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安田記念を振り返る~新王者の幸運と女王の不運~

以前予想にも書いたんだが、安田記念というレースは荒れやすい

東京のマイルって、コーナーが2つ、広いし直線も長いから実力通り決まるように見えて、意外とそうでもないのだ。

一番の理由は『ペースが厳しくなりやすい』から。東京のマイルGIってハイペースが多いんだよ。

基本的にトライアルって、本番よりペースが緩いことが多い。ペースが緩いレースで勝ち上がった馬が、ペースが厳しいレースとなったらどうなるだろう。休み明けの馬がいきなり厳しいペースのレースになったらどうなるだろう。

人気というのは近走着順に左右されやすい。各馬の近走とは違い、『厳しいレースになる分荒れる』。それが例年の安田記念なんだ。

結論から書くと、今年は『安田記念らしくないレース』だったと言っていい。追い風になった馬もいれば、マイナスに作用した馬もいる。とある1頭の動きの影響で、実に安田記念らしくないレースとなった


さて、今回の安田記念において、最も重要視されていたポイントは、『グランアレグリアが中2週をこなせるかどうか』だったと思う。グランアレグリアの力が一番上であることは、過去の数字、パフォーマンスから明らか。

それはジョッキーたちも重々承知していたはずだ。マスクが安田記念の枠を見た第一感は、『(5番は)真ん中過ぎる』だった。頭数は14頭。例年より少ないとはいえ、真ん中より内。揉まれ込んでもおかしくない枠だ。

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ルメールの馬場への思考が読み取れるレースがある。安田記念の3つ前、東京8Rだ。

芝1400mのレースを逃げ切ったのは、ルメールが騎乗した桃バルトリ。逃げ切ったとはいえ、改めてパトロールビデオを見ると、3コーナー、4コーナーで内ラチ沿いから2、3頭分開け、直線で内ラチから8~10頭分目を回っているのが分かる。

ルメールは逃げ馬に乗っているわけだから、馬場を選べる立場だ。バルトリの進路が、今日のルメールのトラックバイアス観なのだと思う。道中は内から2、3頭分が悪く、直線は内から8~10頭分外がいい

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これは9Rのホンコンジョッキークラブトロフィー。勝ったアルビージャの川田も、内枠から道中2、3頭外を回り、直線はルメールほど極端ではないとはいえ、内から5頭分ほど開けている。

つまり今日の馬場を考えると、『直線内から最低5頭分は外を回りたい』。8Rで10頭分外を回しているルメールからすると、『直線で最低内から10頭分は外を回りたい』という思考を持っていただろう。

話を戻すと、引いた枠は5番。ヴィクトリアマイルより安田記念のほうがメンバーが揃うから、道中の圧力が違う。プレッシャーをかいくぐりながら、いかに外の、まだ馬場がマシな部分に持ち出せるか、それがルメールに与えられたミッションだったと思う。

●安田記念 出走馬
白 ①サリオス 松山
黒 ②ギベオン 西村淳
灰 ③ダイワキャグニー 石橋
青 ⑤グランアレグリア ルメール
赤 ⑥ダノンプレミアム 池添
水 ⑦ラウダシオン デムーロ
黄 ⑧インディチャンプ 福永
緑 ⑨トーラスジェミニ 戸崎
橙 ⑪ダノンキングリー 川田
茶 ⑫ケイデンスコール 岩田康
桃 ⑬シュネルマイスター 横山武

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スタート。大外のカテドラルが出遅れているのだが、よく見ると他の馬も結構体勢が危うい。

特に白サリオスは完全にトモが流れてしまっている。右側のトモが弱い馬だから、力が左に流れてしまっており、スタートを万全の状況で切れていない。一つの出遅れが致命的になる安田記念で、このようなゲートの失敗はかなりの不利。

ギリギリ踏みとどまったのが橙ダノンキングリーだ。スタートする瞬間右にモタれかかるような体勢になった。

そこを、川田がうまく矯正してタイミング良く出している。仮にここで右にモタれ掛かって修正できなかったら、ダノンキングリーは外に飛んでいっているわけだから、川田の修正技術の高さで、間一髪命拾いしたようなものだろう。

