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21年ジャパンCを振り返る~有終の美を飾る完璧な騎乗~

グランアレグリアに続いて、コントレイルもターフを去る。有馬記念ではクロノジェネシスも引退レース。一つの時代の終わりだね。

昔は引退レースと言ったら余裕残しのイメージが強い。ただ今は技術の進化もあって、引退レースでもしっかり仕上げて、悔いのない仕上げをしてくる陣営が増えた

先週のグランアレグリアは、もうマイルCSを使ったらレースに戻れないくらいの仕上げ方をしていたが、コントレイルに関しては少々事情が異なっていた。

というのも調教から動きがおかしいのだ。いい意味で。もちろん引退レースで次がないから攻められた側面はあるんだけど、栗東のCWで76.8とか、記憶にもないようなオバケタイムを叩きだすなど、むしろ今が充実期で、ここから更に強くなるのではないか?と思わせるほどの中間だった。

スタッフさんに聞いても同様で、「更に強くなる気配がある」とさえ言うほど。そんな状況のコントレイルが、引退レースでどんな走りをするか、週の最初のマスクの注目点はそこだった。

木曜。

枠順が確定した。思わず、「いい並びだなあ」と言ってしまったほど。Twitterにもそう書いたはず。この並びだったら、アクシデントさえ起きなければ間違いなくいいレースが見られる。そんな確信を持たせてくれる枠順だったんだよね。

②コントレイル 福永
③ブルーム ムーア
④シャフリヤール 川田

今回、マスクが特に気にしていたのはこの並びだ。これについては、昨夜、Twitterで軽く触れた。

●戦前、マスクが注目していたポイント
A.ブルームのゲートがとても速いわけではない
B.川田はコントレイルを知らないが、福永はシャフリヤールという馬を知っている
C.コントレイルのゲートは正直分かんない

Aに関しては当然福永、川田も織り込み済。これは後述。内枠から勝たせるにはシャフリヤールの真後ろにはいたい。福永がどうやって川田の後ろに入るか。

B。シャフリヤールがどういう馬かを福永はよく知っているから、後ろに入った後の進路を組み立てやすい。対して川田はコントレイルに乗ったことがないから、どのタイミングで動けばコントレイルを完封できるのか測りかねる。これも後述。

そしてC。そもそもコントレイルが出遅れるとこの隊列は成立しない。ここ最近ゲートの肢勢が悪い三冠馬が、中間どう立て直してきたのか、ゲートから楽しみな一戦だったんだ。

期待通りだね。レースレベル以上に、心理戦としての読み合い、細かい動きが後に与える影響の大きさなど、ジャパンカップらしいレースだったと思う。昔からこのレースは激戦になりやすいが、そういう面では、今年も期待通りの、面白いレースだった。

コントレイル福永、シャフリヤール川田の心理面を考えながら、レースを見ていこう。

●ジャパンC 出走馬
白 ②コントレイル 福永
紫 ③ブルーム ムーア
黒 ④シャフリヤール 川田
赤 ⑤キセキ 和田竜
水 ⑥グランドグローリー C.デムーロ
青 ⑦オーソリティ ルメール
黄 ⑨アリストテレス 横山武
桃 ⑪シャドウディーヴァ 横山典
緑 ⑫サンレイポケット 鮫島駿
橙 ⑭ユーバーレーベン M.デムーロ
茶 ⑰ワグネリアン 戸崎

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まずスタート。今回のポイントの1つが、コントレイルのゲートだった。下は前走、天皇賞秋のゲート。

コントレイルは今年に入って、ゲートの中での悪さがひどくなりつつあった。ガタついて、体勢がなかなか定まらない。天皇賞のゲートも開いた瞬間後ろ脚がハの字に開いている。

福永が神業のようなスタート技術でなんとか五分に出していたが、ジャパンCを勝つためには五分以上にゲートを切らなければいけない

この中間、陣営は入念なゲート練習に加えて、あえてプールに入れていた。これは昔ゴールドドリームがやらかした時の治療と同じで、プールは細い水路を泳ぐから、馬が狭いところに慣れるという効果がある。ゴールドドリームはこれでゲート難を克服した。

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改めて今回のゲートを見ると、白コントレイルがまっすぐ出ている。中間のプール調教、ゲート練習の効果が出たよね。

