あざみの住宅連続殺人事件

 
 

 細い月が西の空にかかっていた。最寄りの駅から歩いて十五分ほどかかるその住宅街の真ん中あたりに、ゴミ屋敷と呼ばれている青木の垣根で取り囲まれた家があった。二階建ての一軒家だが、青木と建物の間の庭は積み上げられたゴミ袋や空き缶、古自転車、ペットボトルや壊れた電気製品などで覆われ、二階の窓まで届くほどの高さだ。
 
 門はあるが、玄関はゴミ袋に隠れて見当たらない。いったい住民がいるのか、いるとしたらどのような生活を送っているのだろう。ゴミは敷地の外には出ていないものの、臭気は遮りようがなく、常時三軒先まで漂っていた。風下では住宅の端まで臭くなる。そんな状況だから、周囲の住民も、自治会も、再三苦情を申し入れているのだが、一向に進展がなかった。
 地方条例違反ということで市役所の環境課が片付けるように指導に来ていたが、無視されて現在に至っている。
 
 そんなゴミ屋敷が燃えたのは二月の寒い夜中だった。乾燥した日々が続いており、朝方は零下にまで気温が下がって、昼でも一桁までしか上昇しない、今年一番の冷え込みだった。
 
 閑静な住宅街で深夜二時頃ということもあって、発見がおくれ、消防車が到着した時には、家の周りのゴミだけでなく、母屋にも火が回って庇を舐めていた。
 
 消防車のサイレンで目覚めた近所の住人は、パジャマの上にコートを羽織ったようないで立ちで燃える家の熱で体の前側は温まりながら、
 
 「だからいわんこっちゃない」
 「斎藤さんはどうしたんだろう」
 「もうでてきたのか?」
 などと口々に心配するそぶりを見せていた。内心はこれでゴミともおさらばだと思いながら。
 
 消防隊員は周りの野次馬に、住人は何人か問い合わせていたが、だれもはっきりとは把握していなかった。奥さんは十年ほど前に亡くなられたこと、娘さんがいたけれども最近は見かけないなどと話していたが、正確な人数が一人なのか二人なのかはあいまいだった。
 
 炎は二階のガラス窓を割って建物の中に入り、屋根と壁の隙間から火を吐くように燃え盛っている。見物人の前側は熱いくらいなのに、背側はぞくぞくと冷えてくるのは、気温のせいか、火の恐怖によるものか。
 両隣の家では、火元に面した我が家の壁に水をかけていた。
 
 空を覆っていた橙色の炎と黒煙は、次第に小さくなり、煙も白くなってきた。ほぼ全焼状態であった。住人の斎藤さんは見当たらず、逃げ遅れたものとみられた。鎮火の様子を見た近所の住人はそれぞれ自宅へ戻っていった。
 
 翌日現場検証を行った警察と消防署は、七十代とみられる性別不明の遺体を発見した。見つかった遺体は一人だけであった。まだ焼け焦げた匂いが残る現場で、黒くなった青木の枝の水が凍って、キラキラ光っていた。昨夜の見物人より多くの人々が、鼻を押さえながら消防署や警察の動きを眺めている。
 昔は三人家族だったことを知っている近所の人々は、娘さんの遺体が発見されないのは、別居していたのだろうかといぶかっていた。家を取り巻いていたゴミの山は、自転車やテレビなどの金属部分を残して、すべて灰となっていた。この家の不動産は誰があとを継ぐのだろうかと、娘さんの行方を気に掛ける人々が立ち話をしている。
 
 好奇心の強いご近所さんが消防署員に聞いたところ、外から燃えているので放火の可能性があると言っていたと話したため、噂話はもっぱら犯人捜しの様相を呈していた。
 
 ゴミ屋敷に文句を言っていたのは、四メートル道路を挟んで、燃えた斎藤邸を中心に左右二軒づつと、向い五軒と裏の五軒の人々だ。十四軒はゴミ屋敷の臭気が流れてくるせいで、積極的に批判していた。警察もこの十四軒を中心に聞き込みを始めていた。

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