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青グランアレグリアはスタートを五分以上に出た。バルトリで逃げ切っているルメールとしては、包まれない位置に出すために、逃げることはありえなくても5、6番手が欲しかっただろう。

ところがスタート直後に右隣にいた赤ダノンプレミアムに寄っかかられる。これで出脚が若干削がれてしまった

別にこの程度は裁決に引っかからない。馬がみんなまっすぐスタートするわけもなく、競馬である以上仕方のない程度の寄っかかり。ただこの影響で、グランアレグリアはルメールの想定より1列後ろになってしまったはずだ。

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横から見るとこんな感じ。ルメールとしては、進路を選べる先行馬の真後ろ、橙矢印のあたりで競馬を進めたかっただろう。これがスタート後の寄っかかりで1頭分後ろになってしまった。

ルメールがレース後「手応えが前走と全然違いました」と話しているように、本来だったらスっとポジションが取れるグランアレグリアが、なかなか進んでいかない。この1頭分後ろだったロスをなかなか埋められなかった

これによって、橙ダノンキングリー川田がグランアレグリアより半馬身前につけることになる。これが次のシーンで非常に重要となる。

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競馬の主導権を握るのは逃げ馬だ。誰が逃げるかによってペースが変わってくる。当たり前の話だが、わりかし見過ごされている部分だと思う。

上の画像から見て分かるように、4頭が並んでいる。レース前にハナに立つのではないかと目されていたのはトーラスジェミニだ。4走前のディセンバーS、2走前の東風Sと逃げ切り、前走ダービー卿CTはハイペースの2番手から失速した。

ハナのほうが持ち味が生きやすいタイプだから、俺もトーラスジェミニハナの可能性のほうが高いと読んでいたんだ。

灰ダイワキャグニーは控えても競馬はできる馬で、別にハイペースで逃げるタイプでもない。

赤ダノンプレミアムは池添がレース後「良いスタートを切って、無理せずハナを切った馬の後ろで我慢できました。レースの形としては悪くなかったです」と語っているように、レース前から前に壁を置いて我慢させるプランだったのだろう。

水ラウダシオンはグランアレグリア同様、中2週のローテ。元々テンションが高い馬で、間隔を開けたほうがまだ落ち着いてレースに参加できる。今日は間隔が詰まっていた分、よりテンションも高かった。そんな馬を前に壁がない状態にしたら、より掛かって消耗してしまう。

これにより『ダノンプレミアムとラウダシオンが自重する隊列』ができあがる。ハナはダイワキャグニーかトーラスジェミニのどちらかとなるわけだが、トーラスジェミニがハナではなく、2番手で我慢するプランを選んだことで、このレースの展開が想定と一変する

戸崎はレース後「ハナでもと思っていましたが、内から来たので2番手に控えました」と話している。確かに昔、2番手から勝ったことはある。番手の競馬ができない馬ではない。ダイワキャグニーを封じてハナに行くより、スタートから自分の馬のリズムを守りに行ったわけだ。

戸崎はリズムを重視するタイプ。滅多に押してハイペースは作らない。それは頭にあって、トーラスジェミニがハイペース逃げではなく普通のペースで逃げる可能性があることは考慮していたんだが、まさかGIで2番手を守るとは思わなかった。

このトーラスジェミニ戸崎2番手により、2つの事案が発生する

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まず1つ目。

赤ダノンプレミアムは折り合って我慢する作戦に出たことから、灰ダイワキャグニーの真後ろに入る。

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たぶん前との距離の問題だったと思うんだけど、赤ダノンプレミアムが内に入りにいくところで、真後ろの黒ギベオンがちょっと外側に動いた

これによって、ギベオンの斜め後ろにいた白サリオスが押されるように外側に1頭分動いたんだ。

その影響を受けた青グランアレグリアはサリオスと、橙ダノンキングリーに挟まれるような形になってしまったんだよな。

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そうすると、こうなる。白サリオス、橙ダノンキングリーの影響を受けて、青グランアレグリアがダノンキングリーの真後ろに入ってしまったんだ。

