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Vチューバーでもガチで麻雀していいですか?(二十一)

1.Vチューバー続けてもいいですか?

二十一


 桜乃このみの中身争奪戦から一週間がたった。

 あれ以来、玖郎は桜乃の配信をちょくちょくと覗いている。そのチャンネルの主の声は、まぎれもなく彼女のもののままである。

 晩桜咲く街路地を抜け、およそ彼には似つかわしくないオシャレな雰囲気のカフェに踏み入る。スタバへの入店でさえ、いささかの緊張感を持つ玖郎である。当然、馴染みの店というわけではない。

「あ! こっちですよー。 玖郎先輩!」

 いやに透きとおる声に玖郎が振り向くと、大きめのマリンキャップを深々と被った、ナチュラルメイクの少女。笹西狐真瑠が丸テーブルの席から小さく手を振っていた。

 あまりにも自然な彼女の格好に、玖郎は予想を裏切られた思いをする。

 芸能人というのは、大きなサングラスとマスクが街に出るときの必需品だと彼は思っていたが、変装の「へ」の字も見当たらない。

「……そんなんで大丈夫なのか? なんというか、その……。バレたりしねぇの?」

 笹西の正面の椅子に腰掛けながら玖郎は尋ねる。人気アイドルグループ所属の彼女である。こんな場所で男と逢瀬しているところをファンに目撃でもされたら、想像するのも恐ろしい事案に発展するのではないか。

「ふふふ! 案外、今どきは気付かれないもんですよ。みんなスマホの画面しか見てませんから」

「そう……か? そういうもんなのか?」
 
現実リアルじゃフォロワー数は表示されないでしょう?」

 そう言って笹西は笑った。

 水を運んできてくれたウエイトレスに、玖郎は注文を述べる。こういった喫茶店のメニューはよくわからなかったので、とりあえずアイスコーヒーを頼んだ。

「えーと、それで。本日はどういった、ご用件で?」

「特に用があるわけではありません。ただ玖郎先輩とお話したかっただけですから」

「……その急な先輩呼びは、どういう魂胆?」

「どういうって、玖郎先輩は麻雀プロとしての先輩だから、先輩でしょう?」

「このあいだは、それを分かったうえで『さん』付けで呼んでいたよな?」

「細かいですね。そんな目ざとくツッコミをいれなきゃ、女の子と楽しく会話もできないんですか?」

 怒られてしまった。

 どうやら先輩呼びになったからといって、敬意を持たれているわけではないようだと、玖郎は思った。

「いえ、尊敬していますよ。だって玖郎先輩は、わたしよりの存在ですもの。麻雀に限りですけどね」

 そう言い、笹西はテーブルに置かれていた飲み物に口をつける。それは玖郎でもギリギリ知っている「なんとかフラペチーノ」みたいな甘ったるそうなドリンクではなく、淡麗な色をした何らかのお茶であった。それが体型管理のためであるかは知らないが、なんとなくストイックな印象を玖郎は受けた。

「いつか尊敬する玖郎先輩を見下せるように、わたし、麻雀頑張りますね」

 全くの邪気を感じさせない笑顔で彼女は気の置けない台詞を吐く。

「また小さなことにツッコミを入れるようだけどさ。人を見下したいってのが、笹西の生きるモチベーションなんだな」

「それは小さなことではありませんよ。わたしにとってはね。ええ、そうですね。わたしは人を下に見るのが好きです。こんなアイドル幻滅しますか?」

「……別に。むしろイメージ通りって感じ。アイドルってのは裏では、性悪なんだろうなぁって。あくまで俺のイメージだけどな」

「あはははは」

「否定しないのかよ」

 このときに玖郎は、笹西の被っているキャップが大きいのではなく、彼女の頭が小さいことに気付いた。

「まあ、人を下に見たいってのは裏返せば、優れた自分で在りたいってことだろう。向上心があるってことじゃねえか。それがモチベーションになるなら見下すのも結構だと思うぜ? ファンでも、ライバルでも、俺でもさ」

 すると笹西は、何を言われたのか分からないかのように、きょとんとした顔で言った。

「わたしはファンを下に見たことはありませんよ。――――いつだって、ファンのみんなとは対等ですから」

「え、あ……そっか。……悪い」

「いえ」

 どうも自分は笹西のことを勘違いしているようだったと、玖郎は思った。

 笹西がアイドルとして、今の地位まで登り詰めた最大の理由が、いまのセリフに積み込まれているのだろう。

「……あのさ、先週の麻雀、お前が勝ってたら、本当に『桜乃このみ』と入れ替わってたのか?」 

「え?」

「なんか、そういうのを望むようなやつに見えないんだけど、お前」

 笹西は小さく「あー」と呟き、くすくすと笑いはじめた。

「そっか。やっぱり、そうなんだ。玖郎先輩って麻雀以外はてんでダメダメなんですね」


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