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2023年の麻雀入門最速ルート(実走済み)

先日ある人に「相川さんの見た目で麻雀できないのはおかしいでしょwww」と煽られ、「確かに」と思ったので麻雀を始めることにした。

その後一ヶ月経ち、今では麻雀の合間に人間としての活動を行っている。この間は3日連続で麻雀動画を見ながら椅子で寝起きして身体がバッキバキになり、このままでは麻雀のパフォーマンスに影響すると思って流石に次の日はベッドで寝た。

こういう初見でハマった感想を書いておくと将来の自分が楽しいし、インターネットにもそれを好む人が多いようなので書き留めておく。多分これが一番早いと思います。

役は4つだけ、点数計算はひとまず無視

この世の中には麻雀をやっている人と、麻雀をやりたいけどまだやっていない人がいる。後者の人々が恐れているのが膨大な役と点数計算だろう。このうち点数計算はマジで不必要で、役は「リーチ・役牌・タンヤオ・ホンイツ」だけ覚えておけばいい、と元プロの平澤元気氏は言っているし私もそう思う。ちなみに平澤氏の動画は主に初~中級者向けに理論立てて解説されているものが多いので他もおすすめ。

さらに言えば、最初はとにかくリーチだけ狙っていても十分だと思う。後述するようにその経験は絶対無駄にならないし、それだけでも結構勝てて楽しいので。一直線リーチ狙いは初心者からプロまで使う筋のいい理想の攻め、という意味では将棋の棒銀に似ていると思う。

麻雀(特に麻雀ゲーム)はおそらくリーチを撃って勝つ、が一番楽しいように設計されている。点数的にも大きいし、毎巡ガチャを引いているようなものなので非常にスリリングで面白い。

それ以外の役と点数計算は、より強くなりたくなったときに自然と覚えたくなる。だから、最初に役や点数表に圧倒されて諦めてしまう必要はない。なんとなく最終画面の数字眺めて「よく出る点数は決まってるっぽい?」とか「これがあると点数が高い?」とか思ってれば強くなるのが早いかもしれない程度。

ここまで覚えれば、対人戦に行ってみていいと思う。自分はそうした。将棋だと下手に指すとそれが相手にバレる(そしてつけ込まれる)が、手牌が不明な麻雀は「こいつ下手だな」とすぐに思われることはそうそうないので。

守備を意識してみてもよい

「リーチされたらベタオリしろ」と上手い人はみんな言う。ベタオリというのは、自分の手牌を崩してとにかく相手の当たり牌を出さないことを指す。リーチ宣言している相手に振り込むと大損害だから、不確定な未来の得よりも目の前の損害に対処しろ、というのは理屈としてはわかる。でも嫌なものは嫌なのも事実。あとこれとこれさえあれば完成するのに……。

その時に考えたのは、なんのために麻雀を打っているのか、ということだ。自分の場合、楽してリーチ撃って大勝するのが楽しくて麻雀をやっている。だから、クソ配牌の時は嫌な気分になるし、さらに作りたくもないタンヤオやホンイツをゆっくり揃えてる最中でリーチを撃たれて安牌なくて死亡、という体験は、やりたくもないことをやらされてる最中にやられたくないことをやられるわけで不快極まりない。

しかし、毎回確実にいい配牌からスタートしていたら麻雀がさらにクソゲーになってしまう。だから、クソ配牌は楽しく勝つための必要経費で、どうせ経費を払うなら何らかの形で回収したい、と思うようになった。そんなときに見たのが下の動画で、クソ配牌のときは基本的にこの動画の方針に従って、1289あたりの端と字牌でチートイツになればいいなあ、と思いながらリーチorテンパイ察知で全力で安牌を放出する、という戦術を採っている。

チートイツは待ちのことを考えなくていいので(必ず単騎待ち)、河や手出しツモ切りを見る練習にもなる。自分はこれをやっているときにリーチを撃たれるのはむしろ嬉しい。こちらは安牌が溢れているので、頑張って筋とかワンチャンスとかいろいろ考えて逃げてる他家に高みの見物を決め込むことが出来る。手牌が悪いときは別ゲーとしての楽しみを見つける、というのは自分の人生観が表れているかもしれない。

今は基本的に「かなり頑張ってかつ運が良くてホンイツorタンヤオ」以下の手牌だとそれをやることにしているので、1/3ぐらいは降りることになる。多い気もするが、意外とこれって知られていないんですけど、1/2の配牌は平均以下の手なんですよね。それを考えればまだ頑張っているのではないかとも思う。単純計算で4人に1人しか和了れないわけで、平均より悪いであろう手牌でそこに食い込めるかというと難しい、という意識を今では持っている。

