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アメリカJCCを振り返る~池添の苦悩と明け4歳の世代レべル~

三冠馬が出る年の世代全体レベルは低い傾向がある。これは本当の話。

もちろん歴代の三冠馬が弱いとは言わない。むしろ強過ぎるくらいなのだが、世代レベルの高い年は展開が一つ変わるだけで紛れというか、逆転がある。

今の明け4歳世代はコントレイルにデアリングタクトと牡、牝で三冠馬が出た。どちらも無敗だ。明らかに1頭だけ力が抜けていて、2着以下はレースをやるたびに着順が変わっている。

上位に来た馬、それこそディープボンドが中山金杯で完敗したこと、アドマイヤビルゴが先週の日経新春杯で大敗したことで世代レベルが疑われていた。マスクはアドマイヤビルゴは弱いと思っていないが、ここ最近の結果からそう言われるのも仕方ない。

今回のアメリカJCCは明け4歳が4頭いた。果たして明け5歳以上の古馬たち相手にどこまで走るかというのが、レース前の注目ポイントの一つだったと思う。

●21年アメリカJCC
12.4-12.2-13.4-12.6-12.7-12.6-12.1-12.0-12.4-12.2-13.3

ジェネラーレウーノが逃げた時はいつもスローになるように、今回も前半からゆったりした流れ。中盤から速くなったこと、道悪で馬場がタフだったことで差し決着。

結果は明け4歳のワンツーだったのだが、改めてレースを深く見ていくと、明け4歳世代の本当のレベル、そしてジョッキーの駆け引きが読めるレースだった。

ここからはいつものようにパトロールビデオで振り返っていこうと思う。ラップでレースを振り返るより、視覚で見ていったほうが楽しめるレースだ。

●21年アメリカJCC
白 サトノフラッグ
黒 ヴェルトライゼンデ
青 ラストドラフト
黄 アリストテレス
緑 ナイママ
紫 ステイフーリッシュ
橙 ランフォザローゼス
桃 ジェネラーレウーノ

レース前半、さすがの動きだったのは黄アリストテレスのルメールだ。

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スタート後、最初の直線で桃ジェネラーレウーノがハナに立とうとする。さすがに内が悪いから外の馬たちも過剰に締めてこないのだが、黄アリストテレスは外の緑ナイママ、内の橙ランフォザローゼスの後ろのポジションだ。

ナイママは単勝14番人気、ランフォザローゼスは単勝15番人気。もちろん絶対来ないとは言わないが、力量的にはこのメンバーではどうしても劣る。仮にこの2頭の後ろだと、2頭が加速できないことでアリストテレスの進路が狭くなってしまう可能性がある

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だからルメールはポジションを取りに行った。これは1コーナーの画像だが、黄アリストテレスがポジションを上げて、橙ランフォザローゼス、緑ナイママの間に入りに行っている。

こういうリスクマネジメントがトップジョッキーの上手さだ。これはルメールに限ったことではない。武さんにしても、川田にしても、リーディングの上位常連は前半のポジションを重要視する。

もちろん彼らの乗る馬が力のある馬だから可能な話ではあるが、いくら力がある馬に乗ろうが、スペースがなければその力を発揮できない。『スペースを作る動き』の意識が高い。

スペースを取りに行くためには馬を加速させる必要がある。車ではないから、簡単にアクセルを踏んでブレーキを踏んでなんていう作業ができない。だからこういう細かな加速、減速は技術を要する。人気馬に乗っているから勝つのではなく、人気馬を勝たせる騎乗をしているから勝つんだよな、彼らは。

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ここで、すでにポジションを取り切っていた馬がいる。

これは1コーナー出口。黄アリストテレスの後ろに、黒ヴェルトライゼンデ池添がいるのが分かる。ルメールが作った進路を利用しているのだ。

1番人気をマークするのは競馬の定石とはいえ、早いよな。まだ1コーナーだ。池添はこういう人気馬のマークが非常に上手い。当然定石だから、人気馬の後ろはみんな狙うポジション。争いを制して取り切れるジョッキーはやはり上手い。

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しかも取り切り方が上手い。アリストテレスの真後ろにくっつくことで、外、青ラストドラフトがアリストテレスの後ろに入れないようにしている。

逆にラストドラフトの(三浦)コーセイはポジションへの意識が甘かった。取れない位置だったこともあるが、たぶんアリストテレスの後ろが最適解かどうかを迷った分もあったと思う。そうこうしている内に完全に池添がアリストテレスの後ろを取り切ってしまった。

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中山2200mというのは、2000mや2500mと違って1コーナーから外回りに入る。コーナーが何度も来るような、変則的なコースだ。当然コーナーで外外を回る馬には遠心力が掛かるし、内で運ぶ馬に対してロスが生じる

1コーナー出口では黒ヴェルトライゼンデと青ラストドラフトがほぼ隣同士なのに、そこから400m後、2コーナー出口ではヴェルトライゼンデが1馬身前に出ていることが分かる。この時点で進路選択の有利はヴェルトライゼンデにあるわけで、コーセイは後手に回っている。なんで彼がGIを勝てないのか、少しだけ分かるシーンだった。

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ここまでの黒ヴェルトライゼンデ池添の動きは完璧だったのだが、向正面から池添の苦悩が始まることになった。

紫ステイフーリッシュの手応えがあまり良くないのだ。その隣にはジャコマル。その後ろである黄アリストテレスがどういう進路を取るのか、後ろの黒ヴェルトライゼンデ池添は分からない。

