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ジャパンCを振り返る~力を出し切った21世紀最高のレース~

「絶対に日本で一番強い馬」

レース後ルメールがそう言っていた。彼のこの言葉が全てを表していたと思うよ。

3冠馬3頭が揃うという前代未聞のハイレベルメンバー。レース前からの注目度も非常に高く、果たして誰が一番強いのか、レース前から競馬ファンの間で盛んに議論された。

結果としてアーモンドアイが勝った。3強が1~3着を独占した。凄いレースだったね。単純にいい勝負を見せてもらった。強い馬が、自分の能力を出し切り合う、競馬の醍醐味を堪能できるレースだったと思う。

今回はそんなジャパンCを振り返っていこうと思う。先週のマイルCSも回顧記事が好評を得ていたのだが、今回も同じようにパトロールなどを用いて、この21世紀に残る名勝負を回顧していく。

●ジャパンC出走馬
白 カレンブーケドール
黒 アーモンドアイ
赤 デアリングタクト
青 コントレイル
緑 クレッシェンドラヴ
桃 グローリーヴェイズ

●17年ジャパンC
13.0-11.2-12.1-12.1-11.8-12.1-12.3-12.2-11.8-11.3-11.8-12.0 2:23.7

●18年ジャパンC
12.9-10.8-12.2-12.3-11.7-11.8-11.7-11.4-11.4-11.0-11.4-12.0 2:20.6

●ジャパンC前提
12.7-10.8-11.8-11.3-11.3-11.5-11.8-11.9-12.1-12.3-13.2-12.3
勝ち時計 2:23.0
レース前半600m 35.3
レース後半600m 37.8

レース前半1000m 57.9
レース後半1000m 61.8

キセキの作り出した流れは例年より速い。おかげで中盤が締まった。2000mの通過タイムは1:57.5。これは今年の天皇賞秋より速い。まー、ペースも違うのに比べるのはナンセンスなのだが、それだけ今年は速かったという認識を持ってほしい。

キセキが大逃げするということは、3コーナーから後続がキセキを捕まえに行く。ずっと放置すると逃げ残られちゃう可能性だってあるわけだからね。その分長く脚を使う力も求められる。

2番手集団にいたトーラスジェミニあたりの通過タイムが60秒前後だから、2番手以下は標準の流れといったものか。道中のペースは遅過ぎず、早めに動かされるレース内容から、各馬の能力がストレートに反映されるラップだったと思う。

まず最初に、このジャパンCというレースを振り返るにあたって重要だと思われる点から話を進めよう。ジョッキーの馬場に対する認識だ。

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これはスタート後、1コーナーまでの部分だ。見て分かるように、外枠の馬たちが内に行こうとしているのに、青コントレイルが外枠勢を『せきとめている』のだ。

東京競馬場の芝は10月に毎週末雨に祟られてしまったことで、Cコースに変わっても相変わらず外差しが決まっていた。直線でいうと内8頭分くらいが悪い。

福永は馬場に対する意識がものすごく高い。それこそ朝、1レースの前に馬場を自分の足で歩いて確認するくらいの意識の高さだから、当然直線で内8頭分が悪いことは知っている。そんな悪い部分に外枠から押し込められるより、ギリギリのラインをキープし1コーナーを回ることで、4コーナーで有利な外目に出しやすいようにした、その意図が感じられる。

これで厳しいのは外枠だ。1コーナーでいいポジションを取ろうにも、コントレイルが邪魔でみんな内にいけない。特に差し馬はすでに終わっている。

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1コーナー前がこれ。コントレイルが外をブロックしたことで、その内枠にいた赤デアリングタクト、そして黒アーモンドアイが、1コーナーまでノープレッシャーで入れたんだよな。

通常ジャパンCは1コーナーまでに外枠が内に切れ込んで押し込みが厳しいレース。コントレイルのおかげでアーモンドアイやデアリングタクトはリズムを作りやすかった。まずこれが序盤の最重要ポイントだった。

ここで好騎乗だったのが桃グローリーヴェイズの川田だ。

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1コーナー過ぎ。画面にキセキが載っておらず、桃グローリーヴェイズは4番手を追走している。その前の写真と比べてみてほしい。6枠2頭がコントレイルが壁になってポジションを取れなくなっているのに対して、グローリーヴェイズは自分から動いて4番手を確保しにいった。これによってコントレイルの壁を超えることができた。

8枠だったからこそできる芸当だったものの、こういう部分に川田の意識の高さが見え隠れするよな。川田はヨーロッパで乗った後から、常に4コーナーで好位置を確保するよう意識した競馬をしてくる。外目を追走するより、自らポジションを確保するのは意識の高い川田らしい騎乗と言っていいだろう。

ここまで黒アーモンドアイは本当にスムーズな競馬だった。もちろんルメールの誘導も良かったのだが、赤デアリングタクトより行き脚が速い分、デアリングに締められたり、プレッシャーを掛けられなかったことも良かった。このスピード、センスもアーモンドアイらしい。

