。
青葉賞馬がダービーを勝てないのは、間隔が短すぎること、ペースの違いなど色々あるが、能力だけでなく、今回のプラダリアのように、間隔が詰まっても数字を上げてくる精神力もないと連続して好走できないね。
予想に書いたように、今年の皐月賞は86年以降、3例目のラスト2Fどちらも11.5以内という珍しい年だった。それくらい皐月賞上位組が強い中で一矢報いた姿にマスクは感動した。健闘の5着。
6着キラーアビリティはパドックだけならある程度戻っていたが、中間の追い切りを見ていても、陣営の言うようにまだベストの状態に戻り切っていない。ペース的なものもあって6着まで来ているが、どう乗っても勝ち負けまでは難しかった。
2400だと前半からソロっと出していかないといけないように、折り合いがかなり難しくなってしまうね。2000mのホープフルSは勝ったが、将来的にはマイラー、持って1800の馬になるのではないかと見ている。来年の今頃には2000も長くなっている可能性があるね。能力はあるだけに、蹄を万全の状態にして、短縮で見たい馬。
7着ジオグリフは一言で言えば距離だろう。ハイペースを外回し、前に壁が作れない状況で最後止まってしまった。ダービーは最も運のいい馬が勝つと言われているが、外枠7枠15番を引いた時点で、運がなかったね。
福永は内枠なら距離はこなせると言っている。確かに、内枠なら距離はこなせるだろう。ただこなせる程度であって、本職は1600~2000の馬だね。これ以上の距離になると乗り方が難しい。
操縦性の高い馬で器用さもあり小回りを苦にしない。中山記念などが面白いタイプだと思う。福永だから出ているが、たぶんゲート難はまだ解消されていないはず。ゲートを出るという条件付きで、今後ウインブライトに近いようなカテゴリーで活躍してくる馬ではないかな。
結果に大きな影響は与えないとはいえ、ジャスティンパレスの斜行は残念。継続的な右ムチで矯正する素振りがない。デムーロ、そろそろ累積が溜まっているのではないか?
大敗した馬の中からは14着デシエルト、17着マテンロウオリオンがこの先楽しみ。デシエルトは前述した気性の影響でハナに行ったが、ハイペースを刻んで最後止まってしまった。まだまだ競馬ぶりがワンパターンで脆さしかない。ダイナカール一族にありがちな話だ。
ダイナカール一族はこの手の馬が多いのだが、基本夏を超えて一気に良くなってくるパターンが多い。成長と共に気性が改善され、持っている能力を出し切れるようになれば、グレードのつくレースをいくつか勝てると思う。能力は本当に高い。
マテンロウオリオンは大観衆の影響を受けていたね。輪乗りの最中からテンションが高かった。これは無理だなと思うほど。最後はノリさんも無理させていない。
ダノンベルーガにもつながる話だが、いい勉強になったと思う。この世代はとにかく観客の前での競馬経験が足りなさすぎる。今後の観客の入りはコロナ次第だろうが、無観客でやらない限り、どうしても対観客という問題はついて回る。経験しておいて損はなく、この点では次につながる内容だったと思う。
馬はいいから、秋が楽しみだね。使える脚がそう長くないだけに、京成杯オータムハンデの内枠なんかいいかもしれない。
さて、今日の最後は勝ったドウデュースだ。Twitterにも書いたように、パドックの仕上がりは抜群。友道厩舎が完璧に作ってきた。
本当にいいという話は月曜、それ以前から聞いてはいたが、そう言いたくなるのも分かる。踏み込みなども過去最高。
友道厩舎はマカヒキ、ワグネリアンでダービーを勝っているが、1つではなく『2つ勝っている』という点は大きい。2度勝っていることでどこまで攻めればいいのか、ノウハウがある程度確立されつつある。
武さんの乗り方という意味では前述したようにアドマイヤベガに近かった。ライバルが激しくやり合う後ろで脚を溜めて、最後他の有力馬が抜けたところを差す、というやり方だ。
ただ、過程としてはキズナに近いものを感じるのだ。
本人も言っているが、キズナは乗り変わった初戦のラジオNIKKEI杯3着、続く弥生賞5着は騎乗ミス。ミスというか、キズナという馬を武さんが把握しきれていなかったのが敗因。
佐藤哲三仕様になりかけていた馬を、武豊仕様に変える過程でのレースだったんだよな。この2戦は武さんが色々試していたレースだった。トライアルって本来そういうもので、毎日杯で完全に乗り方が馬とマッチすると、京都新聞杯、ダービーと3連勝していった。
ドウデュースもそう。こちらは最初から武さんが乗っている馬だが、体型なんかはマイラー。鞍をつけて人が乗ると余計にそう見える。
マイラーっぽいドウデュースを、武さんは最初『距離をこなせるかどうか』というアプローチで乗っている。弥生賞なんかはそうで、道中の様子、そして終いどこまで脚を使えるか、脚の長さを測るような乗り方だった。
結果2着だったが、このレースで2000mでも問題なく折り合いがつくという手応えを武さんは掴んだのだと思う。着順的には2着だが、収穫の多いレースだったと思う。
そして迎えた皐月賞。ドウデュースは道中15番手という『後ろ過ぎるポジション』で競馬を進めて、上がり3F最速の脚を使いながら届かず3着に敗れた。
どうしてそんなポジションになったかは皐月賞の回顧で触れている。後ろで溜め殺したなんて意見も見られたが、あれは仕方ない。