後入れの偶数2番だったのも良かった。同じ内枠でも、1番、3番など内枠奇数はゲートに先入れ。ずっと中で待たされることになる。対して偶数だと後入れ。ゲートの中にいる時間がそこまで多くない。同じ内枠でも天と地の差がある。引退レースで2番枠を引く、つくづく持ってる馬だと思ったね。

JRAが操作しているなんてバカな話も目にしたが、だったら最内に入れるだろう。バレたら大問題になることをわざわざやる必要がない。

そしてもう1点、ゲートで見てほしいのは紫ブルーム、黒シャフリヤールだ。

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前からだと分かりにくいが、斜めから見れば一目瞭然、紫ブルームがゲートで遅れている。明確な出遅れ、ゲートが遅い。

これは昨夜Twitterでも少し触れたんだが、前述したように、このレースのポイントの一つだった。

日本の場合、競走馬としてデビューするには厳格なゲート試験をパスしなければいけない。この試験を乗り越えなければ競走馬としてデビューすることは不可能。

以前より仕上がりが早くなったことで、どこの牧場でもトレセンに入れる前に自前のゲートで入念に練習して、トレセンに入ったらすぐに試験に通るくらいのレベルまで持っていく時代になった。

すぐ受からないと馬房も回転しないからね。いつまでも受からない馬のために馬房を埋めとくわけにはいかない。だから総じて日本馬のゲートは速い

対して欧州の場合、ここまでしっかりゲート練習を課さない。もちろん出るには出るが、日本馬のほうが圧倒的にゲートが上手い。以前ディープインパクトが凱旋門賞に遠征した際、日本ではゲートが遅い部類だったディープが、他馬より先に出てしまった、ということがあった。

ブルームも決して速くない。それでも5走前のサンクルー大賞を逃げ切ったように、逃げ、先行する可能性がある。これはコントレイル福永、シャフリヤール川田にとっては問題だった。

②コントレイル 福永
③ブルーム ムーア
④シャフリヤール 川田
⑤キセキ 和田竜

●Aパターン
   ⑤
← ④②③
ーーーーーーー
内ラチ

●Bパターン
   ⑤
← ③④②
ーーーーーーー
内ラチ

②コントレイル福永、④シャフリヤール川田としてはAパターンが理想。③ブルームが早めに垂れてくると、Bパターンではブルームの後ろでポジションを悪くしてしまう可能性がある

Aパターンだと、③ブルームが早く下がろうが、その前にいる②コントレイル、④シャフリヤールは影響を受けない。

欧州の馬のスタートが遅いのは有名な話。福永も川田も当然知っているだろうから、枠順を見た時に隣がブルームで良かったと思ったのではないかな。隣が速い馬だと前に入られちゃう可能性があるからね。

予定通りブルームが遅れてくれたことで、コントレイルとシャフリヤールは自力でポジションを取れる形ができた。ブルームがいいスタート切ってたら楽に行けていない。

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ブルームという障害物がいなくなったことで、白コントレイルは黒シャフリヤールの真後ろを取りさえすれば完璧。

ここでポイントとなったのが黄アリストテレスの動きさ。戦前、確たる逃げ馬がおらず、誰が逃げるのか考えさせられるメンバーだったわけだが、キセキが出遅れたこともあって、アリストテレスが一気にハナを奪いに行ったんだよね。

たぶん福永、川田はアリストテレス積極策は頭に入れていたと思う。積極的に乗る武史が騎乗していたわけだからね。

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白コントレイルにとって助かったのは、青オーソリティが黄アリストテレスの内にいたことだろう。

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これは4Rの未勝利。最内から逃げた白ウィズグレイスのルメールは、直線であえて外に持ち出していって逃げ切った。明確に内ラチ沿いを嫌っていた

開催8週目、いくらCコースに変わって2週目でも、さすがにラチ沿いは厳しかった。外から伸びた馬が上位に入る馬場だけに、内で締められる形は絶対に避けたかったと思う。

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改めて画像を見てみると、内を締めにくる黄アリストテレスに対して青オーソリティのルメールが抵抗している。ルメールは外目を走りたいわけだからね。

これで、黒シャフリヤールと白コントレイルは過度に締められない。福永にとっては並びが良かったよね。外から押し寄せる馬をルメールが止めてくれるんだもん。コントレイル優勝の陰のMVPはルメールと言ってもいい。