少し前に書いたように、グランアレグリアはスタート後寄られて1列後ろになっている。ここで仮に寄られず1列前のポジションだったら、サリオスやダノンキングリーより若干前にいるわけだから、サリオスがギベオンの影響で下がってきても、グランアレグリアが挟まれることはなかったのだ。

もちろんこの程度の不利はレースの流れの中でのもので、別に珍しくない。珍しくはなくとも、ルメールはスタート後に寄っかかられるという、ほんのちょっとした誤算の代償を払ってしまうことになった。不運としか言いようがない。

幸運だったのはダノンキングリー。はからずともグランアレグリアの真ん前というポジションに収まった。これがもし隣だったら、グランアレグリアを締めに行かないといけないポジション。

真ん前であれば進路の選択権はグランアレグリアではなくダノンキングリーにある

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ギベオンのちょっとした動きで馬群はこのような感じになった。14頭立てと頭数は多くなかったが、14頭が密集するような形になっている。このご時世にそぐわないほど密な馬群だ

青グランアレグリアは完全に囲まれる形になってしまって、誰かが動かないと自分は動けないほど、苦しいポジションに入ることになった。

こうなってしまった原因こそが、先ほど書いた『トーラスジェミニ戸崎2番手により発生した2つの事案』の2つ目だ。

●21年安田記念 ラップ
12.3-11.0-11.6-11.5-11.4-11.2-11.0-11.7

前半3F 34.9(8位)
前半4F 46.4(8位)
前半5F 57.8(8位)

後半3F 33.9(1位タイ)

()の中は、過去10年の安田記念のラップと比べた時のタイム順位だ。つまり今年は前半3F、つまり前半600m通過から、800m通過、1000m通過まで、過去10年の安田記念で8番目に遅いタイムで通過している

ちなみにこれより遅かったのは不良馬場だった14年ジャスタウェイの時と、朝まで雨が降っていて少し時計の掛かっていた16年ロゴタイプの時。今年は午前中雨が降っていたものの、相変わらず時計は出るコンディション。

そう考えれば過去8番目に遅いこの通過タイムはとにかく遅い。GIレベルで言ったらドスローと言ってもいいくらいだ。

つまりトーラスジェミニが2番手に控えたからこそ発生した現象。念のため書いておくが、マスクはトーラスジェミニがスローを誘発したことについて、騎乗ミスだと言うつもりは毛頭ない。隊列的な観点から戸崎が考えたプラン。正解も外れもその時点では分からないのだから、ミスでもなんでもないし、番手が悪いとはまったく言うつもりはない。

ただし、このトーラスジェミニ番手によってドスローが誘発され、馬群が凝縮してしまったのは事実で、グランアレグリアが割るスペースすらなくなってしまった。ハイペースだと馬群は縦長になる。グランアレグリアはここまで囲まれていなかっただろう。

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一番最初にマスクは書いた。例年の安田記念は『ペースが厳しくなりやすい』と。全然例年と違うペースになってしまったことで馬群は密集。しかもグランアレグリアは最初に書いたように5番枠を引いている。

もっと外枠だったら、こんな密な馬群の真ん中で囲まれることはなかったわけだ。まー、枠順は運。与えられるもの。タラレバになってしまう。仕方ない。

これだけ囲まれて、しかもスローで、どうやって捌けばいいのか、俺には分からない。これも序盤に書いたように、ルメールにはうまく外目に出すミッションが課されている。馬群の形を見て分かるだろう。困難が過ぎる。

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3コーナーを後ろから見ても、青グランアレグリアにとっては馬群が難しい。

右前の茶ケイデンスコールのヤスナリは簡単に進路を開けてくれない。橙ダノンキングリーは黄インディチャンプの動きさえ気にしていれば前に進路は開くが、グランアレグリアは『ダノンキングリーの動きに左右されてしまう』。

だって、ダノンが動かないと進路開かないだろう。それこそケイデンスコールを外に弾き飛ばすくらいしないといけなくなる。スタート後のちょっとした不利がここに来て、より首を絞めてくる。

