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Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(二十三)

1.Vチューバー続けてもいいですか?

二十三

「本日はありがとうございました。玖郎先輩とお話ができて楽しかったです」

 笹西はスマートにふたり分の会計を済ませたあとに、深々とお辞儀をした。

 当然、玖郎も勘定を払うつもりではあった。しかし、笹西に「わたしのほうが5倍は多く貰っていますから」と制されてしまった。

 それが当たり前のことかのように飄々と言われた。

 あんなにも嫌味な感じを出さずに、あんな台詞を吐けるのは、世界でも笹西ただひとりであろう。その気風に、玖郎は自身が情けないと感じることすらも出来なかった。

 いや、後輩の女子に奢らせて情けないと感じないのは、人間としてマズイことではあるのだが。

「そういえばさ……」

「なんですか?」

「戸塚や桜乃の目的――――目標とかは、なんとなくだけど、わかったような気がする。でも、なんで、あの麻雀のもうひとりのメンツがお前だったんだ?」

「それは、元人気アイドルのわたしのほうが、桜乃このみの中身と入れ替わる人材として説得力があるからでしょう?」

「いや、笹西が選ばれた理由じゃなくて。笹西自身・・が対局に臨んだ理由がわからねえって話だよ。Vチューバーになる気もないし、戸塚と知り合いってわけでもなかったんだろ? 正直、お前みたいな大物が数合わせのためだけに駆り出されるのって違和感しかないんだけど」

「あー……。や、数合わせと言えば、数合わせではあるんですけど」

 笹西は短いスクロールで頬をかく。まあ、口止めされてるわけじゃないしなー、と呟くと、玖郎に向き合って言った。

「えーっと。わたし、この度、プロ麻雀団体に所属させていただいたではないですか。だから、まあ、代表の頼みを断るわけにはいかなかったというかー……」

「代表?」

「はい。わたしに桜乃このみの中の人争奪戦に参加して、玖郎先輩を負かすように指示したのは、多嶋さんです」

――……あー。

 玖郎の中で、全ての合点がいった。

 なるほど、なるほど。思い返してみれば、今回の騒動の発端、Vチューバーの影武者になるという案件を玖郎に持ち込んできたのは多嶋であった。

 多嶋とは長い付き合いだ。彼の目標とするところを、玖郎は十分に理解していた。

 麻雀界の更なる発展。

 そのために、Vチューバーという存在は重要になると、多嶋は考えている。

 だから玖郎をVチューバーの業界に送りこみたかったのだろう。

 自分と親しく、慕ってくれて、従順な人材を、Vチューバー界隈に置いておきたかったのだろう。

 声こそ出さなかったが、玖郎は顔に笑みを浮かべる。

 玖郎は多嶋と仲が良い。そして、多嶋のそういった利己的な性格も承知している。それで良いように扱われた経験も何度かあるが、決して玖郎は多嶋を恨むことはない。それは、彼が本気で麻雀プロの未来を思っているのを知っているからだった。

 しかし今回は多嶋の思惑から外れる結果となった。そのことが妙に面白くて、それゆえに、こぼれた笑みだった。

 築20年余りのおんぼろアパート――――我が家に着いた玖郎は、平日の真っ昼間にもかかわらず電子音が漏れ出す隣人の玄関を一瞥しながら、自身の部屋のドアを開ける。

 簡素な部屋に設置されたPCの電源を入れると、不意に、窓から差し込んだ光が玖郎の瞳孔を刺激した。

 麻雀牌しか映すことのなかった瞳には許容できる光量をこえているように感じる。

「みんなが楽しむための全力……か」

 PCの画面に現れた桜色。その鮮やかさに、玖郎は敬意こそ抱くが、決して憧憬することはない。

 彼女の目標とするもの。その麻雀は、玖郎の行くべき道の先にあるものとは違う。

 八咫玖郎が目指す麻雀プロの姿勢とは違う。

 玖郎はファンや同卓しているみんなを楽しませようなんてことは考えない。

 むしろ、その逆なのだ。

 冷徹な勝利への姿勢が、見ているものの心を震わせる。そう信じている。

 だから、それでいい。

 自分が勝利を追求するように、彼女が楽しさを追求する。

 なにも間違いじゃない。



 玖郎は深く瞼を閉じ――――日の光を拒絶した。


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