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横山一家の打ち合わせがあったかは知らないが(あの2人はたぶんそんなことはしない)、黄アリストテレス武史がハナで、外の2番手にパパのノリさんが騎乗する桃シャドウディーヴァという隊列ができた。

ノリさんは事前のプラン通りだったんだろうな。スロー濃厚のメンバーで、力が足りていないシャドウを足らせるには前で流れに乗せたい。

ノリさんはこういう場合、インの3番手に入って我慢することが多い。昔でいうとフラムドグロワールのNHKマイルCなんかもそう。

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だからこの画像のように、桃シャドウディーヴァのノリさんが内を見ている。黄アリストテレスの武史を行かせて、その後ろに入りたいのがこの画像からよく分かる。

黒シャフリヤール川田は、ノリさんが何度も左後ろを見ているわけだから、『シャドウはイン3だな』と分かる。だから内を開けて、青オーソリティの前に入ろうとしている。

だってシャドウディーヴァの後ろにいたくないじゃん?GIいくつも勝っているならともかく、ここまでのレースの実績を考えたら、シャドウの後ろは推奨されない。シャドウが下がってきたら巻き込まれるからね。

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ここでさりげなく上手いのが、白コントレイルの福永。

スタート後ラチ沿いにいないで、少し内ラチと距離を取って、青オーソリティの後ろにいる。

これは、自分より前の馬たちが1コーナーで急激に寄っていって、その影響を受けないよう、自分が動けるスペースを作っているんだよな。ラチ沿いにいると周りを囲まれて、もし黄アリストテレスあたりに何かあったら逃げ場がない。

アリストテレスの後ろに桃シャドウディーヴァが入って、その右隣に黒シャフリヤールが切り返す、こういうレースになるはずだった。

ところがここで1つ、トラブルが発生する。

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理由は定かではないが、黄アリストテレスが急に手前を変えて、外に飛び始めたんだ。曲がれなくなってしまった。武史が言及していないから理由は不明。最近右回りばかり使ってた影響かな。

その影響を受けたのがパパ。桃シャドウディーヴァが顔を上げてしまっているのが分かる。この斜行により、アリストテレスの武史には戒告処分が下っている。

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桃シャドウディーヴァが、アリストテレスにぶつけられた後に立て直そうとして、その流れで内ラチ沿いに寄ってしまった

この影響で、その内にいた黒シャフリヤールの逃げ場がなくなり、内ラチ沿いとの間に挟まれてしまう不利が発生した。思い切り頭を上げてるよね。

アリストテレスの斜行から連動して起きた事象だが、武史の戒告はともかく、ノリさんの過怠金5万はちょっと厳しい気がするな。立て直そうとした流れでのものだからね。少なくとも、パパから武史へ渡す来年のお年玉はなしだろう。

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シャフリヤールは本来、無事に切り返せていたら茶ワグネリアンのあたりにいる予定だった。

ところがシャドウディーヴァと内ラチに挟まれたことで、青オーソリティの斜め後ろという、当初の想定より2列近く後ろのポジションに収まってしまったんだ。

ところが白コントレイルは、前述したように青オーソリティの後ろに入っていた。内ラチ沿いで何かアクシデントがあってもいいようにね。

実際こうしてアクシデントがあった。もし内ラチ沿いにいたら、下がってきたシャフリヤール相手にオカマを掘っていた可能性がある。福永の注意力が生んだファインプレーだった。

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発表を見れば分かるが、福永は2コーナーで戒告を食らっている。過怠金は食らっていないようにごく軽微のものだ。

というかそれも白コントレイル由来のものではなくて、橙ユーバーレーベンが緑サンレイポケットの後ろにいるのに、少しずつ内に寄っていたんだよな。おかげで、その後ろにいた白コントレイルが内ラチ沿いに少し押される形になった。

この動きの影響で、内ラチ沿いにいたグランドグローリー、その後ろにいたジャパンが不利を受けている。一応対象はコントレイルになっているが、正直これはユーバーレーベンのデムーロに対する戒告なのではないか。

そして今回のジャパンC、コントレイルが唯一不利というか、トラブったのはここだけだった。それ以外はまさに完璧と言っていい運びだったと思う。

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その直後、コントレイルにとってラッキーな事案が発生した。緑サンレイポケットが、それまで若干空けていた内ラチを締め始めたんだ。それにより、緑丸、それまでサンレイがいたポジションが空く。