この向正面の画像を見ると、『池添の迷い』が読み取れる。緑ナイママ、黄アリストテレスのちょうど真ん中の後ろ。アリストテレスが詰まるとヴェルトライゼンデも危ないから後ろを外すのはアリ。

しかし外に出しても、前にいるのは力が足りないであろうナイママ。ナイママが早めに下がってきたらヴェルトライゼンデは巻き込まれる。

相当この一瞬で池添は迷ったと思う

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そうしたら思わぬことが発生した。思ったより緑ナイママが頑張ったのだ。向正面でも紫ステイフーリッシュより緑ナイママのほうが手応えが良かったのだが、早めにナイママがアクセルを踏んでいったのである。

黒ヴェルトライゼンデにとってはありがたい。垂れてくるのではなく、むしろ行ってくれるのなら進路を気にしなくていい。流れに乗って、黄アリストテレスを締めに行こうとした。

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しかしルメールというジョッキーは『競馬IQ』が非常に高い。狙ってやっているのかは分からないが、池添の思い通りにはさせないんだよ。

これは3コーナー、残り800m付近の内回りとの合流地点。

黄アリストテレスが黒ヴェルトライゼンデにフタをされる前に、若干外に動いて、ヴェルトライゼンデの進路を奪っている。凄く自然な流れでね。

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こうなると黒ヴェルトライゼンデは困る。これは3コーナーから4コーナーにかけての画像だが、黒のラインの内側が馬場の悪い部分。アリストテレスがこのラインのギリギリ外を回って、ヴェルトライゼンデの進路を奪うものだら、ヴェルトは更にもう1頭外に進路を取らざるを得ない

その後ろにいた白サトノフラッグは更に外を回されている。さすがにロスが大き過ぎる。このルメールのちょっとした動きでサトノフラッグは完全に止められた。ヴェルトライゼンデも完全にアリストテレスに先手を打たれ、直線に入ってしまった。

わずか1頭分の差なのだが、重賞ともなればこの1頭分の差が最後に響く。ハナ差なんて1頭分の差ですぐひっくり返るものだ。改めてパトロールビデオを見ると、この3、4コーナーで勝負は決していた

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そして直線。ここでもひと悶着あった。

直線の坂の手前あたりの画像だが、黒ヴェルトライゼンデ池添の右腕を見てほしい。右からムチを叩いているのが分かる。馬はムチを叩いたほうとは逆のほうに進む。つまりヴェルトライゼンデは、内のアリストテレスとは逆の方向に進もうとしている

馬場の外のほうが当然いいということもあるが、池添は『アリストテレスに積極的に併せに行きたくない』という心理があったのだと思う。

前走を振り返ってほしい。相手は菊花賞であのコントレイルと、直線ずっと叩き合ってクビ差まで迫っているアリストテレスさ。勝負根性というか、並んでも強い馬なのは間違いない。池添は併せるより、少し離し気味に追いたかったのではないか。外のほうが馬場は悪くないしね。

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当然黒ヴェルトライゼンデは右からムチを叩かれることで、外に行く。アリストテレスとの間にスペースが空くわけで、そこに入ってきたのが青ラストドラフトだった。

仮にヴェルトライゼンデが左からムチを叩いてアリストテレスと併せていたら、このスペースは空いていない。ラストドラフトは進路が開かないことでアリストテレスの内、ステイフーリッシュとの間に入っていただろう。馬場は内に行くほど悪いから、ここまで伸びることができたかは分からない。

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しかも入り方がなかなか強引なんだよ。この画像が分かりやすい。コーセイの重心がヴェルトライゼンデ側に寄っているのが分かるだろうか。何度か接触している。

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しかもムチの持ち手もまた問題だった。黄アリストテレス、青ラストドラフト共に、右からムチで叩かれている。つまりヴェルトライゼンデ側に行ってしまう。

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その結果黄アリストテレスがやや外に行ってしまう結果となり、青ラストドラフトの進路が少し窮屈になってしまった

当然その外にいる黒ヴェルトライゼンデは更に外に持っていかれる。ラストドラフト共に勢いが完全に削がれてしまっていた。

ならこれがルメールの制裁になるかというとそうでもない。制裁として発表されているのはモズベッロ北村ヒロシのムチによる制裁だけ。残り100mからの連打で戒告を食らっている点が引っかかっているだけで、ラストのルメールの斜行は取られていない。

ゴールの、本当に少し手前だったのだ。仮にルメールが外に斜行していなくともヴェルトライゼンデ、ラストドラフトは勝っていなかっただろう。2、3着は変わっていたかもしれないがね。

まー、ヴェルトライゼンデはところどころノメりながらもこの走りだからよく頑張っている。アリストテレスもだいぶノメっていたが。

この4歳世代は層が薄いのではないか、レベルが低いのではないかと盛んに話題になったが、マスクは現状として、そこまで低くはないが、例年より全体レベルは低いと見ている。

このレースは決してスピード、能力を問われるレースではなかったにしろ、明け4歳以外で現在重賞でコンスタントにいい勝負ができているのはラストドラフトくらい。

前述したように、後手に回る騎乗だったラストドラフトと、アリストテレスとヴェルトライゼンデはこの差。5歳以上の一線級相手に互角以上にやれる4歳牡馬は現状コントレイルくらいかもしれないね。

アリストテレスはパドックを見ても肉一枚分くらい太かった。お腹がタプタプしていたから、しっかり仕上げた時は2、3着くらいならあるかもしれない。また2ヶ月以上先の話になるから断言はできないが、コントレイル以外の4歳馬を、GIのマークシートの1着欄に塗りたいと思うレースではなかったよ。


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