何年も 同じ夢をみる。


始まりは、いつも、静かな部屋からだ。


電気は消えていてほの暗い。
窓を閉じ損ねたのか
淡い色のカーテンがかすかに揺れている。

次に視界に入ってきたのは
シンプルな木製のダイニングテーブルと座り心地を優先させた椅子
料理をするには十分な広さを確保したカウンターキッチン
少し廃れかけた大きめのソファーだ。

家具の種類や配置、部屋の構造や間取り、どれもこれも見覚えがあった。
見覚えがありすぎて気持ち悪い。
鎖骨下あたりをさすりながら深呼吸して落ちつかせようとするが、なかなか落ちつかない。
少し横になろうとフラフラとソファーへ近づいたそのとき、カチャ…と扉が開く音が耳に届いた。

ビクッと動きを止め、反射的にそちらへ顔を向けて目を見張る。

ドクン、と鈍く響く鼓動
全身から徐々に血の気が引いていくような感覚…

__これは、夢。

何年も、繰り返す場面。

動くことも話すこともできず、ほんの数秒、ゆっくりとまばたきを数回しただけのあいだに男が目前まで近寄ってくる。

男は躊躇なく、わたしの頬をはたいた。

鈍い痛みを実感するよりも先に大きな手で頭頂部あたりの髪を掴まれ、上背ある男の目線に合うようにと顔を、頭ごと引き上げられる。

「……どうして?」

憎愛で揺らぐ瞳に鋭く見つめられる。
ぞくりと背筋が粟立ち、息をのんだ。

男の言いたいことはわかっていた。
この状況でわたしが何を言っても男はおそらく納得しないだろう、ということも。

「何も言わないのはなぜ?」
「もう終わりなの?」
「どうしたらいいの?」

男を見つめたまま口をつぐむわたしと
そんなわたしにしびれを切らしてひたすら疑問形で問いかけてくる男。

男を初めて怖いと思った。
恐怖心がこんなにも体を震わせ、言葉を失わせるということを知った。

「ねぇ。どうして、何も、言ってくれないの?」

頬をはたいたり髪を掴むという荒ぶった行動とは裏腹に口調は穏やかという
その言動が恐怖心を抱かせる。

「ご……ごめ……」

謝罪の言葉を口にしようとすると
男は噛みつくように唇をぶつけてきた。
それと同時にわたしの首を絞める。

苦しくて、涙が溢れた。
できうるかぎりのちからを込めて必死に抵抗をしても、ちからの強い男からすればそれは無意味な抵抗でしかなくて。
次第に視界がぼやけてきて抵抗を諦めたとき、首から手が離れた。

「謝ってほしいんじゃない」

苦しさがなくなった途端、急に気道へと空気を取り入れたせいでゲホゲホと激しくせき込む。

「こっちおいで」

誘導されてソファーへ腰を下ろす。
赤く腫れてるであろうわたしの頬をやさしく撫でながら男は深く息を吐き目を細めた。

「愛してるよ……殺したいくらいに。
でも……殺さない」

わたしの首すじを撫でながらそう言う男に内心で、どうして? と問いかける。
それを読み取ったのか男はふっと微笑む。

「忘れさせないために。
おれのことをずっと忘れられないように。
いつか後悔する日がくるように」

はたかれた頬よりも胸が締めつけられて苦しい。
ぶわりと感情が高ぶり目頭が熱くなる。


「最低でも、五年は呪ってあげる」

__泣きそうに求めるように
でもそれを我慢するようにわたしを見つめた穏やかでやさしい 彼 の顔を
五年経った今でも忘れられない。