サンレイポケットという馬は血統の影響か、非常にパワーがある。準オープン卒業も、この舞台の不良馬場ジューンSだった。多少馬場が荒れていても走れてしまう。

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これは前走の天皇賞秋。青サンレイポケットが、馬場が荒れていた内ラチ沿いから進出している。多少荒れてようがこの馬にとっては関係のない好例。

サンレイポケットの一芸だよね。もちろんデキがいいから為せる業なんだけど、他馬が少し内を開けて回る中、距離ロスなく運べるのは強みだ。

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ジャパンCに話を戻すと、緑サンレイポケットが内を締めることで、白コントレイルの前が自然と開いた。

その先に誰がいるか。今回の最大のライバルである黒シャフリヤールなんだよ。

福永はこの時点で行けると確信したはずだ。これが、シャフリヤールとの間に5頭ほど馬がいたら、その馬たちの動き次第で進路が変わる。

ところが目の前にターゲットがいれば、シャフリヤールが伸びさえすれば進路は勝手にできる。よく、この回顧で書いている『強い馬の後ろ』というポジションだ。福永としてはここで、最も理想とする形が出来上がった。

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向正面。ここで隊列がある程度完成する。青オーソリティの後ろに黒シャフリヤール、その後ろに白コントレイル。

コントレイル福永にとっては理想的なポジションだけど、シャフリヤール川田にとっては理想的ではないよね。だって当初1コーナー前ではオーソリティの左斜め前にいたんだよ?無事切り返せていたら、オーソリティの前にいた可能性が高い

オーソリティを挟む意味』は大きかった。それは後述する。

ここで取り上げたいのは、向正面に入って、外から赤キセキがまくってきたこと。

●20年ジャパンカップ
12.7-10.8-11.8-11.3-11.3-11.5-11.8-11.9-12.1-12.3-13.2-12.3
前半1000m 57.9

●21年ジャパンカップ
12.7-11.5-12.8-12.6-12.6-12.3-11.6-11.6-11.7-11.6-11.5-12.2
前半1000m 62.2

昨年とはペースが違い過ぎて比較すること自体ナンセンスなんだが、昨年飛ばして逃げたキセキが、今年は出遅れた分まくってきた。

キセキは切れ味勝負だと分が悪い。ワンペースなところがあるから、持続力勝負に持ち込む手は至極妥当

●2013年ジャパンカップ 1着ジェンティルドンナ
12.8-11.4-12.8-12.8-12.6-12.8-12.8-12.4-11.6-11.1-11.1-11.9
前半1000m 62.4

●21年ジャパンカップ
12.7-11.5-12.8-12.6-12.6-12.3-11.6-11.6-11.7-11.6-11.5-12.2
前半1000m 62.2

前半1000mだけ見ると、スローペースで上がり勝負になった13年ジェンティルドンナ優勝の年とほぼ一緒。

この年は1着ジェンティルドンナが上がり3F33.9、2着デニムアンドルビーが上がり3F33.2という速い上がりを使う切れ味勝負で、13年のように中盤もペースが上がらなければ、今回も同じように切れ味勝負になっていた可能性がある

もしそうなっていれば、ラスト、切れ味が武器の馬がより台頭した可能性がある。レースは別物になっていただろう。ところがキセキが動いたことで、13年と違い、中盤から11秒台が連発される流れとなった。

単純にキセキが刻んだラップだから後続は中盤から11秒台を使ってはいない。ただ、キセキを捕まえるために馬群全体のベースアップも早くなる。スパートタイミングが早いほど、当然地力勝負になる

キセキのまくりは今年のジャパンカップを地力勝負に変貌させたんだ。見応えのある叩き合いになったのはキセキのおかげでもある。こちらも陰のMVPとしたい。

まー、無事スタート切って最初から逃げていればもっと面白…タラレバになるな、これ以上言わないでおこう。

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●21年ジャパンカップ
12.7-11.5-12.8-12.6-12.6-12.3-11.6-11.6-11.7-11.6-11.5-12.2

赤キセキの勢いはなかなかのもので、一気にまくり上げる形になった。ちょうど太字あたりのラップがこの地点。キセキが黄アリストテレスを交わして先頭に立つ頃だ。ここから11秒連発のサバイバルが始まる