競馬というのは難しい。30秒以上、1分以上前の出来事が後々に響いてくるんだからさ。

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●21年安田記念 ラップ
12.3-11.0-11.6-11.5-11.4-11.2-11.0-11.7

3コーナー、いや、それより早くから、各ジョッキーは『ペース遅くね?』と思っていたはずだ。みんな経験積んでるから、11.6刻むあたりで感じていたはず。ところが隊列がガッチリ固まっている分、簡単に動けない

これは昨日の鳴尾記念もそうなんだけど、直線が長いコースでスローになると、後半に向けて余力を残すために早く動きづらい。小回りだと話は違うのだがね。ここは東京だ。

太字は3、4コーナー付近。ここで11.5-11.4だったように、そこまでペースが上がり切らない状況が続いていた。

まずいと思っていたのは赤ダノンプレミアムの池添じゃないかな。前に壁を作ったはいいが、トーラスジェミニがハナに行かず2番手で溜め、外にいたラウダシオンがガッチリ締めてきたものだから、簡単に動けない。

ダノンプレミアムは以前、マイラーズCで2番手から上がり3F32.2という脚を使ったことがある馬だが、ここ最近内容のある競馬だった時は大体、前でなだめて、自分のペースで動いた時。周りを取り囲まれると動くに動けない

序盤に書いたように今の東京は最低内から5頭より外を通りたい馬場。外に出そうにもラウダシオンが締めてくるから出せない。これもまた騎乗ミスではないと思う。展開、ペースのアヤだ。この時点でダノンプレミアムはかなり厳しくなったと言っていい。

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一方後ろに目を移すと、スローペースの影響で密集した馬群により、タイトな進路争いが展開されていた。

橙ダノンキングリーとしては、進路上にいる桃シュネルマイスターが邪魔で。シュネルを交わすには、黄インディチャンプとシュネルの間のスペースか、外の茶ケイデンスコールの前を通るか、2択になる

ダノンキングリーが進路を確保しなければ、青グランアレグリアは動きようがない

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橙ダノンキングリー川田が選んだのは、茶ケイデンスコールの前のポジションだった。それまでも桃シュネルマイスターの武史はタイトにコーナーを回っていたし、ダノンキングリーという馬のタイプも考慮したのだと思う。

たぶんダノンキングリーに乗るにあたって、川田は相当この馬のことを研究したはずだ。過去のレース全部見ただろうね。そのくらいはやるジョッキーだ。

東京で、頭数がそれなりにいて、外枠だったのは上がり3F33.4の脚で差し切った19年毎日王冠1着以来。あのレースはスムーズに外に出したら切れる脚を使ってくれていた。

前で立ち回れる器用さもあるんだが、毎日王冠のようにスムーズに外に出せれば切れる、そういう観点から、中団後ろになった時点で馬群の真ん中を通すプランはほぼなかったのだと思う。武史も締めてきていたしね。

ここで困るのは青グランアレグリアさ。客観的に見て、レース前に橙ダノンキングリーと黄インディチャンプ、どっちのほうが上位に来ると予想されるだろうか。

天皇賞秋12着以来の実戦だったダノンキングリーより、順調に使っている一昨年の覇者インディチャンプのほうが上だろう。もちろん結果は逆だったが、ダノンがスムーズに加速するより、インディチャンプのほうが加速が早く、進路が開く可能性は高い。だから青グランアレグリアは、ダノンキングリーの後ろについていっていない。

いかに上手く外目に出すかというミッションを諦めて、馬群の真ん中を通すプランに変更したのだ。

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問題は、馬群の真ん中を通そうにも直線で進路がないことだ。ドスローとも言えるくらいペースが遅かったから、前の馬もそれなりに脚が残っている。

これが淀みない流れであれば馬群は縦長でそもそもバラけるし、前の馬に脚は残っていないから捌けるのだが、スローだと簡単に進路は開かない

よく見てほしい点があって、桃シュネルマイスターの武史は右ムチを持っている。つまり右からムチを叩くと、馬は逆の方向に行くから、黄インディチャンプに寄っていく。つまりシュネルとインディの間のスペースは罠だ。

