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Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(三)

1.Vチューバー続けてもいいですか?

『こんはろ~!! プロアクティブ所属6期生。桜の精霊・桜乃さくらのこのみだよ!!』

 玖郎が住むアパートは、お世辞にも人が好んで居住したいと思うような諦観はしていない。

 六条一間。築20年。ただし1の位切り捨て。

 息でも吹きかければ崩れてしまいそうな賃貸でも、さすが都内と言うべきか、6部屋全てに住人は居住しているようだった。

 ただ玖郎が姿を確認出来たのは隣の号室に住む若い女の子————早朝のゴミ捨ての際に2、3回会った程度。おそらく大学生だろう————のみである。 
 あとの住人はよく深夜に部屋の灯りがついていたり、日中に騒ぐような声が響くことから、その存在を認識している。

 人のことを言えたものではないが、たぶん日の出ている時間に働いてている会社員というわけではないようだ。

 唯一見かけたその女子も、玖郎が挨拶の言葉をかけると『あっ……?! はふぇ? ふぁひぃぃ』と声にならない声をあげて、自室に逃げてしまうような、見るからにコミュニケーション能力に難がある方であった。

 目元まで伸びきった髪や異常なまでに色白い肌からも、あまり家から出ないような内向的な性格だと読みとれた。

——Vチューバーにならないかい?

 多嶋の言葉を思い出す。

 昨今流行りのVチューバーについては、九郎にも見識はあった。

 実態を持たないヴァーチャルの動画配信者。その中には麻雀ゲームの実況配信をしている者もいることは知っている。ただ九郎は今まで、そういった配信を見たことはなかった。

『今日は————ていうか今日も! オンライン麻雀ゲーム『雀天《じゃんてん》』の実況をやっていくよ〜』

 PC画面の向こうで朗らかな笑顔を振りまく2.5次元《・・・・・》の彼女は、先刻、多嶋に薦められた実況者だ。

 今、玖郎は初めてVチューバーの麻雀実況を視聴している。

 櫻乃このみ。Vチューバープロダクション事務所『プロアクティブ』に所属する女性配信者。3ヵ月ほど前にプロアクティブの第三期生メンバーとしてデビューし、現在の配信チャンネル登録者数は5桁台の人気Vチューバーらしい。

 彼女の配信の主となっている麻雀ゲーム配信だが、その麻雀の内容は————

「……うわっ。本当に下手だな」

————惨憺たるものと言えた。

 和了に向かうための手牌進行は非効率的だし。守ることを知らずリーチに突っ込んでいくから放銃も多い。

『わあっ!! また振り込んじゃった』

『うぅ~……。全然、和了れないよぅ……』

 彼女の配信は、他愛ない雑談がメインのようで、こと麻雀ゲームにふれたセリフは、そんな悲愴をまとうものばかりだった。

 所作をみなくても分かる。この子は麻雀を初めてわずかな初心者だ。しかし、そんな彼女の麻雀を見てのコメント欄は『いまのは仕方ない』『ここからが麻雀!!』と、暖かなものが多かった。

「これはエンタメだな。麻雀じゃない」

 陰湿な謗言を口にした。

 何年も生真面目に打ってきた自分の麻雀よりも、彼女の稚拙とも言える麻雀のほうが見られ、応援されている。そんな現実に嫉妬したからだった。

 情けない。器が知れる。

 だから――――そんな、自分の器の小ささを実感してしまったからこそ。 玖郎は多嶋の言葉に耳を貸したのだろう。

 自分がVチューバーとして、麻雀の動画配信をする。

 今の自分を捨てて。この魂を別の器に乗り換えて。新しい確固たるキャラクターを手に入れる。それが大嶋から持ちかけられた話。もとい指令であった。

——いや、違うか。

——この仕事は、そんな簡単な話じゃない。

——もっと残酷で、無情な話。

『あ〜ん! また4着だ。でも次は頑張るよ! わたしは頑張るのだけが取り柄だもん!』

『桜乃このみは、どんな時でも自分を貫き通すよ!!』

 先刻、多嶋は玖郎に『Vチューバーにならないか』と問うた後に、こうつけ加えて言っていた。

「玖郎くん。きみに、桜乃このみに成り代わって、麻雀を打って欲しいんだ」と。

 そう言ったのだった。


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