その脇を見ると、茶ワグネリアン→青オーソリティ→黒シャフリヤール→白コントレイルの順番で並んでいるね。

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横から見るとこんな感じの並び。

②コントレイル 福永
④シャフリヤール 川田
⑦オーソリティ ルメール
⑨アリストテレス 横山武
⑪シャドウディーヴァ 横山典
⑫サンレイポケット 鮫島駿
⑰ワグネリアン 戸崎

●3コーナーの隊列
内ラチ
ーーーーーーーーー
  ⑫ ⑪ ⑨ ⑤→
 ②④ ⑦⑰

こんな感じになっていることが分かる。④シャフリヤールの真後ろに②コントレイルがいるよね。

これ、川田の理想は真後ろにコントレイルがいる形ではないはずなんだよ。『強い馬の後ろ』がベストポジションなんて、これはもう常識。だからジョッキーもみんな、強い馬の後ろを取りに行く。

ここからが、序盤に書いた『ポイントB.川田はコントレイルを知らないが、福永はシャフリヤールという馬を知っている』という部分に掛かってくる。

一番強い馬はコントレイルとして、次に強い、評価されているのはシャフリヤールだ。コントレイルの福永はシャフリヤールの強さをよく知っている。だからこそ、シャフリヤールの後ろが欲しい

逆に川田としては、自分の真後ろにコントレイルにつけられると、コントレイルにただ利用されるだけになってしまうわけ。

②コントレイル 福永
④シャフリヤール 川田
⑦オーソリティ ルメール

●川田の理想の隊列
内ラチ
ーーーーーーーーー
  ⑫ ⑪ ⑨ ⑤→
 ②  ⑦④

川田はこれが良かったよね。④シャフリヤールの真後ろが、⑦オーソリティ。その後ろに②コントレイル。この形だと、⑦オーソリティより早く動ける。自分のタイミングで動ける

別にオーソリティの後ろでも自分のタイミングで動けはするが、オーソリティが動かなかったら、その外を回ることになるだろう?東京のロングスパートで、真後ろにコントレイルがいる状況で、できるだけロスを減らしたい

自分の後ろにオーソリティを挟むことができれば、コントレイルは更に外を自力で動いていかないといけない。シャフリヤール川田はギリギリまで脚を溜められる。

本当はこの形になりかけたんだけどね…1コーナー前で切り返せず、シャフリヤールが2列下がってしまったことがここで裏目に出ているんだ。アリストテレスがよく分からん手前変換をした結果、1000m後の勝負どころで影響が出てしまっている。バタフライ効果に近いかもね。競馬って面白い。

逆に言えば、コントレイルは真ん前がシャフリヤール。もう福永は川田しか見ていない。シャフリヤールが簡単に垂れないことは福永も知っている。ここから川田が上がっていってくれる確信がある。もうついていけばいいだけ。そして直線伸びるだけ。

離れず、真ん前にシャフリヤールがいる時点で、福永はほぼほぼ勝利を確信したはずだ。少なくとも俺はこの時点でコントレイルが勝ったと思った

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余談だが、この3コーナーで白コントレイルの真後ろにいたのが、水グランドグローリーのクリスチャン・デムーロと、橙ユーバーレーベンのミルコ・デムーロのデムーロブラザーズだ。

ブラザーズは仲良くコントレイルの後ろにくっついて回ってきたことで、結果5着グランドグローリー、6着ユーバーレーベンと並んでゴールすることになる。仲が良くて何よりだよ。

ただクリスチャンとミルコには、一か所だけ違いがあったんだ。

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4コーナー。いいね、ちょっとジャパンカップっぽかったよ。紫ブルームのムーアがペースが遅かったことを踏まえて、早めに上がってきたんだ。

白コントレイルを締めようとする形だよね。これ、ブルームが武さんだったらやってなかったと思う。というかブルームが武さんだったらもっとゲート出てた可能性があるし、こんなところにいないか。

ムーアはそれまでの東京競馬を見ていても、前残り馬場だと思っているのか早めに早めに上がっていくレースが多かった。6R新馬でサイルーンを先行させ、それでも逃げたサリエラを捕まえられなかったことも頭にあったんだろう。

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斜め横から見るとこんな感じ。紫ブルームのムーアが、外から上がって橙ユーバーレーベンM.デムーロを締めている。

