Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(二)
1.Vチューバー続けてもいいですか?
二
「そういつまでも塞ぎ込むなよ、八咫くん。あの放銃はしょーがないって」
飄々とした態度でそう言う男は多嶋鷹史。麻雀プロ歴は玖郎より9年も長い大先輩であった。
「『しょうがない』なんて言葉、あんたが一番嫌いなはずだろ。そんな言葉で終わらせてしまったら、麻雀打ちの名折れだ」
八侘玖郎がそう返す。
先輩の──それも自団体の若き代表に、タメ口とは、いささか生意気が過ぎるようにも思えるが、多嶋は気にする素振りなど見せずにコーヒーを啜った。
その程度には、彼らは気の知れた仲。
仲良しこよしなのだ。
「……あの九蓮に振ったとき、東4局親のキミの配牌はこうだった」
「ドラは9索。キミは37,300点持ちのトップ目だけど、こんなの当然4萬を切ってのダブルリーチだ」
多嶋の言葉に玖郎は、苦い表情を返す。
「3筒―6筒―9筒の3面待ち12,000点。百人が百人そう受ける。否、そう受けなきゃいけないんだ。こんなのは、もはやルールだと言ってもいい。将棋で桂馬が横に動けないように、このときダブリーしないなんて選択は有り得ない」
——そんなことは、わかっている。
実際に玖郎もそうした。
ただ、その結果が32,000点の損失。
役満への打ち込みだった。
麻雀は運にも大きく左右される、理不尽なゲームだ。
実力だけではどうにもならないことも往々にしてある。
——わかっている。
——わかっているのだけど。
「……あのとき」
玖郎は目の前のカップを撫でるような仕草を見せつつ、口を開く。
「俺の下家が7萬を切った。安全牌に窮して筋を打ったんだな。対面のあいつは危険な4索をツモ切り。俺が直後に2萬を掴み九蓮への放銃だ……」
ギュッとカップの取っ手を、持ち上げるつもりもないのに強く握る。
「開かれた和了形は。2萬―5萬―8萬―7萬待ち。あいつは見逃していたんだ。上家が打った7萬を」
親からの先制リーチを受けて、安目だからといって跳満の12,000点を和了拒否なんてありえない。
それを見逃すことは、大幅にその局の期待値を下げる愚行に他ならない。
——少なくとも俺はそう思っていた。
——それが麻雀の正解だと信じていた。
——その都度その都度、勝利の可能性を最大限にする選択をする。
——それこそが麻雀プロの在るべき姿だと思っていた。
結局その日、玖郎はビハインドを埋めることが出来ず敗北を喫した。
九蓮宝燈を和了した若手女流の彼女は、対局終了後の優勝インタビューでこう語る。
『待ちは分かっていたんですけど、せっかくの役満テンパイだから。この手は九蓮宝燈以外じゃ絶対に和了しないぞ!って思って見逃しました』
『勝利よりも、感動をファンの皆に届けたい。そう思って、私はいつも麻雀を打っています』
それを聞いたとき玖郎は、懸命に並べていた最中のドミノを赤子に崩されたかのような感覚に陥った。
全てがどうでもよくなる――――そんな感覚。
自分が信じ貫いてきたものが否定されたようで。
勝つことこそが正義で、そのために努力することがプロの務めだと信じて生きてきたのに。
勝利以外のものを求めて打つ麻雀プロのほうが評価され、あまつさえ優勝をさらわれるなんて。
なんていうか、こう。
「くだらねぇな」って思った。
「いや、それも違うな。八咫くん」
玖郎の表情を見て、何を考えていたかを分かりきったかのように、多嶋は言う。
「きみは勝つことが麻雀プロの仕事だと考えてるようだけど、それは違う。プロにとって大事なのは見せること————もとい魅せることだ」
彼らは何度も麻雀観やプロとはなんたるかを語り合った仲だ。
玖郎には、このあとに多嶋がなにを言わんとしているのか、容易に想像がつく。
「ファンが僕らに求めるのは魅力になる売りやキャラクターだ。その点に関して、彼女のことを僕はプロとしてとても評価しているよ。『あの大一番で跳満を見逃して役満を和了る』なかなか見られないインパクトだ。あれで彼女は多大な売りとスター性を確立した」
「……」
「八咫くん。きみに彼女以上の売り文句はあるかい?」
「……おれは、誰よりも麻雀が好きで……、打ち込んできた」
「『誰よりも麻雀が好き』。そんなのはあたりまえだ。プロなら皆そうだ。前提条件で最低条件。それプラスアルファで、なにを持ってるかなんだよ」
多嶋がこう言ったことを玖郎に言うのは初めてではない。
むしろ毎度のこと。
だけど今日は、いつも以上に玖郎の心に刺さるものだった。
——わかってるんだよ。そんなことは。
——多くの麻雀ファンは見ていない。理解してくれない。
——俺達が0.0000000001パーセントでも勝つ確率を上げるために研鑽してる日々を。
——字牌の切る順序も。4人全員の動向を考えた上での押し引きも。好手を貰った際に、それを隠すための息遣いも。
そんなものよりも求められているのは、もっとわかりやすいなにか。つまりはスター性というやつだ。
八咫玖郎にとってそれは、皆無と言えるものだった。
タイトルなし。大きな対局での優勝経験なし。
いつも決勝卓まで行くけど、見せ場なし。
アベレージの成績は悪くない。だけど、大一番で玖郎は結果を残すことが出来ずにいる。
「まあ、そんなふうに厳しいことは言ってみたけど……」
カチリと、コーヒーカップを皿に戻し、多嶋は言った。
「八咫くんの実力と頑張りを認めてないわけじゃない。むしろ尊敬すらしている。麻雀プロにとって『誰よりも麻雀に一生懸命』なのは当たり前で、アピールポイントにはならないけど。それでも僕は、きみ以上に麻雀の技術に心血を注いできたプロはいないと思っている。――――だから、口惜しいんだ」
「?」
「『実績は無いが、プロで一番上手いのは八侘玖郎』。そんなふうに言うやつも同団体にはいる。でも僕は、きみをそれだけで終わらせたくない。無冠の帝王なんていう、意味のないレッテルを張られたままでいさせたくないと思ってるんだ」
「じゃあなんだよ。多嶋さんのタイトルを半分くらい分けてくれるって言うのかい?」
玖郎は手を広げるようにして軽口を叩いたが、依然、真剣な面持ちの多嶋は言う。
それは『タイトルを半分やる』なんてことよりも、ずっと大きく玖郎を驚かせた。
「きみ。Vチューバーにならないかい?」
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