ルメールがヤバい男だと再確認したのはこの点だ。

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最初から黄インディチャンプと桃シュネルマイスターの真ん中が罠と読んでいた青グランアレグリアのルメールは、インディ福永の追い出しを見ている

レースVTRを見ると分かるが、インディチャンプが直線半ばまで追い出しを待っている。追い出しを待った理由は対グランアレグリアだろう。

今回は1200mからの距離延長ということもあって、やはり体力勝負になると辛いところがあるから、元々追い出しのタイミングを遅くしようというプランだったのだと思う

しかも追い出す時、自分より前にグランアレグリアがいない。そうなると当たり前の話だが、グランアレグリアは自分より後ろにいるわけだ。後ろにいるのは分かるのであって、『どのくらい後ろにいるのかは分からない』。

グランアレグリアのほうが強く、強烈な脚を持っていることは、インディチャンプ福永にとって昨年のマイルチャンピオンシップで身をもって体験している。川田の追い出しのタイミングを完璧になぞって封じようとしたのに負けたからね。

インディチャンプはピッチ走法だ。ピッチは大跳びより加速が早い。つまりその分最後に脚が上がる。ゴールから逆算すると、インディはグランアレグリアより使える脚が短い。つまり福永は追い出しをギリギリまで待つ必要があったわけだ。

早過ぎるとピッチだから脚が最後に上がってしまう。綱渡りみたいな、慎重な作業が求められる場面だよ。

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追い出しを待てるということは、インディの手応えに余裕があるということ。ルメールは、黄インディチャンプが追い出した瞬間伸びて、その後ろ、つまり白サリオスの前の、白い丸のスペースが開くという確信があったんだろうな。ずーっと狙っている。

しかもいつ開いてもいいように、ギアを掛けながら待っている。これはよく言われることなんだけど、詰まるにも2種類あって、前を完全にカットされて追えない状態、これだとギアはまったく掛かっていないわけだから、前が開いてもそこから急加速はできない。

ところが前が開いていなくても、開いた瞬間に備えてギアを上げておけば、開いた瞬間、急加速して一気にそのスペースを突けるわけだ。

こうやって文字にするのは簡単さ。進路がない状態で、馬に負担を掛けずギアを上げ続けるのは難しい。だって掛け過ぎると前の馬にぶつかるだろう。

ギアを入れながら待てるジョッキーは少ない。武さんやノリさんはよくやっているが、一部のジョッキーしかできない技術。詰まっているように見えて、ずっと進路を伺っているから、これは開いた瞬間伸びる。

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ついにインディチャンプが動いた。追い出しは残り300m付近。

VTRで見てくれ。パトロールのほうが若干分かりやすいかな。インディ福永が追い出した瞬間、青グランアレグリアのルメールが右ムチを入れている。鮮やかなほどほぼ同タイミング。

ずっと待ってたんだろうな、ルメールは。この右ムチはグランアレグリアへの合図だ。即座に反応したグランアレグリアは白サリオス、黄ラウダシオンの前をカットするように伸びた。

まー、確かに、いつものグランアレグリアなら更に反応がいい。それがルメールの「直線も反応が普段より遅かったです」というコメントに繋がるのだが、上がり3F32.9を出しておいて反応が普段より遅いとか、バケモンしか言えないよ、そのセリフは

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その過程で青グランアレグリアが水ラウダシオンの進路をカットしている。ただこれは当然セーフ。

というのも黒ギベオンの西村も外に寄っている。水ラウダシオンを挟み込む形だ。両サイドからの挟みこみはアウトにならない。だからルメールと西村、両方に過怠金処分が出ただけ。3万で戒告は至極妥当なところだろう。

インディチャンプの追い出しを見て進路を確保したグランアレグリアだったが、ここまでの過程を見て分かるように、外のダノンキングリーのほうが圧倒的にスムーズだった。グランが進路を待っている間にダノンは外から加速しているわけだからね。その差が最後のアタマ差だ。

ならルメールが外を回せば良かったかというと、そんなのは結果論。100人中100人か長期休み明けのダノンキングリーの後ろについていくより、インディチャンプの後ろについていく。端的に言えば、ダノンキングリーがよく走っただけだ。