これでユーバーの加速がワンテンポ遅くなっているんだ。ユーバーが切れる馬だったらまだしも、たぶんご存じのように長く脚を使うタイプであるわけだから、ここで締められたのは痛い。動き出しを待ってしまった。

対して水グランドグローリーは、斜め右前のコントレイルについていけばいいわけだから、締められる対象に入っていない。ただ勝ち馬の後ろをついていけばいいだけ。

そもそもクリスチャンのほうが内にいたのは、グランドグローリーが内目の6番枠だったからに他ならない。枠の差が兄弟の命運を分けた。まー、とはいえ5着と6着ではあるんだが、賞金面で違うから馬主さんにとっては大きい。

動きが早くなるのは高額賞金、ハイレベルレースのジャパンカップ恒例。このシーンはジャパンカップらしかったし、ムーアが締めて、デムーロが止まるとか、国際競走らしくていいよね。地味だが見応えのあるシーンだった。

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この4コーナーで迷ったのが黒シャフリヤール川田だろう。青オーソリティのルメールが外からワグネリアンを交わしにいった。

オーソリティより外は回りたくないから、仕掛けはもう少し待ちたい。でも後ろには白コントレイルがいる。真後ろかどうか分かっていなくとも、自分の前にはいないのだから、後ろからコントレイルが近づいていること自体は分かるだろう。

やはり強い差し馬相手だと、同じところからヨーイドンでは負けてしまう。早め早めに動いて差し馬を完封しないといけない。川田はそれがやりたい。でも並び的に難しい。

迷っただろうな。青オーソリティの前にいれば、もっと自分から動いていけただけに…つくづく悔やまれる1コーナーだよ。

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直線。ここで黒シャフリヤールの進路は2択になる。青オーソリティの内か、外か。

内もそれなりにスペースはあって、これはパトロールビデオを見てくれれば分かるが、一瞬シャフリヤールはオーソリティの内を突きかけている。

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でもそこから青オーソリティが若干内に行ってしまうんだよな。たぶんオーソリティルメールのムチの持ち方、そしてオーソリティへの騎乗経験から判断したのだろう。

ここで問題になってくるのは、更に外を回った白コントレイルの進路だ。単純にこれだけ見れば外を回っているだけに見える。

ただコントレイルは、昨年のジャパンCのように、疲れ始めると内にモタれるという癖がある。今回で言うと、白矢印の向きに進行していく。

そうするとシャフリヤールの進路と被るんだよな。だから川田はなるべく早くオーソリティを交わしておきたかった。そうすれば、コントレイルが寄ってきてもオーソリティとの間で挟まれる心配がない。

ところがここで反応が甘い。つまり距離なんだよな。マスクはシャフリヤールにとって2400mは長いとは思わない。持つ、こなせる距離だと思う。

ただあくまで『こなせる』というニュアンスで、レース後藤原師が「1コーナーで他に入られて、ラチをこすってストレスがかかっていました」と話しているように、2400は道中アクシデントがあると、最後甘くなるタイプなのだと思う。本質は2000以下の馬だろう。

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その後、青オーソリティのルメールが左ムチを叩いて外に戻ってきたんだよな。

これ、斜めの角度から見るとオーソリティが斜行して黒シャフリヤールの進路をカットしているようにも見えるんだけど、パトロールを見ると全然大したことはない。

実際レース後の裁決で対象にもなっていない。当然だろう。なんで審議しないのかと荒れてマスクに絡んできた人間もいたが、パトロールを見ていないのだろうね。

何よりマスクが驚いたのは白コントレイルだ。これ、天皇賞秋のパトロールを見るとよく分かるんだけど、前走はちゃんと内にモタれているんだよ。福永も左ムチを連打しているんだが、最後は体が傾いていた。

ところが今回は最後までまっすぐ走っている

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しかも終盤、白コントレイルに福永が右ムチ叩いたくらいなんだ。左回りで内にモタれる馬に右からムチ叩いたら、そのまま内に流れていく可能性がある。

しかも内、近くにオーソリティがいるのを福永は分かっている。そこで右ムチ叩くのは一見リスキーに思えるが、今日のコントレイルなら大丈夫だという判断なんだろうな。

コントレイルのほぼ全レースに騎乗し、コントレイルという馬を知り尽くしているから叩けた右ムチだと思う。

今回がコントレイルにとって引退レース。最後の舞台で、左回りの直線、最後に右ムチを叩いた事実。たかだか1発のムチなんだけど、マスクはちょっと感動した。


2着オーソリティは、前半緩い流れで、途中キセキがまくったとはいえ、ルメールがほぼ完璧に立ち回って2着。逆に言えばこれだけ完璧に立ち回って2馬身差つけられた2着。完敗だろう。

