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「川の向こう側に渡る手段」

何か書こうと思って昔の自分のブログを読み返したりしていて2012年にtumblrでリブログした以下を引っ張り出してきました。

「画期的な橋」をデザインしようと思っても、「橋」という単語から自由になれないデザイナーは、結局橋を再発明してしまう。
 橋という単語を、「川の向こう側に渡る手段」であると言い換えられるデザイナーは、もしかしたらすごい何かを発明できる。
 洗濯をしている人を見て、それを「洗濯」ではなく「水と衣服との攪拌」であると言い換えられた人が、電気洗濯機を発想できた。

– 単純作業としての気付き – medtoolzの走り書き (via live77)
(元の記事は繋がらなくなっています)

「画期的」というのもそうですが、ただ良いデザイン、UIを考えていてもなかなか望むものには到達するのは難しく感じることがあります。

そのデザインが解決したいものは何なのか、どういう体験をして欲しいのか。

車輪の再発明」と言う言葉もあり、これは非効率的、付加価値を生まないものとしてネガティブに捉えられることもありますが、その機能やUIの本当の目的を改めて考え、一から組み立て直して見るのも時には悪くないと思っています。
最近のUIデザインのベストプラクティスなんかは十分に考えられてきたものなので、なかなか新しく再発明するのも難しいかも知れませんが、結局同じ所に戻ってくるとしても、より理解が深まるのではないかと。

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