麻雀は攻めないと勝てないし、勝てないと楽しくないので、最初はとりあえずリーチだけ目指していてもいいと思う。そのうち痛い目に遭ったときにクソゲー!と思うのではなく、「そういえば守備って概念があったな」と思えれば十分なはずだし、今の自分もそのあたりを往復している。

以下の動画では「手牌が悪いときは守備の意識」と言っているが、「守備をするか?」という問いは「最速でリーチorテンパイを目指せる手か?」という問いにほぼ置き換えられると思う。その問いに答えるためには「最速で目指したけどダメだった」という経験をたくさん積むしかなくて、だから最初に一直線にリーチだけ目指すのも決して無駄な経験ではないはずだ。

嫌な思いをしたら自分でもやってみる

煽りスタンプとか溜めロンとか切断とかそういう意味じゃなくて戦術の話である。

「あいつ簡単に和了りやがってムカつくわー」と思ったら自分で真似してみると意外と「これされたら嫌だな」すなわちその戦法の攻略法が分かることがある。嫌な戦法への対処は自分であれこれ考えるよりも相手に教えてもらえばよい。そもそも「嫌な思い」をしている時点で、当初の「何も分からずロンが飛んできて点数をむしられて終わる」から「こうなればいいな」という狙いを持って打てている、すなわち成長している証拠でもある。

自分は以下のような「嫌な戦法」を自分でやってみた結果、それほど嫌ではなくなった。

  • 鳴きまくりでの早和了りはリーチに点数で勝てない。

  • 見え見えのホンイツは止められるとキツいし回し打ちが出来ないのでリーチには降参するしかない。

  • 鳴きまくりホンイツと見せかけて別種の牌で待ってて字牌のみ、は最初何それと思ったけど、素直にホンイツ目指してる最中にたまたまロンできちゃって1000点かー、と和了った側もしょんぼりしてる場合もある。染め手に見える程度に鳴いて守備力下げての1000点ならまあ、単にひっかけのつもりでやってるなら随分不利なリスクとリターンを背負ってるしあっぱれと思えるようになった。

  • 一枚切れの字牌単騎はかなり強いけど、どこかでアタマにされていると絶対に和了れない。

結局楽に麻雀を勝つ方法というのは強いて言えば「最速リーチを目指し、下りるべき時は下りる」なのだろう。

符を回避して点数計算を学ぶ

ある程度慣れてきたときに「ドラを優先するか、役を優先するか、速度を優先するかを決められるようになりたい」と思って点数計算に手を出すかという気分になった。そして、点数計算を学ぼうとすると「符」が計算の基本で「20から始まり2単位で増え最後に10以下切り上げ」とか言われて「麻雀はインド人がゼロを発見する前に発明されたゲームなのか?」と思って撤退する、という自分の体験はかなりあるあるらしい。そんなときに見た以下の動画は本当に救いになった。

とりあえずこの動画の冒頭30分ぐらいを見て、符と平和チートイツ無視の1000点単位での見積もりをできるようになれれば最初の疑問にはなんとなく答えられるようになる。

将棋・チェス・バックギャモン、そして麻雀

私は将棋とチェスとバックギャモンがそれなりにできる。将棋はウォーズ2段(学校で一番強い場合もあるぐらい)、チェスとバックギャモンの腕前は最頻値前後、強い初級者~弱い中級者レベル。そんな中で感じた相違点と類似点を書き留めておきたい。

状況に合わせて自分のやりたい序盤を我慢しなければならない、というのはチェスのオープニングに近い。バックギャモンの序盤の最善はかなり整備されているし、将棋の序盤はチェスに比べると相手を見なくても指せる。また、勝てないときに「勝てば勝ち」から「負けなければ勝ち」に切り換えるのもチェスのエンドゲームに近い。

ちなみにプロレベルのチェスは引き分けが多いことで有名で、実際に半分以上が引き分けに終わる。これだけ聞くと緊張感に欠けたゲームなのかと思ってしまうが、考えてみてほしい。あなたはもう少しで勝ちを手にするところだが、もはや倒し終えたはずの敵がいまさら共倒れを狙ってくる。緊張感がないはずがない。チェスは白黒がつかないのではなく、単に勝利の色彩が3種類あるのだろう。

将棋とチェスは盤面から導き出せる(はずの)最善手を指していれば原理的に負けないゲームだが、麻雀とバックギャモンには運が関係するのでそういうわけにはいかない。自分の都合と相手の都合だけじゃなく、運の都合にも配慮せねばならない点では当然よく似ている。しかし情報が全て公開されているバックギャモンと手牌が見えない麻雀ではだいぶフィーリングは異なる。バックギャモンと将棋は近いものがあるが、麻雀と将棋はあまり似ていない気がするのである。