もちろん、以前のオーソリティだったらもっとテンションが高く、こんなに完璧に立ち回れなかった。中2週でアルゼンチンから詰めて使えているように心身ともに成長が著しい

調教でもリードホース役ができるようになったり、いい方向に成長している。シーザリオの牝系は変な気性の馬が多いだけに、確実にポジ要素になるだろう。

問題は今後だ。右回りと左回りで数字、内容に差があり過ぎる現状、今後もビッグタイトルを獲るなら左回り。古馬の国内芝左回りGIとなると、次は何かない限り秋の天皇賞だ。

コントレイルはいなくなるとはいえ、さすがに来年の天皇賞秋の頃には新興勢力はいるだろう。斤量への対応力もある。左回りを求めてオーストラリア遠征を敢行する手はありかもしれないね。心身共に整ってきた今なら、海外も乗り切れそうな気配はある。


3着シャフリヤールに関しては、前述したように2400mはこなせる範囲内であること、1コーナーの不利で後手に回ったことが全て。今回のレースで能力の底が見えたとは思わない。むしろ課題がまだある分、伸びしろもある。気性面だね、特に。まだキャリア6戦目。まだまだこれから。

●21年毎日杯
12.4-11.2-10.9-11.4-11.7-11.9-11.5-11.2-11.7

こんな11秒台が並ぶラップを、キャリア3戦目で1:43.9出して勝てる馬なのだから能力は間違いない。今後は1600~1800くらいの距離で、断続的にペースが流れるレースを使ってみてほしい

具体的にどういうレースかって、安田記念なんだよな。今回3着になっている以上、すぐにマイルを使うとは思えないが、ドバイあたりで距離の壁が出ればマイルに転換してくる可能性はあると思うんだよね。来年の安田を楽しみにしたい。マイルCSも阪神ならチャンスあっていいと思う。


4着サンレイポケットはもう天皇賞秋と同じだ。完璧に乗られている。外目の枠から流れるようにインに入って、荒れた馬場も走れる強みを生かして、もうこれ以上がない。

11秒台が断続的に続いて持続力が試される2400mでこの結果。上位3頭とは明確な力の差を感じる。これ、天皇賞と一緒なんだよな…

ただ天皇賞から1カ月。1カ月も経ってるのに、未だにパドックで素晴らしいデキに見えるほどの好調キープ。ジョッキーの判断に従う操縦性。どれをとっても立派なもので、よく頑張った4着と言っていいだろう。

馬券的には3着サンレイポケットならそれなりに付いたが、個人的な事情は二の次。この馬は大きな骨折を経験してこの数字に対応していると思うと、ただただ馬を褒めるしかない

鮫島克駿はレース後「強い相手に頑張っていながらその一角を崩せないのは私の技術不足です」と話しているが、これだけの騎乗をしてくれながら4着なら、正直買っている側として、俺は納得できる。

使い込むとダメージがあるから、放牧かな。左回り狙いで日経新春杯あたりで戻しそう。斤量面が重くなりそうで、個人的にはその先の金鯱賞を楽しみにしたい。

5着グランドグローリーも、コントレイルの後ろを通れたとはいえ、不利もあった。なくても4着までだろうが、左回り巧者の実力は見せられたと思う。

これで引退。まだまだ一線級でやれる能力はあるが、牝馬は能力減退する前に繁殖入りしたほうがいい

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血統的に言うと、AlzaoLight of Hope3×3という珍しい全兄妹クロスを持っている。それだけにディープインパクト産駒の誰かを付けてみてほしい思いはある。面白い産駒が出そうで、繁殖としても楽しみだね。


6着ユーバーレーベンは現状の仕上がりを考えれば、上々の走りだったと思う。しかも4コーナーで外からムーアに締められた。デムーロも「3、4コーナーからのプレッシャーがきつく直線も進路取りがタイトでした。スムーズだったら5着はあったと思います」と話しているように、あの締めは痛かった。