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向正面。ここで桃グローリーヴェイズが少し内を開けている。ただ正面の直線ほど内を開けていないのが分かるだろう。他のジョッキーに聞いても「向正面はちょっと内ラチ沿いが悪いだけで、3コーナー、4コーナー、直線とゴールに近づいていくにつれてラチ沿いが悪くなる」と言っていたから、このグローリーヴェイズ川田が走っているラインより内が悪いと考えられる。

黒アーモンドアイがその後ろにぴたりとくっついているんだよな。フランスの競馬は前に壁を作って風を受けずに進める傾向があるが、フランス出身のルメールらしいポジショニングだ。ポジションを確保したら、例えその場で震度7の地震があっても自分のポジションを譲らない、ポジションの鬼・川田の後ろという安心感もある。

対してデアリングタクトとコントレイルはどうか。デアリングの前にいるクレッシェンドラヴが、1コーナーから向正面にかけてフラフラしていたんだよな。しかもその前にはヨシオ。『前にいる馬の安心感』という観点においては、アーモンドアイ>デアリングタクト、コントレイルだったのは間違いない。しかもコントレイルは前のデアリングタクトが動かないと動けない位置だからね。

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3コーナー。ヨシオが下がっていったことで、勝負所の隊列が段々と見えてくる。相変わらず桃グローリーヴェイズはポジションをキープ。馬場の悪い部分と、普通の部分のギリギリのラインを走っている。その真後ろに黒アーモンドアイがぴったり付けている構図は向正面と同じだ。

向正面と違う点は、白カレンブーケドールが外に張りだしてきたこと。これは津村のナイス判断。2番手以降は標準ペースで、一瞬のキレはアーモンドアイらに劣るカレンブーケドールにとっては、アーモンドより先に動いてレースを作っていきたい。最内枠ながらここで上手く外に出した津村の判断は大正解だったと思う。

赤デアリングタクトは本来この津村の位置が欲しかっただろうし、青コントレイルは赤デアリングの位置が欲しかったのだと思う。ここのポジション取りの差が、直線に入って出てしまうんだ。

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直線入口。この黒丸の部分が4コーナーの悪いところ。5頭分だ。桃グローリーヴェイズ川田が綺麗にそこを開けてくれたおかげで、その後ろについてきた黒アーモンドアイはすでに絶好のポジションにいる

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対して青コントレイルは赤デアリングタクトの外。内にいた馬がこの黒丸、直線の悪い内8頭分を回避して回ったことで、外にいたデアリングタクトは更に外を回され、コントレイルはデアリングに弾かれるように外に流れている。

馬場としてはこの桃グローリーヴェイズが走ってる部分から外が良かった。グローリー、アーモンドは決して不利な部分を走っているわけではなく、デアリング、コントレイルはよりロスが多い競馬になってしまっているのがここから分かる。

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残り400m付近。それまで桃グローリーヴェイズの真後ろにくっついてきた黒アーモンドアイが、満を持して外に出される。グローリー川田は相変わらず馬場の色が変わる部分、馬場のいいギリギリの部分を走ってロスを最小限にしている。

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この400m過ぎに勝負の分かれ目があった。画像だと少々伝わりにくいのだが、青コントレイルが突然内にヨレたんだよ。おかげで内にいた赤デアリングタクトが内に押される形になってしまった。

特にコントレイルにムチが入ったわけではない。直線に入って追い出した後。急に内にヨレた。ダービーのパトロールビデオを見ると分かるが、そんな素振りはないんだよね。

福永もレース後この点に言及していて、「直線でもいい感じで上がってこられたけど、最後に苦しくなって左にモタれる場面が…」としている。以前右回りでササる面を見せていたが、あれは馬が完成していなかったこと、若かったことから起こるもので、今回のようにここまで左にモタれてしまったのは今回が初めて。

菊花賞から中5週。3000mの、しかもタフな馬場を走り抜いた後。反動が出て、なんとか戻した仕上がりだったのが影響したのだと思う。前走も厳しい競馬だったのだが、今回のジャパンCはその比ではないことが、この内へモタれたところから分かる。心身ともにギリギリのところで出走してきたのだろうね。

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そこで影響を受けたのが赤デアリングタクトだった。弾かれるように内へ行き、カレンブーケドールの外から、カレンブーケドールの内へと飛んでいる。

この接触、弾かれなかったらデアリングタクトは2着だったかというと何とも言えないところだが、少なからずレースへ影響があったのは間違いないと思う。態勢を立て直す時間も必要になってしまったからね。

この接触がなければ2、3着は逆転していたかもしれないし、そもそもコントレイルはヨレていなければもっと楽に2着だったかもしれない。あのコントレイルがここまで苦しいレースになる、それが三冠を戦い抜いた直後のレースなのだと再確認する場面だったよ。

ここでもう一つもったいなかった箇所がある。

桃グローリーヴェイズだ。動作を見れば分かるように、この400m過ぎの地点で、右からムチを叩いている。叩いたことでグローリーヴェイズが一気に逆方向、内ラチ沿いへ飛んでいってしまったんだよな。