ならダノンキングリーは実力より運だったのかというと、元々実力はある。実力はあってもペース、展開に恵まれないレースが多かった

●昨年とのラップの違い
・20年安田記念
12.1-10.9-11.2-11.5-11.6-11.4-11.0-11.9
前半3F34.2-後半3F34.3

・21年安田記念
12.3-11.0-11.6-11.5-11.4-11.2-11.0-11.7
前半3F34.9-後半3F33.9

※19年毎日王冠
12.9-11.3-11.3-11.5-11.5-11.6-11.2-11.3-11.8
前半3F35.5-後半3F34.3

やはりこれに尽きるところがあって、昨年の安田記念は前半3Fが後半3Fより速い。34.2で入っていた。ここで7着。

対して今年は34.9で入っているスロー。距離は異なるが、大外からブチ抜いた19年毎日王冠も同様に前半、中盤が緩く、後半上がり勝負だった。

過去のダノンキングリーは、前半3Fが後半3Fより遅い時は4.0.2.2。4勝を挙げている。19年マイルCSなども後傾なんだが、輸送に弱いところがあること、右回りより左回りのほうが走り方がいい分、伸びきれなかった。

つまりダノンキングリーの場合、これまでのジョッキーが悪かったわけではなく、『輸送が短い左回りで、自分に合うペースになるかどうか』、これに尽きるのだ。

そういう意味ではトーラスジェミニが2番手だったのは大きい。いつも通りハナに立って飛ばしていたら今年の安田記念は前傾になっていた可能性があり、キングリーの得意ペースになっていなかった可能性がある。

難しいのは前走の天皇賞秋だ。36.5-33.6。緩んだ流れの後傾、関東という条件を満たしながら、内枠から特に何かあるわけではなく、まったく反応せずに最下位12着に敗れてしまっている。この敗因がはっきりしない以上、懐疑的に接するのは仕方ない。

2月の中山記念を回避した後、4月1日に美浦に入厩。2ヶ月以上に渡って美浦で乗り込まれてきた。この時代、一線級の馬がトレセンに2ヶ月以上在厩すること自体稀。もう1から馬を作り直していたのだろう

それでも実際川田は「返し馬の雰囲気が正直あまりいい感じではなかった」と話しているように、動きも見た目もまだ8割。お世辞にも動きがいいとは言えない。まだ作り直している過程でのGI勝利。

いくら調子が良くてもGIは勝てない。逆に調子がMAXでなくとも、全てが噛み合うと勝てることがある。GIを勝つ難しさを改めて感じる

この先、無事なら更に状態は上がっていくだろうが、前述したようにダノンキングリーは得意ペースと呼べるものがある。これからも『得意ペースになるかどうか』で着順が変わってくるタイプだ。天皇賞は距離、マイルCSは関西で右回り、来年の安田は例年通りハイペースの可能性があるだけに、今後GIを再び獲得できるかは何とも言い難いところ。


負けて強しという言葉があるが、今回のグランアレグリアはまさにそれ。道中ズルズル下がりながら、反応が鈍くても上がり3F32.9。相変わらず異次元の数字を出す馬だ。

簡単に言えばダノンキングリーが100m走をした中で、グランアレグリアは100mハードル走をしている。なのにキングリー上がり3F33.1、アレグリア上がり3F32.9。スムーズに開いていたらこちらが勝っていたのはほぼほぼ間違いない。

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これは今年のヴィクトリアマイル向正面。赤グランアレグリアは今回の5番と似た、6番枠からほぼ直進して外目に持ち出した。

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今回の安田記念の向正面。青グランアレグリアは周りを囲まれている。スローだったことも影響したが、前述したようにギベオンのアオリを食らったり、馬群がとにかくタイトだったのも大きい。

これが牝馬限定のヴィクトリアマイルと、一線級が集う安田記念の差なのだろう。外の圧が強い。せめてもう1列前なら結果は変わった。スタート後のちょっとした動きが最後まで尾を引いてしまっている