逆に言えば、あの締めがなくとも5着だった、とデムーロが言っているように、現状53kgで差をひっくり返すほどには至っていない。下半期は順調に行かなかっただけに、立て直してまた頑張ってほしいね。ハンデがどうかも目黒記念、あとは宝塚記念で一発を警戒したい。

7着シャドウディーヴァは、前半スローを不利受けたとはいえインの3番手で追走している。現状の力は出しているのではないかな。いつものように後方からでも、ペース的に届いていないだろう。

右回りだとモタれが酷くなって乗りにくい馬。左回りでマイルとなると、昨年3着の東京新聞杯あたりから買う候補になるかな。少し時計が掛かって欲しい。ヴィクトリアマイルだと時計が速過ぎる。1800質のヴィクトリアなら買う。

8着ジャパンは地味に好騎乗だったんだが、問題は9着アリストテレス。今回のハナを、武史の積極性と取るかどうか。キセキが行かなければスローという状況で、番手で控える自信がなかった、とも考えられる。

デキ自体は話通り良かった。この馬にとって今年一番いいパドックだったと言っていい。東京のGIだと厳しいのかもしれないね。AJCCで器用に捌いたように、もっとコーナーを使うコースのほうがいいのかもしれない。

上半期はAJCCの疲れが残って、デキ不十分のレースもあった。まともなデキならGIIあと2つくらい勝てる力はある。GIとなると…他馬が苦にする条件、天皇賞春あたりでセコく乗って3着くらいかもしれないね。難しい馬だ。折り合いがもう少しつけば選択肢も増えるのだが…


さて、今日の最後は、やはりコントレイルだろう。引退レースの馬をぞんざいに扱うのも失礼な話だ。

右ムチの話などはもう取り上げたから省略。マスクは今回Twitterで『素晴らしいレース』と表現した。これはレース内容だけの話ではない。

コントレイルはジャパンカップ裏話でも触れたように、脚に小型爆弾を抱えている。繋靭帯に弱さを抱える馬だから、仕上げも綱渡りに近い状況だったはずだ。

どうしても脚の反動で使えない時期もあったし、なまじ能力が高い分、調教は猛烈に動く動きすぎると反動もある。調整が難しいのは容易に想像できる。

そんな馬を、引退レースでここまでの状態に引き上げてきた陣営の技術面がまず素晴らしい。そして、その仕上げに応えた馬も素晴らしい。そして、能力を信じ、ほぼ完璧なレース運びを見せたジョッキーも素晴らしい。

3冠を勝った後未勝利、大阪杯3着で「弱い」などという意見も目にしたが、そんなわけがないよね。弱い馬は東スポ杯であんな化け物じみたラップを刻めない

大阪杯も回顧には書いたが、かなり厳しい形のレースになっている。道悪にあたったのが全て。昨年のジャパンカップもデキを考えたらよく食い下がっている。

●19年東京スポーツ杯2歳S
12.9-11.0-11.4-11.8-11.7-11.8-11.7-10.8-11.4

こんな、11秒台が続くラップでラスト11.4が出せちゃうスピード能力のある馬が、そもそも3000mこなしている時点で意味不明。絶対能力が高いからこそ、3000mもこなしてしまっている。

しかも今日のパドック、そして直線の動きから、たぶん今が充実期。もっと強くなる可能性のある馬だった。それだけに、引退が惜しい気持ちはもちろんある。

だって見たいじゃん?来年のドバイとか。得意の左回りでどうなるか。見たいじゃん?絶対合いそうな安田記念でどうなるか見たいじゃん?

ただこれは1ファンとしての心の声。実際、これからの馬生のほうが重要。なるべく消耗していない状態で種牡馬入りすることがまず大前提になるわけで、脚に爆弾がある以上、これ以上競走馬を続けても『まさか』が起きない保証がない。引退は正解だと思う。

コントレイルのパドック、返し馬を見られるのはこれが最後かと、思わず記者室の窓から眺めてしまったほど。目に焼き付けた。この経験を次に生かしたい。

普段クールで、コメントも颯爽とやってきて冷静に語る福永が、涙を流しながら「馬を信じる以外は何もしていないです」と語った姿を見て、俺もグッときた。これでグッと来ない人間はそうそういないのではないかな。

そして、涙ながらに「今までの2年2カ月は夢のような時間でした」と続ける。

それはね、見ているこちらにとってもそうなんだよ。2年2カ月、色々な夢を見せてくれたことに対して、コントレイルには感謝しかない。



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