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チューリップ賞を振り返る~突きつけられた明確な課題~

トライアル : 試み、試験、ためし

今週から春のクラシックトライアルがスタートした。

皐月賞トライアルの弥生賞、そして桜花賞トライアルのチューリップ賞。過去に多くの名馬が出走したことでもお馴染みだね。

近年外厩の発展により、トライアルの立ち位置は変わりつつある。それこそちょっと前の代表例は07年のチューリップ賞。ダイワスカーレットに騎乗したアンカツさんが、初対決となったウオッカの脚を測るような乗り方をして2着に敗れたんだ。

そして迎えた桜花賞本番ではダイワスカーレットが優勝。アンカツさんも「トライアルの乗り方をした」と認めるように、以前は本番に向けての試走という意味合いが強かった。

近年は外厩でしっかり仕上げられて本番一発勝負になることが増えた。レース1回の消耗度が大きくなっているから、これも時代の流れだと思う。

今年にしてもそうだ。阪神JFでワンツーしたソダシ、サトノレイナスの2頭は桜花賞に直行。当初予定していたユーバーレーベンはフラワーカップにスライドするなどして、阪神JFの上位3頭が揃って出走しない、珍しい年になった。

まー、ソダシはテンションが高い馬だから間隔を開けたい。サトノレイナスはチューリップを使うと桜花賞は再輸送になることを考えれば、回避する心情は分かるところだね。

阪神JFの上位3頭がいなくなったことで、単勝1.6倍の断然人気となったのがメイケイエールだった。

メイケイエールが断然人気になるほど怖いレースはない。能力は間違いなく高いのだが、同時に気性がとにかく難しい。

通常引っかかる馬だと、前に壁を作って折り合わせる場合が多い。壁を作らなくても折り合わせる一部の人はいるがね。多くの馬は前者だ。

メイケイエールの難しいところは、近くに馬がいたり、追いかける形だと燃えてしまって折り合いがつかない。これは過去のレースから分かる。

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前走の阪神JFを見てもそう。大外枠スタートで寄られたにしろ、内の馬たちとは距離を作って追走している。映像を見てくれれば分かるが、今回ほど掛かっていない。外枠がプラスに働いているのだ。

さて、今回のメイケイエールが引いた枠は最内だった。通常であれば掛かる馬に最内はいい方向に転がる。ところがメイケイエールは前述の通り、周りに馬がいると掛かる。最内スタートであれば逃げるか、極端な追い込み策を取らない限り他馬と距離が取れない。難しい枠を引いたと思ったものだ。

●チューリップ賞出走馬
白 メイケイエール
黒 ストゥーティ
青 シャーレイポピー
黄 エリザベスタワー

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まー、掛かるのは早かった。スタートしてから黒ストゥーティに前に入られた瞬間から掛かり始めた白メイケイエール。

武さんとしては最内を引いた時点で作戦は2パターンあったと思う

●メイケイエールの考えられた作戦
1.わざとゆっくりスタートを出て、離れた最後方
2.スタートを普通に出てなんとか抑える

どちらが来る可能性が高いかというと1。最後方で他馬と距離を取ったほうが折り合える。しかしこのレースは『トライアル』だ。

阪神JFは大外から他馬と距離を離して乗れたものの、本番の桜花賞で再び外枠に入るとは限らない。内枠かもしれない。それを踏まえて考えれば、あえて現状の課題と向き合うため、2のスタートを普通に出て抑える作戦を取ったのだと思う。桜花賞本番では試せないからね。

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白メイケイエール武さんが切り返して黒ストゥーティ、青シャーレイポピーの間に持って行ったのも、なるべく前に馬を置かないため。

それでもメイケイエールはすでに収拾がつかなくなるほど掛かっている。最内で普通にゲートを出した時点で武さんは覚悟はしていたと思う

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ここからはもう白メイケイエールの変顔写真集状態だよ。幾千もの引っかかる馬を扱ってきた武さんも、ここまで引っかかる馬は久々に出会ったのではないかな。

あまりにも掛かり方が凄くて、黄エリザベスタワーの川田が内を見て心配している。エリザベスタワーもスタートで青シャーレイポピーと接触して引っかかっているのにも関わらずだ。引っかかった馬に気にされる引っかかった馬、そうお目に掛かれないよ。

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普通に白メイケイエールの掛かり方は危ない。掛かるというレベルを越えて、もう制御不能に近い状況に陥っていたと言っていい。

Twitterにも書いたのだが、掛かったメイケイエールはハンドルのない、ブレーキの壊れたバイクのようなもの。止められないし、なんとか外に膨らまないよう制御するだけで精一杯という状況だ。時速60kg、ハンドルのないバイクに乗れるだろうか。俺には無理だ。

あまりにも危ないものだから、黄エリザベスタワーは白メイケイエールと距離を取って3コーナーに進入している。メイケイの近くにいたら巻き込まれ事故がありえるからね。

エリザベスタワーが内を開けたことで、エリザベスより外を回っていた馬は更に外を回されることになる。土曜の阪神は直線向かい風。前が簡単には止まらない状況だったこともあり、エリザベスより外を回っている馬はかなり苦しいポジションと言っていい。メイケイエールが危なかったおかげで外枠が沈んでしまった