こんなにムチに過剰反応する馬ではない。それだけグローリーヴェイズも一杯一杯だったのだと思う。スタートからポジションを取りに行って、道中はアーモンドアイが真後ろからプレッシャーを掛けてきて、手応え以上に余裕がなかったのだと推測される。

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3着デアリングタクトと5着グローリーヴェイズの着差はハナ+クビ差。ムチでヨレてしまった時点で余裕がないわけだから、まっすぐ走っていたら3着だったと断言はしにくい。ただ、少なくともこれが大きなロスであることは疑いようがない。

ムチの動きから川田の迷いが読み取れる。400m過ぎで右ムチを叩いたら内にヨレたのは、川田にとっても誤算だったはずだ。一瞬迷った末、そのまま右ムチを叩き続けた。これだけ馬場への意識が高く、悪い部分を避けていた川田が、内にヨレた後、あえて修正せずに内に行ったのである。

ヨレたものはもう仕方ないとして、内で粘っていたキセキに併せに行くプランを一瞬描いたのだろう。ところがキセキが200m手前で完全に止まってしまったこと、外からアーモンドアイが伸びてきたことから、今度は左にムチを持ち換えて、外のほうに戻ろうとしている。

まー、脚色は明らかに違った。川田が最初から左ムチを選択して進路を戻していたとしても、アーモンドアイには置いていかれただろう。ただタラレバの話になるが、一瞬の判断次第で、もしかすると3着はあったかも…しれない。

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フラフラするグローリーヴェイズが左からムチを入れられて外に戻ってくる中、逆に内に寄っていったのが赤デアリングタクトだ。

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この画を見るとよく分かるよ。松山が重心を外に傾けて、ムチも左から入れながらずっと内に、内に行ってしまっている。

レース後松山は「少し内にもたれる面を見せました。最後は苦しくなってしまった」と話しているように、デアリングタクトももう限界が近かったのだろう。それでもなんとかカレンブーケドールを交わすのだから、この勝負根性には拍手を送りたい。

まー、少々もったいなかったのも事実。前述したように3コーナー手前でカレンブーケドールに前に入られてしまったから、コントレイルの内モタれアタックの被害に遭ったわけだし、こうやってカレンを斜めに動きながら交わす騎乗になってしまった。単まではどうかも、2着はもしかするとあったように思う。

逆に言えばカレンブーケドールの津村は完璧だった。持続力を生かすために3コーナー手前で早くも外に出し、3歳の3冠馬2頭に対して先手先手の競馬を打った競馬は賞賛されるべき。最後は内にモタれている。力を出し尽くしている。今回万全の状況でなかったことを考えれば、よく頑張った。次は何もなければ有馬記念。楽しみだよね。


このように上位の面々はコントレイル、デアリングタクト、カレンブーケドール、グローリーヴェイズとみんなモタれたりしてフラフラしている。数字以上に厳しいレースだったことは間違いない。

アーモンドアイも例外ではない。最後の残り100mは左からムチが入ると外に飛んでしまっている。最後はもう一杯一杯だった。それでもこうやって粘り切ったのは、つまり1コーナーまでノープレッシャーで入れたこと、そして道中馬場の悪くないラインで、4コーナーまでグローリーヴェイズの後ろでぴたりと折り合いをつけられたことが要因。

同じく間隔を詰めた今年の安田記念ではテンションが高く苦労していた馬が、間隔を詰めて、なおかつ距離延長だった今回、この折り合いである。ソフトな仕上げが効いたと考えられるし、そのくらいの仕上げでもここまで走れる能力の高さに改めて驚く。

そしてルメール。間隔を詰めて距離延長と掛かりそうな条件だったアーモンドアイを御しただけでなく、馬場を考慮しての進路取りも見事だった。2Rのジュリオこそ内目を走っているが、その後3Rのエクスインパクト、8Rキングストンボーイ、9Rセントオブゴールド、11Rレッドアルマーダと、どちらかと外目を走っている。色々なコース取りを試した上で、本番は内目のギリギリのところを乗ってくる。さすがだよ。

アーモンドアイはGIを9勝している。それこそ絶対能力で勝ったようなレースもいくつかあるが、間違いなくルメールの貢献度は絶大。コース取り、そして道中のやり過ごし方。一生懸命走り過ぎてしまうこの馬を適度に道中抜いて、直線頑張らせる、その技術の高さがあったからこそのGI9勝だったと思うね。

数字だけ見れば、勝ち時計以外も18年のジャパンCには劣る。確実にアーモンドアイの衰えは進行していたし、決して楽な勝ち方ではなかった。相手が厳しいローテを踏んできた面に救われた部分もある。

逆に言えば、そういう状況でもしっかりレースをモノにする馬は強い。アーモンドアイが歴史上トップクラスに強い名牝だったことは間違いなく、ルメールという最良のパートナーに恵まれたことが彼女にとって大きかったことも疑いようがない。


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