状態はヴィクトリアマイルからキープ、いや、若干落ち気味だったかもしれない。Twitterにも書いたように、決して悪くはないものの、返し馬もピッチが狭かった。つまり前脚が硬い。前脚が前に出て行かない。これはもう疲労の影響だろう。

なら使わなかったら良かったかというと、そうは思わない。万全の状態ではない中、ここまでガリガリに揉まれながら32.9を使った姿に、新たなグランアレグリアを見ることができた。女王は自ら、『こういう競馬もできる』という新たな選択肢を提示したわけだ。

もちろん万全ではない中で厳しいレースをやった分反動は心配。それでもこの1戦の負けで評価は落ちないし、改めて女王の底知れないポテンシャルを示す結果だったと思う。立て直した天皇賞秋を楽しみにしたい。


シュネルマイスターははっきり言ってしまえばラッキー。注意してもらいたいのは、弱いと言っているわけではない。

●シュネルマイスターのここ2走
・21年NHKマイルC
12.2-10.2-11.3-11.6-11.6-11.4-11.4-11.9
前半3F33.7-後半3F34.7

・21年安田記念
12.3-11.0-11.6-11.5-11.4-11.2-11.0-11.7
前半3F34.9-後半3F33.9

前走NHKマイルCのVTRを見てほしいが、前半ルメールがかなり促している。要はペースが速くて追走に苦労しているのだ。それが今回、前半3Fだけで1.2秒もペースが遅くなっている。VTRを見比べてほしい。今回のほうが圧倒的に追走が楽だ。

追走が楽になったことに加え、3歳牡馬は安田記念で54kg。古馬牡馬に比べて4kg減。客観的に見て、色々恵まれた点は否めない。

マスクはトーラスジェミニがハイペースで運ぶ想定で、予報通り道悪ならペースがもう少し緩んで追走しやすいと思い評価を上げていたが、予報通り行かず雨が止んでしまったことで、トーラスジェミニが飛ばすと追走に苦しむ可能性が高いと判断し、ヒモまで評価を落とした。

それだけにトーラスジェミニが2番手で運んだことでスローになったことが、シュネルマイスターに大きな追い風となったのは間違いない。

今年の安田記念は『例年とは違う』レースだっただけに、来年、例年の安田記念のようにハイペースになった時、58kgを背負って追走できるのかという疑問が残る。もっと追走力がつかないと来年の安田記念であっさり負けてもおかしくない。こちらは先々の成長に期待というところだろう。あくまで現状は1800m向き。

4着インディチャンプは完璧な乗り方だったと思う。展開が福永の予想通りだったとは思いにくいが、走法を考えて追い出しを待ち、追い出すタイミングも理想的だった。

それでも最後甘くなったのは、スローで後ろとの距離が詰まったことで、もっと切れる馬が福永の思っていたより早く来てしまったこと、そしてインディチャンプ自身の力の衰えだろう。

以前安田記念を制した時を100とすると、今は90ちょっとだと思う。さすがに歳を重ねて緩やかに下降線に入っている中で、福永の想定にインディチャンプがついてこられなかった面は否めない。

もちろん距離延長の分、道中力んだ影響はある。ただ力んだ分福永は追い出しをより待っただろうし、あれだけ待って最後甘くなったのは福永としてはちょっと誤算だったのではないかな。

5着トーラスジェミニは大健闘と言っていい。個人的にはハイペースを作り出してほしかったが、それは個人の願望であって、このプランでなかったら5着には粘れていなかった。番手からリズムを刻んで、外差し有利展開、馬場で5着は立派

非常に仕上げが難しい馬だ。近走ほぼ坂路オンリーで仕上げているのがその証拠で、この中間は珍しくウッドコースで調教を積めるほど調子は良かった。これは裏話に書いた通り。

たぶんこの仕上がり、調子なら、当初予定していたエプソムCに出ていたら勝てていたかもしれない。蹴って、わざわざ相手の強いGIに出てきたチャレンジングスピリットは賞賛されるべきものだ。


トーラスジェミニ2番手のスローにより恵まれたのはダノンキングリーとシュネルマイスターだけではない。6着カデナも一緒だ。カデナは中距離を中心に使っていること、脚の使いどころが難しいことから、『追走できるペース』が前提になる。例年の安田だとついていけない可能性が高かった。

