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Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(十九)

1.Vチューバー続けてもいいですか?

十九


 正直にいうと玖郎は、笹西のことを舐めていた。というより、たいがいの芸能人に対して麻雀の実力を彼は下に見ている。それは、その道で生きることを決めた自分が、芸能活動との二足わらじに劣るわけがないという自負である。

 しかし、芸能人として成功を収めた者は『成長のしかた・・・・・・』を知っている。一芸に秀でるものは万芸に秀でると言うように、ひとつの成功体験を得ることは、別分野での成長をも大きく躍進させる糧となる。

 笹西も天運だけでアイドルとして名をはせたわけではない。それは成功の方法を考え続けることができたからで、そうして彼女が行き着いたのは、自分より上のものを観察し、真似てみて、アレンジを加えるということだった。それこそが自身を成長させる唯一の方法だということを学んでいったのだ。そしてそれは、こと麻雀においても欠かしてはいけないマインドだといえるだろう。

 笹西狐真瑠は八咫玖郎を格上だと認めていた。

 だからこそ、彼女は彼を見つめる。一縷として、その技術と思考を見逃さないように。

 そして、麻雀というフィールドにおいても、彼を見下せるだけの実力を手に入れる。その一心で笹西は、この対局の中でも成長し続けていた。

南三局4本場 供託1000点

東 笹西 24500点
南 玖郎 47500点
西 桜乃 21500点 
北 戸塚 5500点

――くそ、してやられた。まさか5巡目からブラフ仕掛けをかましてくるとは。

 試合も終盤。いままで繊細な試合運びで優勢を気付きあげてきた玖郎だったが、ここで焦燥する。

――さっきのテンパイノーテンで桜乃と笹西は3000点差。俺は笹西からの直撃はできないから、点差を縮めるには、この局ツモ和了あがって、笹西に親被りさせるしかない。

――よし、これでテンパイ。ドラは3筒。三色はくずれたが、リーチを掛けて高めか一発、裏条件で跳満だ。

 玖郎が3000ー6000をツモ和了あがれば、本場も合わせて桜乃が笹西をまくれる。逆に、これが空振り、笹西の親が落ちれば、もうチャンスはない。

――正真正銘、最後のチャンスだ。

「リーチ!!」

 宣言牌の3索を勢いよく曲げ、玖郎は1000点棒を卓上に投げ入れる――――その直後。

 パシンと小気味良い音を立て、河に放たれたのは高めの2萬だった。

 打牌者は笹西。事前の取り決めにより、彼女から和了あがることは出来ない。玖郎は和了あがり牌を見逃しフリテンとなってしまった。もっとも、今の状況では戸塚からも和了あがってしまうと、持ち点の少ない彼をトバしてしまうことになり、負けが確定するから、はなからロン和了は考えていない。ツモれれば問題はないのだ。

 しかし玖郎には彼女の打牌から、はっきりと感じ取れるものがあった。

――手が進んでいる。いまは一向聴イーシャンテンくらいか?

 玖郎の予想した通り、次局、笹西は自身の打った牌を横に曲げる。

「リーチ」

――う。 

 自ら玖郎のリーチを蹴りに来た笹西に、玖郎はたじろぐ。

――頼む。ツモ和了あがらせてくれ!!

 そんな玖郎の思いも虚しく、彼のツモ山から2萬ー5萬は見つからない。3巡目後に、玖郎は和了あがり牌ではない1索を切りとばす。

「ロン」

 手牌を倒すは笹西。ここにきて親の和了あがりとなった。

「リーチピンフ。2900点の4本場に供託合わせて6100点の加点ですね」

 これで桜乃との笹西の差は9100点。その数字に玖郎は悲観する。9100点差がつくと、玖郎の力ではどうあっても・・・・・・覆せない。たとえ役満をツモっても、親と子の点数は8000点しか縮まらない。

 絶望の最中、続く南三局5本場。玖郎にできることは、少しでも大きな手をツモ和了あがり、親である笹西の点を削ることだけだった。

「ツモ」

「え」

「いやはや、やっと和了あがらせていただきました。白のみ。300ー500の5本場で800ー1000ですな」

 積み上げられた本場を最後に制したのは戸塚だった。ツモ和了あがりだったので、桜乃と笹西の差は200点縮まったが、それは意味のないほどの差だった。
――終わった。

 オーラスを残してはいるものの、玖郎にできることは皆無となる。

 逆転するには桜乃の和了あがりが必須となってしまった。

 ここまで一度も、和了あがるどころか、リーチすら掛けられていない桜乃が、だ。

 あまりにも淡い望みに、玖郎は落胆の色を隠すことができない。文字通りに、がっくりと肩を落とす。だから――――彼には見えていなかった。いや、誰も見向きもしていなかった。

 この会議室で最も目立つ位置に配置された液晶の――――その画面の奥で桜乃このみが笑うのを。


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