ただ、武さんもまだドウデュースに『全幅の信頼』は置いていなかったのもパトロールから伝わってくる。もちろん馬に対する信頼はあったと思うが、距離に対する信頼感がまだ薄かった挙動。もし2000も、それ以上の距離も持つ確信があったら、スタートからもう少し出していく。
出していかなかったのは2000以上の距離でハイペースになった時、最後体力切れで止まってしまうことを考えてのことだろう。武さんはハイペースと読んでいたが、皐月賞はデシエルトが躓いたことでアスクビクターモア単騎となり、中盤が思いのほか緩んでしまった。
「思ったより流れなかった」という武さんのコメントからも、ジョッキーの想定と、馬のタイプと、今年の皐月賞が上手くかみ合わなかったことが分かる。
しかし収穫は、レース上がり3F12.0-11.4-11.5という中山とは思えない速い流れを、上がり3F33.8で猛追し3着まで上がってきたという事実。
2000以上でも折り合えて、なおかつ溜めれば爆発的な脚が使えるという確信を得た。ドウデュースがレジェンド武豊の全幅の信頼を勝ち取った瞬間と言っていい。
たぶん武さんの計算にほぼ近い形だったろうね。ジオグリフが皐月賞のように外からダノンベルーガを締める形、そしてその真後ろ。枠の並びを見てダノンの後ろを取れることはほぼ確信していたろうが、ジオグリフの真後ろにも入れたことで、もう道中からこれはイケるとある程度確信を持っていたと思う。
唯一の誤算はイクイノックスが自分より後ろにいたことだろう。たぶん自分より前にいる想定だったはず。ただ自分より前にいるということは、イクイノックスに合わせて動かないといけない。でないと捕まえきれないからね。
それが自分より後ろにイクイノックスがいることで、脚を溜めることに専念することができた。それこそ捕まえるべきジオグリフとダノンベルーガは自分の真ん前。もう折り合いに集中するだけでいい。
これまで日本ダービーを5勝もしているレジェンドは強い。ダービーの勝ち方というものを誰よりも知っているから、道中焦らない。余計なことをしない。それこそまるで平場のレースに乗っているかのような落ち着きだった。
ここ3年のダービー馬は、皐月賞トライアル→皐月賞→日本ダービーという、昔の王道ローテを踏んでいない。外厩の発達で余計なレースを使わなくて良くなり、消耗を避けるために弥生賞やスプリングSに出てこなくなった。
ドウデュースは同厩舎の先輩であるワグネリアン以来、4年ぶりにこのローテを歩んできたダービー馬となる。ワグネリアンも弥生賞、皐月賞と負けてダービーに臨んでいた馬。
まー、皐月賞は福永の計算ミスも大きかったと思うが、友道厩舎は完全にスタイルを確立しているね。皐月賞トライアルを余裕残しで使い、現状の課題をあぶりだす。皐月賞でダービーを見据え強引な競馬はしない。そしてダービーでフルパフォーマンスを発揮する。
ローテを確立したとはいえ、春の関東遠征を3回行うハードな日程に変わりはない。友道厩舎の凄い点は最後のダービーでガッチリ馬を作ってこれること。
それこそ状態97くらいのデキで栗東から送り出し、ダービーのスタートの瞬間に状態100になるよう計算しているかのような作り方さ。ダービーで水タンクから水がこぼれていない。ギリギリのところで収まっている。
5度ダービーを勝ったジョッキーと、2度ダービーを勝ったトレーナー、厩舎。『勝ち方』を知っているコンビだからこそ、このハイレベルな年のダービーを勝てたと言っても過言ではないかもしれないね。
もちろん、ドウデュースの実力があるからこそ、ジョッキーと厩舎の思考に馬がついてこれる側面があることを忘れてはいけない。力がなかったら武さんの思考についてこれないし、体力がなければ友道厩舎のトレーニングについていけない。
フィジカル面も優秀な馬だと思うが、この馬の素晴らしいところは精神面だね。スタンド前発走で大観衆を前にしても動じない。どこに輸送してもパフォーマンスが大きく下がらない。詰めて何度輸送してもへこたれない。
馬なんて本来観客入れて競馬する生態はないのだから、ひるんだりする馬だっている。動じないことは大きな武器になる。
以前阪神の朝日杯FSで直線寄られているのだが、寄られた時も何食わぬ顔で態勢を整えて、その後伸びて差し切った。脚力だけでなく、精神力も兼ね備えた、ダービー馬としてふさわしい馬だと思う。
秋、ドウデュースは凱旋門賞遠征プランが立てられている。日本とはまるで違う競技スタイルである凱旋門賞は、以前より確実に近い存在とはいえ、未だ高く分厚い壁であり続けている。
正直、現状のドウデュースで勝つとなると、相手関係が難しい年で勝つには至らないと思う。書き始めると長くなるし、たぶん20000字を超えてしまうから後程、何かの機会で触れたい。もう18000字を超え、マスクの手も限界に近付いている。
ただ友道厩舎の厩舎力なら、凱旋門賞を獲るためのノウハウ、ローテも確立してしまうのではないか、そんな期待感があるのだ。
そして凱旋門賞を勝つ歴史的瞬間に、その鞍上にいるのは、若き頃からフランス競馬に触れ、凱旋門賞を一番知っている日本人であるレジェンド、武豊なのではないかという、ある種確信めいた予測がマスクの中に存在する。
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