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3コーナー。

白メイケイエールは完全にジェットスキー状態だ。掛かった馬を押さえこむのは難しい。相手は馬。『一馬力』。いくら熟練の技術をもってしても、いくらパワーを持っていても、一馬力相手に人間は抵抗できない。

この時マスクが思い出したのは09年菊花賞のトライアンフマーチだった。

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この時、トライアンフマーチでジェットスキー状態だったのは現調教師の武幸四郎元騎手。そう、武さんの弟だ。武ファミリー11年越しのジェットスキーを見た思いだよ。

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4コーナー手前。ついに武さんが抑えることを諦めた。腕の位置が下がっていることから分かるように、メイケイエールを抑える手を緩めた。

もっと早く緩めていれば馬とケンカすることはないが、馬が全速力で走れる区間は400m程度。3コーナー前で手綱を離してしまったら最後に馬が止まってしまう。だから武さんはぎりぎりまで手綱を離したくない。しかし抑えると体力をロスする。進むも地獄、引くも地獄。まさに綱渡りだ。

4コーナー手前まで来て手綱を離したということは、武さんの中でここが『最終地点』だったのだろう。これ以上抑えたら体力をロスするばかりだし、これより先に仕掛けたら最後止まるという、感覚的にここしかないというポイントだったのだと思う。

加えてメイケイエールは跳びが大きい。前に馬がいる状態よりいない時のほうが歩幅が伸びて走りやすいし、加速も付きやすい。武さんは離して早め先頭に立つほうを選んだ。

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これはジョッキーとしては最もやりたくない手でもあったと思う。手綱を離してぶっ放してしまうと、次回以降の折り合いが更につかなくなる危険性が増してくる

それでも行ったのはぎりぎりの仕掛けタイミングというだけでなく、これ以上内にいたら事故に繋がるという武さんの考えがあったかもしれない。抑えられなくなったメイケイエールはスーっとそのまま先頭へ立っていった。

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この隙を見逃さなかったのが黄エリザベスタワーの川田だよ。

白メイケイエールが手綱を離して先頭に立ちに行ったのを見て、すぐに黒ストゥーティの後ろに入りに行ったのだ。阪神は2週目。まだ内がいい。メイケイエールがいなくなったことで十分スペースもある。

川田のこの選択が早かったことで、レアシャンパーニュはエリザベスタワーにポジションを取られてしまった。もちろん馬の実力が違うと言ったらそれまでだが、馬場を考えた判断の早さは川田の長所の一つだと思う。

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実際直線に入るとこんな感じ。エリザベスタワーの前が大きく開いている。枠なりのまま外を回っていたらこうはなっていないだろうから、川田の4コーナー前の判断の良さが同着1着の大きな要因になったとみていいだろう。

そしてこの川田の判断の早いイン突きがあったにも関わらず、最後メイケイエールを完全に交わせなかったあたり、メイケイエールも強い。ただ能力が高いことは阪神JFから分かっている話。高い能力を内枠だと余計に発揮できないことを今回しっかり露呈してしまったと言える。

レース後ネットでは『強い』と笑いも巻き起こっていたものだが、これはまずい勝ち方だ。レース後のインタビューで武さんが笑っていなかったのが何よりの証拠。「勝つには勝ったんですが、いい勝ち方ではなかった。次へ向けてかなり課題が大きくなった」というのはホンネだと思う。

内で周りに馬がいるとヒートアップする癖が直っていないどころか、むしろひどくなっていること。そして今回手綱を離してしまったこと。トライアルだったから良かったとも考えられるが、本番まであと1ヶ月しかないのにこの状況は相当まずい。1ヶ月程度で直る癖ではない。

外枠が当たれば阪神JFのように馬群から離した乗り方ができるだろうが、内に入ったら、もうわざと出遅れるしか方策がない。逃げるほどテンが速くないこと、逃げると今度は脚が溜まり切らないことを考えると、ここで安易に逃げという選択肢を取りたくないはず。

そもそも前や周りに馬がいると掛かる現状の癖を考えると、今後距離短縮をしたからといって折り合い難が解消されるわけではない。普通だったら折り合い難は短縮で解消できる場合が多いが、メイケイエールの場合そうもいかないから難しい。

これだけの課題、伸びしろがあるとは考えられるが…このままだと競走馬として過ごすのは難しくなるかもしれないね。事故の危険性もある。能力は高いものの、その能力を発揮できる状況ではない。

2着エリザベスタワーもだいぶ掛かっていた。川田の好判断はあったにせよ、これだけ掛かっていた上位1、2着に敗れた馬たちが、本番でソダシ、サトノレイナスも加わる状況で勝てるとは思いにくい。

上位馬の課題に加えて、明確な能力差も見えたトライアルだったと思う。

余談だが、トライアルには試み、試験、ためしの他に、こういう意味もあるんだな。

トライアル : 試練、災難、苦労

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