一番真剣にやった将棋と麻雀はあまり似ていないと最初は思った。しかし対戦ゲームにおける勝負観や上達法はかなり共通しているのではないかと最近は思っている。初めて知った麻雀プロは将棋プロのイトシンとYoutubeでコラボした多井プロと渋川プロで、お二人とも初心者で弱いけれど「単に知識と経験が足りてないだけですぐ強くなれる」と確信できるほどに、単純な棋力からはまったく想像もできないほど筋の良い将棋を指していて驚き半分不思議半分だったのだけど、自分で両方やってみて少し納得できた。「現局面から3手先ぐらいの都合の良いビジョンと嫌なビジョンを描いておく」「速度・威力・安定性はトレードオフ」あたりの感覚は対戦ゲームには何でも必要なのだろう。

一手先に何が起こると嫌で何が起こると嬉しいかを常に意識する。狙いを持って打つ。将棋と違い不確実性が高い麻雀では具体的に手を読むよりも「直後にリーチ打たれるとどれだけ嫌か?」「この二択の後に起こって嫌な事態はどちらが多いか?」と考えてみると、細かい切り順とかも理解できる気がする。

「手損を嫌う」「中央で模様を張る」みたいな考え方は麻雀でも将棋でも成立すると思う。配牌時点で1289のペンチャンがあると将棋的には「序盤から形を決めすぎで損」という感じがするけれど、終盤にはペンチャンでもリーチ撃てるだけありがたい、みたいな状況がしばしば発生する。将棋の序盤は歩を損するのも嫌だけど、終盤では飛車を捨てても詰ませられたら構わない、というように序盤中盤終盤で何に重きを置くかが変動するが、これは麻雀でも共通していそう。

「これはプロはみんなやってるけど初心者は真似しない方がいい」というアドバイスを素直に受け入れられるのも将棋をやったおかげだろう。厳密には逆らって試しはするけど諦めるのを躊躇しない。「プロは俺みたいな雑魚を見下して、自分たちだけで必勝法を独占しているんだ」とか余計なことを考えなくて済んでいる。

また、字牌と角の扱いも似ているかもしれない。威力はあるものの図体が大きく扱いにくい、しかし敵に回したくないので簡単に手放すこともできない。若干こじつけの匂いがするが19字牌と将棋の端の関係も近いように思う。どっちもそこを触るのは相当悪手になりにくいけど、それだけで勝負をつけようと思うと相当奇抜な格好になる、という共通点がある。クソ配牌から19字牌でスーサイドスクワッドを組んでいる時は、将棋の雀刺しをやるつもりでやっている。

その他現状の課題(自分用メモ):
・四連形以上への意識が低いので、2447から3をツモったときにノータイムで4を切りがち。なんなら2337から4ツモでも3切りうる。

・ポンテン・チーテンへの意識が低い。特に面前で複合形の場合。だってじゃんたまくんは教えてくれないし……。

・シャンテン数のカウントを不要牌が何枚あるかで認識してる気がするのだけど、そのせいで複合形や変化に弱くなってるかもしれない。

・1245の時に12を切るのがどれくらい損得のある手なのか、とか568の8はどれくらい残すべきなのか、12と空中の5はどっちを優先すべきかとかを毎回グダグダ考えがち。

・頭のつもりで置いておいた孤立88に7をツモった時に混乱しがち

・3トイツが愚形だというのは知識としてあっても体感できてない

・2段目後半でも全然揃わなくて「俺、麻雀下手なのでは……?」と思うけど、捨て牌を見てみるとほぼ全てツモ切りの么九牌だったことがめちゃくちゃよくある。上手い下手を言えるほど上手くないことを痛感させられる。そういうときに無駄に落ち込まないためにもセオリー通り打つのは大事。

麻雀は何が楽しいか

本当にツキに味方されて勝てる時は「念じたツモが引ける」「天運我にあり」という全能感が得られて、それがたまらない。これはきっとある程度科学的に説明できて、勝てる時は良形が多いから欲しい牌が入る確率も高いし、さらにありとあらゆる心理学的誤謬も作用しているはずだ。にも関わらず主観的に楽しいのは決して誰にも否定し得ない事実である。

こちとら頑張って危険を冒して1000点とか2000点を拾いに行きたくて麻雀やってるんじゃなくて、楽して満貫8000点以上を和了りたくて麻雀やってるんだよなあ、と4456mから4m切った後に5m6m連続で引いて、まあこの数ターンは無かったことにしてもまだかなりいけるし……と思ってたら4m引き直してそのまま和了ったときに確信した。

むろん、悪い配牌からコツコツ積み上げて和了りを目指す、というのも私の楽しみ方に全く劣るものではない。単に性格や人生観の違いだろう。つまり麻雀はそうしたものがプレイに現れる程度には大したゲームなのだと思う。また麻雀に戻ります。それでは。

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