最初から武さんは後方死んだふり作戦を決めてたね。GIで足りない馬で武さんがよくやる手だ。前が動いて削り合って止まったところを、直線まで脚を溜めに溜めてあわよくば3着を狙うやり方だ。

勝ちに行けという声もあるかもしれないが、作戦として当然あり。脚の使いどころが難しく、一歩足りない馬で勝ちに行っても大敗するだけ。安田なら3着でも3300万円入る。仮にもっとスムーズでも5着までだった可能性のほうが高い。やはり本質は小回りの中距離

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当然トーラスジェミニの2番手でペースに恵まれなかった馬もいる。グランアレグリアはその筆頭だろう。7着赤ダノンプレミアムもそう。

前述したように、前に壁を作りにいったらスローペースで囲まれ、外に出すタイミングがなかった。池添も馬場は真ん中から外という方向は認識していたはず。それがこうして直線内目になってしまったのは、本人としても不本意だったのではないかな。

反応面ももう少しというところ。体はできていたように見えたが、内臓面は1つ叩いてより良くなる状況だったかな。調整が難しい馬だが、昨年の安田記念とはデキが違った。

タイプ的に、阪神のマイルCSにいい状態で出てきてほしい馬なんだ。天皇賞から香港なんだろうなあ…

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10着の茶ケイデンスコールは素晴らしいデキだった。これ以上ない仕上がりと言ってもいい。パドックでもとにかく肩が前に出ていて、充実しているのがよく分かる歩様。

ではなぜ足りなかったのかという話になる。相手が強かったから、GI級ではなかったからで片付けるのは誰でもできる。

●ケイデンスコールのここ2走
・21年マイラーズC 1:31.4(1着)
12.5-10.2-10.6-11.2-11.3-11.2-12.3-12.1
前半3F33.3-後半3F35.6

・21年安田記念 1:31.7(10着)
12.3-11.0-11.6-11.5-11.4-11.2-11.0-11.7
前半3F34.9-後半3F33.9

※20年安田記念 1:31.6
12.1-10.9-11.2-11.5-11.6-11.4-11.0-11.9
前半3F34.2-後半3F34.3

スタートからハイペースで上がりが掛かったマイラーズCに対して、安田記念はペースが緩めの上がり勝負

もちろん相手関係はあった。それにしてもレースのペースが違い過ぎる。例年だったら2F目が10秒台と速い流れになるのが安田記念だけに、出た年が悪かった可能性はある。しかも外を回っていたからね。

もう一段階成長してくれば、秋のマイルCS以降、GIなら上がりが掛かって出番はありそう。成長力ある牝系だけにもう一つ上はありそうだよ。


さて、最後に8着のサリオスを取り上げよう。難しい馬だ。裏話に書いたように、今回は追い切りの日程がずれたり、大阪杯の反動をケアしながらの調整だった

ただ敗因はそれだけではないね。スタート後トモが流れているように、右トモの弱さが解決しない。スタートから後手に回っているあたり、そもそもマイルはもう短い。2歳の頃は素質だけでなんとかできていたが、相手が強い古馬路線のマイルだと追走面で課題が残る

なら延長でいいかというと、そうでもないのが難しいところ。立派な馬体からパドック映えする馬だが、逆に言えば筋肉が付きすぎている。人間の短距離ランナーを見てくれれば分かるが、ガッチリしているだろう。

筋肉が付きすぎている分、中距離だと最後に動ききれない。現状のベストは1800mだと思われる。直線の手前変換から考えて、相変わらず右回りのほうがいい。毎日王冠程度なら能力でなんとかなっても、GI級だと右回りだろう

右回りの芝1800mのGIは、現状海外にしか存在しない。ここで課題になるのは右トモの弱さ。海外の競馬場でウッドチップがあるコースは限られる。調整をしっかり積めない可能性が出てくるんだ。

今回堀師は「今後を占う一戦」としていたが、正直言うと現状、未来は明るくないと言ってもいいかもしれないよ。

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